『飛んでくるプロの高速スパイクに、風を感じました――』
JT社(日本たばこ産業)が運営するバレーボールチームの試合会場に導入された「バレーボール・レシーブチャレンジ〜プロのスパイクを受け止めろ〜」は、Apple Vision Proで実現する高解像度なAR表現により、プロバレーボール選手の高速スパイクを目の前で体感できる革新的なコンテンツとして体験者から好評を得ています。
老若男女、運動経験も異なる幅広い来場者が手軽に没入できる体験提供を目指し、ARコンテンツ開発からイベント運用まで挑戦した本プロジェクト。開発チームとの座談会インタビューで、その裏側に迫ります!
![]()
■インタビューイー
プロデューサー 柳沢 純一(中央)
デザイナー 小野瀬 萌(写真右)
エンジニア 濱田 脩人(写真左)
バレーボール・レシーブチャレンジコンテンツ概要
製品の概要についてはこちらの記事をご覧ください。
「誰でも楽しめるもの」を最重要課題としつつ、短期開発で面白さを生み出したこだわりと工夫とは
——「バレーボール・レシーブチャレンジ」の制作背景について教えてください
![]()
柳沢:JT(日本たばこ産業)様とパートナーシップを組んで制作したプロジェクトです。
以前JT様と私たちで手がけた「Ploom Dive」プロジェクトのコンテンツも大変好評で、その実績も踏まえてお話をいただきました。今回のコンテンツ開発の目的は“JT様のバレーボールチーム「広島サンダーズ」と「大阪マーヴェラス」の試合において、訪れたお客様が試合以外の時間も楽しめるコンテンツを提供する”ということでした。
バレーボールの試合会場には幅広い年齢層の方が訪れますし、ゲームやテクノロジーへの興味関心も千差万別です。そのため「誰でも楽しんで遊べるもの」を最重要課題とし、メンバーにもしっかり伝えて目線を合わせて取り組みました。
私がプロジェクトを預かった段階で「プロ選手のスパイクをレシーブするゲーム」「プロ選手をアタッカーとして動画形式で出演させる」「Apple Vision Proの活用」という企画の要になる内容が決まっていました。私はこの「レシーブ」という要素をピックアップした方がこのプロジェクトのMVPだと思っているのですが、実はいまだに誰が提案したのかわからないんです(笑)
——制作期間とチーム構成について教えてください
柳沢:キックオフ時にJT様から公開希望の試合日程が提示され、逆算して制作期間は実開発に1カ月、調整にプラス1〜2週間でした。
プロジェクトチームは、私、小野瀬さん、濱田さんがメインメンバーです。そこに期間限定でシェーダーやエフェクト周りの担当としてエンジニアの村石さんが参加してくれました。最後の1週間にはデザイナー2名と音調整を手伝ってくれたエンジニアなど、合計で3〜4名が加わってクオリティアップをサポートしてくれました。
——開発においてこだわった点はどのようなところですか?
![]()
柳沢:先にお話した「誰でも楽しんで遊べるもの」はもちろんですが、開発期間が短期間だったため「遊びの難易度を下げること」「遊び要素を1つに絞ること」にもこだわりました。「レシーブ」は題材に決まっていましたが、バレーボールのプレイをそのまま再現するとプロ選手が本気で打つボールの落下地点を瞬時に予測するという事前行動が必要になります。これは非常に難しいレベルになってしまうので「誰でも楽しんで遊べるもの」として難易度を下げることにしました。ここがこのプロジェクトの肝だと考えています。最終的にプレイヤーの手元にボールが飛んでくる候補位置を球体のマーカー3つで提示し、プレイヤーはどれか1つを選択してレシーブの手を入れて待ち構えるというプレイに辿り着きました。
経験や運動神経を要する部分を「3択から選ぶ」という簡単なプレイに置き換え、シンプルにしつつも緊張感をしっかり感じられる仕組みにしたのです。基本的なプレイが完成したとき「これでいける!」という手応えを感じました。
エンジニアの濵田さんにこの構想を伝えたところ「遊びやすく実現が容易で、かつ期間内に確実に間に合うという」という理想的な返答をもらえたので、ほっと胸を撫で下ろしました。
また、ARということで音響面も重要なポイントでしたが、予算と制作期間の都合で空間音響は採用できませんでした。そこで、ボールの効果音に対してどこで鳴っているか感じられるような”擬似的サラウンド感”をステレオ素材の調整で実現しました。私自身がサウンド制作の経験を持っていたこともあり、そのノウハウを活かして調整を行いました。特に、プレイヤーの背後の床にボールが落ちた時の「ダーン!」という効果音は「後ろから聞こえる」という感覚を作り出すことにこだわりました。体験した方にそのニュアンスが伝わっていたら嬉しいですね。
小野瀬:まず、デザインのトーンは、明るく親しみやすい印象になるよう意識しました。誰でも触りやすいコンテンツであることを目指しています。プレイ画面は、選手の動画は実際に撮影した2Dの動画素材、背景は3Dモデルを使って構成されています。そのため、距離感の表現や色味の調整が難しかったです。距離感は選手が大きく見えすぎないように濱田さんと細かく調整を重ねて、色味も一緒に作業したメンバーと最後まで画面と向き合いながら仕上げました。
—— 開発で難しかった部分はありますか? またそれをどうやって乗り越えましたか?
![]()
柳沢:今回、実在のプロバレーボール選手のスパイク動作を、動画で収録して組み込んでいます。撮影自体が初めての取り組みであったことや、イレギュラーな状況が多かったため、とても苦労しました。
男子のプロバレーボール選手がジャンプして最高地点で手を伸ばした際、床から指先までの高さが最大3.5m程度に達します。その全体を相手コートのディフェンスゾーンにあたる6m離れた位置から撮影する必要があり、かつ背景を透過処理するためにクロマキー(青色の幕)を高さ6mから設置しなければいけませんでした。クロマキーは撮影場所だった体育館の2階席から垂らして固定するという方法で撮影したのですが、JT様から選手撮影を担当している外部会社の方を紹介いただき、ご相談できたことで実現できました。
撮影には、動画カメラ、照明パネル3台、スタンド、折り目がつかないように心棒にまいたクロマキー、電源ドラムなど多くの機材をレンタルして使用しましたが、さまざまな制約があり、これらを2人で手分けして現地まで運搬せざるを得ませんでした。東京からバレーボールチームのホーム体育館がある広島や兵庫までの移動をともなったため、物理的に非常にハードでした。
さらにイレギュラーな問題も発生しました。今回、撮影の直前に林選手(大阪マーヴェラス)が練習中に足首を怪我し、高くジャンプできないというトラブルが発生しました。SVリーグ直前ということで、少し跳ねる程度でスパイクを打っていただく動画撮影になり、ジャンプの飛距離問題は開発側で解決するしかありませんでした。ここでの課題解決は、濱田さんの腕の見せ所になりましたね。
濱田:動画だけではジャンプが低かったため、映像をプログラムで調整し、ジャンプに合わせて選手の動画を上に動かすことで高く飛んでいるように見せました。ただ単に動かすだけではロボットのように不自然になってしまうため、人が実際にジャンプするときの動きを理解して再現するようにしました。また、エフェクト制作を担当したGraffityのエンジニア・村石さんが仕様が固まっていないなかでも積極的に自身のアイディアを取り入れてくれました。そのようなスタイルもクオリティを上げた要因にもなっていると思います。
小野瀬:アイディアといえば、濱田さんがアレンジしてくれたチュートリアル画面も良かったです。ただスライドで説明するのではなく、レシーブをするときのボールの形をしたマーカーを表示させるものだったのですが、ユーザーが見るだけではなく実際にそのマーカーに手を入れると反応する仕組みにしてくれました。実際のゲームプレイの前にボールやマーカーを見て、動作を練習できるようにしてくれたので、チュートリアルの体験クオリティが向上したと思います。
柳沢:今回のプロジェクトは制作期間の短さに加え、私自身が撮影やサウンドの作業に多く時間を割く必要がありました。そのため、開発メンバーに制作作業の主導権ごと任せるしかなかったので、自律的に判断して進行できる状況を作ることが最初のステップでした。
プロジェクトの最重要事項を「誰でも楽しんで遊べるもの」と早い段階に定め、メンバーと目線を合わせて、具体的なイメージを明確にすり合わせることに注力しました。その結果、濱田さんも小野瀬さんも私が考えていたゲームイメージと同じものを思い描いてくれ、説明できていなかった要素についてもイメージ以上に良いものに仕上げてくれました。
今回関わってくれたメンバーは、全員キャッチアップ能力が非常に高く、短い時間でもしっかりと掴んでくれて、プロジェクトに対してブレることなく進めてくれました。振り返ると、このメンバーだからこそ最後までプロジェクトを走り切ることができたのだと感じます。
AppleVisionProを初めて触るスタッフを短時間で戦力化するレクチャーと体験ブース運用も実現。体験ユーザーの85%から高評価を得たイベント運用に迫る。
—— 実際に体験してもらった感想はどうでしたか?
![]()
柳沢:11月2日と3日に広島で開催された試合では、私も現地入りして前日にセットアップを行い、当日2日間は現場でイベントスタッフさんと一緒にお客様対応をしました。最初に体験しに来てくださったのは40代くらいの女性の方だったのですが「Apple Vision Proのコンテンツをプレイしたくて最初にきました!」と言ってくれたんです。当日は中国地方に台風が直撃して交通が乱れていましたが、そんななかでも期待感を持って現地に体験しに来てくださったということがとにかく嬉しかったです。
体験されたお客様の感想は総じて好評で、皆さんとても楽しんでくださいました。1回遊んだあとに「悔しいから、もう1回やりたい!」と再挑戦しに来てくれる方もいて、自分達が作ったものがお客様に楽しんでいただけた実感が強く沸きましたね。
特に新井選手のファンの方は、普段は絶対に見ることができない「正面からスパイクを打つ様子」を体験できたことを喜んでくれました。「飛んでくるプロの高速スパイクに、風を感じました」という感想がありました。そうした錯覚を感じるほどリアルな体験を提供できたことは大きな成果だったと思います。
—— イベントでのオペレーションはうまく進められましたか?
柳沢:
Apple Vision Proは、iPhoneのように普及しているデバイスではないため、多くのお客様にとって初めての体験になることが想定されました。そのため、デバイスの特性を理解している私たちが、コンテンツを作るだけではなくサービス全体を設計して体験のクオリティを高める必要がありました。その点を踏まえ、弊社側でサービスまで含めて徹底的に作り込むことで、コンテンツからサービスまでの完成度を高める取り組みを行いました。さらに「Ploom Dive」のプロジェクトでは事前にApple Vision Proに習熟してくださる習熟した店舗スタッフの方々にお客様対応をしていだく形でしたが、今回はその日限定のアルバイトスタッフが来客対応を担当することになっていたため、お客様対応に対して短時間で必要十分な状態に到達してもらうことが求められました。そのため「Ploom Dive」でのオペレーションのノウハウを活かしつつ、より初歩的な部分から必要なレクチャーステップを整理し「誰でも短時間で対応できる」ように最適なプロセスを再構築しました。現地運用を管理するJTクリエイティブサービスの方からも、レクチャーを受ける側の視点でご意見をいただき、つまずきやすいポイントを徹底的に洗い出して解消する取り組みも行いました。これらの工夫がお客様の満足度向上につながったので、今後も弊社の強みとして活かしていきたいと考えています。
——JT様の期待に応えることはできたでしょうか?
柳沢:担当いただいたJT尾上様は元プロバレーボール選手なのですが、コンテンツが形になったタイミングで体験いただいたところ「ボールの飛んでくる速さや回転がすごくリアル」いう評価をいただきました。プロの目から見ても十分なものを作れたということで本当に嬉しかったですね。
さらに、体験されたお客様からの評価も非常に良かったと伺っており「試合会場に訪れたお客様が試合以外の時間も楽しめるコンテンツを提供する」というご依頼にお応えできたのではないかと感じています。
今回、ご多忙のためJTの尾上様にはインタビューにご参加いただけませんでしたが、以下のコメントをお寄せいただきました。
⚪︎お寄せいただいたコメント
プロジェクトを通じてGraffity様の魅力としてまず挙げられるのが、アイデアを実現する技術力の高さです。
例えば、スパイクのスピード、スパイクを打つ際の音、ボールの回転、レシーブのタイミングなど、細部にこだわったリアリティのある表現で体験された方の没入感を高めるコンテンツとなりました。
また、実施までのきめ細やかなサポートも挙げられます。バレーボールの試合会場というゲーム初心者が多くいる場所での実施ということを考慮し、初心者にも分かりやすい操作説明をゲームの中で設けるなど、体験者視点に立った提案もいただけました。
加えて試合会場でバレーボールレシーブチャレンジを提供するイベントスタッフに対しても、詳細なマニュアルの準備をはじめ、現場に立ち会っていただききめ細やかなフォローをしてくださるなど、サービス提供者の視点にも立ったサポートは大変ありがたかったです。おかげ様で、体験された方の85%以上が満足したというアンケート結果ともなりました。
ホームゲーム会場の盛り上がりの一助となるコンテンツを制作いただき、ありがとうございました。
コンテンツの面白さを追求する「ASOBI++(アソビプラス)」の取り組みと今後の展望
—— どのような部分に、GraffityのバリューであるASOBI++(アソビプラス)要素が入れられましたか?
![]()
小野瀬:今回はJT様からの要望で体験時間が2分半という非常に短い設定でした。このなかで、お客様に楽しんで遊んでいただけるのは1人あたり3球が限度だと想定し、徐々に難易度を上げる設計にしました。特に最後の3球目ではプロの速度を体験できるよう設定し、1回ではなかなか取れない難易度にしました。「もう一度挑戦したい!」と思っていただけるよう工夫した結果、お客様からの感想がその通りになり、とても嬉しかったです。
濱田:どの年代の人でも遊べる簡単なゲーム性が実現できたことと、小野瀬さんのアイディアで音声が入ったのが良かったと思います。
小野瀬:実は私自身もともと、バレーボールファンなんです。プロの試合も見にいきますし、推しの選手もいます。そういったファン心理から、好きな選手をより身近に感じられるように選手の「ボイス」を入れることを提案しました。ゲーム中にユーザーに向かって「行くよ!」「お疲れ様でした!」といった選手からの声かけが入ることで、よりコミュニケーション部分を強化できたと思います。撮影時はただでさえ機材が多いなかでボイスレコーダーも追加してもらったので、収録に行ってくださった柳沢さんには感謝しています。
柳沢:小野瀬さんから「選手の声を入れたい」という提案があったとき、JT様側も大変盛り上がってくれました。実際の録音は体育館の控え室などで行ったため完璧な環境ではありませんでしたが、弊社メンバーの協力もあってしっかり使える音源に仕上げることができました。こういった部分でもチームの団結力を感じられましたね。
また「レシーブ」の当たり判定にもアソビをプラスしています。これも小野瀬さんの提案だったのですが、正しい手の入れ方でレシーブしない場合にアウトになる仕組みを入れています。具体的には、選択肢に入れた手が正しい形ではなかったり、複数の選択肢に手が入ったりした場合に、レシーブとしては成立するものの「ボールがコートの外へ飛んでいくハズレの軌道」が発生するという設定にしました。
このようなバレーボールらしい挙動を取り入れることで、リアルな納得感が生まれたと思います。簡単なゲームながら、こうした工夫の積み上げによってリッチな体験を作り上げることができました。自分たちが「こうしたら面白いよね」と考えたアイデアはある程度実現できたと思います。
——今後の展望について教えてください
柳沢:スポーツチームとのコラボレーションは初めてでしたが、スポーツとARは非常に相性が良いので今後もどんどん取り組んでいきたいと考えています。今回のように多くの方に楽しんでいただけるような広がりを持つものだけでなく、プロ選手が遊んでも本物の試合のように感じられるような、凝った作りのものも実現したいというビジョンを持っています。
「Ploom Dive」や今回の「バレーボール・レシーブチャレンジ」を通じて得た評価に甘んじることなく、今後もJT様と連携を深めてより良い体験を一緒に作っていけるように取り組んでいきたいです。また、Apple Vision Proだけに限定せず、ニーズに最適なデバイスを提案しながら、そのデバイスの可能性を活かした魅力的なAR体験を提供していきたいです。今後もぜひご期待いただければと思います。