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データサイエンスを活用した人的資本経営の実践

人的資本の情報開示が求められる背景

昨今、人的資本に関する情報の開示要請が世界的に広がっている。企業価値の源泉として、人的資本に対するこのような関心が高まっている背景には、ここ20年ほどで、企業価値に占める無形資産の割合が上昇していることが一因として挙げられる。例えば、経済産業省が公表したレポートでは、米国のS&P500の企業群において、企業価値に占める無形資産の割合が、90年代に有形資産の割合を上回って以降、現在はその差がどんどん開いている状況にあることが指摘されている。これは、競争力の源泉が、施設や設備といった有形資産よりも、特許技術やブランド、情報システムといった無形資産にシフトしていることを意味している。そして、これらの無形資産を創出する源泉としての人財の重要性がこれまで以上に高まっていることが人的資本への関心が高まっている要因の一つだと言える。このような状況において、企業にとって極めて重要な資産である人財に関する情報の開示要請が高まっているのは、透明性の観点からも当然なのかもしれない。

さらに、グローバルな社会課題の解決に対して、企業に大きな役割が求められていることも要因として挙げられる。2000年代以降、国連が機関投資家に対して、ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)の諸課題を、投資分析や意思決定に組み込むことを要請したことが契機となって、多くの機関投資家が、ESGを投資の際の判断材料としている。人的資本もESGの評価項目の1つとされており、その有効性やリスクを評価するための情報開示が必要となる。このような背景も、企業の人的資本に対する情報開示が求められている理由だと言える。

このような社会的背景を受けて、ISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)は、人的資本の情報開示のためのガイドライン(ISO 30414)を制定した。これは、非財務情報として人的資本を重視する機関投資家の要請に応えるものである。米国では、上場企業の人的資本情報の開示について、当初は各企業の自主性に任せていたが、現在は開示義務の法整備が進んでいる状況である。このような世界的なトレンドのなかで、日本でも、企業への情報開示の指針に「人的資本」の項目が追加される方向で進んでいる。

人的資本のあるべき姿

ただし、情報開示すればよいという話で終わらせるのではなく、その取り組みを通して、人的資本を企業パフォーマンスに結び付ける本質的な取り組みが何よりも大切であることは言うまでもない。企業は目標とのギャップを認識し、それを改善していくことが求められる。ISO30414は効率的な人的資本を実現するためのガイドラインの1つであり、それを参考にしながらも、自社の人的資本をいかにして高め、企業価値の向上につなげていくか、ということに注力することが何よりも重要だと言える。

ガイドラインの指標に沿って情報をただ開示したとしても、それを改善のアクションにつなげていなければ、市場からは評価されないかもしれない。

独自指標 積極的に人的資本向上に取り組んでいるというメッセージ 市場から高評価される側面もあるかもしれない


人的資本を高めるための3要素

では、いかにしてそれは実現されるのだろうか?HRM(Human Resource Management)分野の膨大な学術研究から得られた知見として、人が組織で活躍するためには、「能力」、「意欲」、「機会」の3つの要素が重要だというのが大方のコンセンサスとして受け入れられている。「能力」は、業務遂行に必要なスキルであり、入社後のOJTやOff-JTを含めた仕事経験によって蓄積されていく。「意欲」は、業績管理や報酬インセンティブ設計、上司や同僚との関係性、あるいは職務適性によって、変動するものである。高い意欲を持つ社員は、業務タスクの達成のためにより多くの努力を払ったり、他のメンバーに対して協力的な行動をとることは想像に難くないだろう。「機会」は、社員が会社に貢献できるための下地であり、貢献がよりしやすいような職務デザイン、仕事の裁量といったものを意味する。つまり、社員の会社へのパフォーマンスというのは、この3つの要素の関数として表現できる。したがって、企業のあるべき人事制度とは、この3要素をいかにして高めていくか、という視点から検討されるべきものである。


HRアナリティクスによる価値創造

中長期的に企業が継続して利益を出し続けるためには、いまの社会・経済トレンドを踏まえた企業戦略、そしてそれと連動する人財戦略を構築していくことが必要となる。自社の競争優位性を存分に発揮できる戦略の立案、そしてその実現のための人材要件の設定と実行を、どこまで具体的なアクションに落とし込めるか、そしてそこで働く人たちの活力を最大限に発揮してもらうための個別的なアプローチが重要であることは、疑いの余地はない。

そして、この実現を後押しするツールとして、データサイエンスの存在感は飛躍的に高まっている。昨今、ビッグデータやAIといったデジタル技術は急速に進歩している。先述したように、この社会トレンドは第4次産業革命と呼ばれるほどに、従来の事業活動を激変させている。DXの推進のために、少なからぬ企業で、データサイエンス人材の獲得や育成が急ピッチで進められている。そして、このトレンドは人事組織分野の価値創造にも重要なインパクトを及ぼす可能性を秘めている。最近は、HRアナリティクスやピープルアナリティクスと呼ばれる、HR(Human Resource)とデータサイエンスを掛け合わせてHR領域に新たな価値を生み出す取り組みにも注目が集まっている。従来では、なかなか集めることが出来なかった様々な人事データを集約しビッグデータ化したうえで、AI等の洗練された手法を活用して、これまでには見出すことが出来なかった洞察を導くことが可能になってきている。例えば、自社で活躍できる人材をいかに採用するか、経営人材も含めた個々の社員の育成計画や人材配置の最適化をどのように進めるべきか、あるいは社員のエンゲージメントや生産性を高めるために必要なアクションの優先順位とは何か、といった問いに対して、革新的なソリューションの提供が実現し始めている。あるいは、高精度の退職予測が出来れば、退職可能性の高い社員を早めにケアすることで離職を回避することも可能だろう。

ここで重要な点は、従来はコスト部門とみなされやすかった人事組織の領域が、企業にとって新たな価値創造の拠点になる可能性を秘めているということである。これは多くの企業にとって、新たな利益やビジネス機会を生み出す余地が大きいことを意味する。そして、この実現こそ、経営戦略と人材戦略が連動した姿だと言える。

ただし、ここで留意すべきポイントは、優れたHRアナリティクスをするためには、HRとデータサイエンス両方の知見が大切という点である。つまり、優れたソリューションを導き出すためには、HRに関するビジネスの現場レベルの経験値と、データサイエンスのスキルは、車の両輪であるということだ。HRに関する、経験値の高い人は、「意味のある問い」を設定したり、分析結果に対する鋭い洞察を導くことが可能になる。その一方で、データサイエンスの観点から、「意味のある問い」をどのような分析手法を用いて解くべきか、という側面も極めて重要である。すなわち、上記2つの要素の掛け算で、優れたソリューションが導かれるのである。HRアナリティクスの市場は、今後数年で飛躍的に成長することが見込まれている。人事分野において優れた勘や経験を有する人財が、データサイエンスの素養も身につけることで、より大きなビジネス成果を上げていく時代になっていくことが予想される。

HRアナリティクス講座の新設

データミックスは、データサイエンス人材を育成するスクール事業を運営し、これまでに2000名以上のデータサイエンス人材を輩出している。そして、このような昨今の人的資本の重要性が高まっている社会背景を受け、人事組織の研究者と協働して、HRアナリティクスの講座を2022年10月に開校している。

この講座では、人的資本のガイドラインであるISO 30414にも触れながら、HR領域の重要な理論や知識を体系的に学習するとともに、HRデータの分析手法、有効なサーベイ調査を設計するための調査デザイン手法を主眼にしたHRアナリティクスに必要なスキルセットを提供する。講師とのディスカッションやフィードバックを通して、受講者のHRアナリティクスへの洞察を深めていく。本講座を通じて、受講者が社内の人事課題あるいは経営課題に対して、新たな価値を提供できるようになることを目指している。

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