dscがスポーツ業界向けのスポーツテックSaas事業を立ち上げます。10年以上にわたりスポーツコンテンツの制作・運用を手がけてきた私たちが、なぜ今、新しい挑戦を始めるのか。役員の山内さん、担当者の島下さんに詳しく話を聞きました。
1. 事業構想の背景にある課題感
――まず、この事業を立ち上げようと思ったきっかけを教えてください。
島下:複数の要因が重なって構想に至りました。一番大きかったのは、dscでスポーツのSNS運用やデジタルコンテンツ制作を手がける中で感じていた課題感です。
私たちは日本最高峰のコンテンツホルダーとの取引実績があり、スポーツの国際大会にも3回ほど携わってきました。しかし、コンテンツの効果測定という点で歯がゆさを感じていました。各SNSのアナリティクスから取得できる数値だけでは、実際のビジネスへの間接的な影響を測定することが難しかったためです。
例えば、制作したコンテンツによって実際にどれだけの人が開催される試合のことを想起したり、そのチームに対する好意度を上げることができたりしていたのか、そこまで追跡できていませんでした。
ファンの方々やクライアント様から好意的な声をいただいたコンテンツでも、SNSやYouTube上の数値が良くなければ、それは「失敗」として扱わなければならなかったのです。
山内:他に見えていたものでいうと、dscは10年以上スポーツコンテンツに携わってきましたが、クライアントによって成果に大きな差が出ていたことです。その差の要因を分析すると、クライアント側で目標設定やペルソナ、SNSマーケティングの位置づけが明確なケースほど、成功確率が高かったんです。
これは裏を返せば、クライアントがデータに基づいて戦略を立てられている場合に成果が出やすいということ。逆に「とにかく新規ファンを増やしたい」というような漠然とした目標だと、双方ともに目線合わせがしづらく我々も手探りになってしまい、成果を出すのが難しい。
島下:そうした経験から、SNSだけでなく、オフラインのデータも含めて総合的に分析し、より包括的なマーケティング支援ができないかと考えるようになりました。その最初の取り組みとして着目したのが、ファンマーケティングSaaSです。
2. なぜ ”ファンマーケティングSaaS” なのか
――”ファンマーケティングSaaS”に着目した理由を詳しく教えてください。
島下:実は、Jリーグなどではすでに共通ID(JリーグIDなど)を活用したデータ分析や、定期的に実施される観戦者調査が行われています。会員の購買履歴や属性データを分析して、マーケティング戦略を立てているクラブもあります。
ただし、そういった取り組みができているのは、ごく一部の限られたクラブだけです。専門的な知識を持った人材がいたり、そうした業務に専念できる組織的な余裕があったりするクラブは、実際にはそれほど多くありません。
また、既存の共通IDを使った分析は定量データが中心です。一方で、お客様からの生の声である定性データも、試合運営の改善には非常に重要です。ただ、毎週数百件のフリーアンサーに目を通して、優先的に改善すべき点を判断するのは、現場の負担が大きすぎます。
山内:そこで見えてきたのが、テクノロジーの力で現場の負担を減らしながら、データに基づく意思決定を支援できないかということです。
ここ数年、SNSの普及の影響で、さまざまなファンの意見をキャッチできるようになっています。
それらの声を参考にした取り組みは実施しつつ、それらは本当にファンが望む声なのかというところを考えても良いかもしれません。SNSだけでなく、会場に足を運んでくださるファンなど幅広い声を集めて、データを活用した声の分析や取り組みの検討が本質的にファンが求めるものにつながると考えています。
3. 成功事例から見える可能性
―― 具体的にデータを活用した取り組みにはどんな成功事例があるのでしょうか?
山内:とあるプロ野球の球団の例が分かりやすいと思います。なぜこれだけの変革を遂げられたのか。その要因の一つが、データに基づく意思決定と、その意思決定の速さにあります。
島下: 最近では千葉ロッテマリーンズも、データを活用したデジタルマーケティングで集客を伸ばしています。Bリーグでは、川崎ブレイブサンダースがDeNAでゲームを作っていた人材を採用し、データドリブンなクラブ運営に転換して話題になりました。
注目事例として、川崎ブレイブサンダースは、来場者アンケートの分析を通じてファンの行動と意識を深く理解し、その知見をもとにデジタルマーケティングを展開しました。特に、公式YouTubeチャンネルでは、ファンが求めるコンテンツを的確に捉えた結果、チャンネル登録者数が1年で3千→5万に増加。アンケートデータの分析により、YouTubeやSNSからの集客が予想以上に大きな影響力を持っていることが判明し、さらなるデジタル施策の強化につながっています。
こうした成功事例が出てくることで、データを活用したマーケティングやクラブ運営の重要性が、業界全体で認識され始めています。
――どのくらいの優先度で取り組まれているのでしょうか?
島下:短期で見ると、「取り組まなければクラブ運営ができない」という緊急性はないかもしれません。しかしながら、建設的なクラブ運営を行うためには重要な取り組みだという認識も確実に高まっていると感じています。
先日、とあるクラブの経営企画の方と話した際も、「確かにこれはやらないといけないと思っていて、今年か来年くらいから検討しようと考えていた」という声がありました。短期的というよりは、中長期的な重要課題として認識されているようです。
4. サービスの具体的な展開計画
――具体的にどのような展開を考えていますか?
島下:現時点での計画では、来年の下半期から提供を開始し、来年度中に数十クラブへの導入を目指しています。
まずはファンのデータを活かしたマーケティング支援を行うためのシステム開発から始めますが、最終的には共通IDを使った分析とも連携し、より高度な分析や戦略決定のサポートまで展開していきたいと考えています。専門知識がなくても、分析作業をしなくても、重要なポイントが簡単に把握できるようなシステムを目指します。
山内:2026年が一つの重要なマイルストーンになると考えています。この年、Jリーグが秋春制に移行し、Bリーグも「Bプレミア」という新しいレギュレーションがスタートします。翌2027年にはバレーボールのSVリーグが完全プロ化を目指すなど、日本のトップリーグが大きな変革期を迎えます。
島下:この変革期に向けて、成功事例を作っていきたいですね。各リーグの変革期は、必然的に世の中からの注目度が高まる時期です。「JリーグもBリーグもSVリーグも盛り上がってきている」「ビジネスとしても成功している」という認識を広げていくためにも、私たちのサービスを使った成功事例を一つでも多く生み出していきたいと考えています。
5. 技術的な特徴と開発の方向性
――技術面での特徴や開発の方向性を教えてください。
島下:大きく分けて3つのポイントがあります
①アナログからデジタルへの移行だけが目的ではない
単にアナログな業務をデジタル化するのではなく、データドリブンな意思決定を促進することが主目的です。そのために必要なデータをデジタルで取得し、各種リソースの有無を問わずとも、各クラブが活用できる仕組み作りを目指しています。
②高速なPDCAサイクルの実現
dscのコンテンツ事業部は、SNS運用においてデータを取得し、超高速でPDCAを回して改善を重ねてきました。その知見を活かし、試合運営や集客プロモーションにおいても高速なPDCAサイクルを実現します。
③AIを活用した自動分析
例えば数百件のフリーアンサーを人力で分析するのではなく、AIを活用して自動的に重要なインサイトを抽出。その他にもファンマーケティングの観点で重要だと考えられる指標の分析を、AI活用やシステム化によって現場の負担を最小限に抑えながら、データの価値を最大化します。
山内:特に重視しているのは、「感覚」や「経験」に頼らない意思決定の実現です。例えば「去年このイベントが良かったから今年も同じことをやろう」といった判断ではなく、データに基づいて何が効果的だったのかを検証し、改善を重ねていける仕組みを提供したいと考えています。
最後に
――最後に、この事業に込める思いを教えてください。
山内:スポーツ界では、特に競技に近い場所で、データを活用した意思決定が当たり前になりつつあります。しかし、ファンとの接点においては、まだまだデータの活用が進んでいません。
この領域でもデータドリブンな意思決定が当たり前になれば、より多くのファンに喜んでもらえる体験が提供できるはずです。その変革の一翼を担えることに、大きなやりがいを感じています。
島下: 私たちの最終的な目標は、初めてスタジアムに来た人が「また来たい」と思えるような体験を作ることです。そのためには、来場者の声にしっかりと耳を傾け、継続的に改善を重ねていく必要があります。
クラブの規模や予算に関係なく、誰もが簡単に始められる形で、そうした改善のサイクルを提供していきたい。それが私たちの目指す方向性です。