【社員インタビュー】「困難も小さく分ければ必ず越えられる」ゲームエンジニア、フリーランス、そして会社の解散を経てたどり着いた私の過去・現在・未来
cooboo's Family Storyとは
コーボーの仲間一人一人のキャリアへの考え方・築き方、コーボーに入社した理由、未来への展望を過去・現在・未来の時間軸で語ってもらうコンテンツです。
こんにちは。株式会社コーボー人事の梁瀬です。 2026年4月1日よりジョインした、エンジニアの飯田さんの紹介記事を書かせていただきました。
ゲームエンジニアからキャリアをスタートし、フリーランス、そして前職での「会社の解散」という衝撃的な出来事を経て、コーボーを選んでくれた飯田さん。物事をポジティブに捉え、着実に積み上げていくその姿勢は、まさに当社の理念である「感動創造」を感じます。
なぜ、飯田さんは数ある選択肢の中からコーボーを選んだのか。その決断の裏側にある強い信念を伺いました。是非ご覧ください!
過去:音ゲーに捧げた情熱と、「難問を最小単位に分解する」エンジニアの原点
ー 飯田さん、本日はよろしくお願いします!まずは飯田さんのルーツから伺いたいのですが、学生時代はゲーム科でプログラミングを学んでいたんですよね?
よろしくお願いします。そうですね、専門学校のゲーム科で、ゲームプログラマーになるための学習をしていました。ただ、ゲーム好きの根源を辿るともっと幼少期、小学校や中学校の頃まで遡りますね。当時はスーパーファミコンやファミコンが全盛期で、家でずっと遊んでいました。中でも、ゲームセンターで出会った「音ゲー(音楽ゲーム)」には本当にのめり込みました。
ー 「音ゲー」のどんなところに魅力を感じたんですか?
一番は「上手くなっていく過程が目に見えること」ですね。音ゲーって、最初は全く指が動かないような難しい曲でも、練習を積み重ねれば必ずクリアできるようになるんです。それが部活動に近い感覚というか、努力が結果に直結する楽しさがありました。
実は、家で練習するために3万円もする専用コントローラーを自前で購入したこともあるんですよ(笑)。ゲームセンターのものとは微妙にボタンのサイズや感触が違うのですが、家で地道に指の動きを覚え込み、それをゲームセンターの本番で試す。その「積み上げ」の感覚が大好きだったんです。
ー 3万円のコントローラー!その情熱、すごすぎます(笑)。その「積み上げ」の感覚は、エンジニアの仕事にも繋がっているのでしょうか?
まさに繋がっていますね。専門学校時代の先生が言っていた言葉で、今でも大切にしている考え方があるんです。「どんなに難しい物事でも、小さく小さく分解していけば、不可能なことは一つもない」という教えです。
プログラミングも同じですよね。巨大なシステムや複雑なバグも、細かく分解して一つずつ紐解いていけば、必ず解決の糸口が見つかる。難しいからと諦めるのではなく、「もっと簡単なところから始めればいい」と思えるポジティブな思考は、間違いなくこの時期に培われました。
ー その後、新卒でゲームエンジニアになられて、さらにフリーランスとしてのキャリアも経験されていますよね。当時はどのようなお仕事をされていたんですか?
最初はニンテンドーDSのアイテム管理システムやRPGの開発に携わっていました。その後、いくつかの縁があってフリーランスになったのですが、そこでの経験は本当に幅広かったです。Javaを使った開発はもちろん、知り合いのツテで「ボウリング場のスコア計算システム」の開発を手伝ったこともありました。
ー ボウリング場のシステム!それは珍しいですね。
面白かったですよ。スコアの付け方一つとっても、日本で一般的な「ヨーロピアンスタイル」だけでなく、プロが使う「アメリカンスタイル(2つのレーンを交互に使う方式)」があることを知ったり(笑)。iPadなどの端末から名前を入力し、それをサーバーと通信させてスコアを表示し、さらに裏側では倒れたピンを画像認識で判別する。
多種多様な技術を組み合わせて一つの「体験」を作る楽しさを、Webやアプリといったゲーム以外の領域でも感じることができた貴重な期間でした。どんな分野であっても、自分が作ったものが動いて、誰かに使われる達成感に変わりはないんだな、と確信したんです。
ー その後、正社員としてジョインした前職では、非常に革新的なプロジェクトに携わっていたと伺いました。
前職では、スマホアプリ開発を中心に担当していました。特に印象深いのは、地域の健康増進と「脱炭素」を掛け合わせたプロジェクトです。市民の方が歩くとクーポンがもらえる仕組みなのですが、さらに移動経路から自動車移動の減少を算出し、CO2削減量を可視化するというシステムをUnityやJava、Objective-Cを駆使して一から作り上げました。
代表から「こういうことはできないか?」と相談され、「多分できますよ」と二つ返事で引き受け、3ヶ月間、発表会の直前まで会社に泊まり込む勢いで開発に没頭しました。技術的に難しい制約も多かったのですが、やはり「小さく分解して積み上げる」精神で乗り越えました。
(何事にも興味を持ち、楽しんで取り組む飯田さん。素敵です。)
現在:会社の解散、そして出会ったコーボーの「誠実さ」
ー 順調にキャリアを積まれていた中で、前職が「解散」するという衝撃的な出来事があったんですよね。
そうなんです。ある日突然、マネージャーから「会社がなくなる」と連絡が来ました。実はその日、私は父の病気の付き添いで病院にいたので、後から知ったんです。ショックというよりは「ついに来たか」という感覚もありましたが、率直に驚きましたね。
ただ、そんな状況でも不思議と悲観はしていませんでした。「なんとかなるだろう」というポジティブな性分もありましたし、何より、最後まで投げ出したくなかったんです。他の社員が来なくなっていく中で、私は私物の整理をしながら、最後まで代表の隣で入退室の管理やオフィスの清掃など、片付けを手伝っていました。それが自分のケジメだと思ったんです。
ー 飯田さんの誠実さと責任感の強さに胸を打たれます…。そこから改めて転職活動を始められたわけですが、コーボーとの出会いはどのようなものだったのでしょうか。
複数の媒体を使って活動していましたが、正直、他の企業との面談では少し違和感を感じることもあったんです。例えば、形式的なカジュアル面談で自社の説明を一方的に受けるだけだったり、中には「そんなことも知らないの?」と技術的にマウントを取られるような面接もありました。
でも、コーボーは違いました。最初から最後まで、ものすごく「誠実」だったんです。
ー 具体的に、どのような場面でそう感じましたか?
まず、最初にお会いした当社の顧問の齋藤さんはとても印象的でした。コーボーのことをお話いただいた後に、自分の話をとても親身に色々と聞いて下さいました。その中で今のゲーム業界の話やコーボーでできることやできないこと、どんな未来が描けるのか?なども真摯にお伝えいただいていると感じ、「とても誠実な会社だな」と感じたんです。
その後も事業部の方々や、最終面接では代表や梁瀬さんともお会いしましたが、どの方も私の話を「仕事のパートナー」のように聞いてくれたと感じました。単なるスキルチェックではなく、私のこれまでの経歴や大切にしている価値観に対して、親身に、深く向き合ってくれているのが伝わってきました。
ー とても嬉しいです!当社への入社に迷いはなかったですか?
はい。選考途中の会社もありましたが、どの企業もコーボーから内定が出た時点で辞退しました。選考の中で圧倒的な信頼感があったので迷うことはありませんでした。
(音ゲーの中でも一番ハマったのはポップンミュージック!昔はかなりやりこんでいたそうです)
未来:開発者としての価値貢献と、組織への価値貢献を目指して
ー 入社を決めてからプロジェクトが決まるまでの期間で印象的だったことはありましたか?
プロジェクトを決定するにあたり、営業の方々とのやり取りを頻繁に行い、何回か面談をしましたが、その時にも「仕事のパートナー」として妥協のない姿勢を感じたエピソードがあります。
面談での私の話し方や内容に対して、良かった点だけでなく、改善すべき点もオープンにフィードバックしてくれたんです。今まであまりそのような指摘を受けることはなかったのですが、話を聞くと「確かにな」と思う部分もあり、いい気づきになりました。そのまっすぐな姿勢が、私にはとても心地よかったんです。
ー 営業のみんなも喜ぶと思います!では最後に、これからどのようなプロジェクトに関わっていくのでしょうか?
ECの開発プロジェクトに参画します。C#(.NET)を用いたバックエンド開発がメインですが、これまで培ってきたUnityやモバイルアプリの知見も活かせると感じています。
まずは一刻も早くプロジェクトの詳細をキャッチアップし、アウトプットで信頼を勝ち取りたいですね。いち早く価値発揮ができるように頑張りたいと思います!