日本の農家にやってきたインド人ITエンジニア
2023年、中国を抜いて人口世界一位となるインド。実質国内総生産(GDP)は昨今イギリスを抜いて世界第5位に踊り出ました。かつての占領国であったイギリスを抜くというのは、ある意味象徴的で、考え深いものがあります。
そんなインドは、今やITなどの高度人材だけでなく、その優秀かつ豊富な人材に世界中から注目が集まっています。
先月(2023年4月)インドのメディアでは、こんな記事が取り上げられました。
インドのバンガロールに拠点をおく、世界有数のIT企業であるインフォシス(Infosys Limited)に勤務していたエンジニア/ヴェンカタサミー・ヴィグネシュ(Venkatasamy Vignesh)さん(27歳)が、インフォシスを退職して日本のナス農家に就職し、それまでの2倍の収入を得ているという内容です。
日本農家の人手不足を補いつつ、日本の優れた農業を学ぶ
インドはIT大国と言われますが、近年生まれたITエンジニアという新たな職業は、古くからのカーストや、断ち切れない貧困の壁を崩す職業となっており、農村部や貧困層の家庭には、子供にいい教育を受けさせて、ITエンジニアになって欲しいと望む親が数多くいます。
農家を営むヴィグネシュさんの家族は、安定収入を得られるインフォシスへの就職を心から喜んだと言います。
しかし、コロナ禍のロックダウン中に実家の農業の手伝いをしていたヴィグネシュさんは、自分の中に眠っていた農業への情熱に気づいていきました。
その後、高齢化と若者の農業離れに悩む日本の農家への就職チャンスがあることを知り、ヴィグネシュさんは日本語とともに、日本文化や礼儀、技術訓練を受けられる機関に通った後に、高知県のナス農家に就職を果たしました。
(写真:Asian Community Newsより)
インドとは対照的に農業面積が限られている日本では、最新の機器やテクノロジーを駆使した農業が営まれています。
日本で学んだことを活かして、いずれはインドに革新的な農業技術を導入することで、インドにおける農業の生産性を高めることができると、ヴィグネシュさんは考えています。
“知らない、分からない” がボトルネック
2017年、日本国法務省・外務省・厚生労働省とインド技能開発・スタートアップ推進省との間に技能実習による協定覚書が交わされて以来、インド国内には日本語教育を中心とした送り出し機関増え続けています。
日本の平均年齢は48.7歳、インドは27.9歳(2022年時点)。少子高齢化が進む日本にとって、これから人口ボーナス期を迎えていく人口世界一のインドからの人材は必要不可欠になっていくと思われます。
しかし実際には受け入れ側、つまり日本側のインド人材受け入れがなかなか進んでいないのが現状です。
その理由のひとつは、日本人のインド人に対する理解不足と言えるでしょう。
アジア最東の日本から見て、最西のインド。日本から中国、ベトナム、タイ、バングラデシュと南下してインドに入ると、同じアジア圏であっても、急に人種や文化面などの色合いが変わってくるのも確かです。
ステレオタイプなインドのイメージが強過ぎる上に、まだまだ情報が不足しているため、なかなか歩み寄るきっかけがないのかもしれません。
言葉の壁は最初だけ。インド人の驚くべき言語習得能力!
日本で仕事をするためには、どうしても日本語の習得は必須です。
ベトナム、フィリピンなどから来る特定技能実習生たちも、母国で日本語を学び、特定技能ビザの発行のために、日本語能力試験(JLPT)のN4レベル以上を取得する必要があります。
多言語国家であるインドでは、公用語であるヒンディー語の他にも、州レベルの公用語として認められている言語が21あり、政府の公用語として英語も使われています。
週をまたげば言葉が変わるインドにおいて、自分の母語以外にも1つや2つの言語が話せる、なんとなく理解できるというのはごく普通のことで、それは同時に、“分からない言語環境に身を置く”ことに慣れているとも言えます。
また、あまり知られてはいませんが、実は日本語とインド発祥の言語は、その文法構造が同じで、インド人が日本語を学ぶにあたっては、大きなアドバンテージになっています。
もともと言語習得能力が高く、多様性環境で暮らすことに慣れているインド人は、実際に日本で暮らしていく中での言語の上達力や、新しい生活環境にとけこんでいく柔軟性を兼ね備えているように思います。
生ごみで農業課題を解決。沖縄で起業した21歳のインド人
「インド=IT」というのもインドの新たなステレオタイプなイメージとして定着していますが、インドにはIT以外の分野のエンジニアや医者、研究者、経営者など、世界で活躍する若くて優秀な人材を数多く輩出しています。
今日本でも、農業分野での革新的な資材の研究開発を続ける若いインド人がいます。
沖縄県国頭郡に拠点をおくEFポリマー社は、2019年、当時21歳のインド人起業家ナラヤン・ガルジャールさんによって設立されました。
同社の製品である超吸水性ポリマーは、オレンジやバナナの皮など、農産物の不可食部分の残渣をアップサイクルした、100%天然素材の環境に優しい農業資材です。
吸水性が高く、自重の約100倍の水を吸収でき、土に混ぜて使うことができるため、苗の近くに撒くことで、砂漠化した農地でも作物を栽培することができるそうです。
(写真:EFポリマー・ウェブサイトより)
ナラヤンさんは、インド北西部に位置するラジャスターン州の小さな農村に生まれ、干ばつがひどく水不足に悩まされる農業を営む両親を見て育ちました。
「いつか水不足に悩む両親や村を救いたい」という思いを強くしていたナラヤンさんは、環境に配慮したポリマーを作ろうと2018年にインドにて起業しました。
その後、資金不足や技術開発に苦戦していたところ、沖縄科学技術大学院大学(OIST)が立ち上げた起業家育成支援プログラムの存在をしり、応募して沖縄にやってきたと言います。
同社は、2021年3月にシードラウンドで総額4,000万円の資金調達を完了し、OISTスタートアップ・アクセラレーター・プログラムから生まれたスタートアップでは、はじめての資金調達事例となっています。
EFポリマーは、最先端技術を駆使した世界の生ゴミ問題と干ばつによる水不足問題の解決から「砂漠緑化」を目標に、現在も研究開発を続けています。また、おむつや生理用ナプキン、アイスパック、携帯用トイレ、化粧品や日用品向けの増粘剤などの農業用途以外への応用についても、積極的に取り組んでいます。
「違って当たり前」を理解して受け入れる
島国、単一民族(実際にはアイヌ、琉球民族もいるが)、単一言語によって作られてきた秩序ある日本に、外国人が増えていくことへの抵抗を感じる人も多くいます。
しかし、これからの日本は高齢化が進み、人材が不足していくのは明らかです。
異文化交流において一番大切なことは、「違って当たり前」を理解すること、同化することを求めず、違う相手をお互いにリスペクトし合うことです。
異なる環境の中に身をおいたとき、人は受け入れてもらうことによって、その環境に対して心が開いていくのだと思います。
海外に住んでいて感じることのひとつとして、ときに同じ背景を持つ相手(同国民など)よりも、そもそもバックグラウンドが違う相手に対してのほうが、お互いに寛容になれたり、自分の中で妥協点を見つけてバランスをとっていく術を身につけていけることがあります。
人口14億人のインドは、人材の宝庫というだけではなく、課題意識が高く優秀な人材が数多くいます。職と収入を求めてくる人、自分の能力を高めて有効活用できる機会を求めてくる人、日本にくる理由は人それぞれですが、その豊富な人材を受け入れていくことで、これからの日本にとっても多くのものをもたらしてくれるのではないでしょうか。
これからも、農業をはじめ、看護、介護など、益々増えていくことが予測されるインド人材にも注目しながら、変わりゆくインドについての情報を発信していきたいと思います。