クックパッド社の元副社長兼COOで、クックパッドをグロースさせた中心人物とも言える山岸。「とにかく愚直に顧客に向き合う」。スマサテ社のCEOとなった山岸が話すのは意外なほどシンプルでストレートな姿勢でした。リリースから5年で利用登録企業1900社にまで急成長したAI賃料システム「スマサテ」というプロダクトをどういう想いで育ててきたのか、今後の戦略やビジョン、スマサテが求める人材について語ってもらいました。
山岸の経歴、代表取締役就任の経緯がわかる記事はこちら
(https://www.wantedly.com/companies/company_811574/post_articles/478270)
事業成長のカギは積み重ねた自信と恐怖心
―まずはスマサテというサービスについて教えてください。
スマサテは、不動産賃貸を提供する不動産会社向けのサービスで、査定したい物件の条件を入れることで適正な賃料をAIや統計手法を使ったアルゴリズムで算出し、その他付随情報の提供とレポート作成も自動化できるプロダクトです。
2018年にリリースし、現在では賃貸管理会社の事業規模ランキングトップ10社の内8社がスマサテを有料契約しているなど急成長を遂げています。
―これまでどのような想いでスマサテというプロダクトに向き合ってきたのでしょうか。
根底には「本当の意味で人の役に立つサービスや価値を生み出したい」という思いが非常に強くありますね。その背景には前職のクックパッドでの経験が大きく影響しています。
クックパッド創業者はユーザーに対して、異常なまでに徹底的に、ある意味変態的に向き合っていくような人でした。クックパッドはいまや有名なサービスですが、これほど多くの人に使われるには、徹底的にユーザーに向き合い、ニーズを正確に把握すること、更には表面化しているニーズ以上のインサイトに踏み込んでサービスとして実装していくことが必要だったんです。
それを当事者として経験して「真に人の役に立つサービスは、生半可な向き合い方では生み出せない」ということを強烈に感じました。
―それを実感したからこそ「徹底した顧客志向」を貫いているのですね。
そうですね。でもそれだけじゃなくて、このように顧客に徹底的に向き合うことは、実は経営面から見ても合理的なんです。私は事業の成長を大雑把に因数分解すると「製品の価値」×「製品を届ける力」だと思っています。そのため経営面では、この2つをどう最大化するかを極めて重要視しています。
まず「製品の価値」を高めるためには顧客が何を求めているかを深掘りして改善を繰り返すほかにありません。
もう1つ「製品を届ける」という面では、一般的には営業力やマーケティング力を高めていくということになります。ただ、実は弊社ではあまりプッシュ型の営業はしていないのです。ではどうやって製品が顧客の元に届くのかというと、大半が既存顧客からの口コミ、紹介です。製品が感動するほど便利で、価値があると顧客に感じていただけるものであれば、無理な営業をしなくても自発的に広がっていくのだということを実感しています。
つまり一見地味で遠回りにも思えますが、徹底的な顧客志向で感動するほど良い製品をつくることこそが、事業成長のキードライバーにもなるのです。
ただし逆にいうと「顧客が一度不満足な体験をすると二度と使ってもらえない」ということでもあります。事業というのは、常連顧客を一社一社積み上げていくという地道な営みでもあり、それ以外に事業を成長させる方法はないとも考えています。だからこそユーザーの利用1回ごとが勝負なんです。一度の不満足で常連になってもらえない、常連顧客を失うという恐怖心を持ちながら、顧客に徹底的に向き合い、プロダクトの改善を進めています。
"導入失敗すら機能改善のヒント"顧客の課題解決を諦めずプロダクトを育て続ける
―具体的にどのようなアクションを取ってきたのでしょうか?
当初は3人で始めた事業です。人数が少ない中で、私自身もプロダクトマネージャーとして営業メンバーと共に顧客のもとへ足を運び、100回以上のヒアリングを重ねてきました。製品へのご要望だけでなく、不動産業界のことや顧客の業務内容、業務上の課題までかなりしつこく聞き込み、その結果を反映した製品を持って、また営業に行くということをひたすら繰り返してきました。
またセールスチームは、製品を売るという役割以外にも、顧客に一番近い位置にいるという強みがあります。そこでそれを活かし「どうすれば製品を導入してもらえるか」「今回導入に至らなかった理由は何か」といったことを顧客にヒアリングし、それを社内にフィードバックする役割も担ってもらっています。
実際に社内のSlackに「カスタマーフィードバック」というチャンネルを設けており、セールスチームが顧客からヒアリングした、導入にいたった理由、評価のポイント、導入に必要な機能や要素、導入に至らなかった理由などを毎回投稿しています。この情報をもとに社内で協議を行い、製品開発のバックログに反映する、そういったサイクルを意識しています。
―顧客にヒアリングを重ねていく中で、プロダクトをどのようにアップデートをしてきたのでしょうか?
リリース当初は顧客がどのような機能を求めているか手探り状態だったので、まずは最低限の機能でリリースし、そこから顧客の声を反映していく形を取りました。
具体的に説明すると、リリース時は物件の賃料を個別に査定する機能はなく、周辺の類似物件の賃料が表示されるサービスでした。
例えばあるマンションのある部屋があった時、周辺の類似物件の賃料が分かれば当該物件の家賃を決められるだろうと思っていたからです。しかしリリースしてユーザーの声を聞いた結果、それが難しいことが分かりました。というのは、まったく同じ条件の物件というのは一つとして無いため、周辺の類似物件の金額情報だけでは不十分だったのです。
そこで、機械学習で賃料を算定するモデルを作り、入力した物件の条件に対し適正な家賃を返す機能をリリースすることにしました。しかし、それでも顧客からは満足だというお声はいただけません。不動産の業務上、家賃は単にエリアや周辺の物件情報だけで決まるものではなく、例えば川の手前と向こうで大きく値段が変わったり、駅の南北どちらに位置しているかでも変わったりします。機械学習だと、そういったこれまで重要だと考えられてきた条件がどう考慮されているのかが不明瞭です。金額だけが表示されても、それが本当に正しいのか判断できない、となったわけです。
こういった真に顧客の課題解決につながるご要望を一つひとつ細かくヒアリングし、改善してまたヒアリングする、ということを繰り返すことでプロダクトを作り込んでいきました。このサイクルのスピード、デリバリーのスループットはかなり重視しています。
もちろんUI/UX、使いやすさにもこだわっていて、デザイナーに何度も何度も作り直してもらったり、テスト環境まで作ったもののユーザーに違和感を感じさせそうな機能はリリースしなかったりといったこともありました。
―顧客の要望をプロダクトに反映していくときに気をつけている点があれば教えてください。
顧客からの要望を何でも実装していくのではなく、汎用的に価値のあるものを実装するように心がけています。
そのために、顧客から何らかの機能に関して要望をいただいた時には、なぜそのような要望があるのか、どういう課題を解決できうるのか、どの業務でどんなシーンで使うのかといった、細かい背景や利用シーンをしっかりヒアリングしています。また、他の会社でも同様のニーズがあるのか複数社に聞き取りすることで、ある会社や個人固有の要望に偏らず、汎用的に価値ある機能を選択していくようにしています。
地道に培った実績と影響力を活かして「顧客だけでなく業界全体に変革を」
―スマサテの今後をお聞きしたいのですが、まずは事業戦略面から教えてください
事業構想としては、データSaaS事業の拡大を進めていきたいと考えています。
具体的には、【対応領域の拡張】と【顧客層の拡張】という2方向での成長ですね。
現在手掛けているプロダクトは不動産業界の中でも賃料査定という領域に対応したものです。ただデータを生かしたソフトウェアという観点だと、売買の金額査定や不動産投資の際の投資収益性の算出、リフォームした際の物件価値の算出、マクロ環境の市場分析…今後はこういったさまざまな領域に対応範囲を広げていきたいです。
また現在は法人向けにサービスを提供していますが、賃料査定や投資の領域で考えると、個人の不動産投資家やオーナーも顧客となる可能性を感じています。すでに個人向けの賃料査定サービスの提供を始めており、今後個人向けのサービスも充実し顧客の拡張に繋げていければと考えています。
―続いて、ビジョンの側面ではいかがでしょうか。
一つは、不動産業界における情報の非対称性をなくしていくことを目指しています。私自身も不動産投資の経験があるのですが、事業者とエンドユーザー間の情報格差が非常に大きいんですよね。それは、これまであまり着目されてきませんでしたが、実は不動産業界全体の課題だと感じています。
これまでは不動産会社向けにスマサテという、ある意味で武器と言えるようなものを提供してきました。でも今後は事業者が一方的に「適正な賃料はこれです」と個人に提示するのではなく、適切な賃料を知りたい個人も賃料査定システムという武器を手に取り、両者がフェアに議論できるようすることが必要だと考えています。事業者にも個人にも、すべての人に正しい情報を届けられるようにしたいんです。
もう一つは、スマサテの持っている影響力を活かした取り組みをしたいと思っています。現在日本で民間事業者が管理している賃貸不動産物件は1300万戸近くありますが、スマサテの有料契約企業だけで400万戸、無料契約分も含めると600万戸近く、つまり半分近くもの物件がスマサテを利用している状態です。そのため日本国内の家賃に与える影響力が非常に大きくなっており、緊張感ある事業展開が求められています。
そして同時に、我々が賃貸不動産業界に対して家賃以外の領域にも言及できる土壌ができていると思っています。
まずは事業者と個人の情報格差という課題に取り組み、そこから多角的に不動産業界をより良いものにしていくことにチャレンジしていきたいと思っています。
“現状維持は退化と同じ”スピード感ある環境で価値あるプロダクト作りに注力してほしい
―そんなスマサテ社にはどのような人がマッチすると思いますか。
ありきたりな言葉になってしまうかもしれませんが、主体性や当事者意識、オーナーシップといったメンタリティを持っていて、なおかつその状況を楽しめる人ですね。よくサッカーに例えるのですが、当社は本来11人制のサッカーを7~8人でやっているイメージです。したがって一人ひとりに求められる役割の範囲が広くなります。ボールが転がってきたときに「ここは自分のポジションではないから」とボールを見ているだけの人では、サッカーを7人でやろうとしても成立しません。実際に今の組織は、誰もが積極的にボールを拾う組織になっていると思います。
あとは変化に柔軟に対応できる人。基本的に現状維持は退化と同じという考えなので、常に進化し変化していくことを非常に意識しています。今までやっていたことを突然やめたり、これまでのやり方をガラリと変えたりといったことが日常的に起こるんです。
変化に柔軟に適応できて、なおかつ変化を楽しめる。こういう人がマッチしていると思います。
また、少人数の会社でもあるのでメンバーとの相性は大事だと思っています。当社では毎週一回全員でランチ会をやっているのですが、面接で進んだ方にもその場に来ていただきます。単に顔合わせするだけでなく、候補者とメンバーの双方が一緒に働きたいと思えるかを確認する大切な場だと考えています。年齢や役職にとらわれず分け隔てなくやっている組織なので、そういった空気に合うかも大事ですね。
最後に、当社は上場やイグジットをするつもりはなく、ストックオプションを出す予定もありません。これは、そのようなことに気を取られず、顧客の課題解決や製品の本質的な価値にしっかり向き合い、プロダクトを作っていきたいと考えているからです。ストックオプションのようなアップサイドではなく、プロダクトが生み出す価値に共感し、一緒にモノづくりをしていただける、同じ価値観を持った方と働きたいと思っています。