データ分析と聞くと、どこか血の通わない、ドライな印象を持つ方が多いと思います。
あるラーメンチェーンの社長も、そうでした。導入前はそう思っていた、と。ところが実際に始まってみて、こう言ってくださいました。良い意味で「こんなにウェットなんだ!」と思いました、と。
理由は単純です。私たちは、データを取るのも、カウントするのも、分析するのも、すべて人力だからです。
■ 自動化できるのに、していない
店内カメラの映像を再生し、人の動きを1コマずつ目視で数える。これが私たちの仕事の中身です。
効率だけを考えれば、どこかで自動処理を挟んだほうがいい。それでも人の目を残しているのは、現場で起きていることが、あらかじめ決めたラベルに収まってくれないからです。
入ろうとして、立ち止まって、結局やめた人。連れの様子をうかがってから列に並んだ人。メニューを見上げたまま、しばらく動かなかった人。こうした動きは、機械の網から漏れていきます。
■ ドライに突きつけたら、拒絶される
先ほどの社長は、こうも続けてくださいました。「もともと超ウェットでエモーショナルな社風なので、数字だけをドライに突きつけられていたら、おそらく拒絶反応があったと思います」。
この言葉を、私たちは何度も思い返しています。
分析は、その気になればいくらでも人を追い詰められる道具です。できていないことを並べるのは簡単で、しかも正しい。正しいがゆえに、言われた側には反論の余地がない。ですが、反論できない正しさは人を動かしません。黙らせるだけです。
だから私たちは「ここができていません」ではなく「伸びしろがここにあります」と伝えます。同じ数字でも、どちらの言葉で差し出すかで、受け取られ方はまるで変わります。
■ 手でやるから、分かることがある
何時間も映像を見ていると、言葉になる前の違和感が湧いてくることがあります。
ある立ち食い蕎麦のプロジェクトでは、計測していたメンバーが席の配置に引っかかりを覚えました。当初の議題に席の話は入っていません。数えてみると、混雑時に一度も使われない席が見つかりました。
この種の発見は、仕様を決めて自動集計していたら絶対に出てきません。何を数えるべきかを、数えながら見つけている。そのために人が見ています。
■ 地味ですが、信用はされます
別のクライアントには、私たちの手法を「野鳥の会みたいですね」と笑われたことがあります。そのうえで、こう続けてくださいました。とても地味だけれど、人が目視で判断して可視化しているデータだから信頼できる、と。
地味だ。でも、信頼できる。私たちにとって、これ以上の褒め言葉はありません。
入社後は、延べ150時間の教育カリキュラムがあります。「データ分析の考え方」「ロジカルシンキング」。ゼロから専門知識を積み上げられるよう設計したものです。メンター制度と定期カウンセリングもあります。
私たちのフィロソフィーは「Make It Fun」。
誰も見向きもしなかった地味な場所を掘り下げた先にこそ、本当の面白さがある、という信念です。手で数えることの意味に共感いただける方と、話をしてみたいと思っています。