音楽の世界からIT業界へ——。
一見、まったく異なるフィールドに見えるが、彼の中ではどちらも「人に何かを届ける」という一点でつながっている。
“作ること”に情熱を注ぎ続けてきた彼が、次に選んだステージは「社会を動かすプロダクト」でした。
──これまでのキャリアを教えてください。
実は最初のキャリアは音楽業界なんです。若い頃はミュージシャンとして活動していて、ライブやレコーディングに明け暮れていました。
──えっ、もともとミュージシャンだったんですか?それはまた随分異色の経歴ですね。
そうなんですよ(笑)。当時はアナログからデジタルへの転換期で、音楽制作がPCベースになり、テクノロジーが“表現の形”を変えていく時代でした。
アーティストっぽい表現で言えば「テクノロジーが表現を変える瞬間」を肌で感じていたのかもしれませんね。
──なるほど、その後はどのようなキャリアを歩まれたのですか?
はい、「自分でもITを用いて何かを“つくる側”に回りたい」という想いが強くなり、20代後半の時にIT業界へキャリアチェンジ。グループウェアのプロダクトデザイナーとして、初めてプロダクト開発の世界に飛び込みました。
──その後はどんな経験を積まれたのですか?
大手通信会社の関連企業に移り、UXデザインやアクセシビリティ設計を担当しました。その頃、アクセス解析ツールが広まり始めていて、そこからはデータ分析の世界にのめり込み、アクセス解析事業の立ち上げにも携わりました。
──コンサルティング業界にもいたとか?
はい。大手のコンサルティングファームで、顧客データ基盤やデジタルマーケティングの構築支援を担当しました。
企業のDX推進を通じて、戦略と実装の両面を経験できたのは大きな財産です。いわゆる“大規模案件”の世界で、完成度の高いプロジェクトを数多く経験しました。ただ、クライアントの支援を重ねるうちに、「誰かの成功を支える立場」で終わることに物足りなさを感じるようになりました。「自分の手でサービスを育てたい」——それが、次の転機を呼び込みました。
──それでスタートアップへ移られたのですね。
はい、そこではクラウド会計ソフトのプロダクトマネージャー(PdM)や
テックスタートアップのCPOとして、0→1の立ち上げに携わりました。
大手企業時代とはまるで違い、何もないところからチームを組み、仕様を決め、失敗を繰り返しながら少しずつ形にしていく日々。
「知恵の輪を解くように難題をひとつずつ構築していくプロセスが、自分の原動力だ」と気づきました。
──音楽からコンサル、そしてスタートアップ。お聞きすると、かなり特殊なキャリアですね。
たしかに(笑)。でも、自分の中ではすべてが一本の線でつながっているんです。新しいものを見つけるとつい試してみたくなる性格で、ITがちょうど立ち上がってきた頃、多くのサービスや技術が次々に登場する中、「まずやってみよう」という好奇心だけで動いてたけど、振り返るとその“やってみる精神”が、いまの自分を形づくってると思います。
音楽の世界で“感性”を磨き、
コンサルで“構造”を学び、
スタートアップで“実装力”を身につけた三上さん。
後編では、現在の仕事のやりがい、そして頼れる兄貴としての
メドエックスでのポジションについても伺います。