セールス 中道
【プロフィール】
中道 彩 │ 立命館大学を卒業後、新卒で総合商社に入社し、その後は一貫して金属業界に従事。その後専門商社を経て、2025年8月にLow Codeにジョイン。新たなパートナー開拓や関係構築から直販まで、セールス業務を幅広く担当する。日本と韓国のハーフで、日本語・中国語・英語を操る。
はじめまして。2025年8月にLow Codeへ入社しました、中道と申します。
現在は営業チームの一員として、パートナーセールスを中心に活動しています。
新卒から約8年間、私は「総合商社」と「専門商社」という、いわゆる重厚長大な産業のど真ん中でキャリアを積んできました。扱う商材は金属資源。一年の大半を海外出張で過ごし、泥臭くタフな交渉を繰り返す日々。
そんな「ザ・商社ウーマン」だった私が、なぜ31歳というタイミングで、
畑違いのITスタートアップであるLow Codeに飛び込んだのか。
「なんでまた、そんな安定した道を捨てて?」 転職を決めたとき、
周囲からはそんな驚きの声も上がりました。
でも、私にとっては、これこそが「自分の人生を生きる」ために必要な選択だったのです。
今回は、私の少し変わったバックグラウンドから、商社時代に抱いた葛藤、そしてLow Codeを選んだ決意の裏側まで、ありのままの想いを綴ってみたいと思います。
目次
異文化の「狭間」で見つけたもの
あえて選んだアイルランドと、「支える」喜びを知った学生時代
商社のレールで見えてしまった「未来」
「働きやすさ」か「働きがい」か。人生の分岐点で選んだもの
プライドを捨て、31歳の「新入社員」として
「課題を言う人が偉い」Low Codeのカルチャー
予測不能な未来を、面白がりながら
異文化の「狭間」で見つけたもの
私のキャリアの根底には、幼少期の少し特殊な原体験があります。
私は日本で生まれ育ちましたが、実は日本と韓国のハーフです。
そして、母親の「将来、世界で通用する人間になってほしい」という願いから、小学校・中学校の9年間は神戸にある中華系インターナショナルスクールに通っていました。
一歩学校に入れば、そこはもう日本ではありませんでした。
飛び交うのは中国語。先生も生徒も多様なルーツを持ち、当たり前のように複数の言語が混ざり合う環境です。幼い私にとって、言葉は単なるツールではなく、アイデンティティそのものであり、同時に「壁」でもありました。
でも、その壁を乗り越えて、言葉の通じない相手と心が通じ合った瞬間の喜び。「違うこと」は怖いことではなく、面白いことなんだと知った時の感動。
そう肌で感じた9年間の経験が、今の私の「人への好奇心」や「新しい環境への適応力」の土台になっています。
あえて選んだアイルランドと、「支える」喜びを知った学生時代
その後、日本の高校を経て立命館大学に進学した私は、自分の特殊なバックグラウンドから「異文化理解」に興味を持つようになりました。「もっと広い世界を見てみたい」。そう思って選んだ交換留学先は、アイルランドでした。
よく「どうしてアメリカやイギリスじゃなくて、アイルランドなの?」と聞かれるんですが、実はこれ、結構現実的な計算もあったんです(笑)。
当時から「将来はグローバルに働きたい」と思っていたので、「アメリカやシンガポールといったビジネスの主要国は、社会人になったらいずれ行く機会があるだろう」と考えていました。だったら学生の今は、あえて自分から選ばないと一生行かないような場所に行ってみようかな、と。
それに、メジャーな国だとどうしても日本人のコミュニティが出来上がっていて、つい甘えてしまいそうで……。
そんな中で、アイルランドには私が興味を持っていた「異文化理解」について専門的に学べる大学があったんです。
そうした学びの環境があり、かつ日本人が少なくて自分を追い込める場所として、ヨーロッパ中から留学生が集まるアイルランドを選びました。
現地では、文字通りサバイバルの日々でした。でも、多様な国籍の友人と議論したり、全く違う価値観に触れたりする毎日が、本当に刺激的で楽しかったんです。
帰国後は、その経験を後輩たちに伝えたくて、留学支援団体の代表を務めることになりました。 ……と言っても、私は決して「私についてきて!」と旗を振るようなリーダータイプではないんです。むしろ心配性で、最初は「私なんかが代表でいいのかな」と不安でいっぱいでした。
しかし、留学に興味がある学生のためにセミナーを企画したり、英語キャンプの準備をしたりするうちに気づいたんです。
自分が主役になるよりも、誰かの「挑戦したい」という気持ちをサポートすることや、みんなが輝ける場所を作る「裏方」の仕事に、私は何よりやりがいを感じるんだな、と。
私が今、セールスとしてパートナーさんと協力しながらエンドユーザー様の課題解決に取り組む仕事や、組織のサポートに回ることに心地よさを感じているのは、この時の経験がベースになっているのかもしれません。
商社のレールで見えてしまった「未来」
就職活動で私が軸にしていたのは、やはり「グローバルであること」。
そしてもう一つ、何よりも大切にしていたのが「人」でした。
面接の場では、社員の方はもちろんなのですが、実は一緒に面接を受けている学生さんたちの雰囲気もすごく気にしていました。
面接官だけでなく、隣に座っている学生さんたちを見ていると、なんとなくその会社のカラーが伝わってくるような気がして。
「もし入社したら、この人たちが同期になるんだな」と想像したときに、「一緒に頑張れそうだな」とか「波長が合いそうだな」と素直に思えるかどうか。
そんな、理屈ではない「人との相性」や「空気感」を大切にしながら就職活動を進めて、最終的に一番惹かれたのが1社目 でした。
そこにいる人たちが、理屈抜きに魅力的だったんです。 バイタリティに溢れ、世界を股にかけて活躍する先輩たち。ここなら、私の語学力も、異文化への適応力も活かせるはずだ。そう確信して入社を決めました。
入社後は金属資源部門に配属。想像以上にタフで刺激的な現場でした。
当初は国内業務が中心でしたが、徐々に海外案件に関わる機会が増えていきました。
その後、営業として顧客と向き合うなかで「より現場に近い場所で、"手触り感"のある仕事をしたい」という思いが強まり、専門商社へ転職。
後半の3年間は主に新規プロジェクトを担当。
ゼロからビジネスを組み立てる難しさと面白さを徹底的に叩き込まれました。月に一度は渡航し、月の4分の1を海外で過ごす日々は、まさに世界を股にかける経験でした。
気づけば、社会人になって8年。 仕事にも慣れ、業界の商習慣も理解し、ある程度の結果も出せるようになっていました。 傍から見れば、順風満帆なキャリアだったと思います。
しかし、30歳を目前にしたある日、ふと立ち止まってしまったんです。
「あれ、この先の未来が、なんとなく見えてしまっているな」
あと数年でマネージャーになり、次はこういうプロジェクトを任され、いずれは駐在に行き……。 商社という巨大で完成されたシステムの中にいる限り、自分のキャリアはある程度「予測可能」なものになっていました。
もちろん、それは素晴らしいことです。
安定しているし、道は約束されている。
でも、私は自分に問いかけました。
「このまま、このレールの上を歩いていくだけで、本当にいいの?」
30代。ビジネスパーソンとして、一番脂が乗る時期。
今のままでも幸せかもしれない。
でも、リスクを恐れずに自分の可能性を試せるのは、もしかしたらこれが「最後のチャンス」かもしれない。
どうせ転職するなら、
「今までとは全く違う世界に行こう」
「自分が通用するか分からない、予測不能な環境に身を置いてみたい」
そう決意した私は、あえて慣れ親しんだ商社・金属業界を離れ、変化の激しいIT業界へ飛び込むことを決めました。
「働きやすさ」か「働きがい」か。人生の分岐点で選んだもの
転職活動を始めた当初は、SaaS系の企業を中心に見ていました。そんな中、エージェントさんから「中道さんにすごく合いそうな会社がある」と熱心に勧められたのが、Low Codeでした。
正直に言ってしまうと、最初は名前も聞いたことがなくて……(笑)。
でも、面接で代表やメンバーと話をする中で、これまでのIT企業に対するイメージが良い意味で裏切られるような、不思議な感覚に包まれたんです。
ベンチャーやスタートアップのIT企業というと、なんとなく「オラオラ系」というか、心身ともにマッチョでイケイケな人が多いイメージを勝手に持っていたんです。
でも、Low Codeの人たちは全然違いました。 みんなすごく穏やかで、知的で、物腰が柔らかい。
特に印象に残っているのが、代表との面接です。 面接の中で、代表がいきなり「現職に残った場合と、Low Codeに来た場合で、私ができること・できないこと」を整理して、にプレゼンしてくれたんです。 面接なのに、途中からほぼ「私のキャリア相談会」みたいになっていました。
でも、単に「自社に来てほしい」というだけでなく、私のキャリアや人生が本当に豊かになるかどうかを、本気で考えてくれているのが伝わってきました。
「あ、この人たちとなら、無理せず自然体で話せるし、信じられるな」
そう直感的に思いました。
選考が進み、ありがたいことに数社から内定をいただきました。
最後に私が迷ったのは、対照的な二つの選択肢でした。
一つは、すでに組織が出来上がっていて、制度も整っている「安心」して働ける会社。 もう一つは、まだ未完成だけど、これから会社を創っていく手触り感のある「挑戦」できる会社。つまり、Low Codeです。
30代で、しかも未経験業界への転職です。
普通なら、制度の整った環境で「働きやすさ」を取るのが賢明な判断かもしれません。 でも、私はふと、転職活動を始めたときの気持ちを思い出しました。
「予測できる未来」から抜け出して、新しい可能性を試すためにここに来たんじゃなかったっけ?
ここでまた「安心」を選んでしまったら、挑戦しなかったことをきっと後悔するんじゃないか。
「今のフェーズのLow Codeなら、単なる営業としてだけでなく、組織づくりや採用、カルチャー醸成まで、会社を創るプロセスそのものに関われる」
「これから上場を目指して急成長していく、その『カオス』な環境に身を置ける機会なんて、人生でそう何度も巡ってくるものじゃない」
そう思った瞬間、迷いは消えました。
私は、整えられた環境よりも、自分たちの手で未来を作っていける「働きがい」を選び取ることにしました。
プライドを捨て、31歳の「新入社員」として
2025年8月、Low Codeに入社。 意欲を持って飛び込んだIT業界ですが、最初にぶつかったのは、まさかの「言葉の壁」でした。
プロアクティブ、リセラー、ケイパビリティ ……。 商社時代も英語は日常的に使っていましたが、IT業界特有のカタカナ語の多用には、入社4ヶ月経った今でも少し圧倒されています。会議中に「ん? 今のどういう意味だっけ?」と、顔は平然とさせつつ心の中で必死に辞書を引くこともしばしばです。
でも、私は入社初日に心に決めていたことがあります。
それは、「変なプライドは全部捨てる」ということ。
「商社で7年やってきた」という経験は大切ですが、この新しい環境でそれを振りかざしても意味がありません。むしろ、プライドが邪魔をして「知ったかぶり」をしてしまうことの方が怖い。
だから私は、「社会人1年目」に戻ったつもりで、分からないことは素直に「分かりません」「教えてください」と言うようにしています。たとえ相手が年下のメンバーであっても、学ぶべき先輩としてどんどん質問するようにしています。
そんな「新人」の私を、Low Codeのメンバーは本当に温かく受け入れてくれました。 私が「これってどういうことですか?」と聞くと、みんな自分の作業を止めてでも、嫌な顔一つせずに丁寧に教えてくれるんです。
「誰かのために時間を割くことを厭わない」 この心理的安全性の高さ、そして自然と「教え合う文化」には、本当に救われています。
現在はパートナーセールスとして、パートナー企業の新規開拓や関係構築を中心に、エンドユーザーへの直販も担当させていただいています。
商材も業界もガラリと変わりましたが、私が営業として大切にしている軸は変わりません。 それは、「現場主義」と「相手の目線に立つこと」です。
商社時代、私は常に現場に足を運び、現地の空気を肌で感じることを何より大切にしてきました。 ITの仕事も同じだと思うんです。机上の空論ではなく、実際にお客様がどういう課題を抱えていて、現場で何が起きているのか。それを解像度高く理解しないまま提案しても、相手には響きません。
「これを言われたら相手はどう思うか」
「どう伝えれば相手の心に届くか」
常に想像力を働かせ、相手と同じ目線に立って考えること。 それは、幼い頃に異文化の中で学んだ「言葉を超えて心を通わせるコミュニケーション」と、根っこでは深く繋がっているのかもしれません。
「課題を言う人が偉い」Low Codeのカルチャー
入社して4ヶ月。私がLow Codeのカルチャーの中で、特に好きだなと感じているのが、「課題をあげる人が偉い」という価値観です。
一般的な組織では、ネガティブな課題や不満を口にすることって、どうしても少し憚られますよね。「文句を言う前に手を動かすべき」という空気感があったり、波風を立てないことが良しとされたりすることも少なくありません。
でも、Low Codeでは逆なんです。課題を見つけて発信することが、むしろ称賛される。 「ここが使いにくいです」 「ここのフロー、もっとこうできませんか?」 そうやって声を上げると、嫌な顔をされるどころか、「よく気づいてくれたね!」「じゃあどう解決しようか?」と、すぐに前向きな議論が始まるんです。
組織が急拡大していく中で、歪みや課題が生まれるのは当たり前のこと。
それを見て見ぬふりをしてやり過ごすのではなく、ちゃんとテーブルの上に乗せて、みんなで解決策を考える。
この「健全な衝突」を恐れない姿勢と、そこから生まれるスピード感のある改善サイクル。 「会社を良くするために、健全な衝突や議論をする」 その心理的な安全性と信頼関係があるからこそ、私たちは迷わずに走り続けられるのだと思います。
予測不能な未来を、面白がりながら
今後の目標について聞かれることもありますが、正直に言うと、「3年後にこうなっていたい」といった明確なビジョンは、あえて持たないようにしています。
というのも、この業界の変化のスピードは、本当に想像を超えていますから(笑)。 3年後、会社がどうなっているか、世の中がどう変わっているかなんて、誰にも分かりません。もしかしたら、今は影も形もない全く新しい事業に取り組んでいるかもしれないし、私自身も想像もしなかったような役割を担っているかもしれない。
でも、一つだけ確かなことがあります。 それは、「私はこれからも、変化の中で走り続けていたい」ということです。
「未来が見えてしまう安定」よりも、変化の激しい環境に身を置きたい。
そう思って飛び込んだのがこの世界でした。
Low Codeはまだ発展途上のフェーズで、整っていないことも多いですし、これから解決すべき課題も山積みです。 でも、温かい仲間たちとなら、そんな正解のない日々も「じゃあ、どうしていこうか?」と前向きに楽しみながら進んでいける気がしています。
商社時代のような「完成された仕組み」の中で動くのではなく、自分たちの手でゼロから仕組みを作り上げていく。その泥臭くも確かな「手触り感」が、今の私にとっては何よりのやりがいになっています。
……とはいえ、飛び交う横文字(カタカナ語)には相変わらず苦戦していて、日々ヒーヒー言っています(笑)。
それでも、私は「今の選択をして本当によかった」と思っています。
もし、あなたが今の環境に「安定」を感じつつも、心のどこかで「物足りなさ」や「未来への閉塞感」を抱えているのなら。
思い切って、そのレールから一歩、踏み出してみませんか?
正解のない環境だからこそ、そこでしか味わえない「働きがい」や、
新しい自分との出会いが待っているかもしれません。
一緒に、これからのLow Codeを創っていける日を、楽しみにしています。