「何のために生きているんだろう」
朝7時に家を出て、帰宅するのは夜中の1時。
月の労働時間は300時間超。トラックのハンドルを握り続ける日々。
当時20歳だった僕・鳴海は、結婚したばかり。連れ子の4歳の子どもと、生まれたばかりの赤ちゃんがいた。でも、子どもたちの顔を見られるのは寝顔だけ。
「朝、家を出る時も寝てる。夜、帰ってきても寝てる。俺は何のために生きてるんだろう...」
そんなある日、会社にAI配送システムが導入される。
配達ルートを最適化し、荷物の追跡を自動化する—そのシステムを見て、僕は思った。
「これ、誰が作ってるんだろう?」
それが、エンジニアという職業との出会いだった。
倒れた体、妻の涙、そして決意
でも、転職を決意する前に、僕の体は限界を迎えていた。
配送センターで突然倒れ、そのまま3ヶ月の入院。過労による体調不良。
病室で、妻が泣きながら言う。
「もう、転職してほしい...」
その言葉が、僕の背中を押した。
調べてみると、エンジニアという職業は年収600〜700万円が当たり前の世界。未経験でも挑戦できる。そして何より、家族との時間を取り戻せるかもしれない。
高校卒業後、ずっと肉体労働だけだった僕にとって、ITは未知の世界。でも、家族のため、自分の未来のために、挑戦することを決めた。
手取り15万円の現実—IT業界の闇
2019年、僕は未経験でSES企業に入社する。
そこで出会ったのが、1ヶ月先輩の田代(現Room代表)。2人とも中途入社、2人とも「新しい人生を掴みたい」という思いで飛び込んできた仲間。
でも、待っていたのは手取り15万円という現実。
トラック運転手時代の年収600〜700万円から、一気に年収250万円程度に転落。
「1年半以内に、絶対に元に戻すから」
僕は妻にそう約束する。でも、生活費は足りない。妻は夜中のコンビニでバイトを始める。僕は毎朝3時に妻を迎えに行き、6時には出社。睡眠時間は3時間程度。
さらに、生活費を補うため、借金もした。
「COBOL(コボル)現場」という絶望
研修を終えた僕が配属されたのは、**COBOL(コボル)**という言語の現場。
コボルとは、第二次世界大戦後にアメリカ軍が開発した言語。軍人への給与計算を行うために作られた、60年以上前の技術。10進数の計算に特化していて、今でも一部の銀行システムで使われている。
でも、現代のエンジニアでこの言語を学ぶ人はほとんどいない。
僕は絶望した。
「JavaやJavaScriptを学んで、キャリアを広げたかったのに...」
何度も会社に要望を出す。
「Javaの現場に変えてください」
でも、返ってくるのは「わかった、わかった」という適当な返事だけ。結局、1年半もコボル現場に放置される。
しかも、営業は現場に来ない。1年に1回会うかどうか。進捗確認もなし、キャリア相談もなし。
「俺、本当にエンジニアとして成長できるのか...?」
不安と焦りが、日に日に大きくなっていく。
転職エージェントの裏切り—そして無職へ
2020年、僕は限界を感じて退職を決意する。
知人の紹介で、転職エージェントに相談。担当者は言う。
「6月に辞めたいんですよね? 大丈夫、すぐ見つかりますよ!」
でも、会社に退職を伝えると、こう言われる。
「契約の都合上、6月は無理。3月末で辞めるか、来年まで残るか、どっちかにして」
時は2月中旬。3月末まで、あと1ヶ月半しかない。
それでもエージェントは言う。
「いや、もう3月末で辞めちゃいましょう! 絶対見つかりますから!」
僕はその言葉を信じて、退職する。
でも—転職先は見つからなかった。
しかも、そのエージェントはすべての面接に同席して、自分の営業トークばかり。企業と僕が話す時間は、1時間のうち10分もない。
「俺、何しに来たんだっけ...?」
そして、4月。僕は無職になる。
当時、失業保険は「自己都合退職の場合、3ヶ月以上経たないと支給されない」制度だった。
配達員に戻り、借金は膨らみ続けた
生活費を稼ぐため、僕は知人の運送会社で委託配達を始める。1個いくら、という出来高制。トラック運転手時代に戻ったような日々。
夜は妻がコンビニバイト。朝3時に迎えに行き、6時には配達の準備。借金はどんどん膨らんでいく。
「エンジニアになれば、人生が変わると思ったのに...」
絶望の淵に立っていたその時、ようやく転職先が見つかる。
転機が訪れた—人生が動き始めた
2020年6月、僕は新しい会社に入社する。
それは、当時40〜50人規模のベンチャー企業。
そこでの待遇は、前職の2.5倍。手取り15万円から、一気に手取り35〜40万円に跳ね上がる。
そして何より、JavaやJavaScriptなど、最新技術に触れられる環境。
「ようやく、エンジニアとしてのキャリアが始まった」
僕は妻との約束を果たすことができた。
この会社で2年半働き、スキルを磨く。そして、フリーランスへの挑戦を決意する。
大手エージェントの「門前払い」—そして田代の一本の電話
でも、フリーランスへの道も簡単じゃなかった。
某大手エージェントなど、複数のエージェントに何度も登録する。でも、返ってくるのは同じ言葉。
「スキル的に、ちょっと厳しいですね...」
門前払い。
数をこなすビジネスモデルの大手エージェントにとって、僕のような「コボル経験者」でJavaやJavaScriptが多少扱える程度のスキルの人材は、扱いづらかったんだろう。
諦めかけていたその時、5年前の同期・田代から電話がかかってくる。
「鳴海さん、フリーランスになろうと思ってるんですよね? 絶対行けますよ。知り合いのエージェント、紹介しますね」
田代が紹介してくれたのは、ある転職エージェント。
大手とは違い、担当者が一人ひとりに真剣に向き合い、営業してくれる会社。
田代は言う。
「大手は数をこなすビジネス。でもここは、1人のエンジニアに対して1人の担当者がつく。自分が頑張らないと売上が上がらないから、本気で探してくれるんです」
そして、田代は僕のスキルを信じていた。
「鳴海さんなら、絶対行ける」
その言葉に背中を押され、僕はフリーランスへの一歩を踏み出す。
「環境1つ、出会い1人で、人生は変わる」
紹介されたエージェントの担当者は、僕のために本気で営業してくれた。
そして、ついに案件が決定。僕はフリーランスエンジニアとして、新しいキャリアを歩み始める。
「環境1つ、出会う人1人で、人生は変わる」
僕は、それを身をもって経験した。
- トラック運転手時代の過労で倒れた時
- 妻が「転職してほしい」と泣いた時
- 手取り15万円で借金をしながら耐えた時
- 無職になり、配達員に戻った時
- そして、田代が「絶対行ける」と背中を押してくれた時
すべてが、今の自分を作っている。
田代の原体験—「案件が選べない、単価も知らされない」
一方、Roomの代表・田代もまた、5年前に同じ手取り15万円のSES企業で苦しんだ過去がある。
前職はエンジニアとして働いていたけど、転職先のSES企業で感じたのは、理不尽なシステム。
- 案件が選べない
- 単価が知らされない
- エンジニアの希望は無視される
- 営業は現場に来ない
- キャリア相談もない
「これじゃ、エンジニアは幸せに働けない」
田代は思った。
そして、僕と同じように、1年半でその会社を辞める。
その後、田代はいくつかの会社を経験し、最終的に独立。Roomを立ち上げる。
「エンジニアが幸せに働けるSESを、本気で作りたい」
それが、Roomの原点。
なぜ今も、2人は一緒に働いているのか
2024年8月、田代は僕に声をかけた。
「鳴海さん、一緒にSES事業やりませんか?」
僕は即答する。
「やります」
なぜ、僕は田代と一緒に働くことを選んだのか?
それは、2人が同じ地獄を見てきたから。
- 手取り15万円で苦しんだ経験
- 案件が選べず、キャリアが閉ざされた経験
- 無職になり、絶望した経験
- それでも諦めず、這い上がった経験
「こういう経験をしてない人が『次の現場は3ヶ月後ね』って簡単に言うけど、エンジニアからすると地獄のように長いんですよ」
だからこそ、田代と僕は本気。
僕は今、日中はフリーランスとして開発案件をこなしながら、夜や休日に1日3〜5時間をRoomのSES事業に捧げている。
「トラック運転手時代に比べれば、全然大丈夫です。あの頃は30kgの米を階段で何度も運び、理不尽なクレームに耐える日々でしたから」
僕は笑いながら言う。でも、その言葉の裏には、強い覚悟がある。
Roomが目指すもの—「次は、あなたの番」
Roomは創業1年目。まだ何もない。
オフィスは小さく、メンバーは10人程度。大手企業のような福利厚生も、潤沢な資金もない。
でも、僕らには経験がある。
- 手取り15万円で借金しながら耐えた経験
- 無職になり、配達員に戻った経験
- 大手エージェントに門前払いされた経験
- それでも諦めず、這い上がった経験
だからこそ、あなたの苦しみが分かる。
だからこそ、あなたのキャリアを本気で考えられる。
「転職エージェントは『3ヶ月後に次の現場』って簡単に言う。でも、エンジニアにとっては地獄のように長いんです」(僕・鳴海)
「環境1つ、出会う人1人で、人生は変わる。僕らはそれを経験してきた。次は、誰かを支える番です」(田代)
今、あなたに伝えたいこと
もしあなたが今:
- 案件が選べず、不満を感じている
- 単価が知らされず、モヤモヤしている
- キャリアの先が見えず、不安を抱えている
- 営業が現場に来ず、放置されている
- スキルアップの機会がなく、焦りを感じている
でも、挑戦したい気持ちがあるなら—
ぜひ一度、カジュアルに話しませんか?
Roomはまだ小さな会社。大手のような安定はない。
でも、あなたの人生を変えられる会社になりたい。
そして、あなたと一緒に、理想の会社を作りたい。
僕らも、かつてはあなたと同じだった。
手取り15万円で苦しみ、借金をし、無職になり、それでも這い上がってきた。
次は、あなたを支える番。
「まだ何もない会社。でも、本気です」
一緒に、0→1を作りませんか?
Roomは、あなたを待っている。
—株式会社Room 代表取締役 田代竣、執行役員 鳴海諒一