努力の量と、環境の質。もしどちらが成長を左右するかと聞かれたら、迷わず後者だと答えます。
ただし、この答えにたどり着くまでには、自分自身がその環境の中で結果を出してきた経験がありました。
年商1億円台から16億円まで駆け上がった日々を振り返りながら、「環境が9割」という考え方の中身について書いてみようと思います。
努力は誰でもする。差がつくのは環境
多くの人は、自分が置かれた環境の中で、それなりに努力をしています。
大手企業で働く人だろうと、ベンチャーで働く人だろうと、それは同じです。
だからこそ、成長速度を分けるのは、努力の量そのものではなく、その努力がどんな環境で発揮されているか、という点にあります。
たとえば、月1000万円稼ぎたいという人が、構造的にそれが難しい環境でいくら頑張っても、現実的には厳しいものがあります。
まるで1+1を3にしようとするような、無理のある挑戦になってしまうんです。
停滞している組織の中で、1人だけが突き抜けるのは、決して簡単なことではありません。
環境を選ぶときに、見ているもの
環境を選ぶ際に重視しているのは、大きく2つです。
1つ目は、その環境にどれだけ優秀な人がいるか。
2つ目は、新人にもきちんと打席が回ってくるチャンスがあるかどうか。
この2つの基準は、頭で考えたものではなく、自分自身の経験から生まれたものです。
優秀な人が周りにいれば、日々の会話や仕事の進め方から学べることが圧倒的に増えます。
逆に、どれだけ本人に意欲があっても、まわりに手本となる人がいなければ、成長の伸びしろは自然と小さくなってしまいます。
無謀だと思われた挑戦の裏側にあったもの
創業期のメンバーとして、年商1億円台から16億円まで駆け上がった経験があります。
傍から見れば「それは無理だろう」と誰もが思うような数字です。
しかし突き詰めれば、答えは驚くほどシンプルでした。
数をやったこと。それに尽きるといいます。
大手企業出身者がほとんどいない組織だからこそ、既存の「これくらいでいい」という基準が存在しません。
良くも悪くもキャップが外れている状態です。それが結果として、「そこまでやるのか」と思われるほどの成長曲線につながっていきました。
基準がないというのは、裏を返せば、自分たちで基準をつくれるということでもあります。
環境のせいにするな、という言葉の裏側
「環境のせいにするな」という言葉があります。その言葉自体は否定しません。
ただ、環境が9割だと思うからこそ、環境を主体的に選ぶことの重要性を強く感じています。
日本という社会には、出る杭を打つような空気や、成長しようとする人がどこかかっこ悪いと見なされる風潮があるように感じます。
頑張っている姿を隠し、余裕そうに振る舞うことが、かっこいいとされる空気。
それは、とてももったいないことだと思っています。
若さというだけで、行動量や挑戦の余地はまだいくらでも残されています。
40代でめちゃくちゃ失敗しているという経験もまだない。
ビジネスにおいて言えば、まだ何色にも染まっていない「余白」がある状態です。
そのチャンスを、自分から潰しにいく必要はどこにもありません。
だから、環境をつくる側に回りたい
自分自身が環境に恵まれて成長できたからこそ、今度はその環境を、若い世代に用意する番だと思っています。
優秀な人がいて、新人にも打席が回ってくる。
そういう環境は、待っていても自然に生まれるものではなく、誰かが意図してつくり続けなければ維持できません。
この発信をきっかけに、誰かのモチベーションが少しでも上向けば、それは巡り巡って組織を、ひいては社会を強くしていくと信じています。
動かない人がいたとしても構いません。
せっかく届いた言葉で、一人でも動いてくれる人がいたら、それでいいと思っています。
環境を、自分でつくる側に回りたい人へ
停滞した環境の中で1人だけ突き抜けるより、優秀な人が集まり、挑戦のチャンスが平等に巡ってくる環境で成長したほうが、圧倒的に近道です。
私たちが目指しているのは、そうした環境を自分たちの手でつくり続けることです。
裁量を持って、打席に立ち続けたい人と、一緒に働いていきたいと思っています。