2024年の2月、サラリーマンを辞めた。
1月の末まで働いて、気づいたらどん底にいた。自分のやりたいことを、本当に何一つやっていなかった。このまま終わりたくない。そう思って、最強を作ることを決めた。
社名を「最強」にしたのは、シンプルな理由だ。最強になりたかったから。そして、覚えてもらいやすいから。それだけだった。
10万円と、夜行バスと、知らない街
原薗と2人で大阪に行った時、手元には2人合わせて10万円ぐらいしかなかった。
あえて、知り合いが誰もいない場所に行こうと決めた。夜行バスで大阪に向かった。本当に何もないところから、何者かになる。それだけを決めて乗り込んだ。
大阪についてから、うまくいく以外の道が閉ざされていた。だから、うまくいくことはその瞬間に決まっていた。そういう感覚だった。
当時の1日はシンプルだった。朝起きて、飯を食って、現場に行ってピンポンを押して、夜10時頃に帰ってきて、筋トレして、飯を食って、寝る。それを1年半、続けた。
売上がない中で何を信じていたか。1年後の自分たちを、毎日想像していた。100人の仲間を後ろに連れて、ワクワクした若者たちと一緒に大きな目標を叶えている自分たち。その未来を信じながら、ピンポンを押し続けた。
原薗という存在
2人でいる中で、ストレスが溜まることも多かった。お金はない、余裕もない。それでも、原薗に背中を預けられるという頼りがいがあった。それがあったから、続けられた部分は確かにある。
組織崩壊の時
会社で一番しんどかったのは、組織崩壊をした時だ。営業マンがかなり抜けてしまった。
そこで、考えた。このまま残ったメンバーを現場に出し続けるのか。答えはNOだった。一から仕組みを整え直す。現場を管理できるメンバーを増やして、一緒に会社を作っていく仲間を育てる。その意思決定をした。
キャッシュも精神的にも、本当にきつかった。でも今振り返れば、あの選択は正解だった。
あの頃の自分に一言かけるとしたら、こう言いたい。
これも全て経験だ。目指す山が高い分、こういう経験は必ずある。自分の決めたことができるまでやり続けろ。お前にはできる、と。
失敗した意思決定は、特にない
失敗だと思う意思決定は、特にない。
全ての意思決定に対して、ちゃんと考えてから決めている。そして、自分が選んだ選択を正解にすることを一番意識している。だから失敗も全て経験になる。
最強をもう一度ゼロから作り直すとしたら、何も変えない。今まで全部が、今につながっているから。変えるとしたら1つだけ、採用の方法だけだ。
会社を作って、変わったこと
会社を作る前と後で、自分の中で一番変わったことがある。
仲間、社員、メンバー、家族。身近な人を幸せにしたいという気持ちを、心の底から本当に思えるようになった。そしてそれを実現できる手段が増えた。人間としての器が広がったと感じている。
人と会う時に、考えていること
毎日7〜8人と話している。いろんな出会いを重ねながら、知見や経験を吸収して、それを仕組みに落とし込む。それが僕の1日だ。
人と会う時に常に考えていることは、この人が何を持っていて、何をしてもらったら嬉しいのか、ということだ。その人に対してできる最大限の貢献をしたいと、いつも思っている。
一緒にやりたいと思う瞬間は、第一印象で大体決まる。そして話していく中で、仲良くなれると感じた人と一緒にやりたいと思う。
メンバーへの本音
みんなのことを、本当に信頼しているし、信用している。みんながいなかったら、今の最強はない。これからも皆さんに貢献できるように、僕が一番成長していきたいと思っている。
一番嬉しい瞬間は、「最強を選んで良かった」「松本龍拓を選んで良かった」と言ってもらえる時だ。それをずっと言ってもらえる人間であり続けること、そういう組織を作り続けること。それが僕の使命だと思っている。
孤独を感じることは、全くない。みんなが仲間であり、家族だから。ゼロから百まで話せる仲間がいる。むしろ、助けられているなと思う瞬間の方が多い。
最強という会社
最強を一言で表すなら、いい仲間が揃っている会社だ。
他にはない最強らしさがあるとすれば、訪問販売という業界で、しっかりとした組織体制と教育の仕組みが整っていること。質が高くて、みんなが楽しく1つの目的に向かって集中できていること。そこだと思っている。
メンバーたちが「愛の会社」「ワンピース」「麦わらの一味」と表現してくれる。シンプルに嬉しい。みんなそれぞれの言葉だけど、言っていることは同じだ。漫画のような会社を作りたいと思っていたから、その言葉は本当に嬉しかった。
変わらないビジョン
最強を作った時から、ずっと変わらないビジョンがある。
日本中の若者をワクワクさせること。
5年後、10年後、最強は日本中の若者が入りたいと思える会社になる。若者たちに、可能性やきっかけを与えていける会社にしていく。
光通信を超えるという目標については、目の前のことを一個一個こなしていくことが全てだと思っている。高い目標を掲げて、高い壁を超えていく。その積み重ねの先に、30年後、光通信という会社の規模感を超えた本物の日本一の会社になる。
日本一になった時、一番最初にしたいことはみんなでパーティーをすることだ。
最強が100年続く会社になるために、今一番大事にしていることがある。僕自身が、考え方と人としての大事な部分を大事にし続けること。間違っていることは間違いだと判断してやらない。人として正しいことをやり続けること。それだけだ。
松本龍拓という人間
自分はどんな人間かと聞かれたら、ポジティブな人間だと思っている。できないことはない。自分の可能性を信じて行動できる。それが自分の強みだと思っている。
自分のすごいと思うところは、最強という名前をつけて、それに向かって本気でやれていること。まだまだだと思うところは、朝が弱いこと。
10年後の自分に期待することは、今想像しているやりたいこと、叶えたいことは全て実現できていると思っている。だから5年後、8年後ぐらいに出てくる新たな目標に向かって、しっかりコミットして迎えていることに期待している。
今のメンバーへ
いつも支えてくれて、毎日頑張ってくれて、本当にありがとう。
皆さんのおかげで、僕がいる。最強という会社がある。だからこそ、皆さんの夢を叶えることに、僕は全力でコミットしていきます。
これから最強を選んでくれる人へ
選んでくれて、ありがとうございます。
選んで良かったと思えるような環境作り、そういう会社経営をしていきます。よろしくお願いします。
最後に、最強という会社を一言で表すなら——最強です。