「100万円、前借りさせてもらえませんか?」
彼は、ぼくとの最初の面接でそんなお願いをしてきました。
「どうしたの?」と事情を聞いてみると、前職では4年間、毎日12時間も働きつづけていたのに、給料は0円だったそうです。とうぜん生活費は足りず、いろんな友だちに借金をしていました。
彼に対する第一印象は「この子はちゃんと信頼できる人なのかな?」という不安。
だけど採用してみた結果、いまは年収1000万円を超える工務店のコンサルタントになり、事業部長として会社を支えてくれる存在にまでなりました。
工務店のコンサルタントとしてなんの知識も実績もなかった彼は、どのように急成長していったのか?
彼との出会いの経緯から、振りかえってみようと思います。
最初は不採用にするつもりだった
知りあいから「雇ってほしい子がいる」という頼みを受けたのは、ぼくが会社を立ち上げて1年目のとき。
当時の正社員は0人で、雇う予定もありませんでした。
というのも、起業して2ヶ月の時点で、ありがたいことにすでに50社ぐらいのお客さまがいたんです。ぼく一人でその対応はできていたので「いますぐに人を雇わなきゃ、手が回らない!」という状況でもなくて。
だから「雇ってほしい子がいる。佐藤くんっていう子なんだけど…」と連絡をもらったとき、最初は断ろうと思っていました。
とはいえ、長く付きあいのある知りあいからの頼み。ひとまず佐藤くんに会って、話を聞いてみることにしました。
1日18時間労働を、4年もつづける
彼はうちに来る直前、あるIT企業で雇われ社長をしていました。
彼はオーナーと「この売上を超えたら、成果報酬で給料を払うよ」という約束をしていたのですが、その基準が高すぎたんです。月に1億円とか、そういうイメージ。どれだけ受注しても目標に届かず、給料をもらえませんでした。
すこしでも生活費を稼ぐため、IT企業の仕事とは別のアルバイトを夜の11時から朝の5時までしていました。家に帰ったら仮眠してシャワーを浴び、また朝の8時から夜の10時まで働く。要するに、1日18時間労働です。
そんな無茶な生活を、4年もつづけていました。心も体も限界をむかえた結果、家の荷物をぜんぶ置いて夜逃げ。
携帯も変えて、ほとんどの人との連絡手段を断ちました。
「1ヶ月で10人から受注したら採用するね」
夜逃げをしてまわりとの連絡を断ち、借金まである。
彼はもう、いろんな意味でギリギリの状態でした。
「どうにか力になりたいな」と思ったぼくは「課題を与えるから、それをクリアしたら採用するね」と伝えました。
課題は「助成金の申請サポートを提案して、1ヶ月以内に10人のお客さまから受注してくる」というもの。
助成金の申請サポートって、お客さまにとってはノーリスクなんです。申請が通ったときだけ、行政からもらう金額の一部を、成果報酬としてコンサルタントへ払えばいいので。
前職時代、もし彼がお客さまとの信頼関係を築けていたのなら簡単に受注できるはず。業界未経験の彼に対して、専門スキルは求めていませんでした。
ぼくはまず「人から信頼される力があるか」を知りたいなと思ったんです。
4年も必死に働いたのに「成果報酬」というハードルの低い提案を受け入れていただけるお客さまが、10人もいない。もしそうなったときは、彼がお客さまと積み上げてきた信頼関係はその程度だったのだなと、判断することにしました。
1ヶ月後。
彼は10人のお客さまから受注してきていました。
晴れて、彼はうちの社員1号として入社することになったのです。彼が29歳、ぼくが34歳のときでした。
「工務店の社長さん30人に会っておいで」
入社したとき、彼は「工務店と不動産って、一緒じゃないんですか?」と聞いてくるほど、工務店業界に対する知識がありませんでした。
そこでぼくは「とにかくいろんな工務店の社長さんに会っておいで。最低でも30人」と伝えました。なんの知識も経験もない人が、オフィスでパソコンのキーボードを叩いていても何も生まれません。
ビジネスの出発点は、現場でお客さまの声を聞くこと。
コンサルタントというと「ランチェスター戦略」や「3C分析」といったフレームワークを使って、スマートにプレゼンする印象をもつ人もいるかもしれません。
たしかにそういった仕事もあります。だけど業界経験が浅いうちは、とにかく目の前のお客さまの「こんなことやってほしいな」という要望に対して、手と足を使って応えていくしかないのです。
「夫婦」を演じて、全国100社以上もの覆面調査をする
北海道から沖縄まで、彼は文字通り全国をまわりました。各地域までは飛行機、現地ではレンタカーと電車を駆使。
そのなかで最初に見つけた大きなニーズは「覆面調査」でした。
覆面調査とは、お客さまの競合となる工務店へ足を運び、参考にできる部分があればお客さまの会社に取りいれるというもの。
競合の工務店のリアルな接客を体験するため「夫婦」として訪れることもありました。
「佐藤くん」と「依頼主である社長の奥さま」が、工務店を回るときだけ一時的に夫婦になりきるんです。ひとりで家を建てる人は少ないので。
そのうえで「この会社の営業トークは、ここの言葉遣いがうまいな」「店を出て10分後には、もう御礼メールが来るのか」「提案プランを5つも作ってくれるんだな」といった一挙手一投足を、すべてレポートにまとめていきました。
その過程で、彼は工務店業界の知識を深めていったのです。「30社を見ておいで」と指示したのに、彼は覆面調査をした工務店さんだけで、全国100社以上もの実績をつくって帰ってきました。
ホテルニューオオタニ大阪で開かれた、1000人規模のイベント
彼の大きな成長を感じたのは、入社2年目のころ。
工務店さんが集まるイベントに、ぼくが講師として呼んでいただいたことがありました。場所はホテルニューオオタニ大阪という、高級ホテル。
工務店の関係者が1,000人も集まり、2日間かけていろんな講演会が開かれていました。その初日に、ぼくは2時間の講演枠をいただいていたんです。テーマは「工務店のこれからの働き方を考えよう」でした。
講演を無事に終えてホッとしていた、2日目の朝。
ベッドの上で「あ、助成金サポートのこと、話せなかったな」と思いだしたんです。
「今日1000人の前で講演してくれない?」
うちは、工務店のいろんな課題を解決しています。
組織や業務フローの改善を通じて、生産性の高い働き方をサポートすることはもちろん、助成金の申請サポートもしています。
昨日の講演で、工務店のこれからの働き方に関する話はしたけど、助成金の話はできなかった。そのことを思いだした瞬間、佐藤くんに電話して。
「佐藤くん、おはよう。昨日の講演会で、助成金サポートのことを話せなかったんだよね。今日どこかで枠をもらって、話してくれない? 台本は、いまから口頭で伝えるから覚えてね」とお願いしました。
彼は電話で「無茶ぶりすぎますよ(笑)」と言っていたのですが、イベント会場で会うと500枚ものチラシを抱えていて。
「それどうしたの?」と聞くと「ホテルの前にあったローソンで、刷ってきました。運営の事務局に交渉して15分の登壇枠をもらったので、終わったらそのまま出口でチラシを配ります」と言うんです。
壇上に立った彼は「当日の朝に講演を依頼される」という無茶ぶりにもかかわらず、1,000人もの工務店の関係者の前で堂々と話していました。
その自信を支えていたのは、間違いなく「全国100社以上の工務店を支援してきた」という現場での経験でした。
「突然の登壇依頼」というピンチを、チャンスに変える
講演が終わった瞬間、彼は出口の扉までダッシュ。
退場するお客さまへ「お時間いただき、ありがとうございました!」とチラシを配る。結果的に、彼はその場で新規の受注をしていました。
チラシを配る様子を見て「こいつは骨のあるヤツだな」と思ってくださった社長さんが、いらっしゃったんです。
ちなみに彼の当時の給与体系は、いまの整備された評価制度と違い、ひとまず成果報酬の割合を多めにしていました。
「毎月の生活ができるだけのお金は、基本給として渡します。それ以上に稼ぎたければ、成果を出してね」というメッセージです。
そのメッセージを汲みとった彼は「突然の登壇依頼」という無茶ぶりをチャンスに変えて、受注という成果につなげてくれました。
北海道で起きた「無茶ぶり返し」事件
彼のさらなる成長を感じたのは、彼からの「無茶ぶり返し」を食らったとき。
ある日、北海道に出張していた彼から「受注したお客さまがいるので、このあとの進め方のフォローをしていただきたいです。北海道まで来てください」と言われました。
「りょうかーい」と気軽な感じで飛行機に乗って現地の会議に出てみたら、なんとまだ受注していなかったんです。
むしろ先方の社員は全員反対しているという、めちゃくちゃアウェーな状態。佐藤くんからは、会議の直前にボソッと「小林さん、どうにかこの場を収めてください」とだけ言われました。
要するに、受注までの雲行きがあやしくなったので、受注するためにいちばん確率の高い方法として、ぼくを利用したんです(笑)。
結果的に、その場で発注していただくことができました。先方の社長さんからは「あんなに社員が盛り上がった会議は久しぶりですわ!」と、そのまま飲みに連れていっていただいて。
2次会では、地元のスナックを案内していただきました。そこで一瞬、佐藤くんと2人になるタイミングがあったんです。そこで「聞いてた話とぜんぜん違うじゃねえか(笑)」と冗談半分で叱りました。
彼は「でも、結果的に受注になったじゃないですか」と、そこまで反省してない感じでしたけどね(笑)。
「泥くさくやる」と口で言うのは簡単
でも、それでいいんです。
ぼくはコンサル会社で働いていた20代のときから「お客さまの成果のために必要なら、どんな泥くさいこともやる」というスタンスを貫いてきました。
同僚から「コンサルの役割は戦略を立てて、それをもとにお客さまを動かすことだよ」と言われても無視。
売上を伸ばしたいけど、お客さまの社内の営業メンバーだけでは足りない。そんなときは、ぼくが営業メンバーの一員としてチラシを配ったり勉強会に登壇したりしていました。
「成果のために泥くさくやります!」と、口で言うのは簡単です。でもその言葉にほんとうの意味で説得力を持たせようと思ったら、まず自分自身の成果に対して、泥くさくならないといけないんです。
佐藤くんは「自分の営業成績のため」と判断すれば、ぼくからの無茶ぶりやぼくの営業力を利用しました。それぐらい泥くさくやって初めて、お客さまの成果に対してもほんとうの意味で泥くさくなれるんです。
彼はコンサルタントのプレイヤーとして、メキメキと成長していました。だけどひとつだけ、大きな課題を抱えていたんです。
後輩の教育は「面倒くさい」
彼の抱えていた、大きな課題。
それは「後輩が成長する可能性を見切るスピードが、早すぎる」というものでした。
彼はプレイヤーとしては、すでに素晴らしかった。お客さまからの信頼は厚く、担当するお客さまの大半は5年以上も支援させつづけてもらっています。
いっぽうで、後輩の教育には粘り強く向きあわない。
彼が入社したあと、2人目、3人目と少しずつ中途の社員が増えていました。入社してまだ1〜2ヶ月しか経っていない後輩に関して、彼はすぐぼくに「あの子はもうダメだと思います」と言ってきたりするんです。
ぼくが面談で「もっと後輩の可能性を信じて、教育してあげて」と言うたびに「はい、わかりました」と、口では返答する。
でも表情や態度からは、明らかに「なんで教育なんて面倒くさいことをやらなきゃいけないんですか?」という気持ちがあふれていました。
「新卒が育たないと、会社の売上が伸びなくなる」
変わったきっかけは、うちが新卒採用をはじめたこと。
10年後の売上目標から逆算して、毎年4〜6名の新卒を採用しつづけていました。社内のコンサルの半分が、新卒3年目以内のメンバーで占められていた時期もあります。
新卒は、すぐには活躍しません。すると会社の売上の伸びが、ぼくと彼だけでガンガン営業していた時期に比べるとすこし鈍化するんですよね。
「新卒が育たないと、会社の売上が伸びなくなってしまう」。
そんな危機感を、彼は抱いたのだと思います。新卒を採用しつづけるなか、ある日の面談で彼はこう言いました。
「このままじゃ会社が成長しなくなってしまいます。ぼくが後輩の教育に、本気で向きあいます」。
マネジメント能力を磨くことで、プレイヤーとしても成長できる
それ以来、彼の後輩に対する向きあい方が変わりました。
彼がお客さま役になって、後輩の営業ロープレに何回も付き合ってあげたり、ノウハウを資料にまとめて「まずはこの流れ通りにやってみて」と教えてあげたり。
その結果、彼が教育していた新卒の子が「ルーキー・オブ・ザ・イヤー」という、社内の年間新人賞をとったんです。
その後、ほかの新卒の子たちもどんどん育ってきて、いまうちの売上は130%以上の成長をしつづけています。
マネージャーとしての成功体験を得た彼は、コンサルタントのプレイヤーとしてもステップアップしました。
というのも、彼はこれまで「営業やマーケティング」の支援に特化している状態だったんです。
だけどマネージャーとしての成功体験を得たことで「組織開発」や「人材育成」といったマネジメント領域のコンサルティングも「自分の言葉」で語れるようになった。
マネジメント能力を磨くことで、プレイヤーとしての引き出しを増やしたのです。
業界未経験だった彼は、入社してからたった3年で年収1,000万円を超えるコンサルタントにまで成長しました。
答えはいつも「現場」にある
先日の社内人事で、佐藤くんにはコンサル事業部の部長を任せることにしました。
ぼくの次に権限が大きく、事業部長は社内で彼ひとり。つまり実質的に、うちの「No.2」のポジションを担ってくれています。
なぜ、彼は急成長することができたのか?
それは、徹底的に「現場」を大切にしてきたからです。
全国100社以上もの工務店をまわってお客さまの生の声を聞きつづけてきたから、1,000人もの聴衆の前で自信をもって講演ができる。
自分自身の売上に対して泥くさくやっていたから、お客さまの売上にも徹底的に泥くさくなれる。
自分自身がマネージャーとして教育の効果を実感したからこそ、自分の言葉で教育の必要性とノウハウを伝えることができる。
仕事をしていて、急にスキルが身についたり、年収が上がったりする魔法なんてありません。
ビジネスの答えは、つねに「現場」にあるのです。
原体験は「コンサルなんて、しょせん口だけだろ」
現場を大切にするカルチャーを、うちでは「現場実証主義」と呼んでいます。
自分が現場で実証できたことだけを、お客さまにお伝えする。
原体験は、ぼくがコンサル会社で働いていた20代のころ。
ぼくの提案をなかなか受け入れてくれないクライアントから「コンサルなんて、しょせん口だけだろ。自分で事業を立ち上げた経験がないくせに、エラそうにアドバイスするな」と言われたんです。
それが悔しかったぼくは「事業もできるコンサルになってやる」と思い、起業しました。
独立して自分でいろんな事業を立ち上げた経験は、いまマーケティングや組織改善、新規事業の開発など、あらゆる領域のコンサルティングで活きています。
仕事中、ふとオフィスを見わたしたときに空席の目立つ社内を見ると、ちょっとだけ安心するんです。
「あ、みんなオフィスの外に出て、現場でしか得られない情報を取りにいってるんだな」と思えるので。
これからもうちは、自分たちが「現場」で試行錯誤して得た、責任をもって語れる情報だけをもとにお客さまを支援しつづけていきます。