去年の6月、オフィスのだんらんスペースに集まった26名の仲間の前に、私は立っていました。年に何度か行っている全社ミーティングの日でした。
その日、私は「美意識と解像度」の話をしました。
私のことを昔から知っている人は、「房田から美意識なんて言葉が出てくるなんて」と笑うかもしれません。私自身、自分がこんな話をする日が来るとは想像していませんでした。
私は愛媛の松山の、ごく普通の家庭に育ちました。高校ではボート競技に明け暮れ、大学に入るや否や、自転車に大荷物を積んで国内外を巡ったり、お店を創ったりしていました。Musubi Labの前は、商社で色々な企業間取引を担当していました。好奇心は旺盛、とにかくなんでもやってみる、熱意と根性があって諦めさえしなければ、まあ大体のことはなんとかなる。そういう価値観の持ち主で、人生の中で「美意識」という言葉を口にした回数の世界ランキングがあったとしたら、間違いなく後ろの方だったと思います。
きっかけは、社内の報告書でした。
私たちは、お客様に見せるものは徹底して検証します。伝えるべき内容を吟味し、相手の目線に立って、構成を磨き込み、削る。それは日常のこととしてやっている。一方で、社内に流れる報告書には、質にムラがありました。誤解のないように書くと、私は内輪の報告書に時間をかけて装飾を施すことには否定的です。伝わるべきことが、最適な形で伝われば、それでいいと思っています。ただ、あるレポートを開くと、大量の情報が並んでいるのに、何がポイントなのか読み取れない。あちこちからコピーして貼り付けたのか、フォントも、数字の小数点以下の桁数もばらばらで、とても読みにくい。
話してみると、どうやら手を抜いているわけではないのです。本人は真面目にやっているつもりでいる。では、この差は一体何なのか。どう伝えれば良くなるのか。そこから考え始めて、たどり着いた言葉が、美意識と解像度でした。
美意識という言葉は、「おしゃれでセンスのいい人に対して貼るラベル」であり、天性の才能みたいなものだと、私は思い込んでいた節があります。
しかし本質を理解していくと、それは「何を良いと感じ、何を良くないと感じるかの自己基準」であり、「後天的に作ることができる」、ことに気がつきました。
美意識は、その人がどんな物事に触れ、どんな経験をして、どんな感情を持ったかの積み重ねでできている。
つまり、美意識は直接鍛えることはできない。体験を取りに行き、感想を持つ。その繰り返しの中でしか鍛えられない。そこでより多くの感想を持てる人が、加速度的に成長する。そして感想の数は、どれだけ多くのことに気づけるか、すなわち解像度に依存していて、気づくという行為は、意識的に続ければ習慣にできる。
たとえば、割烹料理屋へ食事に行く機会があったとします。解像度の高い人がそこへ行くとどうなるか。白い暖簾がかかっているな。胡粉を丁寧に塗り込んだ本格的な暖簾だな。色味が落ち着いていて素敵だな。引き戸の滑りがとてもスムーズだな。よく掃除されているな。出迎えてくれた女将さんの表情がいいな。目にうるさくない、心地いい緊張感のある空間だけれど、何が私にそう思わせるんだろう。食事が来る前だけでも、これだけの気づきがある。解像度が低ければ、同じ体験をしても、まあ美味しかった、高級な感じだった、で終わってしまうかもしれません。
そこに気づいたとき、あらゆることがつながりました。これは報告書だけの話ではない。商品をつくるとき、写真の構図を考えるとき、読み物を書くとき。私たちの仕事のすべてに効いてくる。だから私は、小恥ずかしさを抑えながら、仲間の前でこの話をしたのでした。
それから、一年が経ちました。
通勤途中に見つけた紫陽花や夕日のこと。週末に訪ねた美術展で見たこと、感じたこと。気づきのあった動画や記事のこと。そういうシェアが社内のチャットに流れる光景が、日常の一つになりました。以前からもあったのですが、参加者が増えた印象です。誰かがシェアした場所に、別の仲間が行ってみる。仲間同士で展覧会や体験に出かける。そんなことも起きています。楽しみながら、自然に美意識が鍛えられていくのは、理想的だと思います。こういうのは続けるのが大事で、頑張ってるよりも、楽しくて自然に続くのが一番良いと思うからです。
この一年、私たちは自分たちの思想や判断基準も言葉にしてきました。書き上げて読み返すと、それは現状を元にした手順書ではなく、大きな理想でした。理想には、小手先の技術では届きそうにありません。ブランドは私たちの鏡で、ブランドだけを変えようとしても変わらない。私たちが変わったとき、自ずと変わっていくものだと思います。だとすれば、いま一人ひとりの中で起きているこの小さな変化は、どんな数字よりも大きな出来事なのだと思います。
先日、6期目の決算を終えました。数字はしっかりしていましたし、素晴らしい商品や取り組みもたくさん生まれました。
しかしこの一年の一番の収穫を挙げるなら、私はこの光景を選びます。これは社内カルチャーと言う名の、土壌づくりだと思います。土壌が良くなれば、大きな木が育ち、そこに生態系が生まれるものだと思います。