「教育は、学校の中だけで完結するものじゃない。地域全体で、みんなでこどもたちを育てるものだと思うんです」
そう語ってくれたのは、ITエンジニアとして働く河村さん。
ミエタに関わる講師や学校の先生が使う「MIETANポータル」などのプロダクト開発などを一手に担っているエンジニアです。
実家が教会というユニークな環境で育ち、ニュージーランドやデンマークへの留学、熊本の村への滞在など、自身の関心を大切にこれまでの人生を歩んできた河村さん。
30歳を迎えた彼が、なぜIT企業でのWebエンジニアからミエタへ転職したのか。
彼の教育に対する熱い原体験を語ってもらいました!
■「関わる大人でこどもはこうも変わる」僕が教育に関心をもった原体験
ーー「教育に携わっていきたい」と思った、一番最初の原点はどこにあるのでしょうか?
河村: 原体験は、小学校3年生から4年生に上がるときに、担任の先生が変わったことでした。先生が一人変わっただけで、それまでとはクラスの雰囲気や居心地がガラリと一変したんです。「関わる大人が誰かによって、こどもたちの環境はここまで変わるんだ!」という衝撃を受けました。思い起こせば、これが「将来は教育に関わる仕事をしたい」と幼心に思い始めた、僕の原点です。
ーーそこから、中学生・高校生へと進む中で、その思いはどのように深まっていったのですか?
河村: 高校時代、学校という閉じた空間に息苦しさを感じたことがありました。当時の僕にとって、学校はどこか「背伸び」をして、周りに合わせるために自分を演じなければならない場所だったんです。
そんなとき、僕が救われたのがキリスト教会のコミュニティでした。
教会には同世代の友人もいましたが、何より多様な世代の大人たちと関わる機会が多くありました。 そこでは背伸びをする必要なんてなくて、ありのままの自分でいられた。教会が、僕にとっての「安心できる居場所」だったんですね。
学校の先生や親以外の大人たちが、自分の居場所になってくれて、本音で話を聞いてくれる。その経験を通じて、「関わる大人たちや環境によって、こどもという個人はこうも変わるんだ、救われるんだな」と肌で感じました。
今思い起こすと、これが教育への興味をさらに深めた出来事だったのではないかと感じています。
■ デンマークで触れた「社会教育」が、僕の教育への考え方を変えた
ーー大学卒業後は、デンマークや熊本の村に行くなど、ユニークな経験をされていますね。
河村: はい。大学卒業後は就職も考えましたが思い切って1年間「ギャップイヤー(人生の猶予期間)」を過ごしてみることにしました。
改めて自分がどういう人生を送りたいかゆっくり考えたいなと思ったからです。 その期間に、デンマークへの留学や、熊本の村への滞在を経験しました。
ーーデンマークという留学先は少し珍しいような気もしますが、なぜ選択されたのでしょうか?
河村:もともと教育への興味はあったので先生になることを考えた時期もあったのですが、教壇に立って「教科」を教えることにはどうしてもピンとこなくて。
それよりも、コミュニケーションを通じて、こどもたちが「自分はどう生きたいのか」「どうありたいのか」という内省の部分に関われることに意味を感じていました。
そんな背景を知った大学の先生が、「君には社会教育という分野が合っているんじゃないか」と一冊の本を紹介してくれたんです。そこでデンマークの教育事例が取り上げられていて、 教育は学校の中だけで完結するものではなく、地域やコミュニティ全体で育まれるものだという考え方を知り、「現地で生で学びたい!」と強く思うようになりました。
※デンマークで見た素敵な空!!
ーー実際にデンマークでの「社会教育」に触れてみてどうでしたか?
河村: 一言で言うと、僕にとっては教育というよりも、もはや心地よい「コミュニティ」そのものでした。日本の学校教育とは全然違いましたね。
僕が現地で学んだデンマークの社会教育(フォルケホイスコーレ)には、テストもなければ成績評価もありません。
どの科目を選択しなければならない、などの決まりもないんです。全寮制の学校で、先生も生徒も同じ屋根の下に暮らし、年齢や国籍が異なる仲間として同じ時間を過ごす。そして、対話を通じて「自分は何者なのか」「どう生きたいのか」を見つけることを何より大事にしている場でした。
そこには、先生と生徒という年齢の違いや立場の違いすらなく、日常の暮らしや何気ない対話のすべてが学びになっていると感じる体験でした。
ーーそこで、河村さん自身の教育に対する考え方はどう変わりましたか?
河村: 変わったというよりも、自分の中で「教育ってこうだったらいいな」と漠然とずっと思っていたものが、デンマークで体現されていたことに衝撃を受けたという感じですね。
日本の学校教育のあり方は「教育=学校の中で完結するもの」という要素が強いか思いますが、僕自身は幼少期の体験からもそこに少し違和感を感じていて。
デンマークの社会教育に触れて、「教育とは、学校という枠組みを超えて、コミュニティ全体でこどもを育むことなんだ!」「こんなやり方があるんだ、こんな形があるんだ!」と、とてもワクワクしたんです。
教壇に立って、先生がこどもに「何かを教える」という形ではなく、コミュニティ全体で先生と生徒が関わり合いながら一緒に育っていく、「場づくり」に近い、そんなアプローチに希望がもてましたね、
日本の教育も学校だけに依存せず、地域やコミュニティ全体で育まれたほうが素敵だな、もっとより良い社会になるのではないかな、と感じたのはこのときです。
■ 「直感」で飛び込んだITの世界。今度は自分のスキルを教育業界で活かしたい
ーーそこから、なぜ一度「IT企業でのエンジニア」の道を選ばれたのですか?
河村: 当時働いていた所でエンジニアの方と話す機会があり、僕の中で「ものづくりが好きだし、興味あるかも?」という昔からの直感が働いたんです。また、当時から「これからはコンピューターの時代だな」と感じていて。それなら、将来キャリア的に学校や教育に関わるとしても、まずは自分自身がテクノロジーに圧倒的に強くなっておいた方が絶対に良いと考えました。
なぜなら、教育現場にもITは必要で、しかしながらその導入や認知、理解にはまだまだ時間がかかると感じていたからです。
そうしてエンジニアとしての道を歩み始めました。IT企業でWebサイトの設計から作成まで幅広く携わっていましたね。
周りからは「エンジニアってロジカルだよね」と言われることもありますが、僕自身の特性的に、ロジックよりも、「質問力」や「構造化力」、そして「ここさえ押さえておけばい全体がうまく回る」というポイントを掴むことを意識しています。
これが今の僕の最大の武器になっています。
エンジニアの環境は思った以上に心地よかったのですが、「生涯IT企業でのエンジニアとして生きていこう」とは最初から思っていませんでした。心の中には、あの幼い頃からあった「教育への想い」がずっとあったからです。
30歳という大きな節目を迎えたとき、「そろそろ、教育業界で自分自身のスキルを活かそう」と思い、転職活動をしたんです。
■ 教育を学校だけに依存させない。僕がミエタに応募した理由
ーー数ある教育関連の企業の中で、なぜ「ミエタ」だったのでしょうか?
河村: 一番大きかったのは、ミエタが「民間企業として学校教育の中に入っていくための仕組み」を高いレベルで確立していた点です。
教育へのアプローチとして、NPOやフリースクールなど外部から支援する方法もあります。しかし、学校が抱える課題を中から解決することこそが、教育の根本的な変化につながると感じていました。
今の日本は、まだまだ教育を学校依存の形から抜け出せていないと感じます 。何かあれば「学校の責任」という構造になりがちですし、先生方は日々の忙しさに追われ、すでに限界を迎えている。
だからこそ、ミエタのような民間企業が学校に入っていくことで、「学校教育をみんなで見守り、みんなで育てていこう」という風土を世の中に醸成できるのではないかと思ったんです。
外部の大人たちが学校教育に注目し、関わっていない人たちも教育を自分ごととして捉えられるようになれば、それは日本の大きな転換点になる。
学校と社会をつなぐというミエタのビジョンを読んだとき、自分の中でデンマークでの体験とも重なり、「ここだ!」と直感が働きました。
結果的に、僕はミエタ以外の会社にはエントリーしなかったんです。
直感で受けてみた会社ではありましたが、面接を通じてミエタの人たちの人柄にもとても惹かれ、自分の選択は間違っていなかったなと思い入社を決めました。
■ 自分のITスキルで学校と社会の架け橋になる。
ーーミエタでは現在、どんな仕事をされていますか?
河村: 現場のメンバーがより業務をやりやすくなるように、自身のITスキルを活かして業務改善をしたり、ミエタに関わる講師や学校の先生が使う「MIETANポータル」というWebアプリケーションの開発・設計などをしています。
今のミエタのフェーズも含めて、「特定の業務だけをやる」といった形ではなく、自分からプロダクトや組織の課題を見つけて、割と何でもやっていますね。
ーーミエタではご自身がやりたかったことを実現できていると感じますか?
河村: はい、実現できています。
僕の中にあるビジョンは、どこまでも「学校教育と社会の架け橋になること」です。
ミエタの事業と、僕のビジョンが一致しているからこそ、とても納得感を持って働けています。
ちなみに、実は僕自身、「エンジニア職」という今の職種自体には、そこまでこだわりがないんです。
先ほどの『学校と社会の架け橋になる』という目的が実現できるのであれば、ミエタでの自分の役割がエンジニアである必要は必ずしもないと思っていて。
僕が持つITのスキルも、すべてはその社会を作るための「手段」に過ぎないと考えているんです。
ただし、その理想の社会は、個人の頑張りだけで作ることは難しい。ミエタという大きな器があるからこそ、僕はその一端を担い、社会に大きな変化を起こせる。
だからこそ、深い納得感を持ってミエタで働くことができています。
■ お互いが「いたわりあえる」世の中であってほしい
ーー河村さんがミエタのエンジニアとして、これから実現したい未来を教えてください。
河村: 結構壮大な話にはなりますが、僕は教育を通じて「一人ひとりのマインドセット」を変えていきたいと思っています。そもそも、教育は「人を幸せにできる人を育てるためのもの」だと考えています。
もし、世界中の誰もが、自分の周りにいる他人を自然といたわることができていたら、そもそも「教育」なんていう言葉は必要ないとすら思っているんです。
自分と関わる人を、ちゃんといたわることができる。そんな優しいマインドセットを世の中に増やしていくための手段として、今の僕には教育があり、ミエタがあります。
ーー最後に、どんな人と一緒に働きたいですか?
河村: 今のミエタは、学校からのニーズが急増し組織としても急成長している真っ只中です。
だからこそ、決まった正解のない良い意味で「カオスな感じ」を一緒に楽しめる仲間と働きたいですね!
また、ミエタは探究学習を提供しながら、自分たち自身も探究し続けている組織です。
このスタンスはきっとこれからも変わらないと思います。
「教育に関わりながら、自分自身も組織もアップデートし続けたい」という方は、ぜひミエタに来てください!カジュアルにお話しできるのを楽しみにしています!