会社を守れなかった日から、誰かの可能性を信じる人になるまで。RePath営業リーダー・汐田さんインタビュー
汐田さんとは、前職からの付き合いです。
見た目は少しやんちゃそうなのに、話すと驚くほど優しい。熱くて、まっすぐで、いつも人のことばかり考えている。私の知っている汐田さんは、そういう人です。
でも、そんな汐田さんにも、誰とも話せなくなった時期がありました。私たちが前の会社で一緒に働いていた頃のことです。あのとき汐田さんの中で何が起きていて、どうやってもう一度立ち上がったのか。私は、ちゃんと聞いたことがありませんでした。
今、汐田さんはRePathの営業リーダーとして、メンバーの育成と事業の両方を背負っています。そして私は、汐田さんがこれからRePathの経営を担う一人になっていくと思っています。
だからこそ、今回は少しだけ踏み込んで聞いてみました。汐田さんは、一番苦しかった時期のことも、包み隠さず話してくれました。
汐田(しおた)
RePath株式会社 事業推進部・営業リーダー。中学から大学まで柔道部に所属。ブライダル業界で営業のキャリアをスタートし、人材業界を経て、創業期のスタートアップに参画。その後RePathへ。現在は営業リーダーとしてメンバー育成を担いながら、次世代の経営を担う人材として期待されている。趣味はキックボクシング。
家の前で、腕立て伏せをしていた柔道少年
―まずは原点から聞かせてください。どんな子ども・学生時代でしたか?
汐田: 学生時代は、ほぼ部活に打ち込む毎日でした。中学から大学まで柔道部に所属していて、とにかく試合に勝ちたい、チームで優勝したい。そんな闘志を燃やしていました。
部活から帰ってきても、夜、家の前で腕立て伏せをしたり、ランニングをしたりしている。そんな青年でした。
―今の自分の価値観に、一番影響を与えた出来事は?
汐田: インターハイ予選で、個人準優勝した経験です。
当時は体も小さかったので、周りに負けたくない、絶対に見返したいという気持ちが強くて、とにかく必死に練習しました。その結果、県大会で準優勝することができた。努力や工夫次第で結果は変えられるし、自分の可能性は自分次第で広げられるんだと実感しました。
この経験は今の仕事にもつながっています。難しいことに直面しても、できない理由を考えるより、どうすればできるかを考えて挑戦する。
今はリーダーとして後輩メンバーの育成に関わっていますが、最初から可能性を決めつけたくないと、いつも思っています。自分自身が努力で結果を変えられた経験があるからこそ、メンバーが諦めそうなときも、可能性を信じて向き合いたい。自分が関わることで「自分にもできるんだ」と気づいて、自信を持てるようになってくれたら、こんなに嬉しいことはありません。
自分が努力で可能性を広げられたように、今度は自分が、誰かの可能性を広げられる存在でありたいと思っています。
「人としてどうあるべきか」を教えてくれた恩師
―尊敬する人はいますか?
汐田: 高校時代の部活の恩師です。
今の時代なら、すぐに問題になってしまうくらい厳しい指導でした。でも当時は、それを「愛の鞭」として、たくさんご指導いただきました。
どんなときもぶれない、太い幹のような先生でした。悩んだとき、苦しいとき、調子に乗っているとき。どんなときに相談しても、「人としてどうあるべきか」を、ぶれずにいつもアドバイスしてくれた。男として惚れる、憧れる。そんな存在です。
―周りの人からは、どんな人だと言われることが多いですか?
汐田: 見た目はやんちゃそう。でも話したら優しい、真面目、意外と考えている、頭いい、とか言われます。
妻からは、いつも何を考えているかよく分からない、と言われます(笑)。
―仕事以外で夢中になっていることは?
汐田: 今はキックボクシングです。何も考えずに、ただ勝つことにがむしゃらだった学生時代。自分の原点を思い出させてくれる時間であり、心を元気にしてくれる時間だと感じています。
[写真:キックボクシングのスパーリング]
「気持ちだけは、誰にも負けません」
―この仕事を選んだきっかけは何でしたか?
汐田: 「人の人生に、良いきっかけを与えたい」。
これは1社目のときから、ずっと持っている想いです。
転職支援は、まさにその人の人生の転機だと、今でも思っています。自分がそのきっかけを提供することで、その方がより良い人生を歩んでいくことに介在できる。最高のサービスだと思っています。
―仕事で一番うれしかった瞬間を教えてください。
汐田: 初めて成約したときのことは、今でもずっと忘れません。
ブライダルの仕事をしていたとき、新規接客のデビューまで6か月かかりました。毎日朝5時から先輩にロープレをしてもらって、死にそうになりながら、ようやく支配人からデビューの許可をもらったんです。
そして、初めて接客したお客様に、ご契約をいただきました。昼の14時に来館いただいて、22時前までクロージングしていたのを覚えています。
最後に、「僕は新人で、知識も経験もないです。ただ、お二人の結婚式を世界一よかったと思ってもらえるようにする。この気持ちだけは誰にも負けません!」と伝えました。新郎様が、固い握手をしてくださった。あの手の温もりは、今でも覚えています。
6か月の下積みと、8時間のクロージング。知識も経験もない新人が最後に差し出したのは、「気持ちだけは誰にも負けない」という一言でした。看護師さんの人生の岐路に向き合う今の仕事にも、きっとこの日の汐田さんがいます。
会社を、守れなかった
―一番悔しかった経験と、そこからどう立ち直ったのかを教えてください。
汐田: 前職のスタートアップで、会社を守るために必死に動いたものの、最終的に民事再生という結果になったことです。
もともと僕は、前の会社でお世話になっていた方が立ち上げた会社に、創業期から一緒に会社をつくりたいという想いで入社しました。信頼していた仲間と、ゼロから会社を大きくしていく。そのことに、すごく夢を持っていました。
でも、経営が進む中で、広告投資と売上のバランスが崩れ、資金繰りはどんどん厳しくなっていきました。
僕はそれまで財務の経験はありませんでしたが、何とか会社を守りたいという一心で簿記を勉強して、資金繰りを担当するようになりました。
毎月2,000万〜3,000万円ほどの資金が足りない。
取引先への支払いも、社員の給料も、どうやって工面するか。
支払いが遅れれば厳しい言葉を浴び、ひたすら頭を下げる。明日までに4,000万円を用意しなければならないのに、どうにもならない。最後は創業者と一緒に一軒ずつ回って、個人でも借り入れをしました。
日曜日の夜、翌日の支払いに向けて会社に残っていたのは、僕と創業者の二人だけでした。会社を守るためにできることは、全部やっているつもりでした。
一方で、経営と現場との距離も感じていました。
創業者に対しても、信頼していたからこそついていきたいという気持ちと、どうしても理解できない気持ちの両方がありました。
会社を存続させるのか、売却するのか。いくつもの選択肢を模索する中で、看護師の紹介をきっかけに知り合った柴田さんにも相談しました。
柴田さんは、会社の厳しい状況を正直に伝えた僕たちの話を聞き、いろいろな助言をしてくださいました。
ただ、最後の最後まで、会社をどうするのかという判断は揺れ続けました。
一度はまとまったはずの話が、また揺れてしまったんです。
そのときの僕には、もう何が正しいのかも、相手が何を考えているのかも、分からなくなっていました。
信頼している人と一緒に会社をつくりたくて、自分もすべてを懸けてきた。それなのに、会社を守れない。自分がやってきたことは何だったんだろう。そんな思いが一気に押し寄せて、打ち合わせのあと、会社で動けなくなってしまいました。
そして会社は、民事再生という結果になりました。
その後、僕は誰とも話せなくなり、大阪の家族のもとに帰りました。
精神的にも限界で、何も考えられない状態でした。
汐田さんが話してくれたのは、私の想像をはるかに超える日々でした。
あの頃、私も同じ会社にいました。
でも、日曜の夜に二人きりで支払いの算段をしていたことも、一軒ずつ頭を下げて回っていたことも、実は私は知っていました。
それが今の私の原動力になっていることは間違いないです。
「ついていきます」後輩からの言葉と想い。
―そこから、どうやってもう一度前を向けたんですか?
汐田: 一人では、とても立ち直れませんでした。
会社をどうするか決める段階では、正直、明るい未来を約束できる状態ではありませんでした。
それでも、後輩の二人が「ついていきます」と言ってくれたんです。あの言葉は、今でも忘れません。
二人にとっては、髙山さんの存在が大きかったと思います。周りのモチベーションが落ちているような状況でも、自分で掘り起こしをして、成約をつくって、売上を伸ばしていく。髙山さんが行動で示してくれたことで、後輩たちも一緒に遅くまで頑張ってくれていました。
僕は会社を守ろうと必死でしたが、振り返ると、僕自身も仲間に支えられていたんだと思います。
髙山さんに会社の状況をすべて打ち明けたときも、当然ショックを受けていました。それでも「一緒に頑張りましょう」と言ってくれた。
その言葉に、僕自身も救われました。この人たちとなら、もう一度ゼロから、今度こそ健全な環境で会社をつくっていけるかもしれない。そう思えたことが、立ち直るうえで大きな支えになりました。
それから、当時の仲間の一人が、わざわざ大阪まで会いに来てくれました。債権者から説明を求める連絡が来て、どうしたらいいか分からなくなって、パニックになって、泣きながら電話で助けを求めたんです。
梅田の居酒屋のカウンターで一緒にお酒を飲んで、翌日はお風呂にも行きました。でも、根掘り葉掘り聞いてくるわけでもなく、無理に言葉をかけるわけでもない。
ただ、そばにいてくれたんです。あのときの僕にとって、それが本当にありがたかった。同じ目線で、会社で起きたことも、僕が抱えていた気持ちも分かってくれる人がいる。そのことに、どれだけ救われたか分かりません。
その後も、仲間は会社の状況を教えてくれていました。ある日、オンラインで話していたら、髙山さんが画面に出てきて、「しおたさーん!達成しましたよ〜!」と、12月の目標を達成したことを報告してくれたんです。
僕はまだ、カメラをつけられる状態ではありませんでした。でも、その声を聞いて、みんなが前に進んでいることが分かって、嬉しかったのを覚えています。
一方で、自分はこれからどうしたらいいのか。みんなにとって自分は必要なのか。何ができるのか。そんなことも考えていました。傷が癒えたわけでも、すぐに前を向けたわけでもありません。
「もう一度、営業からやり直そう」
汐田: その後、東京に行ったとき、柴田さんが時間を作ってくださり、僕の話を聞いてくれました。創業者への想いも、仲間への想いも、悔しさも、全部吐き出しました。
柴田さんも一緒に泣いてくれて、「もう一度、営業からやり直そう」と言ってくれた。それが、RePathに入社するきっかけになりました。
RePathで看護師の方々の転職支援をするようになって、改めて仕事の楽しさを感じました。目の前の人の話を聞いて、その人の人生にとって良い選択肢を一緒に考える。自分の関わり方によって、誰かの人生に良いきっかけを与えられる。
それは、僕がもともと仕事を通じて実現したかったことでした。会社を守ることに必死になる中で、いつの間にか見失いかけていた「自分が仕事をする理由」を、思い出せたんです。
柴田さんのインタビューで、柴田さんは「事業ではなく、戦える人に懸けた」と話していました。そして「辞めた後も、その人の人生に向き合う」とも。
一緒に泣きながら「もう一度、営業からやり直そう」と言った柴田さんの姿は、あの言葉が本気だったことの、何よりの証拠だと思います。
「生きてくれていて、ありがとう」
汐田: そして、もう一つ大きな出来事がありました。しばらく連絡を取っていなかった創業者と、再会する機会があったんです。
正直、会うのは怖かったです。ずっと尊敬していた人であり、一緒に会社をつくりたかった人。でも同時に、どうしても許せない気持ちもありました。
お店に入る前、緊張して外を歩き回っていたくらいです。
実際に会って目が合った瞬間、その人は泣きながら「生きてくれていてありがとう」と言ってくれました。
その姿を見て、初めて、その人もまた苦しんでいたんだと感じました。
僕だけが苦しんでいたわけではなかった。
家族がいて、その人なりに最後まで何とかしようと闘っていた。そのことを、少しだけ理解できるようになりました。
そして、僕自身も、自分の意思でその会社に入り、その道を選んだんだということにも、改めて気づきました。
もちろん、すべてを納得できたわけではありません。今でも、完全に整理がついたとは思っていません。
あの経験を通じて学んだのは、立ち直るというのは、傷がなくなることではないということです。失望も、会社を守れなかった悔しさも、きれいに消えたわけじゃない。それでも、支えてくれた仲間がいて、自分が本当にやりたかった仕事にもう一度出会えて、少しずつ前に進もうと思えるようになりました。
それから、人は一人では立ち直れない、ということも実感しました。自分が誰かを支えているつもりでも、実は自分も支えられている。だからこそ今度は、自分が誰かの可能性を信じて、その人が前に進むきっかけをつくれる人でありたい。
あの経験を完全に乗り越えたとは、今でも言い切れません。
ただ、あの経験があったからこそ、人の弱さや苦しさに向き合うこと、そして苦しいときにそばにいてくれる人の大切さを、以前よりも深く理解できるようになったと思います。
立ち直るというのは、傷がなくなることではない。
汐田さんは、「乗り越えた」とは言いませんでした。傷は今もある。それでも、前に進んでいる。その正直さに、私は胸を打たれました。
冒頭の、「最初から可能性を決めつけたくない」という言葉。あれは、柔道で結果を変えた少年の言葉であると同時に、一度は誰とも話せなくなったところから、仲間に支えられてもう一度歩き出した人の言葉だったのだと、今は分かります。
「利他」が強みで、弱みでもある
[写真:オフィスで仕事をする汐田さん]
―判断に迷ったとき、最後に何を拠り所にしていますか?
汐田: 仕事であれば、「顧客(お金を払ってくれる人)にとって最良になりうるか」を軸にしていることが多いです。それでも判断できないときは、「人として正しい道はどちらか」を考えます。
それでも迷うときは、どちらに転んでも正解はないんだろうなと考えて、選んだものを正解にしようと思うようにしています。
―自分の強みと弱みを、正直に教えてください。
汐田: 強みは、利他であること。弱みは、利他すぎて自己犠牲しすぎてしまうことだと思います。
自分の損得しか考えないのは、人として外れた道だと恩師から学びました。常に相手が得をすること、幸せになることを優先して、結果として自分に得が返ってきたら、それはラッキー。そう思うようにしています。
ただ、ときにそれが自分のキャパを超えてしまって、自分自身が壊れてしまうこともありました。
―一緒に働きたいのは、どんな人ですか?
汐田: ポジティブで、よく笑って、一生懸命で、人として誠実な人です。
―逆に、苦手なタイプの人とはどう付き合っていますか?
汐田: 苦手なタイプはいないです。苦手だと思っているのは自分であって、その人のことをまだ理解できていない、理解するに至っていないだけなんだと思っています。
「苦手な人はいない。理解が足りていないだけ」。会社を守るために自分を削り続けたあの日々を聞いた後だと、「利他すぎて壊れてしまうことがある」という言葉の重みがまるで違って聞こえます。だからこそRePathは、誰か一人に抱え込ませない組織でありたい。改めてそう思いました。
「伝えることが、本人にとって良いことだと思えるまで伝えない」
―メンバーに厳しいことを伝えるとき、何を意識していますか?
汐田: 伝えることが本人にとってどんな意味を持つのかを、必ず考えます。これを伝えることが本人にとって良いことなんだと思えるまでは、伝えません。
その上で、伝えるタイミング、場所、伝え方まで考えます。
―メンバーと向き合う中で、印象に残っているエピソードは?
汐田: ある後輩メンバーがかなり気持ちが落ち込んでいて、退職するかどうかの瀬戸際だった時期がありました。そのとき、一緒に育成に関わっている仲間が、朝方に、そのメンバーへの想いと関わり方をメッセージで送ってくれたんです。
疲れているはずなのに、寝る間を惜しんでメンバーのことを考えている。その姿を想像したとき、リーダーとしての覚悟と責任感、そして自分がこれまで受けてきた愛情を次の世代に還元しようとしている熱い想いを感じました。すごく嬉しかったです。
―自分が落ち込んだときは、どうやって切り替えていますか?
汐田: 仕事で失敗したときに、それをプライベートで発散するという考えは持たないようにしています。
「仕事の報酬は仕事」という考え方が昔からあって、仕事でミスしたら、必ず仕事で取り返す。それでも、今日はちょっと気持ちが下がっているなというときは、外の空気を吸ったり、サウナで無心になったりして、落ち込んでいる自分から一度「幽体離脱」するようにしています。
客観視するのに近いですね。
かつて、何も言わずにただそばにいてくれた仲間に救われた人が、今は、眠れない夜にメンバーを想う仲間の姿に心を動かされている。受け取った愛情が、次の誰かへと手渡されていく。RePathの育成は、そうやってつながっています。
型にはまらない、熱量の集団
[写真:チームでの食事会]
―RePathの一番の強みと、課題は何だと思いますか?
汐田: 強みは、型にはまらない属人性と熱量の集団であることだと思います。慣習や正攻法ではなく、試行錯誤しながら、正解を自分たちで導き出す。その圧倒的な行動量と熱量こそが強みです。
課題は、その強みを持続的な成長につなげるための、人材の定着と育成だと思います。社内の雰囲気はとても良いし、チームワークも抜群です。今の熱量や属人性を単純に仕組み化して失わせるのではなく、RePathらしさを残しながら、誰もが成長し、成果を出せる環境をつくることが大事だと考えています。
―今の組織で「変えたい文化」と「守りたい文化」は?
汐田: 変えたい文化はないです。逆に、今の文化は守り続けていきたい。
可能性を追求し続けるというスタンスは、規模が大きくなればなるほど、浸透が難しくなっていく気がしています。だからこそ、常に「変化」し続ける集団でありたいと思います。
―経営側に立つことと、現場で成果を出すことの違いは何だと思いますか?
汐田: 違いは、ないほうがいいと考えています。経営と現場は分断されるべきではなく、一気通貫であることが強い組織の条件だと思っています。
ただ、担う責任は違います。経営は事業の方向性を示し、優先順位を決め、人や資金といった経営資源を適切に配分する。現場は顧客に向き合い、最高の付加価値を提供し続ける。経営が現場を理解し、現場も経営の意図を理解する。その両方がそろうことで、組織全体の成果を最大化できるのだと思います。
―嫌われる判断をしなければならないときは?
汐田: 嫌われることも仕事の一つだと思っています。
ただ、一人で抱え込むのも違う。
判断する側で相談し、全員で出した答えなら、納得して進めます。
「経営と現場は分断されるべきではない」。この言葉は、経営と現場の距離に苦しんだ経験を持つ汐田さんだからこそ、言えるのだと思います。
「組織のブレインでありたい」
―経営幹部になるために、今の自分に足りないものは何だと思いますか?
汐田: 事業全体を自分ごととして捉え、課題を見つけ、解決まで主体的に推進する力だと思っています。
事業を成長させるために何が足りないのか、何を優先すべきなのかを自ら考え、戦略や具体的な打ち手に落とし込み、周囲を巻き込みながら実行する。
今はまだ、事業を前に進める部分に頼っているところもあると思います。
自分自身が事業を推進する側に回り、成果に責任を持てる人間になること。
それが今の課題です。
―3年後のRePathを、どんな会社にしたいですか?
汐田: 「医療系の人材紹介といえばRePath」と言われる状態になるといいなと思います。
医療人材業界のキーエンスと言われるような、高利益体質の企業にしたい。
平均単価、一人当たりの売上生産性、従業員の平均年収、顧客満足度。
すべての指標で業界平均を大きく超える、唯一無二のメガベンチャーでありたいです。
―その中で、汐田さん自身はどんな存在でいたいですか?
汐田: 組織のブレインでありたいです。
ただ、アイデアや戦略を考えるだけの存在ではなく、事業の課題を捉え、勝ち筋を描き、実行できる形に落とし込める人間でありたい。ビジョンを理解した上で、自分なりの視点で事業を前に進める。経営と現場をつなぎ、組織全体の成果を最大化できる存在でありたいと思います。
一度は資金繰りの最前線で、会社が立ち行かなくなる現実を目の当たりにした人が、「医療人材のキーエンス」という高利益体質の会社を目指すと言う。それは、夢物語ではなく、あの日々から得た覚悟なのだと思います。
関わった人の人生に、良い影響を残したい
―人生全体で見たとき、仕事で何を成し遂げたいですか?
汐田: 自分が関わった人の人生に、少しでも良い影響を残せる人間でありたいです。
仕事でもプライベートでも、自分が関わったことで誰かが成長したり、自信を持てたり、新しい一歩を踏み出せたり。そういう人の人生の変化に、関わり続けたい。そしてその価値を一人ひとりに届けるだけでなく、事業や組織を通じて、より多くの人に届けられる人間になりたいです。
最期を迎えるときに、自分が思っていた以上に多くの人が集まってくれて、家族が「パパって、おじいちゃんって、こんなにもたくさんの人に影響を与えていたんだ」と思える。そんな人生にしたいですね。
「人は、一人では立ち直れない。でも、誰かがそばにいれば、何度でも歩き出せる。」
[写真:汐田さんショット]
取材を終えて
最後に、汐田さんにこんな質問をしました。
―10年後の自分に一言かけるとしたら、何と言いますか?
汐田: 「今と10年前、どっちが楽しい?」
体が小さくても負けたくなくて、家の前で腕立て伏せを続けた柔道少年。6か月の下積みの末に、「気持ちだけは誰にも負けません」と言って初めての契約をつかんだ新人。会社を守るためにすべてを懸け、守れず、一度は誰とも話せなくなった人。そして、仲間に支えられ、もう一度、営業から歩き出した人。
汐田さんは、傷が消えたとは言いませんでした。
それでも、今、誰よりもメンバーの可能性を信じ、誰よりも熱く、事業と人に向き合っています。
柴田さんは「人は、何度でも生まれ変われる」と言いました。汐田さんの話を聞いて、私はもう一つ付け加えたくなりました。
人は、一人では立ち直れない。でも、誰かがそばにいれば、何度でも歩き出せる。
RePathは、まだ完成された会社ではありません。だからこそ、この会社には、誰かの可能性を決めつけない人がいます。つまずいた仲間の隣に、何も言わずに座っていられる人がいます。
10年後の汐田さんが、どちらを「楽しい」と答えるのか。きっと、「今」と胸を張って答えられる10年にするために、汐田さんは今日もメンバーと向き合っています。
またRePathも汐田さんに向き合い続けていきます。
そしてその10年を、一緒につくっていく仲間を、私たちは探しています。(https://open.talentio.com/r/1/c/repath/pages/114215)
RePath株式会社
2024年12月設立。訪問看護のRecovery International(東証グロース上場)グループの、看護師に特化した人材紹介会社。一人のキャリアアドバイザーが医療機関と求職者の双方を担う「両面型」で、地方を含む全国の医療機関と看護師のマッチングと長期定着を支援しています。