創業60周年を迎えた株式会社桐井製作所。創業者の想いを受け継ぎながら、社会の安全と未来を見据え、挑戦を続ける3代目社長・桐井 隆氏に、これまでの歩みと未来への展望を伺いました。
目次
▍Q1. 創業60周年を迎えられた率直な感想をお聞かせください。
▍Q2. 長きにわたり会社が存続し続けられた、最大の要因は何だと思いますか?
▍Q3. 社長に就任されたのは1999年とのことですが、当時の状況はいかがでしたか?
▍Q4. 会社を大きく成長させた「耐震天井」の開発についてお聞かせください。
▍Q5. 今後の事業展開について教えてください。
▍Q6. 会社として、今後も大切にしていきたい言葉は何ですか?
▍インタビュアーより
▍Q1. 創業60周年を迎えられた率直な感想をお聞かせください。
A. 株式会社として60年、個人事業時代から数えると86年の歴史を、祖父、父、そして私と3代にわたり続けてこられたことを、心から嬉しく思います。これもひとえに、創業期から支えてくださった方々、そして今を共に歩んでくれている社員の皆さんのおかげです。感謝の気持ちでいっぱいです。
▍Q2. 長きにわたり会社が存続し続けられた、最大の要因は何だと思いますか?
A. 一つは、社員一人ひとりの「素直さ」です。会社の目指す方向性が定まると、皆が迷わず一丸となって進んでくれる。これは組織として非常に大きな強みだと感じています。 また、私たちは「鋼製下地材」という、普段は人の目に触れないものを作っています。
だからこそ、「目立とう」とするのではなく、やるべきことを着実にやり遂げるという姿勢が、会社全体に根付いていることも大きいですね。
▍Q3. 社長に就任されたのは1999年とのことですが、当時の状況はいかがでしたか?
A. 父が急逝したため、28歳という若さで社長に就任しました。当時は業績も低迷し、社内にも停滞感がありました。カリスマ的存在だった父を突然失ったことは、会社の存続すら危ぶまれるほどの大きな試練でした。しかし、この困難を乗り越えられたのは、社員全員が「会社をなんとかするんだ」という強い思いで一致団結してくれたからだと感じています。
▍Q4. 会社を大きく成長させた「耐震天井」の開発についてお聞かせください。
A. 以前から、地震による非構造部材の落下事故が増えているという課題意識は社内にありました。決定的なきっかけは、宮城県でプールの天井が落下し、多くの負傷者が出た事故です。幼い子供を持つ父親でもあった私は、「これは他人事ではない」と強く感じ、すぐさま耐震天井の開発に着手しました。 しかし、開発した製品はコストも高く、「売れるわけがない」という声もありました。
そこで、施工技術を担保するための日本耐震天井施工協同組合の設立に寄与し、普及活動を進めました。その矢先に東日本大震災が発生し、私たちの耐震天井が被害を食い止めたことで、その必要性が社会に認められるようになりました。「日本中の天井を耐震化する」ことが、私たちの社会的使命であると確信しています。
▍Q5. 今後の事業展開について教えてください。
A. これからはハード(製品)だけでなく、ソフト(サービス)の提供にも力を入れていきます。建築業界のDX化を推進するためのコミュニティ「コンテックラボ」を立ち上げ、経営コンサルティングやソフト開発会社との提携を通じて、お客様の経営を包括的にサポートする体制を構築していきます。
▍Q6. 会社として、今後も大切にしていきたい言葉は何ですか?
A. 「信頼」と「質実剛健」です。信頼を築くのは大変ですが、崩れるのは一瞬です。このことを常に心に留めています。また、私たちは目に見えない建材を扱うからこそ、見た目や流行に流されず、本質をしっかりと高めていく「質実剛健」な姿勢を大切にしています。 当社のコーポレートメッセージである「100年の安心に、こたえる」という使命を果たすためにも、この2つの言葉を胸に、これからも邁進していきます。
▍インタビュアーより
今回のインタビューを通して、創業以来受け継がれてきた「お客様に安心を届けたい」という強い想いと、それを実現するための絶え間ない挑戦の歴史を肌で感じることができました。
特に、耐震天井の開発は、目先の利益ではなく、社会的な使命を優先したからこそ生まれた画期的な製品であり、桐井社長の熱い信念と実行力がなければ実現しなかったでしょう。
創業60年という節目を迎え、次の100年に向けてDXやソフト面にも事業を拡大していくというお話は、変化を恐れず、常に進化し続ける桐井製作所の企業文化を象徴していると感じました。桐井製作所が挑む今後の展開も、楽しみです。
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