20代にして数々の実績を築き上げ、月間数億再生規模のメディアネットワークを牽引するStoke株式会社の小島代表。未経験からSNSマーケティングの世界に飛び込み、圧倒的な行動力で事業を拡大してきました。
その原点にあるのは、プロバスケ選手になるという夢を追いかける中で培った「やりたいなら、まず動く」という姿勢。そして、どれだけ困難な状況でも、自分で決めた道を自らの行動で正解に変えていくという強い覚悟です。
今回は、小島代表がどのようにして現在の事業と組織を築いてきたのか。過去の危機を乗り越えた経験や、経営者として「自分の成功」から「仲間への恩返し」へと変化していった価値観、そしてStokeがこれから目指す未来について詳しくお話を伺いました。
小島和也 / 代表取締役
富山県出身。コロナ禍を機にプロバスケ選手を目指し、活動資金を集めるためSNS運用とクラウドファンディングを開始。その後、独学でSNSマーケティングを学び、数ヶ月で事業を軌道に乗せる。自社メディアの成功を機にStoke株式会社を設立し、現在はSNS運用代行やインフルエンサープロデュースなど多角的に事業を展開している。
【この記事の3つの見どころ】
◼︎「やりたい」を起点に、行動で道を切り拓いてきた原点
プロバスケ選手を目指す過程で資金難に直面し、経済的に苦しい下積み時代を経験しながらSNSマーケティングに挑戦。約3万件のDMや泥臭い営業を重ね、数ヶ月で事業を軌道に乗せた圧倒的な行動力の原点。
◼︎本気で挑戦し、仲間と「青春」できるStokeのカルチャー
利他性と成長意欲を持つ仲間が集まり、互いに高め合いながら本気で仕事を楽しむ。小島代表が大切にする、Stokeらしい組織のあり方とは。
◼︎「成長したい」だけではない。Stokeが求める仲間
自ら考え、動き、困難から逃げずに挑戦できる人。完成された環境に乗るのではなく、仲間と一緒に会社を大きくしていきたい人へ、小島代表からのメッセージ。
挫折と挑戦を繰り返した学生時代。何事にも全力で向き合う価値観の原点
──幼少期から中学時代にかけて、どのようなことに熱中されてきたのでしょうか。
富山県で生まれ、小学生のころは野球に打ち込んでいました。ただ、当時の監督と方針がどうしても合わず野球を楽しむことができず、中学生で野球から離れる選択をしたんです。
その後は友人とハンドボール部に入ったものの、ほとんど活動せず、テレビゲームなどに没頭する日々を送っていました。特別な少年時代というわけではありませんが、一度「楽しい」と感じた対象に対しては、時間を忘れて夢中になれるタイプだったと思います。
──高校生になってから、再びスポーツに情熱を注がれたと伺いました。
はい。高校で友人に誘われてバスケ部に入部したのが大きな転機となりました。たまたま赴任してきた監督が国体レベルの優秀な指導者で、周囲には実力ある選手が集まる環境。一方で、自分だけが初心者という状況でした。それが猛烈に悔しくて、みんなが帰った後も体育館に残り、毎日必死に自主練習を重ねた結果、徐々に試合に出られるまでに成長できたんです。
同時に勉強にも手を抜かず、学年で一桁の順位をキープしていました。高い目標を掲げるからには、文武両道で結果を出さなければ周囲に認めてもらえない。そんな思いがあり、何事も自分なりの基準値を高く設定して、やるなら徹底的にやるという姿勢は、この頃に培われたと思います。
──大学進学後も、ご自身でバスケチームを立ち上げるなど行動力を発揮されていますね。
大学でも本気でバスケを続けたかったのですが、強豪大学ゆえに指定校推薦組しか入部できないという制限がありました。そこで諦めきれず、自分で社会人リーグに登録するチームを立ち上げたんです。ただ、周囲の学生との熱量の違いに次第に違和感を覚え、1年で代表を譲って退く決断を下しました。
そこからは明確な目標を見失い、何のために生きているのか分からない自暴自棄な時期を過ごしています。
「できるか」ではなく「やりたいか」。プロバスケ選手への挑戦がSNSマーケティングとの出会いに
──目標を見失っていた大学2年の後半、コロナ禍を機にプロバスケ選手を目指した経緯を教えてください。
本を読んだり情報を集めたりする中で出会った、「できるかできないかではなく、やりたいかやりたくないかで決める」という言葉に出会ったことが大きかったですね。将来を真剣に考える時間が増える中で、人生で一番夢中になれたものは何だろうと考えたとき、やっぱりバスケでした。そこで、「才能があるかどうか」ではなく、自分が本当にやりたいなら挑戦してみようと、プロバスケ選手を目指す覚悟を決めました。
ただ、プロを目指すには、才能や経験の面で周囲に大きく遅れを取っています。そこで、他の選手と同じことをしていても勝てないと考えました。
プロリーグが興行収入やスポンサーなどで成り立っているビジネスである以上、単にバスケが上手いだけではなく、「この人を応援したい」と思ってもらえる付加価値が必要だと考えたんです。そこで、自分自身を一つのコンテンツとして発信し、ファンを獲得するためにSNSを始めました。
──そこで活動資金を集めるためにクラウドファンディングを実施されますが、目標達成の裏にはどのような行動があったのでしょうか。
当時はクラウドファンディング自体の認知度もまだ低く、「自分で稼げよ」と批判される可能性もありました。だからこそ、ただSNSで告知するだけではなく、自分から会いに行くことを徹底したんです。経営者の方々に約3万件のダイレクトメッセージを送り、一人ひとりにご挨拶と拡散のお願いをしました。
もちろん、厳しい言葉をいただくこともありました。それでも、アポなしで交流会に飛び込んでプレゼン等で熱意を伝えたり、ご縁のあった飲食店にトイレの壁へビラを貼らせてもらったり。「やりたい」と決めた以上、あとはどうすれば実現できるかを考えて、とにかく動く。その繰り返しでした。そうした泥臭い行動を積み重ねた結果、多くの方に支えていただき、184万円ものご支援をいただくことができました。
──順調なスタートを切ったかに見えますが、そこから一転して大きな壁にぶつかったと伺いました。何が起きたのでしょうか。
獲得した資金は栄養管理やプロテスト費用などに全額投資したため、日々の活動を続けるための余裕がなくなってしまったんです。当時はYouTubeの収益も月に数万円程度。バスケ、SNS、アルバイトの3足のわらじを履く生活で、思うように結果が出ず、下積みとして苦戦する時期が続きました。富山の実家に身を寄せながらコールセンターで働き、「このままでは人生が終わる」と強い焦りを感じていましたね(笑)。
そこで、もう後戻りできない環境を自分でつくろうと、なけなしの資金を投資して高額なオンラインスクールに入学し、最新のパソコンも購入して、SNSマーケティングをゼロから学び直しました。
そこからは、とにかく実践しました。
結果として、開始4ヶ月目には月収130万円を達成。挫折続きだった中で初めて、「自分の行動次第で状況を変えられる」という実感を持つことができました。
この経験が、今の自分の経営者としての考え方につながっています。
──具体的には、どのような考え方が現在の経営にも生きているのでしょうか。
「環境が変わるのを待つのではなく、自分で環境を変える」という考え方です。もちろん、人生には自分ではコントロールできないこともあります。ただ、そこで環境や誰かのせいにしても、状況は変わりません。
だからこそ、与えられた環境の中で「自分に何ができるのか」を考え、選んだ道を自分の行動で正解にしていく。これはプロバスケへの挑戦でも、SNSマーケティングへの転身でも、経営でも変わっていません。
「自分のため」から「仲間のため」へ。会社を経営する意味が変わった瞬間
──個人のSNS運用から、会社を立ち上げ組織化しようと考えたきっかけは何だったのでしょうか。
SNSマーケティングの依頼が増え、自分一人ではすべての期待に応えきれなくなったことがきっかけです。そこで、仲の良かった先輩や後輩に声をかけて、一緒に仕事をするようになりました。夜な夜な集まって「次の企画をどうするか」と議論したり、一つの目標に向かって試行錯誤したり。そこで初めて、一人で成果を出すこととは違う、仲間と大きな成果をつくる面白さを知りました。チームで成果を出し、世の中への影響力を広げていく。そのプロセスに魅了され、法人化して本格的に組織を拡大していくことを決めました。
──経営をしていく中で、小島さん自身の価値観や目標にも変化があったのでしょうか。
大きく変わりました。
起業当初は、「何者かになりたい」という、自分自身がどうなりたいかという欲求がモチベーションの中心だったと思います。でも、会社が大きくなるにつれて、大企業の内定を辞退したり、安定した仕事を手放したりしてまで、Stokeに人生を預けてくれる仲間が増えていきました。そこで、会社を成長させる意味そのものが変わったんです。
自分が自分を信じるのは簡単ですが、他人が自分を信じて、人生を預けてくれるというのは、本当に難しくて尊いことです。その覚悟を目の当たりにするたびに、「この人たちに何としても恩返ししたい」「この会社をもっと大きくして、Stokeに来たことを正解にしたい」と強く思うようになりました。今の自分を動かしているのは、もちろん事業への情熱や自身の目標もありますが、それ以上にメンバー一人ひとりが将来どうなりたいかを一緒に追うこと、自分を信じてくれた仲間への感謝と恩返しなのだと思います。
──現在のStokeには、どのような方が多いのでしょうか。
利他的で思いやりがあり、常に成長意欲を持ってハードワークを楽しめるメンバーが多いですね。私自身が採用に関わってきたこともあり、価値観に共感してくれる仲間が多いですね。誰かの幸せを自分のことのように喜べるメンバーばかりで、社内は刺々しい雰囲気が一切ありません。もちろん、それぞれが自分の目標に向かって努力していますが、困ったときには助け合いながら、互いに高め合える関係性ができていると思います。
──小島さん自身は、メンバーに対してどのような思いで接していらっしゃるのでしょうか。
報われない人や困っている人を助けたいという思いは、昔から自分の中にあります。だからこそ、仲間には絶対に同じような辛い思いをしてほしくない。一方で、本当に仲間の人生を考えるのであれば、ただ居心地の良い環境をつくるだけでは十分ではないとも思っています。どんな環境でも通用するスキルや人間性を身につけるためには、時には厳しいプレッシャーや高い壁を乗り越える経験も必要です。
だからこそ、優しさと厳しさの両方を持ちながら、「Stokeに来たことで人生が良い方向に変わった」と思ってもらえるようなステージをつくることが、今の自分の大きな役割だと考えています。
大きな壁が、事業の軸を変えた。常にコンフォートゾーンを抜け出す覚悟
──起業後、東京へ進出して大きな壁にぶつかったと伺いました。どのような困難があったのでしょうか。
当時は自社メディアの展開に大きく依存しており、1期目から1億円以上の売上をつくることができていました。ただ、もっと大きな挑戦をしたいという思いから東京進出を決め、オフィス設立などへの投資を進めていく中で、プラットフォームのアルゴリズム変動などが重なり、主軸だったメディア事業が大きな打撃を受けました。経営者として、初めて本当の意味で事業を継続していくことの厳しさを痛感した瞬間でした。
ただ、この経験があったからこそ、一つの事業に依存するのではなく、会社として新しい収益の柱をつくらなければならないと考えるようになりました。
──そこから、toB事業(SNS運用代行)を立ち上げたのですね。
はい。自社メディアだけに依存する危うさを痛感し、より強固な収益基盤をつくるため、クライアントワークへと事業の軸を広げる決断をしました。とはいえ、当時は未経験の領域です。だからこそ、あえて固定費を上げて業界の成功者を顧問として迎え入れ、最短距離でノウハウを吸収する道を選びました。その上で、私自身が誰よりも時間を忘れて没頭し、圧倒的な熱量で最前線に立ち、泥臭く実務を回し続けました。自社メディアの運営で培ってきた「視聴者心理を理解する力」を武器に、短期間で数万人規模の登録者を獲得する実績もつくることができ、少しずつ事業を軌道に乗せていきました。
振り返ると、あの大きな壁を乗り越えた経験があったからこそ、今のStokeの事業基盤ができたと思っています。
──困難な状況でも逃げずに挑戦を続け、自らにプレッシャーをかけ続ける原動力は何でしょうか。
仲間への深い感謝と、彼らに最大限の恩返しをしたいという思いに尽きます。居心地の良い環境に留まっていては、企業としてのスケールもメンバーへの還元も実現できません。仲間やクライアントに最高の価値を提供し続けるためには、私自身が常にコンフォートゾーンから抜け出し、誰よりもリスクを背負って挑戦し続ける必要があると考えています。どんな逆境であっても「自ら決断したことを正解にしていく」という覚悟が、前へ進むためのエンジンになっています。
──様々な事業を展開されていますが、Stokeならではの強みはどこにあるとお考えですか。
自社メディアの運営と、toB向けの運用代行の両輪を回しているからこそ得られる、リアルタイムの市場把握力です。自社でメディアを運営することで、ユーザーが何に反応するのか、SNSのトレンドやアルゴリズムがどう変化しているのかをリアルタイムで把握できる。一方で、その知見をクライアントワークで実際のビジネスに落とし込むことができる。この両輪があるからこそ、単なる「SNS運用会社」ではなく、変化の激しいSNS市場の中で、実践から得た知見をクライアントの成果につなげられることが強みだと思っています。
また、20代中心のメンバーによる高いSNS感度と、それを感覚だけで終わらせず、言語化してロジックに落とし込む力も大きな武器です。
目指すは「日本一SNSをバズらせて社会現象を起こす」会社。本気で「青春」できる仲間と共に100億の壁を越える
──Stokeとして、目下2〜3年や中長期的にどのような目標を掲げていますか。
3年後には数十億円規模へ成長させ、将来的には年商100億円を誇る「日本一SNSをバズらせて社会現象を起こす会社」としてのポジションを確立したいです。現在のSNSマーケティング業界は市場規模が限られていますが、私たちはそこにとどまらず、広告代理店のような広い枠組みで事業を展開し、ナショナルクライアントから直接指名される存在を目指しています。そのために、自社で影響力のあるメディアを複数立ち上げ、ショートドラマなどの新たな領域にも果敢に挑戦し、企業との接点を戦略的に増やしていくつもりです。
──事業拡大に向けて、現在はどのような課題があり、どう解決していくお考えですか。
広告代理店やリファラルからの紹介案件に依存している現状から脱却し、自社のブランド力で直接案件を獲得できる体制を作ることが急務です。もちろん、紹介していただけること自体はありがたいことですが、今後さらに成長するためには、「紹介される会社」から「Stokeだから依頼したいと言われる会社」へ変わらなければいけないと考えています。業界内では一定の認知を得ていますが、ナショナルクライアントからバイネームで依頼が来るレベルには、まだ達していません。だからこそ今期は、自社メディアの構築に大きな予算とリソースを投下しています。
自社の名前を冠した影響力のあるアカウントを複数立ち上げ、そこから企業との強い接点をつくっていく。事業そのものだけでなく、Stokeというブランド自体の影響力を高めていくことが、これからの大きなテーマです。
──組織がスケールしていく中で、絶対にぶらしたくないカルチャーや信念は何ですか。
「本気で挑戦できる、面白い集団」であり続けることです。会社が大きくなれば、制度や仕組みは当然整っていくと思います。でも、仲間と一緒に目標を追いかけて、失敗して、また挑戦して、達成したらみんなで喜ぶ。そういう青春や泥臭い熱量や一体感は、絶対に失いたくありません。
「誰かの人生に影響を与える」というビジョンのもと、常に新しいことにワクワクしながら挑戦する。そして、一緒に働く仲間自身の人生も、Stokeに入ったことで良い方向へ変わっていく。そんな会社であり続けたいと思っています。
──最後に、これからStokeにジョインする未来の仲間へメッセージをお願いします。
今の実力よりも、「一緒にこの船を大きくしていく」という覚悟と、成長への強い渇望を持った方をお待ちしています。Stokeには、未経験からでも本質的なマーケティングスキルを身につけ、自らの手で事業を創り上げる圧倒的な裁量があります。もちろん、簡単な環境ではありません。困難な状況から逃げず、自分で考え、行動し、結果を受け止めて、また前に進む。そういう姿勢は求められます。でも、その分だけ、本気で挑戦した人には大きな機会を渡せる会社だと思っています。
私自身、これまで何度も「もう無理かもしれない」という状況を経験してきました。それでも、そのたびに自分で決めた道を、自分の行動で正解に変えてきました。そして今は、自分だけの成功ではなく、自分を信じてStokeに人生を預けてくれた仲間たちの人生まで、良い方向に変えていきたいと思っています。Stokeに入って、絶対に後悔はさせません。普通の会社では経験できないような大きな裁量を持ち、エンタメの仕事ができるワクワクがここにはあります。
事業と自身の成長を、仲間と本気で楽しみたい方をお待ちしています。
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