スマートフォンやSNSの普及により、いまやクリエイティブ業界にとって欠かせないソリューションのひとつとなった「映像」。CINRA, Inc.でも、2021年4月から、新しく「LXU(ライブ体験ユニット)」という部署を発足し、イベントや映像コンテンツの制作に力を入れています。
そんなLXUの映像制作チームで、企画・撮影・編集・デザインなど、幅広い活躍を見せているのが、映像ディレクター兼プランナーの野中愛です。これまでウェブディレクターやアートディレクターとして活動していた彼女が、CINRA, Inc.で映像ディレクターに転向した理由とは? 実際の制作を通して見えた、CINRA,
Inc.だからつくれる「本質の良さを活かす映像」についても語ってもらいました。
取材・文:宇治田エリ 撮影:佐藤麻美(CINRA, Inc.) 編集:市場早紀子(CINRA, Inc.)
野中愛
アートディレクター/映像ディレクター。ビジュアルアーツ専門学校大阪 放送映画学科卒業後、フリーランスの映像ディレクターを経てデザイン会社に入社。2019年にCINRA, Inc.に入社後は、商業施設の広告やフェムケアブランドのリブランディング、イベントビジュアル等のアートディレクション、映像ディレクションを担当。広告のほかは、過去に、ピアノ弾き語りソロアーティスト・日食なつこ『四十路』『white forest』などのMVディレクション、ドラマ『まどろみバーメイド』のオープニング映像の撮影、編集を担当。デザイナーの経験を活かし、グラフィックを使った映像表現も得意とする。
インタビューをあえて映像に。自社メディアがあるからチャレンジできたもの
―CINRA, Inc.の映像プランナー・ディレクターは、普段どのような流れで映像制作をしているのでしょうか?
野中:受託案件の場合だと、まずはクライアントにヒアリングをして、課題を引き出し、企画を膨らませるところからスタートします。その後、LXUのチームメンバーと意見を出し合いながら企画の意義と方向性を定め、クライアントの担当者に提案。企画が通ったら、LXUメンバーだけでなく、必要に応じてほかのユニットからもメンバーをアサインし、予算まわりの調整といった下準備を対応して、やっと撮影や編集に入っていくような流れです。撮影や編集は、外部パートナーにお願いすることが多いですが、自分で手がける場合もあります。
CINRA, Inc.映像ディレクターの野中愛
―かなり多岐にわたりますね。ひとつの案件に対して制作期間はどれくらいかかるのでしょうか?
野中:案件の規模によっても異なりますが、受託の場合は、3か月程度が平均です。社内企画であれば、連携がスムーズになるので、1か月程度ということもあります。
―制作のチーム体制についても教えてください。
野中:私が所属するLXUは、イベント制作チーム(3名)と、私を含む、映像制作チーム(3名)の6名で構成されています。アウトプットが映像やイベントだけの案件であれば、制作はLXU内で完結することが多いです。
また、ひとつのプロジェクトで、映像、ウェブサイト、記事コンテンツなど、まるっとCINRA, Inc.が制作する案件の場合は、プロジェクトマネージャーやデザイナー、編集者など、ほかのユニットメンバーたちとチームが組まれます。制作はみんなで意見を出し合いながら、各々のアウトプットを膨らませて進めていきます。それぞれがプロジェクトのひとつの幹となるようなイメージですね。
CINRA, Inc.の組織図。野中はLXU(ライブ体験ユニット)に所属している
―これまで手がけたなかで、印象的な案件はありますか?
野中:自社メディア「CINRA」で連載している自主企画の映像コンテンツ「SWEET INNOVATION」 と、LINEの音楽レーベル「LINE RECORDS」のカバーリングシリーズプロジェクト「Old To The New」のふたつは、とくに印象深いです。
―まずは2021年10月に始まった「SWEET INNOVATION」について聞かせてください。
野中:「SWEET INNOVATION」は、アーティストへのインタビューなどを、2分程度のコンパクトな映像にまとめたドキュメンタリー企画です。コロナ禍という、誰もが意識や行動を変化せざるを得ない状況のなか、壮大なイノベーションではなく、「想像力」など、誰でもマネできるような「小さなイノベーション=SWEET INNOVATION」を、読者に発信できないかという思いからスタートしました。最初に、社内のアカウントプランナーが、企画をつくってくれて。一緒に内容を固めながら、いまのかたちに落とし込みました。
あえて、文字ではなく、映像コンテンツにしたのは、テキストだけでは伝わらない、実際の音や声、アーティストの姿を見て、聞いてもらうことで、出演いただいた方の「スイートイノベーション」を、よりわかりやすく伝えられると思ったからです。
この企画では、アカウントプランナーが企画・ディレクションを行ない、私自身が撮影と編集を担当しています。自社企画の場合、自分たちがフィーチャーしたい人を選ぶことができるので、「映像だから発信できること」を重視しながらキャスティングと企画を詰めていきました。
田中堅大「都市と音の可能性」SWEET INNOVATION Vol.4
―取材や撮影ではどのようなことを心がけたのでしょうか?
野中:2分という短い尺に収めるので、まずアカウントプランナーに構成案をつくってもらい、それをもとに「どんな『イノベーションポイント』を伝えるか」を、アーティストの方と念入りに打ち合わせしたうえで取材・撮影に臨みました。
連載開始時は、撮影する際に「撮れるものはなるべくいっぱい撮ろう」としていましたが、撮れ高が多くなる分、編集が大変で……(笑)。2回目以降は、伝えたいポイントを明確に絞って撮るようにしています。
―インタビュー映像だけでなく、アニメーションが入ったり、印象的なエフェクトが入ったり、編集にもこだわりを感じますね。
野中:短い動画でも、ずっと人がしゃべっているだけだと、聞いているほうはしんどくなってしまうと思います。短い時間にどれだけ伝えたい情報を詰め込み、それでいて心地よさも感じられるか。そのバランスを大切にしながら編集しました。
また、その人の持つ雰囲気や人柄が伝わるよう、撮影シーンや画面の色味、BGMの使い方も毎回変えています。たとえば、アーティストのNARIさんは、人柄を温かい色味のエフェクトで表現しています。サウンドアーティストの田中堅大さんは、ヘッドホンを耳に当てたシーンに合わせてBGMが流れるよう演出しました。
NARI(LITTLE FUNNY FACE)「世界の課題と向き合う」SWEET INNOVATION Vol.3
出演者にとっても「大切な存在」となるプロジェクトづくり
―もうひとつのメディアコラボレーション案件である「Old To The New」についても教えてください。
野中:こちらは、LINEの音楽レーベル「LINE RECORDS」と、2020年から取り組んでいる企画で、「埋もれさせてはいけない名曲たちを、聴き継ぎ、語り継ぎ、歌い継いでいきたい」というコンセプトのもと、往年の名曲たちを「新鮮さ」をもってカバーし、いまの時代によみがえらせるプロジェクトです。私は小学生シンガー・加藤礼愛さんが参加した、第2弾のプロジェクトから参加しています。
第1弾では、歌唱動画をメインに制作したのですが、それだけだと「なぜこの曲をその人がカバーしたのか」という、プロジェクトの意味が伝わりにくいという課題がありました。そこで第2弾では、視聴者により深くプロジェクトの意義を伝えるため、歌唱動画に加え、3本のドキュメンタリー映像の制作を提案しました。
加藤礼愛『決戦は金曜日 - OTTN Cover Version -』Old To The New
―なるほど。具体的にどんなドキュメンタリー映像をつくったのでしょう?
野中:3本それぞれにテーマがあって、1本目は「加藤さんの人柄」、2本目は「加藤さんの歌に対する姿勢」、3本目は「加藤さんとまわりの人の関係性」。加藤さんに『決戦は金曜日』をカバーしていただいた理由や、彼女の魅力が伝わるように意識しました。
加藤さんは、弱冠12歳。この企画に参加するのは、大きな不安があったと思います。なので、まだあまり知られていない彼女の内面と向き合い、信頼関係を築くために、まずは何度もヒアリングを重ねました。打ち解けていくなかで見えたのは、加藤さんは悩みながらも前向きに音楽と向き合っているということ。そんなありのままの表情を、1、2本目に込めています。
映像ドキュメンタリー① 加藤礼愛『Ep.1 話題の女の子の素顔』Old To The New BACK STAGE
映像ドキュメンタリー② 加藤礼愛『Ep.2 聴く人をとりこにする歌声』Old To The New BACK STAGE
野中:さらに、加藤さんをよく知るテレビ関係者や共演者の方々にもインタビューを実施しました。すると彼らも、彼女に対して「歌がうまい小学生」という表面的なイメージではなく、「魅力的な内面も持ち合わせているからこそ、加藤さんが将来、どんな道に進んだとしても応援したい」という温かな眼差しで接していて。そんな周囲の大人たちの思いを、3本目の映像に込めています。
映像ドキュメンタリー③ 加藤礼愛『Ep.3 不思議な彼女の力』Old To The New BACK STAGE
―ドキュメンタリー映像の画角が縦長なのは、何か意図があるのでしょうか?
野中:スマホで見やすいようにという意図もありますが、一番の理由は、「アーティストの人柄にフォーカスするため」です。縦長の画角にすると、背景やまわりの人物といった余計な情報が入らなくなるため、アーティストの思いや人柄にフィーチャーするドキュメント企画では、それがベストだと考えました。
―公開後、映像にはどのような反響がありましたか?
野中:加藤さんのファンはもちろん、「彼女を見たことはあるけれど、人柄は知らない」という方々からもすごく反響がありました。視聴者が、歌を通して彼女自身の魅力も紐解けるように制作したので、「歌がうまいのは知っていたけど、こんな子だったんだ」「もっと彼女のことを知りたい」という声をいただけたことは、とてもうれしかったですね。
関わる人がハッピーじゃないと意味がない。「CINRAらしい」映像のつくり方とは?
―野中さんは、CINRA, Inc.に中途で入社し、今年で3年目だそうですね。初めから映像ディレクターを担当していたのでしょうか?
野中:いえ、じつは入社当初、ウェブディレクターを担当していました。でも、前職でデザインとアートディレクションをしていたということもあり、しばらくしてデザインの仕事もするようになったんです。
―そこから映像ディレクターに転向したきっかけは何だったのでしょう?
野中:学生時代に映像制作を学んでいたこともありますが、やはり、CINRA, Inc.でのアートディレクション経験がきっかけだと思います。CINRA, Inc.では、「なぜ私たちがこれをやるのか」というアイデンティティーや、ストーリーを大切にしているので、ひとつのものを完成させるまでに、課題を掘り下げ、議論を重ね、思いを凝縮させるといった制作プロセスを丁寧に進めています。
時間軸があり、視覚・聴覚の両方からアプローチできる映像であれば、その裏側に込めた思いやストーリーを、もっと深く、明確に伝えられる可能性があるのではないかと思ったんです。
そしてコロナ禍になり、今後自分がやりたいことをあらためて見つめ直すなかで、やはり映像の仕事に特化したいという思いが強くなりました。ちょうど同じタイミングで、社内体制も大きく変わることになり、今後、会社としても映像制作に力を入れるため、新たな部署をつくるという話を聞いて。自分の意思を伝えたところ、映像ディレクターへの転向が決まりました。
―映像ディレクターに転向してもうすぐ1年ですが、CINRA, Inc.での仕事にどのようなやりがいを感じていますか?
野中:発足したての部署なので、制作プロセスのルールがないなど大変なこともありますが、「映像はこうあるべき」というしばりがない分、ゼロから組み立てるやりがいを感じています。
またCINRA, Inc.の場合、MVやCMといったアウトプットにとらわれず、カルチャーという軸を持ったまま、幅広い分野の案件に携われるのが面白いです。さらに、編集者やウェブディレクターなど、社内のさまざまな業種の人と関わる機会も多いので、刺激になるし、その多様さも魅力だと感じます。映像ディレクターやプランナーは、フリーランスで活動する人も多いと思いますが、こういった点はCINRA, Inc.にいるからこそ味わえる楽しさですね。
―LXUでは、どんなことを大切にして仕事をしていますか?
野中:LXUには、「映像制作を通して世の中をよくしていきたい」という軸があります。それを叶えるためにはまず、その映像に関わる人みんなが、違和感なく、気持ちよく制作に携わっているべきだと考えています。だからこそ、つくる側だけでなく、映っている人やものにとっても、その映像がメモリアルなものになるよう、「意味」を持たせる必要がある。
どんな映像でも、映すものの本質の良さを活かし、伝えたい内容に「そのものならではの良さ」が現れるよう意識する。まさに、これまで自社メディアや受託案件で、アーティストの内面や世の中の課題と向き合ってきた「CINRA, Inc.らしい映像のつくり方」だと思います。
挑戦し続けるために、軸がぶれないチームでありたい
―今後、映像制作のユニットをどのように成長させたいですか?
野中:CINRA, Inc.には、アーティストやクリエイターと積み上げてきた濃い関係性があるので、その土壌を活かし、自分たちが興味のあることを混ぜ合わせながら、もっとさまざまなことに挑戦できるチームでありたいです。そのために気をつけているのは、流行りの技法に頼って「それっぽいもの」をつくらないこと。エフェクトひとつを取っても、なぜ入れるのか説明できるようにしていますし、多角的な視点でものごとをとらえて、最適解を見つけるようにしています。
チームメンバーは、立場に関係なく意見やアイデアを言い合える関係性。「なぜやりたいのか」という自分なりの軸を持っていれば、チャレンジしやすい環境なので、今後もその雰囲気は守っていきたいですね。
女性の心と体の健康」をテーマにしたオンラインイベント『わたしたちのヘルシー』のコンセプトムービー。野中を中心にLXUメンバーが制作。「イベントテーマを大切にしながら、できる限りチャレンジングな表現を取り入れました」と話す
―最後に、どんな人がCINRA, Inc.の映像プランナー・ディレクターに向いていると思いますか?
野中:受け身ではなく、なんでも楽しんで積極的に取り組める人です。まだ発足したてのチームということで、大変なことも多いですし、勉強すべきことも多い。演出や編集など、ディレクターの視点だけでなく、プロジェクト管理といったプランナーの視点も大切です。CINRA, Inc.自体、映像制作の分野においては、まだまだ発展途上の段階。環境やルール整備といった、土台づくりまでまるごと楽しめる人と、一緒に働きたいですね。