私は、発達に特性のある子どもを支援する側にいました。そして30歳のとき、自分自身がASD(自閉スペクトラム症)と診断されて、される側にもなりました。
両方をやってみて、気づいたことがあります。
立場は反対なのに同じことをしていたんです。
今日はその話を書きます。
支援する側として、やっていたこと
保育士と小学校教諭を、あわせて11年やってきました。
その中でずっと磨いてきたのが、言い淀んでいる人から、言えない事情を汲み取ることでした。
子どもでも、保護者でも同じです。何か言いかけて、止まる。そういう瞬間があります。そこで「どうしたの?」と聞いても、たいてい「なんでもないです」で終わります。
だから、聞き方を変えました。
「何が心配ですか?」
「何を気にしていますか?」
こう聞くと、出てくることがあるんです。言えなかったのは、言いたくなかったからではなくて、言葉になっていなかっただけだったりします。
そうやって拾っていくと、だんだんその人が何を大切にしているかが見えてきます。価値観の部分です。
そして面白いのは、そこに触れられたあとです。
お互いに、格段に話しやすくなります。 相手も言いやすくなるし、こちらも「この人が言いたいのはこれだな」と分かるようになる。それまで何往復もかけていたやり取りが、一言で通じるようになります。
これが、私が現場でやってきたことでした。
される側になって、起きたこと
30歳で診断を受けて、自分の特性がはっきりしました。
私の場合、「言葉の裏が読めない」という特性があります。言われたことをそのまま受け取ってしまう。「察する」が苦手なんです。
そのことを、職場で公表しました。
何が起きたと思いますか。
仕事の振られ方が変わりました。
「じゃあ君には、この仕事を振るのをやめよう。きっと難しさが出てくるから」
「逆にこっちは得意そうだから、任せたい」
こう言ってもらえるようになったんです。
大事なのは、仕事が減ったわけではないということです。減ったのではなく、力が発揮できる仕事に集中させてもらえた。
その環境は、本当に伸び伸び働けました。そして結果として、周りからの評価も良くなったんです。
自分が楽になって、組織にとっても成果が出る。 完全にwin-winでした。
同じことをしていた
ここで、冒頭の話に戻ります。
私が支援する側としてやっていたのは、「言えない人の事情を汲み取ること」でした。
私がされる側として救われたのは、「自分の事情を言葉にして伝えたこと」でした。
方向は反対です。でも、やっていることは同じです。
その人が、何が得意で、何が苦手で、何を大切にしているのか。それを共有すること。
共有さえできれば、あとは配置の問題なんです。子どもに対しても、大人に対しても、変わりません。
だから、いま書いています
現在はフリーランスのライターとして、子育て・教育分野を専門に執筆しています。Kindleで書籍を5冊出版し、noteでも発信を続けています。
書く仕事に移っても、やっていることは変わっていないと思います。
言葉になっていないものを、言葉にする。
保護者が「うちの子だけ、どうして」と感じているとき、その子に何が起きているのかを、伝わる言葉にする。読んだ人が「そういうことだったのか」と思えるところまで持っていく。
現場で目の前の一人にやっていたことを、いまは文章でやっています。届く人数が違うだけです。
凸凹は、伝えれば変わる
診断を受けたとき、正直に言えば、いいことだとは思いませんでした。
でも実際に起きたのは、環境が整って、力が出せるようになったということでした。
特性そのものが変わったわけではありません。変わったのは、まわりが知っているかどうかだけです。
だから私は、支援の現場でも、自分の働き方でも、同じことを信じています。
凸凹は、なくすものではなく、伝えるもの。 伝われば、置き場所が決まります。置き場所が決まれば、力は出ます。
そういう社会になっていけばいいと、本気で思っています。