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人工知能と産学共同/“怪しげなもの”から冒険心で生み出されるビジネス

人工知能(AI)がビジネス界を牽引し始めて久しい。人工知能研究を基盤に、 Web上のビッグデータを利用した研究プロジェクトを​進める日本の第一人者・高木友博教授は、AIの現在地と10年後をどう見据えているのでしょうか。MIERUCA(ミエルカ)の開発において、高木教授と産学共同を進める取締役の副島啓一とともに伺いました。

右:高木友博(たかぎ ともひろ)教授

明治大学理工学部情報科学科教授。Faber Company技術顧問。人工知能研究では、データドリブンな第3世代AIである 深層強化学習、敵対的学習などを中心とした先端的機構を研究。併せて Web分野では、これらの機構を自然言語処理, 高精度推薦エンジン、高精度ターゲティング、デジタルマーケティングなどへ応用する研究開発を行っている。富士通や米国石油資本などの産業界と様々な共同研究、委託研究も。

左:副島啓一(そえじま けいいち)

Faber Company取締役。東京大学工学部システム創成学科(PSI)卒業後はITベンチャー畑に進み、2007年、モバイル系ベンチャー企業に入社。2011年、企業の人材発掘支援を行う株式会社SOOLにて国内初の新卒スカウトサイト「Iroots」を起ち上げる。当社には2013年より参画し、2014年、株式会社Faber & Technologyを起ち上げ、代表取締役社長に就任。2016年3月、当社取締役就任。アーリーステージのビジネス起ち上げを得意とする。

混沌からのツール開発。本質から問い直す思考と冒険心

ーー立教大学とビズリーチ、​​大阪大学とサイバーエージェントなど、AI分野では産学連携が広がっています。高木先生がFaber Companyとともに産学連携で手がけて下さった機能開発について教えて下さい。

副島啓一(以下、副島)MIERUCA(ミエルカ)の主要機能の一つ「サジェストインテンション」でしたね。SEOに取り組む弊社の“職人”たちが、日々コンテンツをどう組み立てているかをつぶさに観察すると、ターゲットキーワードが含まれるサイトを一つ一つ見て、似た意図や文脈のを抜き出してまとめ、手動で分類し、ニーズが高い順に順番を決めていたのです。この経験や知識に基づく作業を、正確に短時間で自動化できる機能は作れないか。そう考えて、高木先生にご相談しました。

高木友博教授(以下、高木):あの時はアイデアの種の段階から機能ができていって、一気通貫でサービスインするまで2〜3カ月、スピード感ありましたね。

ーーどのように開発していったのですか?

高木:最初は「自然言語処理の技術を使って検索ユーザーの意図分析ができないか」とお声がけをいただいたのです。そこで「大量のデータの中から、共起性(ある言葉と別の言葉が同時に出現すること)に注目すると、何が調べたいかわかりますよね?」とアイデアを出しました。

副島:「共起性」というヒントをいただいたのは、かなりのターニングポイントでした。そこから「QAサイトからキーワードを拾おうか」「クラスタリングの手法で実装していけそうだ」と、エンジニア陣と数名でどんどんアイデアが出てきました。

ーーその「共起性」とは、例えばどんなものですか?

ブレインストーミングの際のアイデアノート

副島:この時に例題で出たキーワードは「地盤沈下」でした。このキーワードにまだたどり着いていないユーザーは「家 傾く」「埋め立て」「液状化」などのキーワードを調べることが多いのですが、これが「共起」ですね。「Web上のデータをクローリングして解析すれば、“似た意図”の言葉を近くにまとめる機能ができそうだ」とあたりをつけることができました。

完成した「サジェストインテンション」機能でターゲットキーワード(赤丸)「地盤沈下」を分析した例(円の大きさ=ニーズの多さ/距離の近さ=ニーズの一致度)

高木:骨子が決まれば、関連しそうな論文を一挙にスクリーニングし、 具体的なアプローチや手法の可能性を探るのは産学の「学」側、つまり我々の仕事。 必然的に確実に実装できそうな形が見えてきて、「似たような意図をバブルで塊にまとめる」機能ができ上がっていきました。

高木:開発の過程で、「人間ってどうやって検索して、考えているんでしょうね」といった根源的なところからすごく遡ったのが印象的でした。モヤっとしたはっきりわからない混沌から整理し、人工知能的なフレームワークに当てはめ、サービスにつなげていくという一連の手順を、代表の古澤さん含めみんなで考えたんです。その過程で今までなかったサービスのアイデアも出たし、とても面白かったですね。地道に積み上げた基礎の上に、冒険心を活かして開発をやっているんだなと。

最新技術のビジネス化。産学共同がWin-Winな理由

ーー研究室の学生さんにとって産学共同研究はどのような位置づけですか?

高木:一般に、共同研究は企業側、学生側相互にメリットがあるんです。企業側は、確実なもの、業績につながるとわかっているものに取り組みます。最先端の技術を、自社のサービスに適用しようと思っても、 ハズレも多く歩留まりが悪いため、 なかなか取り組めません。最先端は「怪しい」んですよ。

一方、我々学術界はその「怪しげなこと」を 探求していくのが本業です。学生は仮説から研究を繰り返すことで成長しますが、そこに共同研究で企業の人たちとの定期的な打ち合わせ入ってくると、プロと対峙しなければいけなくなる。そうすると業界標準にレベルを上げないといけないのです。自然と責任感を持ち、視座が高くなる。「次までにもうちょっとここを解決して提示したい」という目標がセッティングでき、伸びたいという意識が芽生えます。

だからどちらもWin-Win(相手も自分も双方勝ち)なんですよ。

副島:種を育てるのが学術界、確実に実がなるとわかってから使うのがビジネス界という感じですよね。大企業も研究所を抱えるケースが増えてはいますが…。

高木:Web系の企業、例えばマイクロソフトやYahoo!もかなり母体がかなりしっかりしてから研究所を持ちましたね。確実な技術をサービスに使いたいビジネス界にとっては、 先端技術は取り入れたいものの、時に投資が無駄になるかもしれないリスクを取るには、規模が大きくなければ難しいのです。そこを共同研究がカバーできている面があります。

エンジニア採用は活況だが、人材流出を招きがちな日本企業の体質

ーーエンジニアの採用は、今どんな状況ですか?

高木:エンジニアの新卒採用、特にAIを研究する私の研究室の学生だと超売り手市場です。就活では、まず落ちない。進路はWeb系が一番多く、コンサル系も多いですね。

副島:共同研究でやっていた学生はそれと近い分野に行きますよね。最近の言語処理学会でも企業のブランドを加味したコピーの自動生成モデルの発表がありました。情報系に進みたい学生も増えているというニュースもありました。技術を理解し、テクノロジーを上手に使う側に回ることが、必須な時代になりましたね。

高木:アメリカの企業が年収の業界標準を引っ張り上げています。博士を修了したばかりの新卒でも年収2〜3千万円の採用は珍しくありません。Googleだと5千万円レベル。日本企業も1千万円程度にはしないと有能な人材を持っていかれてしまいます。

副島:テクノロジーを使いこなせると100倍ほど生産性が違う場合もあるので、きちんとした年収を用意すべきですね。ただ博士課程出た人は、日本の場合「社会経験がない行き遅れ」みたいな扱いにされて…。歯がゆいですね。

ーー日本のビジネス界に問題がありそうですね。

高木:日本では「その人だけ突出した年収だと周囲とのバランスが狂う」のをとても気にします。確かに理系技術者の中にAI人材が入ると、先輩社員よりも高いとかありえます。アメリカは能力給がもともと当たり前の国ですが、日本の場合は「全体の均一感を守るべき」「特別扱いできない」といった独特の足かせがあります。

ーー企業(旧松下電器産業の研究所​​)から学術界にもう一度戻られた先生ならではの視点ですね。

高木:いろいろな企業で採用に苦しんでおられると思いますが、AI人材はそれだけ貴重です。ニーズが集中している割には専門の学科がなく、学生が少なすぎるのです。

副島:ビジネスとAIをうまくつなげられないのも課題なんだと思います。

高木:Faber Companyはその点、共同研究みたいな試みを、現業の中でやっているのが面白いですよね。「お金になるかは未知数だけど、この機能があったら喜ぶ人がいるのでは?」で研究が始まって、それが実際にツールや機能になっています。小さい会社で技術開発だけに偏りすぎていると持ち出しが多くなり、全体の足を引っ張るのですが、ちょうどよいバランスで事業化している点がFaber Companyの風土、カルチャーだと思います。

「これ面白い」を現業に活かすのがFaber Companyの強み

ーー確かに外部人材にもどんどん入ってもらい、アイデアを出しから開発を任せた機能がどんどん実装されていますね。副島さん、“プチ共同研究”みたいな商品の作り方をなぜやっているのですか?

「CS やサポートチームが受け付けているバグ報告をもっとわかりやすく、見える化できないか」というテーマで、2020年8月に1泊2日でアイデアハッカソンを実施。社員だけでなく外部人材も招聘し、新機能を作った。

副島:面白い可能性の追及のためにひたすら打席に立っていると、実際にマネタイズしているケースもぽつぽつでたりします。自分たちが、これオモロイって思わないと、そもそも事業は継続しないし、そんなモノは社員も売りたくないですよね​​(笑)。

高木:これができるのは副島さんのキャラが大きいかもしれない。興味が多様でしょう。他社の興味も大事にする。今儲かっているから安全パイをしっかり固めましょうではなく、常に冒険をする。実際にそれで、サービスの種類が増えてますね。研究開発投資が会社の足を引っ張ってはいないし、バランスを心得ながら儲けを出しているのがFaber Companyらしい。

副島:ありがとうございます。

高木:このような開発がうまくいくには条件があって、オーナーがダメと言ってはやりにくい。代表の古澤さんが同じ方向性ですよね。

また、様々な開発現場を見て思うのは、一つのツールが完成してそこから発想が広がったり、ステップアップしていくには、人と人との掛け合わせが必要だということ。

「こういうことやりたいよね」といったアイデアだけでは回らないですよね。かといってそれを実現できる優秀な即戦力を連れてくるのは難しい。発想のキーマンとなるような人に自由に意見を言わせ、やり取りしながらチーム全体を育てる必要があるのです。着想や冒険心だけでなく、キーになりそうな人を用意して、大切に育てることがチームのクオリティを上げていると思うのです。その点、Faber Companyは海外からも優秀なエンジニアを多く連れてきています。ベトナムの優秀でハングリーなエンジニアたちを社内において、一つのキーとして活かしながら活躍させ、やり取りの中で新しいアイデアを得て、効果を波及させているのがすごくいい点だと思います。

ベトナム・ホーチミンの開発拠点「Faber Vietnam Co.,Ltd.​​」で現在は支社長を務めるLe Dinh Tuan(レ・ディン・トン/通称Chau)は、2013年ミエルカの前身となるツールの時から開発を担当


「Faber Vietnam Co.,Ltd.​​」のメンバーたち。東京本社へも毎年数名迎え入れ、現在は計19名のベトナム人エンジニアがミエルカ開発に専従している

副島:軸になってくれているHoangやChauが、そのキーにあたりますね。

「金勘定できない技術者は使い物にならない」

ーーFaber Companyでは長期のほかに、短期のエンジニアインターンを募集することがあります。先生には初回から特別授業やハッカソンの評価をしていただいていますね。印象に残っている場面はありますか?

高木:副島さんがエンジニアインターンを教える時に、「技術だけではダメで、ビジネスまでつなげて考えることが大事」とおっしゃってます。僕も授業で常々、同じことを言っています。

Faber Companyのエンジニアインターンでは、特別講師として、イスラエル YOTPO社のDov Kaufmann氏など、企業でAIを駆使して開発している担当者やマーケターを招聘することも。

Faber Companyのエンジニアインターンでは、ハッカソンを実施。高木教授をはじめAIの第一人者による特別講義も

高木:僕の標語はもっと直接的で「金勘定できない技術者は使い物にならない」(笑)。企業では、 研究が単独で成立することはなく、「将来この技術を駆使して自分が社会にどう役に立っていけるか」という筋道が見えている必要があります。

学生でもインターンでも一緒で、そういう意識を持っていることが必要です。Faber Companyのインターンに参加した学生は「ああ、こういうことか」と体感できる。大きな価値がありますよね。

ーー副島さんから、今後高木先生や研究室の学生さんにご参画いただきたいことはありますか?

副島:今論文に出ている技術は、「こういうのあったらいいよね」という研究者の社会に対する「妄想」からスタートしているものであると思っています。それらの大量の論文を読み込む場合、「新しい技術や視点で始まった研究が存在するのを知っていて」「何がどこまで手を動かせる状態にあることを理解している」知識が必要です。その上で、「社会でこのような分野に役立ちそうではないか?」という意訳、要約をやっていただける学生さんがいたら、是非一緒に働きたいです。一部の研究者と学会でしか共有されていないような知識を、世の中に向けて翻訳というか意訳して、世の中に紹介したいのです。

妄想力のある人と一緒に仕事したいですね。

ーー注目している新技術はありますか?

副島:一例ですが、最近ではGoogleが発表したマルチタスク学習「MUM」に注目しています。

MUMは言語を問わず学習でき、たとえばアメリカ人がアメリカ国内で、英語で「富士山に持っていく装備は何?」と検索すると、日本語で書かれた詳細情報がパッと英訳されて出てくるのです。

日経XTECH Googleが研究中の新AI披露、自然な対話や意図をくみ取る検索

副島:もう一つは画像検索です。Googleは画像の中身をほとんどインデックスをつけている。タグ付けできている状態です。そこでGoogleフォト使って「タイヤ」と検索していると、写真の片隅にほんの一部、自転車が写っているだけの写真も出てくるんですよね。すごくないですか?

ようは言語の壁を取っ払った検索までGoogleはできるようになっているのです。

こういったGAFAと呼ばれるITの巨大企業が採用するような技術が、実は研究の種の段階で、日本の学会でも発表されています。それを読んでどんなことが3年後、5年後にできるのか、社会をどの程度前進させるのか見定めたい。

そしてその技術を、いち早く自分たちの企業のサービスに実装できたりしたら最高ですね。

高木:すごくよくわかります。たとえば私たちが共同研究を始める時は、最新の研究論文を大事なものだけでも数百件は調べます。さらにそれをいろいろな可能性を加味しながら読み込んで整理し、「私たちはこのように整理をしました」「こういう方向性で開発できそうです」と、逐一すべて企業側に伝えています。

ビジネス上の今ある課題に対して、どんな可能性があるのかを大量の論文から読み込んで整理をすることは、大学や学生とやる産学共同のひとつの価値ですよね。最初からポンと答えを出すと私たちが知っている範囲での答えしか出てこない。だから副島さんが言ったみたいに最先端を全部一度調べるのです。理解した上で、今回はこれとこれを採用しようと。

ーー大海の一滴のように、大半は使えないかもしれないけれど探し出す作業なのですね。

高木:ものすごい怪しげな論文もあります。マシンパワーがものすごくかかって実は目的が果たせないような技術もあります。「何がどこまでできるか」「実際にどこまで実現性があるのか」。この見定めを省いて、後で「もっと最適な技術があったのに」となったら大変です。

副島:事業課題が明確な時に探し出す論文と、そもそも新しい論文を全般読むのは別の作業ですよね。両方を行き来しないと、古い論文から解決できることも多いのです。

高木:会社としてはこれがいわゆるR&D(Research and Development=研究開発)。大きな会社は研究所を自前で抱えて、ものすごくお金かけてやることです。ある意味、研究者とは役に立たない部分にもお金を払ってもらう無駄の多い存在なんです(笑)。

副島:しかしそういった種まきがないと社会進歩しない。

高木:副島さんが言うように、自前の研究所としては抱えないけけれど、代わりになるシステムあるといいですね。学生も企業にもメリットがある。うまく協力関係が築けるような、共有の場ですよね。

ーー今後のAI活用の展望と、弊社がそこで果たす役割について、今後10年でどのような可能性があるでしょうか。

副島:最近、ひときわ興味深かったのは、新聞のレビューコメントが、実在ではないアバターでもできるようになったことですね。

たとえば朝日新聞では自動で見出しや要約を生成する「自動要約生成API TSUNA」をリリースしています。これは過去30年もの記事や広告のデータを読み込ませて、広告文が創れるレベルになりました。これにGAN(Genera tive Adversarial Networks/データから特徴を学習することで、架空の人物の顔を生成できる技術)で「フェイク・ヒューマン」の画像を作れば、どこにも実在しない人の表情を自在に生成して商品のレコメンドもできます。アバターを簡単にたくさん作れるので、自分の顔を出したくない場合、匿名性を保ったままオリジナル画像として広告に使うこともできます。

これまでと違ったビジネスも生まれるかもしれません。もちろん、高い倫理観は求められるとは思います。2019年に人工知能学会倫理委員会が「機械学習と公平性に関する声明」、翌2020年にはこれをテーマにしたシンポジウムを開催しています。

高木:今の第3世代のAIの特徴は、「教師データ」を持ってきて振る舞いを学習し、そのデータと同じのようなことができる点です。これが機械学習の基本です。

ようは「答え」を教えているのです。そろそろそれを超えてきているのが、先ほど副島さんがおっしゃった「生成(ジェネレート)」の技術です。研究の最先端は、世の中にないものを「創る」ステージに来ています。生成は顔の画像に限りません。作文もしますし、音楽も作曲するし。

過去のマネではなく新しく考え出した文章、キャラクター、音楽ーーそれ以外に設計図なども作れます。こういうスペックなら「売れる」と予測して、立体の商品、建物なども生成できるかもしれないですね。

副島:Faber Companyではデジタルの領域をひたすら深掘っていくのだと思うのですが、画像の自動生成とデジタルマーケティングは組み合わせられるのか、さまざまな可能性を考えていきたいです。

高木:Faber Companyは会社全体が常に可能性を追求する風土ですよね。画像生成技術に取り組む場合も、当然何割かは失敗するでしょうけど、そのうちいくらかは成功してビジネスにつながると思います。

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