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【22卒内々定者リレーインタビューVol.6】自分に関わる1人でも多くの人を「マイナスからプラス」にするために


大友 華子(オオトモ ハナコ)さん

宮城県出身。山形大学人文社会科学部グローバル・スタディーズコース在籍。英文科と国際教養が合わさったような学部で、英語とミャンマーの文化を学ぶ。趣味は旅行で、台湾、韓国、タイ、ミャンマー、カンボジアに渡航経験あり。中でもミャンマーには3回行ったそう。

同じく22卒内定者の福島幸紀(フクシマコウキ)(写真右)がインタビューしました!


どんな子供時代でしたか?

大友:幼少期~小学生の頃は、兄2人の影響もあり男の子と外で遊ぶ活発な女の子でした。小学校6年の時に東日本大震災を経験し、生まれた町がなくなり、衣食住を失い、大好きな人たちが悲しんでいるなか自分は何もできなかったという経験から、将来は「何かできる人になる」ことを決意しました。

中学生時代は生徒会活動・部長・学級委員長など、人前に立つ多くの経験を通して人を集める術を学びました。成績は学年で下位5%に入るほど悪かったのですが、高校選択の際に「ギャルにしかならない道は選ばせない」と担任の先生から言われたことで勉強を始め、先生方にも放課後に勉強を教えていただいて、志望校に合格しました。
高校時代は、受験で苦しんだ教訓があったので、大学に指定校推薦で進学するため定期テストを頑張り、上位5%に入る成績を取りました。その甲斐あって指定校でも進学できたのですが、先生から国立大学受験を勧められて挑戦することにした結果、多くの方のサポートもあり、無事合格することができました。

大学入学後は、思い描いていた大学生活とのギャップがあり、退学を検討していました。そんななか、20歳になるまでに何かに挑戦したいという思いから、ミャンマー研修に参加する事を決意しました。大学生活で3度訪問したミャンマーでは、日本語教育、研修の設計・集客など、人をまとめる経験をしました。現地で自分のスピーチが賞賛されたときはすごく嬉しかったです。

帰国後は、山形県の復興庁主催のインターンで水産加工屋さんの人材獲得戦略を立案しました。全国から集められた学生たちとシェアハウスをする中で、今後自分はどうありたいかを考える良い機会になりました。
そして自分の将来について考える時間を設けること、海外にもう一度行くことを目的に、1年間の休学をしました。結果的にコロナの影響で海外渡航は叶いませんでしたが、複数のインターンなどを経験し、自分と向き合う有意義な時間にすることができました。


就活はどのように始めましたか?

大友:2年生の夏から将来の事を考え始めました。元々中学生の時から教員になる事を目指しており、大学では教職課程を取っていましたが、ミャンマーでおこなった日本語教育を通して「自分がやりたいことは学問を教える事じゃない」と考えるようになり、民間就職を決意しました。

福島:就活の中で悩みなどはありましたか?

大友:「トビタテ!留学JAPAN」で歳上の人たちにまじって研修を受けたとき、「数年後自分もこの人たちのようになれるのか?」と危機感を覚えました。また、仕事において自分に向いていること・できることが分からなかったため、約30人の社会人の方に話を聞き、50回以上面談をしてもらいました。

福島:就活の軸は何でしたか?

大友:3つありました。1つ目が「理念に共感できるか」、2つ目が「若い年代でも幅広く大きな経験ができるか」、3つ目が「事業の社会貢献性が高いか」です。

中学時代の経験、ミャンマーでの日本語教育、山形県が行う高校生向けキャリア教育事業の活動を通して、組織の仕組みづくりに興味をもっており、最初はIT業界を見ていました。仕組みを変えることができれば、より大きな規模での仕事ができると考えたからです。それに対して人材業界は、自分の仕事を通して影響を与えられる人が少ないイメージがあり、初めは疑問を抱いていました。

どうしてUTを選んだのですか?

大友:決め手は2つありました。1つ目は「対象がだれか」という点、2つ目は「幹部候補生として入社できる」という点です。

1つ目に関しては「環境によって自分の人生・キャリアをあきらめざるを得ない人をサポートしたい」という思いが強かったことが影響しています。
私自身、震災を経験して感じたことがあります。それは「天災は誰も悪くない」ということです。また、自分たちだけの力で天災から立ち直るのは困難です。私も、多くの人が災害支援に来てくれたおかげで本当に助けられました。また、ミャンマーで日本語教育を行ったとき、目の当たりにしたマイノリティや差別に自分自身が働きかけていくことにやりがいを感じました。
これらの経験から、「マイナスをプラスにするのはとても難しい」「自分の意思ももちろん大切だけれど周りの人のサポートもそれと同じくらい大切だ」と痛感し、仕事をするうえでこの価値観を大切にしたいと思うようになりました。UTの事業や理念は、その思いとすごく重なる部分がありました。

2つ目に関しては、幹部候補生として大きな裁量を持ってマネジメントなどを経験できる会社は、UTほどの規模感だと他にないと感じました。自身のキャリアを考えていくうえで「専門職でキャリアを重ねる」のか「マネジメントなどの汎用性のあるスキルをつけていく」のか考えたときに、後者を選択したいと思い、UTに決めました。
その他の理由としては、面接でキラキラした部分だけでなく大変な部分もお話してくださったことも大きな信頼にも繋がりました。



入社後やりたいことはありますか?

大友:執行役員にエントリーしたいです。祖父、祖母が自営業をしており、その姿を近くで見てきたことから「どうやってお金が生まれるのか」という所への関心がすごく強いことが影響しています。

経営に対する興味はすごくあって、大学での専門は外国語でしたが、同じキャンパスで開講していた経済学部の授業も受講していました。そのなかで経済の「楽しさ」に気づき、座学での経営や経済だけでなく、仕事として経営に携わりたいと思うようになりました。執行役員として仕事ができれば、より多くの人や組織に影響を与えられるのではないかと考えています。

福島:残りの大学生活はどのように過ごそうと思っていますか?

大友:友人などと楽しむことはもちろんですが、学生という時間に余裕がある時期だからこそ興味分野の勉強に力を入れたいと思っています。大学生活を振り返ると、多くの時間を学外の活動に充て、自分の専門外である教育や地方創生、経済分野にも関わってきました。当時も知識を補おうと自分で調べ、仮説を立てて行動に移してきましたが、改めて関わった分野の論文などを読み漁って、自分の過去の行動と答え合わせをしながら学びを深めたいと思います。
また、常に何か目標を立てて行動しないとウズウズしてしまう性格なので、簿記の資格を取ろうと思っています。将来は経営などに携われるようになりたいと思っているので、将来の自分の為にも経営の基礎となる部分を固めたいです。



インタビューを終えて…

「強さと優しさ」を兼ね備えた人だと感じました。
「強さ」の部分では、小学生の時に経験した震災、中学時代の人を束ねる経験、大学生活の休学やミャンマー研修などのお話を聞き、人一倍人生経験が豊富な所と行動力の高さがその要因だと思いました。

「優しさ」の部分では、震災やミャンマー研修の経験を通して、天災や生まれた環境によって人生を決められてしまうことに問題意識を持っている点に、自分ファーストではなく相手の視座に合わせて物事を考えることができ、また「自身が与えてもらって嬉しかったものを返そう」という価値観を持っている優しい方だと思いました。

入社後には執行役員にエントリーし、自分の仕事を通してより多くの人に影響を与えられる人になろうと考えられている事がわかりました。入社後は大友さんの行動力を見習いながら、共に切磋琢磨し高めあえる存在になれることを楽しみにしています。

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