「日本を世界に誇れる国へ」自身も起業に挑戦する二児の母。スタートアップ広報のエキスパートが、UPSIDERを選んだ理由
UPSIDERへの想い
日本を世界に誇れる国にしたい。そんな壮大なビジョンを追い求められる環境が、UPSIDERにはあります。
広報として、UPSIDERの多面的な魅力を広く世の中に発信し、社会をより良くしようと頑張る企業を全身全霊で応援したい。その先で、誰もが希望を持てる社会づくりに貢献できるよう、私も魂を燃やしていきます。
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UPSIDER で働く人を紹介する『Who we are』シリーズ。
今回語ってくれたのは、2023年8月に入社したMegumi Isogawa(五十川 慈) さん。これまでスタートアップ業界で多彩な経験を積み、起業家としての顔も持つ広報PRのエキスパートが、仲間に加わりました。
彼女がUPSIDER への入社を決めるまでに、どのような経緯があったのでしょうか。秘められた熱い想いや、今後の展望についても伺いました。
2023年8月に入社したMegumi Isogawa(五十川 慈) さんです。
「世の不平等を減らしたい」と、独立を見据えベンチャー就職
ーご経歴を含め、まずは簡単な自己紹介をお願いします。
はじめまして、五十川(Meggy)です!
現在はUPSIDER のPR・コミュニティチームのマネージャーとして、PR戦略の策定、プレスリリースの執筆や各メディアとの関係構築、取材対応、UPSIDER の公式SNSアカウントの運用など、PRやコミュニティに関わる業務全般を他のメンバーと一緒に担当しています。
経歴としては、新卒で人材広告・人材コンサルティング事業を展開するベンチャー企業に、営業として入社。1年半後、人事代行を主軸とする会社を立ち上げ、独立しました。法人を立ち上げて1年間活動をした後、女性のキャリア支援サービスを手掛ける株式会社LiBの創業に、2人目の社員として参画。2017年には、福岡発のスタートアップ・株式会社ヌーラボにUターン転職し、コミュニティマネージャーと広報を約6年間兼務しました。2022年4月より副業でUPSIDERの広報を担当し始め、2023年8月、正式に正社員として参画しています。本日はよろしくお願いします!
ーキャリアのスタートであるベンチャー企業には、どのような経緯でたどり着いたのでしょうか?
振り返れば、私は常にビジョンドリブンな人生の選択をしてきたように思います。新卒の就職活動の際は、「世の不平等を減らしたい」というビジョンを抱いていました。
「不平等を減らしたい」と感じた最初の原体験は、中学校の道徳の授業でみたNHKのドキュメンタリーでした。インドのカースト制度についての番組で、性暴力を受けた女性が、産んだ赤ちゃんを自分の手で街のゴミ捨て場に捨てるという、現代の出来事とは信じがたいシーンが映し出されていました。初めてみるショッキングな映像にとても衝撃を受けたことを、今でも覚えています。「誰もが普通にご飯を食べられて、ぐっすり眠れる世の中にしたい。」そう思いました。
もうひとつは、物心ついたときから一緒に暮らしていた祖父が、「肺気腫」という病気を患っていたことです。常に酸素ボンベを手放せない祖父は、私が大きくなるにつれ、出かけることがだんだんと難しくなっていきました。
小学生の頃は、「もっと外の世界を見せてあげたい」と、道端のたんぽぽを摘んで持ち帰ったことも。祖父はどんな小さなものでも喜んでくれていました。
でも私が中学生になり、反抗期真っ盛りのなか、十分に愛を伝えられないまま祖父は亡くなってしまいました。祖父の亡き後に、彼が私からのプレゼントを、ずっと大事に保管していてくれたことを知ったんです。その時、「自分がわずかでも、祖父にとって外の世界との架け橋になっていたんじゃないか」とハッとすると同時に、反抗期で祖父より友達と過ごす時間を優先していた自分を悔やみましたね。
そんな当時の私は、パソコンが大好きな中学生。ふと、「最新のテクノロジーは若者が真っ先に享受しがちだけど、おじいちゃんのようなハンディキャップを抱える方にとっても、もっと使えて役立つものになったらいいのに」と思ったんです。たとえば、自力で富士山に登ることができない祖父のもとに、ビデオ通話や360度カメラの技術を使って富士山を連れてくる…みたいなイメージです。
それで中学3年のとき、「いつか起業して、テクノロジーでハンディキャップを乗り越える課題解決をしたい」とぼんやり描き始めました。これが、起業家に憧れを抱いた最初のきっかけだったと思います。
とはいえ高校生になり、進路選択の時期に「自分は何がしたいんだろう?」と考えたとき、真っ先に思いついたテーマはやはり、国際貢献でした。
そこで「卒業後は海外ボランティアをしたい」と、進路指導の先生に相談。すると先生が、「今、目の前で飢え死にしそうな人にパンを与えるのか、餓死が起こらないように仕組みを変えるのか、どちらが社会に貢献していると思う?」と問いかけてくれたんです。
その時、「そうか。これまでみてきた不平等は、文化や政治、いろんな複雑な要因が絡んでいる。だからこそ幅広く学んで、その先で、あとの世代の人たちがより良く生きられる社会づくりに貢献したい」。そう思い、学部の垣根を超えて広く学べる九州大学の21世紀プログラム課程(現:共創学部)に進学しました。
大学では、昔から好きだった日本文学や日本語学を専攻しつつ、経済学や宗教、哲学、法律、いつかインドに行こうとヒンディー語に至るまで、幅広い分野を学びました。その中でメディア論の授業を受講したとき、「海外の不平等」ばかりに目を向けていた自分に気がつきました。「日本に蔓延る不平等」の実態を知ったことで、これまで自分が持っていた情報の薄さや偏りに気付いたんです。
そして、「社会で起きているリアルな現状を、メディアを通して伝えられたら、間接的に不平等を減らせるかもしれない。仕組みを変える人ではなく、“伝える人”になるのはどうだろう?」と考えはじめました。
就職活動で見据えた軸は、ふたつ。中学時代に祖父との経験で感じた「起業したい」という思いと、メディア。人材メディア事業を展開する東京のベンチャー企業は、メディアを通して伝える仕事をしながら、起業家の話を聞くことができることが魅力的に映りました。
「3年以内にメディア関連で独立したい」と面接で話してご縁をいただき、福岡から上京しました。
スタートアップ広報として駆け抜けた6年
ー社会人2年目で独立し、その1年後に会社員に戻ったと伺いました。その経緯とは?
1社目のベンチャーは当時20名ほどで、ベンチャー企業の人材広告に特化している会社に入社しました。経営者インタビューのメディアも運営しており、数多くの経営者にお話を伺って発信することができる仕事は学びに満ち、やりがいもありました。
経営陣や先輩方からもたくさんのことを学ばせていただき、とにかく一生懸命に毎日を過ごしたように思います。今振り返ると周りの方々のお力添えがかなりあったと思いますが、セールス職として年間MVPを受賞することもできました。
とある日、仲良くしてくださっていた経営者の方に「いつか起業をしたい」と話していたとき、「起業はおもしろいよ!若いうちにやった方がいい」と背中を押されたんです。私自身も「たしかに、完璧なタイミングでの起業は存在しない」と感じていて、「ならば身軽な今、挑戦しよう!」と決心を固め、23歳で起業しました。
新卒で入った会社を、予定よりも早い1年半で退職することになり、迷惑をかけてしまったのですが、多くの方に応援していただきました。
起業をしてからは、ベンチャー企業向けの人事代行や、人材広告代理店業を主軸に、身を削ってひたすら働きました。周囲の方々に支えられ、最初は自分の中では「上手いことやれている」くらいに思っていたんです。
でも、身体は正直でした。独立して8か月経った頃、ストレスから女性特有の病気を患ってしまって。
自身のこれまでの経験の幅の狭さや、「売り上げや事業成長の構造=自分が働いた時間」であることへの限界、そして自分の実力不足を感じることもありました。
そんな状況から、「もう一度、修行し直そう」と、会社員に戻ることを決めました。
当時の私が関心を寄せていたのは、「女性のキャリア支援」。当時、人事代行の仕事を通じ、多くの女子大生がキャリア形成に明るい未来を描けていない現状を知り、女性のキャリア形成について考える機会が多くなっていました。
そんな折に出会ったのが、株式会社LiBの代表・松本さんです。
「女性のキャリア支援に特化したビジネスを作りたい」という松本さんの想いに強く共感し、2014年4月、創業半年後のLiBに業務委託として参画。その半年後、2人目の正社員として入社しました。
LiBで過ごした3年間は、法人営業を中心に、キャリアコンサルタントや人事広報といった業務に従事しながら、起業のプロセスを近くで学ぶ機会にも恵まれました。
それこそ、当時松本さんは「スタートアップは全員広報、全員営業、全員人事」とおっしゃっていましたね(笑)。
実は松本さんご自身、プロモーションや広報に関する造詣が深い方で、記者発表会やプレスリリースを出すまでのプロセスまで全社員に公開してくださっていました。LiB時代に、自然と広報業務について、一定の知見が溜まっていたように思います。
ーそこから福岡に戻り、転職されたんですね。
はい。2017年に、認知症の祖母を介護する母をサポートするため、東京から地元福岡に戻ることを決めました。福岡に戻っても、やっぱり自分はスタートアップで働きたい。そう思い、福岡で働く数名の知人に「福岡で面白いスタートアップってどこですか?」と尋ねました。するとみんなが「株式会社ヌーラボ」の名前を挙げたんです。
ヌーラボが提供するプロジェクト管理ツール「Backlog(バックログ)」は、私自身も仕事で使ったことがありましたが、ヌーラボが福岡発の会社だということを知らなかったので、驚きました(笑)。
創業者の橋本さんの人間的魅力や事業の面白さにも惹かれ、ご縁をいただき入社が決まりました。
「Backlog」のユーザーコミュニティマネージャーとして入社したものの、社内の素晴らしい取り組みやアイデアがほぼ外部発信されていないことに気付き、「もったいないので、広報に力を入れたほうが良いと思います」と、橋本さんにご提案。すると「やっていいよ!」と言われ(笑)、そこから広報とコミュニティマネージャーを兼務する生活が始まりました。
橋本さんを企画屋の師としつつ、ヌーラバーのみんなから協力や応援をしてもらい、6年間いろんな挑戦をさせていただきました。
入社当時はスタートアップっぽさが強かったヌーラボも、2022年に株式上場。事業や組織のフェーズが変わっていく面白さを体感しました。
コミュニティ文化が強く、「周囲を巻き込んでおもしろいことをやる」というヌーラボの素晴らしいカルチャーを世に発信することで、ポジティブな反響をいくつも得られたのは、私にとって大きな成功体験でした。
自分が目立とうとするのではなく、周りの人をスターにして自分も楽しむ。みんなで遠くに行く。そんな橋本さんの考え方が、私の人間性に与えた影響も大きいと感じますね。
UPSIDER のダイナミックな挑戦と可能性に惹かれて
ーUPSIDER に入社を決めるまでの経緯について教えてください。
実はUPSIDERには、ヌーラボに在籍していた2022年4月から、副業として参画していました。きっかけは、LiB時代のお客様だったKoheiくん(冨士本・UPSIDER人事責任者)からお声かけいただいたことです。Koheiくんはお客様としても、気の合う友人としても、とても尊敬しています。