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『SOKI ATAMI』ができるまで

温泉宿の魅力とは、なんだろうか。温泉?食事?それとも女将? 歴史ある温泉街・熱海に、温泉宿の本質的な価値を追求する『SOKI ATAMI』があります。どんな思いで生まれ、どんな価値を提供しているのか。これからの時代の温泉宿をつくる過程を追いました。


《失われた温泉旅館の魅力を再構築》

日本の温泉宿は、長い歴史の中で時代とともにその役割を変えながら発展してきました。古くは「湯治場」として武士の療養の場から、江戸時代には一般庶民の日常から離れた休養の場として親しまれてきました。



しかし、高度成長期期以降、観光地化が進む中でフォーマット化された同質的な大規模旅館が乱立した結果、その本来のまちや宿の魅力を失い、その多くが衰退しました。まちづくりの基点となるホテル事業を目指すUDSでは、そもそもの温泉宿の原点に立ち返り、現代人のニーズに合った『これからの温泉宿』を企画しました。


《再生するまちとともに歩む》

『これからの温泉宿』を形作る上で、今回の宿の舞台である熱海の魅力を見つめ直すことから始まりました。東京から身近で利便性が高い点、昔ながらの温泉観光地という伝統と歴史、行政・民間・市民が一体となったまちづくりが盛んな点など、熱海ならではの魅力を持ち合わせていました。


また、かつて衰退の危機にあったまちは、今は多くの若者が訪れるまちに変化しつつあり、その中で歴史や文化を継承しつつ新しい宿のあり方を提案できることは、大きな挑戦でもありました。



単に便利な施設やサービスを整えても、UDSとしてやる意義がない。そこで、まちの魅力でもある温泉宿の原点に回帰し、普遍的で本質に向き合える"無為自然"な滞在体験を目指すことにしました。


ブランド名『SOKI』は、漢字で記すと『素器』。素のままの器として、あるがままの飾らない本質を追求し、その土地の自然や風土、素材を嗜む場所という意味が込められています。


《これからの温泉宿を作る3つの要素》

宿のコンセプトを具体化しつつ、現代人のニーズにも合わせる。そのために、湯治宿の要素、ホテル運営に基づく合理性、非日常性の演出の3つの要素を合わせ持つ、新しい温泉宿を企画しました。


【湯治宿の要素の継承】

歴史的にも湯治場として栄えた熱海の原点に立ち返り、いつでも好きな時に湯浴みを楽しめるよう、全客室に温泉を引いています。また、地域の四季や風土を味わえるように、食事処では地域の旬の食材を使った料理が提供され、敷地内にはハーブや野菜、果実などが収穫できる「里庭」を設けています。



【ホテルの運営経験に基づく合理性】

お客様のプライバシー性を保つため、チェックインからお見送りまで、ホテルが生み出す適切な距離感が追求されています。客室にはベッドが導入され、食事の時間や内容にも柔軟性を持たせることで、現代的なニーズにも対応できるようにしました。同時に働く仲間の労務環境面でも現代的で最適なシフト設計を行い、スタッフの働きがいを生み出しています。



【非日常性の演出】

ルーフトップテラスからは熱海湾の景色が一望できます。また、里庭に面した食事処では旧来の旅館にはないオープンキッチンが採用されており、目の前で調理される料理を臨場感をもって楽しめます。



《"無為自然"な空間》

UDSではこれまでもプロジェクトに応じて様々なクリエイターと協業を行いクリエイティブな価値を高めてきましたが、今回は客室や共用部のインテリアデザイナーとしてTONERICO:INCとコラボレーションし、「素空間」と「対比」をテーマに、素材そのものの表情を生かすことで、自然体で過ごせる空間づくりを心がけました。


建物は、レセプション棟、レストラン棟、客室棟の3棟からなります。レセプション棟は、ゲストの到着時に、無為自然の滞在を体感してもらう前に一度心をリセットしてもらうための場として設えています。経年による自然な風合いを出すために炭を含んだモルタルによる仕上げや、自然顔料で染色した和紙を天井に使い、落ち着いた雰囲気を演出しています。



滞在体験の中でも地域や季節を感じる大事な食空間は、宿泊棟とレストラン棟の導線をあえて分けて一度外を歩く体験のシークエンスを加えて期待感を醸成しています。レストラン棟ではインテリアデザイナーageの佐藤一郎氏が手がけ、オープンキッチンから臨場感のある料理を提供できるよう設えています。



客室棟の廊下でも、素空間と対比をもとに、天井をあえて仕上げずに意図的に剥き出しながら、客室の入口は木格子戸を隔てた土間空間で演出をしたり、素の器を表現するために素材感とコントラストを大切にするデザインがなされています。


客室でも、木を用いた内装で素材感を感じられるデザインで整えられ、自然光の入る時間の柔らかい明るさと夜には照明の演出で心地よい暗さを感じられるよう、コントラストを感じるデザインにしました。昔ながらの宿らしさも忘れず、引き戸の設えや鎧戸をイメージした建具など、伝統的なデザインが取り入れられています。



《滞在を通して見えてくる本質》

あるがままの素の状態で過ごしていただくために、目に入るものや手に触れるものにはこだわりたい。そんな思いから、建物だけでなく、滞在中の体験や提供されるものにも"無為自然"のコンセプトを落とし込んでいます。


館内で使われるアートワークは、古道具などを中心とした日常の生活の中で使われてきた何気ないもので構成され、あえて時間の経過による儚さや朽ち果てゆく姿を表現しています。作品を手がけたのは「白日(はくじつ)」で、ものの在りようをありのままに伝えることを意識されています。



女性大浴場のスチームサウナは、湯治の「蒸気浴」文化に着想を得たもので、香りの効果も加わり、心身の保湿と健康増進が期待できます。


茶寮では湯治文化の自己治癒力を高めるセルフメディテーションの考えをもとに、漢方の知見を生かしたドリンクや薬草酒などを提供することにしました。熱海湾に面したテラスからは川の音が聞こえ、花火が見られるなど、四季を五感で感じられる場所となっています。



宿の敷地内にある「里庭」では、景色を眺めながらのんびりと過ごせるだけでなく、季節によっては野菜やハーブの収穫体験ができます。さらに、SOKI ATAMIの特徴でもある石を贅沢に配置しました。日本三大銘石の一つ「本小松石」を使用していて、採掘されたままの加工されていないものを器として見立てをすることで、素の器のコンセプトを表現しています。



食事のコンセプトは「郷土食=風土色」。静岡の地で採れた旬の食材を、できるだけシンプルに調理し素材の色や風味を活かした料理を提供しています。オープンキッチンに置かれた炉では、火元を見ながらゆっくりと食材が調理されていく姿を楽しむことができ、より滋味深い体験ができます。一般的な温泉旅館のような画一的な和食ではなく、臨場感とともに地域色豊かな「食」を感じていただきたいと考えています。



《あとがき》

時代とともに進化を遂げ、"生きた文化"として存在していくSOKI ATAMI。『これからの温泉宿』としての物語は始まったばかりですが、日本らしいものの儚さや差し引くことの価値が建物の随所に現れていました。

SOKI ATAMIが託した想いは、単なる宿泊施設ではなく、日本文化の良さを継承しつつ現代的な解釈を加え、新たな価値を提案する場を作ること。本当の意味で満たされるには何が必要なのか、ものの新しさや豊かさではなく、自分に立ち返る場所なのかもしれません。


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