「悩みが小さいな」。シード期の株主定例で、CEOの前田将太はそう言われました。目線を上げろ、悩まずに早く決めて事業を大きくすることに頭を使え、と。
匠技研工業は、中小の部品加工メーカー向けにAI見積システム「匠フォース」を提供しています。学生時代のビジネスコンテストでの優秀賞、AICHI NEXT UNICORN LEAGUEでの初代優勝、2024年12月の総額5億円の資金調達。それでも前田は「上位10%じゃ死ぬんですよ」と言います。
ラクロス部で最後まで一流になれなかったこと。小学生のときに裏山でダムを作ったこと。いまの組織に足りないもの。順に聞きました。
「使いづらい選手」だったラクロス部時代
──創業メンバー3名はラクロス部の同期です。前田さんはどのような選手でしたか?
原(現・CBO)も井坂(現・CTO)も僕も、ラクロス部ではミッドフィルダーをやってました。本来は攻守両方こなすポジションですが、僕はほぼオフェンスしかしませんでしたね。得意なことだけ伸ばしてくれって選手だったので、使いづらい選手だったと思います。
ボールを持ったら、ゴールに向かってまっすぐ突っ込むタイプで。僕がボールを持ったら他のみんなはとにかく相手をガードして道を開けるみたいな。フィールドの動きを捉えて戦略を立てながらプレーするのが苦手で、フィジカルとシュート力で勝負してました。頑固でもありましたね。先輩と喧嘩したり(笑)。それは今も変わっていないと思います。
──大きいビジョンを掲げながら、そこに到達する戦略を常に持っているイメージがありました。感覚で猛進するタイプだったのは意外です
僕、人によって見られ方が違うんですよ。ロジカルで理性的な人間だと捉えられることも多いですが、自分ではむしろパッション型だと思ってます。原も井坂も同じように言うと思います。
CEOとして説明責任を果たすシーンでは、ファクトに基づいてロジカルに説明します。だけど表立ってない思考はまったく逆で、最初に自分の中に答えがある。それを正当化するために、あとから理屈を組み立てている感覚です。「前田が議論してるときって結論ありきだよね」って言われたこともあります(笑)。
──ラクロス部の経験は今どのように活きていますか?
レジリエンスが鍛えられましたね。思い通りに体が動かない。もっと速く走りたいのに走れない。頭ではわかってるのに身体ではできない。そういうコントロールできないことが多くて、毎日悔しさと向き合ってました。
僕は最後までプレイヤーとして花開きませんでした。一流になりきれなかったですね。でもラクロス部での経験があるから、ビジネスでも粘り強くやれるんだと思います。
一流になれるかどうかって、初速で決まると思うんですよ。大学1年生の時に人一倍頑張って芽が出たメンバーは、すぐに上級生の練習に混ざれる。1年生なのに4年生と一緒に練習できるようになれば、「当たり前」の水準が一気に上がって急成長できる。ビジネスもまったく同じで、会社に入った瞬間に突き抜けた成果を出せた人には次のチャンスがどんどん回ってくる。だからこそ、組織全体の水準をいかに上げられるかが重要になると思っています。
小学校の裏山のダムと、プール裏の稲作
──当時は弁護士を目指していたと伺っています。キャリアの軌道が変わったきっかけは何だったのでしょうか?
弁護士の家系だったので自分も自然と弁護士を目指していました。でも徐々に「自分が弁護士になる理由ってあるのか?」という疑問が大きくなって。
一流の弁護士として名を上げるには、何かの分野に絞って専門性を高めないといけないんですよ。でも東大には、自分よりはるかに優秀な人たちが山ほどいる。「自分よりも彼らの方が弁護士になった方が良い」と思うと、自分が弁護士を目指す理由が一切なくなってしまいましたね。そんな時期にスタートアップの存在を知りました。
──スタートアップに魅力を感じた背景には、どんな原体験があったのですか?
性格だと思います。小学生の頃から旗を掲げて人を巻き込むようなことが好きでした。例えば、「暮らしと水」という授業があったのですが、ふと「ダムを作りたい」と思って、小学校の裏山でダムを作るプロジェクトをやったことがあります。あとは、農業の授業を受けた時には「米を作りたいな」と思って、プール裏に土地があったので副校長先生に直談判してその土地を借りたこともありましたね。友達のツテで苗を調達して、クラスみんなで稲作をやりました。
小学校が自由な校風で、先生たちが否定しなかったことが大きいですね。応援してくれたからこそ、小学生の時の経験が成功体験になったんだと思います。
──旗を掲げるなら普通のプロジェクトでは満足しないところも、今と同じですね
僕も井坂も、性格的に天邪鬼なんですよ。人が右と言ったものに対して左って言いたいみたいなタイプ(笑)。中高時代はみんな「将来は民間就職」って言うので、そんな中「弁護士になりたい」っていう僕は異質でした。でもいざ法学部に入ると、まわりみんな弁護士を目指してるじゃないですか。だから今度は別の道に進みたくなる。
今の事業選択も、この性格が反映されていると思っています。製造業DXというと、多くの会社は資金力の大きいエンタープライズ企業向けに事業を展開するので、「違う道の方がチャンスが大きいんじゃないか」と中小企業を選びました。二つの選択肢があったら、難しい方を選びたくなるんですよ。そっちの方が生み出せる付加価値がより大きいし面白いので。
上位10%じゃ死ぬ。いま必要なのは戦闘体制
──今の匠技研工業は、一言で言えばどんな集団ですか?
ミッションの実現に向かって全員が走っている、いわば勝利を目指すスポーツチーム。そんな組織です。全員が「業界を変革したい」「お客様に圧倒的な価値を届けたい」という想いを持って、一つのゴールに向かっている。だから、仲良し集団という感じではないし「自分が成長できればOK」という空気もないです。目指しているのは突き抜けた成功。そういうマインドを持っている人が集まっていますし、そんな人にこそ仲間になってほしいと思っています。
──お互いへの敬意も強い組織だと、入社して思いました
メンバー同士がちゃんとリスペクトを持って接する空気はかなり根付いてると思います。頭ごなしに意見を否定せず、「まず聞いてみよう」と思える姿勢とか、「一緒に良くしていこう」という前提がある。だからお互いを信頼できるし、必要なときには踏み込んだ議論ができる。ヒトではなくコトに向き合えるんだと思います。一方で、そのリスペクトを保ちながら「絶対にミッションを実現する」というアグレッシブさもさらに磨いていきたいです。
──組織が拡大する中で、新しく入ったメンバーからハッとさせられた指摘はありますか?
今年の3〜4月に入ってくれたメンバーたちが、事業以外のこと、たとえばカルチャーとか社内の仕組みについても、いろんな気づきをくれていて。
毎週月曜の全社ミーティングに初めて参加してもらったとき、あるメンバーが「この会社って、なんで発言が少ないんですか?」「本当はもっと思うことがあるんじゃないんですか?」って率直に言ってくれたんです。さらに「この会議ってそもそも意味あるんですか?」ってところまで突っ込んでくれて。それを受けて実際に内容を変えましたし、時間も2時間から1時間に短縮しました。当たり前になっていた部分を率直に指摘してくれるのには本当に助けられてますね。
──本気でミッションを実現できる組織になっていく上で、今一番必要だと感じていることは何ですか?
「今いるメンバーがどこまで戦闘体制に入れるか」だと思ってます。たとえ上位10%のスタートアップには入っていたとしても、この業界って上位10%じゃ死ぬんですよ。上位1%、いや0.1%に食い込まないといけない。
でも今の匠技研には、カウンターモード(反対意見の立場からの視点)がまだ足りてないです。「営業未達」「スピード感が遅い」。課題は明らかなのに、それをドストレートに言える人がまだ少ない。とはいえ、そういうカルチャーを作ってしまったのは、ボードメンバーの責任なんです。僕たち自身がハレーションを恐れて、オープンでストレートなコミュニケーションを十分に取れていなかったと思います。ただ、4月から始めたTGK Boot Camp(全正社員が集まってカルチャーについて話す場)をきっかけに、お互いに指摘し合えるオープンな会話が少しずつできるようになってきました。
この事業に関わっている以上、全員がこの会社の生き死にに関わっています。事業が死ねば、自分も死ぬ。それくらいの当事者意識をどこまで持てるか。それが今、いちばんの勝負どころだと思っています。
「悩みが小さいな」と言われた株主定例
──2024年12月にシリーズAの資金調達を実施しました。CEOとしての意識はどう変わっていますか?
明確に1→10のフェーズに入ったと思っています。0→1と1→10では使う脳も筋肉もまったく異なり、これまではプロダクトや顧客に向き合う時間がほとんどでしたが、今は採用と組織に頭を使う時間が圧倒的に多くなりました。
マーケットも変わってきていて、実質的には時価総額300億円程度が上場のボーダーラインになるとみています。つまりARR100億は必達条件になる。あと5年でそこに届くためには、これまでと同じような成長角度ではまったく足りないと思っています。
──株主や事業パートナーからいただいた、耳の痛かったフィードバックは何ですか?
シード期の株主定例で「悩みが小さいな」と言われたことですかね。「悩み自体のスケールをデカくしないと会社成長しないよ」「正直そんなのどっちでもいいから、悩まずに早く決めて事業を大きくするための問いに頭を使おうよ」という話をされ、確かにその通りだな、と思いました。
「長期視点を持て」なんてよく言われていることではありますが、自分がそれに陥っているって客観的には気づけませんでしたね。経営をしていると、目の前のことがたくさん起こる。だからこそ、意識して長期視点を持ち続けないといけない。状況がどうであれ、経営者である僕は長期目線で組織を引っ張り上げ続ける。それが自分の役割だと意識するようにしています。
──経営者として求められる役割も変化してきたのではないでしょうか?
「今」の延長線上で物事を考えてしまっているなというのが反省として大きくあります。スタートアップをやっているはずなのに、すごく「普通」の会社になっちゃったなという想いがあって。今いるメンバーも素敵な方ばかりですし、会社のカルチャーも素晴らしいと思うんですけど、スタートアップとしてはまだまだ足りない。もっとコンフリクトがあってもいいし、もっと破茶滅茶なことをしてもいいんですよ、本来は。
アニマルスピリッツの朝倉さんが「スタートアップは暴走を設計したほうがいい」と話されているのですが、まさにその通りだと思っています。自分たちが「ここまでしかいかない」と思っているところの角度をどう変えられるのか。その機会を作りにいくのが経営者の役割の一つだと思います。
“Made in Japan”が誇りになる世界線
──「フェアで持続可能な、誇れるモノづくりを。」をミッションに掲げています。どんな世界を作りたいですか?
「フェア」は、技術や製品の価値が適正に評価される世界を指しています。今の日本は世界から「質は高いけど安い国」として見られている。素晴らしい技術があるのに安く買い叩かれてしまい、利益が出ない。利益が出なければ、人への投資も設備投資もできない。労働力もお金も集まらなくなって、産業が持続できなくなる。だから「フェア」と「持続可能」はセットなんです。
かつての就職ランキングでは、トップ10のうち8社が製造業でしたし、「かっこいいし、儲かるし、そこにいるのが誇り」と言われるような業界だったんです。それをもう一度実現したい。
東南アジアやアフリカを旅したとき、日本車がたくさん走っていて、現地の人に「やっぱり日本といえば車だよね」って言われたことがありました。エチオピアのダナキル火山を巡るツアーでも、移動手段はトヨタのランドクルーザーでした。あれがすごく嬉しかったんですよね。モノづくりって、日本人のアイデンティティだなって。それが失われるのはすごく悲しいし悔しいです。“Made in Japan”が誇りになる、“Japan is No.1”って胸を張って言えるような世界線を、本気で実現したいと思っています。
──10年後、匠技研工業はどんな姿をしていると思いますか?
今はソフトウェアとAIを中心とした会社ですが、受発注領域や現場のナレッジ管理など、あらゆる分野へ広げていきたいです。お客様の層も中小の部品加工サプライヤーから大手メーカー、海外の製造業へと展開していく予定です。設備投資の支援や人材育成まで、工場経営そのものを支援していくこともあり得ると思っています。
今は「製造業のEnabler(支援者)」としての価値発揮が主ですが、将来的には我々自身が「製造業における価値のCreator(創造者)」になる世界線もあると思っています。自動車かもしれないし、産業機械かもしれないし、ロボットかもしれない。最終的に目指しているのは製造業そのものの市場を広げることです。市場が広がれば、その裾野にいる中小企業やサプライヤーまで潤っていく未来が描けます。
──10年後の前田さんはどんな人であり続けたいですか
常に最前線で、ファイティングポーズを取り続けている人でありたいです。社会を前に進める力を持ちながらも何もしないのは、なんだかカッコよくないなって。
──ありがとうございました。熱量がとても伝わってきました
そうなんですよ、前インタビューされた時も喋りすぎって言われました(笑)
仲間を募集しています
上位0.1%に食い込まないと死ぬ。そう思いながら、毎日やっています。カウンターモードが足りないという課題も、営業未達もスピード感も、まだ解けていません。それでも一緒にやってみたいと思ってくださる方は、この記事の下にある募集からご連絡ください。まずは話を聞くだけでも構いません。