前職のPARCO時代、店舗内演出を担当していたことがある。
社内にデザイナーなんておらず、印刷もほとんどが外注だった。今のように誰でも手軽にデザインをつくり、すぐに出力できる時代ではない。だからこそ、催事のポスターも、館内のPOPも、店内装飾も、すべてを逆算して準備しなければならなかった。
正直、日々時間に追われる中で、「これを内製化できたらどれだけ楽だろう」と何度も考えていた。
装飾品が完成し、店内に設置されるまでには想像以上に時間がかかる。相手も僕らだけの仕事を請け負っているわけではない。当然のことながら、一歩も二歩も先回りして仕事を依頼しなければ、納期もクオリティも、自分たちが目指すものには届かない。
何が正解なのかなんてわからない。
それでも、「良いものとは何か」「お客様に本当に伝えるべきことは何か」を自分の中で問い続け、インプットとアウトプットを繰り返す。そんな毎日を送っていた。
そんな中で、今でも忘れられない出来事がある。
当時、僕は宇都宮PARCOの最上階にある催事場で、お客様を誘引する企画全般を担当していた。
少しでも多くのお客様に来場していただくため、1階の最も目立つ場所へB3サイズ横置きのスチレンボードPOPを設置した。しかし、思うように集客が伸びない。
何が足りないのだろう。
何度も売場へ足を運び、お客様の動きを眺め、POPを見返した。そして辿り着いた結論が、「入場無料」という情報が十分に伝わっていないということだった。
悩んだ末、僕は設置してあったPOPにマッキーで大きく「入場無料」と書き込み、再び設置した。
情報は間違いなく伝わりやすくなった。
少なくとも、その時の僕はそう思っていた。
ところが、それを見た上司にこう言われた。
「お前の気持ちはわかるが、商業施設の最も目立つ場所に、手書きのPOPはダメだな。」
叱られたわけではない。
集客を何とかしたいという僕の気持ちも理解した上で、冷静に、そして本質的な指摘をしてくれたのだ。
その言葉は、20年以上経った今でも鮮明に覚えている。
商業施設の顔でもある1階に、情報だけを優先した格好の悪いPOPを置くことは、その施設が積み上げてきたブランドを壊してしまう。
もちろん、お客様は「このPOPが格好悪いから今日は帰ろう」とは思わないだろう。
しかし、そうした小さな違和感は無意識のうちに積み重なっていく。
だからこそ、細部を軽視してはいけない。
もし僕がもう少し早く「入場無料」という情報を把握し、デザインへ落とし込めていたなら、情報も伝わり、ブランドも守ることができたはずだ。
あの時の後悔は、今でも仕事をする上での大切な教訓になっている。
そして、もう一つ大きな気づきがあった。
POPは、ただ情報を伝えるためのツールではない。
一つのプロダクトなのである。
情報だけを届けたいのであれば、手書きでもいい。コピー用紙でもいい。極端な話、読めさえすれば役目は果たせるのかもしれない。
しかし、僕らがお客様に届けたいものは、情報だけではない。
商品を手に取った時の期待感。
催事へ向かうワクワク感。
店内へ一歩足を踏み入れた時の空気。
「なんだか、この場所はいいな。」
そんな感情まで含めて届けたいのである。
その入口となるのが、POPだ。
だからPOPは、情報を載せる紙ではない。
プロダクトの一部なのだ。
もちろん、手書きのPOPを否定したいわけではない。
手書きだからこそ温かみが伝わる店もある。
紙質もそうだ。
出力方法もそうだ。
加工方法もそうだ。
正解は一つではない。
例えばディスカウントストアでは、ラミネート加工されたPOPが、お客様にとって親しみやすさやお得感を演出する。
一方、高級百貨店では、厚手のヴァンヌーボ紙にオフセット印刷を施したPOPが、商品の期待感を静かに高める。
どちらが正しいという話ではない。
大切なのは、自分たちがどんなブランドを目指し、どんな体験を届けたいのか。その考え方とPOPが一致しているかどうかだ。
PARCO時代、僕はそうしたPOPの美学を学ばせてもらった。
この考え方は、POPだけの話ではない。
商品のラベルもそう。
パンフレットもそう。
ホームページもそう。
Instagramに投稿する一枚の写真もそう。
メールの文章もそうだ。
会社、そしてブランドは、こうした無数の接点でできている。
そして、その一つひとつがお客様との最初の出会いであり、小さな約束でもある。
細部を丁寧につくる会社は、細部から信頼を積み重ねていく。
逆に、「これくらいでいいだろう」という積み重ねは、必ずどこかでブランドに表れてしまう。
今、僕たちが表現している_SHIP KOMBUCHAやPlant-Basedのプロダクト、そして店舗は、お客様をどこへ導きたいのだろうか。
その入口となるPOPは、お客様と僕たちの想いが詰まったプロダクトとの最初の接点である。
だからこそ、POPは情報ではなく、プロダクトの一部なのだ。
大きな催事会場の入口も、小さな瓶に入った一本の飲料の入口も、考え方は何も変わらない。
ブランドとは、大きな広告や派手なプロモーションだけでつくられるものではない。
日々積み重ねる、小さな選択の連続によってつくられていく。
一枚のPOP。
一本のラベル。
一つの言葉。
一枚の写真。
そうした細部へのこだわりが、いつしか「この会社、なんだかいいな」という印象になり、お客様の記憶に残っていくのだと思う。
だから僕は、今日も細部を妥協したくない。
時間は待ってくれない。
だからこそ一歩も二歩も先回りしながら、プロダクトだけでなく、その入口となるすべてにもこだわり続けたい。
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