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「より厳しい環境を求め続けたことで、“没頭できる仕事”に辿り着いた」 (RA/平山雅人)

【挑戦者側から、社会をおもしろくする。】
社員インタビュー第8弾! 先日11期のキックオフが行われた際にも、見た目とは裏腹に(?)誰よりも笑いを引き起こした、ナイモノのマネージャー平山の登場です!
学生時代は野球やアメフトとスポーツに打ち込み、社会人として経験した会社はナイモノで5社目。理想の環境を求め続けてきた平山が、いま仕事に向き合うスタンス。その紆余曲折をぜひご覧ください!!

日本一を目指した高校時代

2022年8月22日(月)17時13分。
高校野球の歴史で、東北勢として初めて仙台育英高校が優勝を飾ったその瞬間、甲子園の観客席で平山は声を上げながら泣いていた。

母校の後輩たちが勝ち取った優勝旗。約20年前に自身が目指した光景が、目の前で現実になっている。その感動や感慨とともに、今の自分が向き合っている仕事を振り返り、想いを強くしていた。

―― 栃木で生まれ育ち、日々野球に打ち込んだ少年時代。高校は更なる可能性を求めて宮城の仙台育英高校に進学して卒業まで野球に没頭し、日本一を目指して練習に明け暮れた。県外からの入学者も多い部員の中でも筋力測定や走力は随一、身体能力には自信があった。監督からは「金属バットを折ろうとしてバッティングをしているのはお前だけだ」と言われた。

一方で、他の部員と比較して「自分はセンスで活躍するタイプではない」と感じていたことで、配球や投手の癖、戦況ごとのパターンなど、数字で捉えて分析をしては練習や試合に活かしてきた。

その後、大学進学を考える時期になり、スポーツを続けることは考えていたが、これまでの過酷な練習で肩を負傷した経験もあり、「大学では違う競技を」と考えて可能性を探った結果、アメリカンフットボールに出会った。

アメフトを通して学んだこと

アメフトはポジションごとに役割が異なり、数十種類の戦術パターンを頭に入れつつ、激しいフィジカルコンタクトの中で状況に応じて対処することが求められる。まさに「知性と野性の融合」ともいえる。そんなアメフトの世界は、平山にとって魅力的に映った。

根性や気合いだけではなく、机上に並べられた確率だけでもない。その両者を、現場でその瞬間ごとに判断して、決断したら恐れずに動く。常に変化を察知するアンテナも張り続ける。

そんなアメフトでの経験は、その後にも大きな影響を与えた。
「もちろん競技として楽しかったですし、すごく魅力的なスポーツです。ただ、それ以上にアメフトを通して交流してきた人とのかかわりは、大きな価値でしたね。
彼らはアスリートとしてはもちろん、ビジネス的にも人としても尊敬できる人たちばかりで、社会でてからも交流は続いています。アメフトというひとつのツールで交流できたことは、本当に良い経験でした」

大学卒業後も30歳まで社会人チームに所属してアメフトにかかわり続けた。

そこで得たのは、単にスポーツとしてのアメフトの結果や成果だけではない。リスクを感知しながら突き進む野性と、その中で適切な判断や行動をするための知性を、他大学や他チームの選手たちと共にアメフトに向き合うことで磨き続けた。

「本当は“ブラック企業”で働きたかった(笑)」

新卒では、外資系のスポーツ用品メーカーに就職。
その商品分野では世界シェアトップの会社で、営業や販促活動で西日本各地の取引先を飛び回り、シカゴの本社への出張も経験した。その日までの方針や計画が、アメリカ本社の社長の一存で翌日には180度変わることは度々あった。それでも平山が意識していたのは、スポーツをしていた頃と同じ。ただ「その時々でベストを尽くす」ことだけだった。

その後、学生時代の仲間が立ち上げたスポーツメーカーに誘われ、企業が成長する過程を身をもって体験した。前職の経験も踏まえて仕入れや拡販、経営の部分までかかわったが、平山の中ではいつも「まだ足りない……!」という想いが拭えなかった。

「ちょっと変な話ですけれど、当時考えていたのは、いわゆる“ブラック企業”で働きたかったんです(笑) それで人材業界に興味をもって、ネットで検索して一番よく出てきた会社を受けて、“一番売上が上がらない部署に配属してほしい”と伝えました」

要望が通って希望通りの部署に配属されたものの、実際に働きはじめてみると正直な感想としては「こんなものなのか……」だった。他社からヘッドハンティングされた、事業部長や支店長の経験者の働きぶりや成果を見ても、平山が期待していた環境と比べると肩透かしを受けた。

「実際には、その会社も私が入社する1年前くらいには、社内の風土も制度も変わっていたそうで(笑) ただそれを含めても、やっぱり“本気で仕事にコミットする人がいる環境”を望んでいたので、どうしても物足りなさがありました……」

キャリアの「点が線でつながる」瞬間

その後、大手教育企業の関連会社に転職し、事業計画や人事・営業から運用、マネジメントまで、経営者の立場で働く経験もした。収入的にも立場としても、一般的には充分に恵まれていた。

会社や顧客、社会に対して価値を生み出すためにベストを尽くしたい。しかし、それを突き詰めようとすれば、組織的には制限がかかる……。

「当時は、“もう今のままでいいのかな”と諦めそうになりながら、でも、やっぱりつまらないんですよね。別にお金がどうとか立場がどうではなくて、ただ会社のために社会に役立つ仕事がしたいだけなのに、そんな環境が見つからない。ただただ不完全燃焼している状態でした」

そんな鬱憤をぶつけるように、ある日の夜にWantedlyの経歴を更新すると、即座にナイモノからアプローチがあった。聞いたことのない社名。だからこそ惹かれるものもあった。そこから事業内容を読み込んでいくにしたがって「点が線でつながっていく」のを感じた。

外資系メーカーで経験した変化への対応、2社目の立ち上げ期の熱量、3社目での人材業界で得た知識と経験、4社目の数字やデータによる戦略策定。そして何より、野球やアメフトで身につけてきた野性と知性の融合……。心から求めてきた仕事を諦めつつあった平山にとって、これまでの自身の経験がつながっていく可能性が見えた瞬間だった。

「人材業界の矛盾に挑戦したい」

採用面談で代表の霜田の話を聞いて、平山の期待は確信に変わった。

「矛盾を前提として理想を求める人、なんですよね。
“学生への想い”と“シビアなビジネス”のバランスは人材ビジネスの永遠の課題で、両立はむちゃくちゃむずかしいこと。それを包み隠さず、嘘をつかず、濁さずに、それでも両立しようとする。その矛盾の解決を本気で追い求めていると感じて、自分もその矛盾に挑戦したいと思ったんです」

平山が入社したのは、ジョーカツがサービススタートをして1年が経ったタイミング。
当時は取引企業の開拓の大部分を霜田が担っており、平山には霜田に代わりうるレベルの成果が求められていた。とはいえ、平山としてはこれまでに溜まり続けた仕事への熱量を開放できる環境を得たことが、大きなモチベーションになっていた。

ジョーカツの拡大とともにCA(キャリアアドバイザー)が増えていく中で、ただ取引企業数を追うだけではなく、紹介できる企業の規模や業種、職種のバリエーションがあってこそ、と考えアプローチ先にも戦略を立てた。さらに、大学時代の仲間が立ち上げた会社との契約を経て、ジョーカツを通してその会社の採用が成功した際には、何よりも感慨深いものがあった。

「立場上、学生時代の仲間だからといって、自分の感情で学生をどうこうするということはありませんが、最終的に内定が出て、彼らが入社を決めてくれて、その後も活躍している話を聞くと、それはもちろん(笑)」

新型コロナ禍で見出した光明

入社1年が経った頃には新型コロナ禍が起きた。しかし、平山はむしろ「営業としての真髄が試されている」と捉えていた。

「世界的なレベルでの混乱だったので、面倒くさいことになったなとは思っていたんですが、それまでの経験があったことで、むしろ“他社も含めてこんな状態だからこそチャンスだ!”と思っていました。やれることをやるしかないし、そんな環境下だからこそできることがあるはずなんです」

それまで目標としていた新規件数を追うところから、既存の取引企業への価値を最大化する方向にシフトした。さらには「試してみないとわからない」と異業種交流会にも参加して、そのつながりから年間1000万円を超える契約に結びつけた。

目の前にあるリスクだけに注目するのではなく、状況の変化を踏まえて、最適な判断をして動き、成果につなげていく。まさに、これまでの経験がつながり、結実した経験だった。

「あの経験で、改めて“営業手法は無限”だな、と思いました。会社としても、不安なことはいくらでもありましたが、なってしまったものは仕方がない。そこから、どんな手を打てるかを試されていると捉えて、ベストな方法を選んで動くしかないんですよね」

より没頭できる環境を

より厳しい環境を求めて、さまざまな会社や職種を経てきたキャリアが線になっている実感がある。だからこそ、過去の自分が求めていたものとの認識のズレにも気づくことができた。ただ厳しい環境、ハードな仕事というだけで満足できなかったのは、心の底から信じて没頭できる環境こそが、自身の求めていたものだったから。

そして、その原点には常に野球とアメフトでの経験がある。

「営業という仕事でも、自分にはセンスはないと思っています。だから相手の状況を踏まえて、合致するポイントを想定した上で、お互いのメリットが最大化するところに落とし込めるような準備をしておきたい」と語るそのスタンスは、高校野球の頃から変わらない。

さらにはマネジメントでも同じ。「人によって役割や特性の活かし方もそれぞれ違います。高橋は契約後の関係性のつくり方や運用では私よりもうまいと思いますし、岡本の仕事の細かさや気遣いの丁寧さは自分には真似できません。
アメフトでも、オフェンスが野性だと思われるかもしれないんですが、意外に野性的なのはディフェンスで、私が経験してきたのはそのディフェンスの方で(笑) それぞれの特性を活かして、そこに本気で向き合うからこそ、チームになりうると思うんです」

マネージャーとしてジョーカツ及びナイモノの成長を支え加速し、新型コロナ禍を乗り越えてきて、いま掲げている目標は実現できると確信している。高校の後輩たちが成し遂げた偉業を目にしたことで、その想いをより強く、新たな企業の拡がりと組織の強化のために日々を送る。

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