「情報セキュリティの研究をしている私が、営業をやっている理由」
結論から言うと、人生を豊かにしたかったからだと思う。
もう少し言葉にするなら、「人との繋がり」と「幅広い知識と知恵」が欲しかった、というところに落ち着く。
情報セキュリティという分野は、深く考える訓練としてはとてもいい場所だ。ソフトウェアは毎日のように更新されるし、人は組織を移り、設定は古びていく。昨日まで安全だったものが、今日はそうではない。だから知識をただ積むだけでは追いつかなくて、自然と「知恵」みたいなものが育っていく。研究として向き合っていても、実務で触れても、思考の筋力がついていく感覚がある。
ただ、そこにどうして営業を重ねるのか、と聞かれることがある。
正直に言うと、私はずっと理系で、1人で黙々とやっているのが好きなタイプだった。部屋にこもって、手を動かして、静かに考える。営業なんて一番遠い世界で、自分には関係ないと思っていた。人と話すのは、得意というより、むしろ少し苦手なほうだった。
それでも飛び込んでみたのは、人と繋がることの意味は、結局のところ繋がってみるまで分からない、と気づいたからだ。本を読んでも、人から聞いても、「なぜ人との繋がりが人生を豊かにするのか」は輪郭がぼんやりしたままだった。理屈では届かない領域があるらしい、と薄々感じていた。だから、やらざるを得ない環境に自分を置いてみた。
やってみて、どうだったか。
めちゃくちゃ楽しかった、というのが素直な感想だ。
何がそんなに楽しかったのかを自分なりに考えてみると、「すべての問題は、最後には人に行き着く」と腹落ちしたことが大きい気がする。
セキュリティもそうだった。放置されたソフトウェア、弱いパスワード、抜け落ちた運用。技術的な欠陥は確かにある。でも、本当の問題はその手前にある。「この状態を放っておくと、社会に不利益が出る」という認識を、当事者が持っていないこと。さらに遡れば、その認識を育てる機会がどこかで抜け落ちていたこと。技術の話のようでいて、最後はいつも人の話に着地する。
もちろん技術は必要だ。それは疑っていない。ただ、その技術も誰かが作ったものだし、使うのも、放置するのも、人だ。そう考えると、人と向き合うことと技術と向き合うことは、思っていたほど遠くなかった。
だから、もし理系で、1人で地道に積み上げるのが好きな人がこれを読んでいたら、一度だけでも営業みたいな仕事に飛び込んでみてほしい、と思う。最初はきついかもしれない。私もきつかった。でも、そのあとに見える世界は、たぶん少し変わる。
少なくとも、私は変わった。mocomocoはそんな人も待っています。