こんにちは!人事部の土海です。
今回は、アイサロン事業部でSVを担当している宮脇さんにインタビューしました。
富山県出身。調理師免許を取得後、ホテルや個人フレンチ、フランスの一つ星レストランなどで経験を積み、現在はLimeでSVとして約20店舗を担当しています。
料理人として本気でキャリアを積んできた宮脇さんが、なぜLimeに飛び込んだのか。
きっかけは、実の兄でもあり、現在Limeで眉毛事業部の責任者を務める天龍さんの一言でした。
「いつかは料理人がちゃんと報われる店を、自分で作りたいと思っています」
そう語る宮脇さんに、料理人時代の経験や、Limeで感じている成長について話を聞きました!
「不純な動機」から始まった料理人の道
Q:まずは自己紹介をお願いします。
宮脇:富山県高岡市出身です。調理科の高校を卒業後、ホテルニューオータニ高岡で洋食の仕事をしたあと、富山の個人フレンチ店、フランスの一つ星レストラン、東京のフレンチを経て、2025年4月にLimeに入社しました。現在23歳です。
Q:なぜ調理科に進んだんですか?
宮脇:正直に言うと、動機は不純でした…。勉強はしたくないし、モテそうだし、食べることが好きだから、その3つが主です(笑)。でも入ってみたら料理をどんどん好きになっていて、調理師免許もちゃんと取ることができました。
最初は寿司屋をやりたかったんですが、YouTubeで洋食を見て「かっこいい」と思って洋食に憧れて、地元のホテルニューオータニ高岡に就職しました。
『料理人って、胸を張って言えなかった』
Q:ホテルではどんな経験をしましたか?
宮脇:ちょうどコロナ禍で、レストラン営業がほとんどできず、お弁当作りが中心でした。料理人として入ったのに、自分が思い描いていたような調理経験が積めなくて、「料理人です」と胸を張って言えない感覚がずっとありました。
その後、ホテル最上階のレストランにも関わるようになりましたが、現場はかなり厳しかったです。毎日変わるアミューズへの対応や細かな段取りを求められる中で、自分の実力不足を痛感する場面も多くありました。
当時は目の前の厳しさに必死でしたが、今振り返ると、自分には「課題を分解して改善する力」が足りていなかったと思います。
料理長の背中を見て、フレンチを極めると決めた
Q:その後はどうしたんですか?
宮脇:ニューオータニの料理長のことを尊敬していて、料理長の部屋にある本を読ませてもらったり、若い頃の話を聞かせてもらったりしていました。料理長の最初の修行先が、東京・四谷にある「北島亭」というフレンチのレジェンド的なお店だったんです。その話を聞いて、「自分もフレンチを極めたい」と決めました。
転職の決め方はシンプルで、実際に食べてみて決めていました。富山県内を何軒もまわって、兄と一緒に行ったフランス料理屋に感動して、「雇ってください」と飛び込みました。19歳の時です。余裕がないと断られましたが、他のお店を紹介してもらいました。
転職のきっかけとなった感動した料理です!
Q:転職先のお店はどうでしたか?
宮脇:個人店なのでやらせてもらえることが多くて嬉しかったです。
入って1週間で魚を焼かせてもらえて、1ヶ月で一人で回すこともありました。「魚も捌けないし、一年間何をしてたんだ」と言われて、自分でもそう思いました(笑)。
どんどん成長を実感していて、本当にいい環境でした。
『今すぐスーツケースに詰め込んで連れてくよ』—フランスへ
Q:なぜフランスに行くことになったんですか?
宮脇:そのお店のシェフが若い頃にフランス・ドールの「ルベックファン」というレストランで修行していて、そこのシェフが東京に来た時に「フランス来たいか?」って言ってもらえたんです。
フランスは、自分にとって憧れのフレンチの本場だったので、このチャンスは絶対に逃したくないと思いました。
もちろん、言葉も通じない国で一人で働くことへの不安はありましたが、それ以上に「本場で学べるんだ」というワクワクが大きかったです。
「今すぐスーツケースに詰め込んで連れてくよ」って、冗談っぽく言ってくれて(笑)。
すぐに「お願いします」と頼みました。
シェフも「本気で成長してほしいから行かせたい」と後押ししてくれていました。
Q:フランスではどんな生活でしたか?
宮脇:150万円を持って、一人でフランスに渡りました。最初の1ヶ月は語学学校に通いながら、ホームステイをしていました。
フランスの家庭料理を食べたくてホームステイを選んだんですけど、まさかのホストマザーがヴィーガン&グルテンフリーで(笑)。最初は「あれ……?」と思いましたが、今では良い思い出です。
ホストファミリーです!
レストランでは社宅に住めて、家賃も食費もかからなかったのでかなり助かりました。
仕事は、最初は年下の日本人学生の手伝いから始まりました。
正直、屈辱的で悔しかったです。でも入って2週間ほどで、魚のポジションが空いて、そこを任せてもらえることになりました。魚を扱う経験があったことが活きた瞬間でした。
フランスでは、年齢や上下関係よりも「できるなら任せる」という空気がありました。質問もしやすく、見せてもらいながらどんどん吸収できる環境だったので、かなり成長できたと思います。
『深夜の厨房で、全てに絶望した』
Q:帰国後はどうしましたか?
宮脇:フランスで1年やり切って、次に入りたいレストランをインスタで見つけてDMしました。お互いに1週間研修してみてどちらも受け入れられたら入ろう、という形で面接して入社しました。
ここでは前菜の仕込みや出汁の取り方など、基礎をさらに深く学べました。シェフも優しくて、可愛がってもらいました。
最初のホテルで理不尽な経験をしていたから、何でも耐えられるようになっていましたね(笑)。
Q:なぜ料理人を辞めたんですか?
宮脇:手の病気、過労、高温多湿の環境、それに職場環境の問題が重なりました。
正直、働き方としてはかなりハードで、朝早くから深夜まで働く日もあり、厨房は高温多湿で、体への負担も大きかったです。
料理を学べる環境としてはありがたかったのですが、少しずつ心身ともに限界が近づいていました。頑張っているのに認められない、という気持ちの糸が切れてしまって。深夜の厨房で、全てに絶望していました。この時は人生を諦めていましたね。
『兄の一言で、料理人からLimeへ』
Q:Limeに入社したきっかけを教えてください。
宮脇:料理を辞めた後は1年間バイトで食い繋いで地元に帰ろうと思っていました。
そうしたら、元々ずっとLimeで働いていた実の兄の天龍さんに「Limeに来ないか」と誘ってもらいました。
正直、最初は軽い気持ちでした。でも小さい頃からずっと尊敬していた兄が本気で誘ってくれたことが大きかったです。
天龍さんは自分より先にLimeに入っていて、「ここなら経営を学べる」と背中を押してくれました。経営を学びたいという気持ちもあったし、話を聞きに行くことにしました。
Q:どうしてLimeへの入社を決めたんですか?
宮脇:正直、最初はかなり悩んでいました。
料理を辞めること自体にも迷いがありましたし、美容業界も未経験だったので、「本当に自分にできるのか」という不安もありました。
でも、代表のはやきさんとの面談で、「この会社と従業員を守るためならなんでもする」という言葉を聞いたんです。その言葉がすごく印象に残りました。単に会社を大きくしたいというより、人や組織に本気で向き合っている感じがして、かっこいいなと思いました。
一方で、料理を辞めることへの怖さはまだ残っていました。
その時にモノリスの同僚に相談したら、「今からでもやっていける。まだ22歳だし、4年間で積んだ技術と知識は失わない」と言ってもらえたんです。
Limeでなら新しいことに挑戦しながら、これまでの経験も活かせるかもしれない。
そう思えて、「この人たちと一緒に働いてみたい」と思いました。
背中を押してくれた同僚との写真です!
『フランスにいた頃の感覚と、同じだ』
Q:入社してみてどうでしたか?
宮脇:ずっと飲食の現場にいたので、目標設定という概念がなかったんです。ただひたすら「美味しい料理を作る」がゴールで、成長していても評価基準がないから給料も上がらないし、成長の仕方もわからない。
Limeに入ってからは、メンターから定期的にフィードバックをもらえて、成長の仕方がわかるようになりました。質問しやすくて、コミュニケーションが取りやすくて、仕事の関係というよりチームのメンバーという雰囲気で働きやすいです。フランスで感じたのと同じ感覚です。
同い年飲み会の様子です!
Q:現在はどんな仕事を担当していますか?
宮脇:眉毛事業部で、約20店舗のSVをしています。加盟店の目標が未達の時に「何が課題で、何をすればいいか」を分解できるようになってきました。課題を分析して売り上げを伸ばせるようになったことが、自分でも成長を感じる部分です。
Claudeを活用した業務改善も進めていて、アジェンダ作りが元々1時間かかっていたのが10分程度終わるようになりました。店舗管理が大幅に楽になっています。
Q:SVの仕事の魅力はどこにありますか?
宮脇:店舗の課題を一緒に考えて、実際に数字として結果が出た瞬間はやっぱり嬉しいです。
例えば、売上が伸び悩んでいる店舗に対して、「なぜ新規が少ないのか」「リピートが取れていないのはなぜか」を分解して、一緒に改善していくんです。
施策を実行して、実際に数字が変わった時はかなり達成感があります。スタッフとのコミュニケーションや、オペレーション改善、数字管理まで全部つながっているので、「経営に近い仕事をしている感覚」があります。
料理人時代に学んだ、「どうしたら現場が回るか」という視点も、今かなり活きていると思います。
『兄貴はやっぱ兄貴だった』
Q:天龍さん(兄)と同じ会社で働いて、印象は変わりましたか?
宮脇:めちゃくちゃ変わりました。
高校卒業後の時は、自分は本気で料理の道に進んでいたので、当時は正直「自分の方が頑張っているし、成長している」と思っていました。天龍さんのことを少し反面教師のように見ていた部分もあったと思います。
でもLimeに入って、眉毛事業部のマネージャーとしてメンバーや数字、事業全体を見て動く姿を近くで見て、その印象が一気に変わりました。
「あ、兄貴ってやっぱ兄貴だったんだな」と思いました。
よく「お兄さんなのに天龍さんって呼ぶんですか?(笑)」って聞かれるんですけど、普段は普通に呼び捨てです。でも仕事では、敬意を持って「さん付け」で呼ぶようにしています。それくらい、自分の中で尊敬する存在になりました。
父と天龍さんとの写真です!
Q:入社して特に印象に残っていることはありますか?
宮脇:最近の全体報告会です。
天龍さんが眉毛事業部の責任者に、自分がリーダーに昇格させていただきました。
正直、兄弟で同じタイミングで昇格できるとは思っていなかったので、かなり嬉しかったです。
その場で天龍さんへの感謝と尊敬を伝えたら、天龍さんが涙を流してくれて。小さい頃から一緒にいる兄と、同じ会社で一緒に成長できていることを実感して、すごく嬉しかったです。
ただ、リーダーに昇格できたから満足しているわけではありません。天龍さんの背中を近くで見ているからこそ、もっと事業を成長させられる人になりたいと思っています。
今は、次のステップとして眉毛事業のマネージャーを目指しています。
お二人の昇格の様子です!
経営を学んで、業界に革命を起こしたい
Q:これからの目標を教えてください。
宮脇:最終的には、自分で飲食店を経営したいです。
ただ美味しい料理を出すだけではなく、料理人がちゃんと報われる店を作りたいと思っています。
料理人時代に感じた「頑張っているのに評価されにくい」「成長の仕方が見えにくい」という課題を、経営の立場から変えていきたいです。
今Limeで学んでいる数字の見方や、目標設定、メンバーとの向き合い方は、全部そこにつながっていると思います。
Q:求職者の方へメッセージをお願いします。
宮脇:正直料理人を辞める時は、4年間やってきたことが無駄になる気がして怖かったです。
でも今は、過去の経験は形を変えて活きると思っています。段取り力や現場を見る力は、今のSVの仕事でも武器になっています。
Limeは、経歴よりも「何を本気でやってきたか」を見てくれる会社だと思います。
今の環境に違和感がある人や、もっと成長したい人には、ぜひ一度話を聞きに来てください!