こんにちは! 株式会社GH Lab.採用担当です。
今回お話を伺ったのは、人材事業部で部長を務める猪又小京さん。入社からわずか1年で部長という打診を受けた彼女ですが、そこに至るまでには、プライドを捨てて練習に食らいついた高校時代や、個人事業主として不安定な日々を過ごした時期など、いくつもの「乗り越えた瞬間」がありました。
転機になったのは、上司からかけられたある一言。「成功でも失敗でも良いから、結果を出しなさい」。この言葉で気持ちが楽になり、前向きに一歩を踏み出せるようになったと猪又さんは振り返ります。
失敗を恐れて動けなくなった経験がある人、今まさに挑戦の入り口で足がすくんでいる人。そんな方に読んでほしい、等身大のキャリアストーリーです。
目次
プロフィール
- 名前: 猪又小京
- 役職: 人材事業部 部長
- 経歴:
- 早稲田大学卒業
- 新卒で保育・教育サービスを扱う事業会社に入社(イベント事業・人事を担当)
- 個人事業主として人材業に従事
- 株式会社GH Lab.へ入社、約1年後に部長就任
プライドを捨てた高校時代、そして「安定」を手放した20代
猪又さんの原点は、実は華々しいものではありません。町田市出身、中学・高校は吹奏楽部で都大会にも出場しましたが、当時の自分を「とにかくできない人間だった」と語ります。
「同じパートに、私よりずっと上手い人たちがいたんです。中学では気づかなかった自分のできなさを、高校で思い知りました」
――それは苦しい経験だったと思います。その時、どう向き合ったんですか?
「プライドを捨てて、同期に毎日のようにアドバイスをもらいました。学校が17時で閉まるので、河原や公園に練習しに行ったりして」
この「プライドを捨てて人に頼る」という姿勢は、後のキャリアにもつながっていきます。
新卒で入社したのは、保育・教育サービスを扱う事業会社。本社が大阪だったため配属も大阪となり、総合職は自分ひとりという環境で、友人もいないまま仕事に没頭する日々を送りました。通常でも2時間残業、繁忙期には24時半まで働くこともあったといいます。
「かなり激務でしたが、教育がしっかりしていて、社会人としての基礎を叩き込んでもらいました」
その後、猪又さんは個人事業主として人材業を始めます。しかし、そこで待っていたのは経済的な不安定さでした。
――独立されていた時期は、正直どうでしたか?
「かなり不安定でしたね。弊社に入ってからようやく安定して……旅行したり物を買ったりということはほとんどなかったです(笑)」
そんな中、知り合いからの紹介でGH Lab.の存在を知ります。
「20代最後の挑戦ができると思ったんです。同年代の人たちが中心となって運営している環境に感銘を受けて、ここで成長したい、挑戦したいという気持ちが強くなりました」
正直、不安がなかったわけではありません。ベンチャーで働いた経験がなく、「意識高い系じゃないと活躍できない」というイメージすら持っていたと言います。それでも一歩を踏み出したのは、自分の可能性を自分で諦めたくなかったからでした。
RAの管理からCAの集客施策まで。部長としての今
入社から約1年後、猪又さんは部長への打診を受けます。自分から手を挙げたわけではなく、周囲からの声がけがきっかけでした。
――打診された時、どんな気持ちでしたか?
正直に言うと、最初は戸惑いもあったそうです。ただ、そこには前段のエピソードがあります。
「自分のことなら失敗してもいいけど、組織で失敗するのはいけないことだと思い込んでいたんです。結果を出す=成功だと考えていたので、失敗を恐れて、努力をしきれていなかった時期がありました」
そんな猪又さんの気持ちを軽くしたのが、副社長・松本さんからのある一言でした。
「『成功でも失敗でも良いから、結果を出しなさい』と言われて、すごく楽になったんです。まずはやってみようと、前向きになれました」
今、猪又さんが担っている業務は多岐にわたります。メインはRA(リクルーティングアドバイザー)のマネジメント、そしてCA(キャリアアドバイザー)の集客施策やマーケティング関連の企画。関わる業務の幅が広がるほど、頭の切り替えには苦労しているといいますが、それすらも前向きに捉えています。
「大変だなと思う瞬間もありますが、これも成長のチャンスだと思っています」
そして去年、猪又さんにとって大きな転機となる出来事がありました。新しい役割としてRAを任されたことです。
「新しい役割をいただけたことが、去年一番の成功体験でした」
この一言には、失敗を恐れていたかつての自分から、任された仕事に前向きに向き合えるようになった変化が凝縮されています。
ネームバリューに頼らない、自分自身を磨ける環境
猪又さんが早稲田大学に進学した理由は、実は「大手企業に入るため」ではありませんでした。
「早稲田だから、早稲田なのに、と言われることが複雑だったんです。早稲田かどうかに関係なく、『私』であることの結果なのに、と思っていて」
だからこそ、ネームバリューで守られる環境ではなく、自分自身の価値を高められる場所に身を置きたいと考えるようになったといいます。そういう意味で、挑戦できる幅と成長スピードが段違いなベンチャーという環境に、猪又さんは強く魅力を感じています。
就職活動でも、その軸はぶれていませんでした。受けたのはわずか2社。経営理念と事業内容に共感できるかどうかを最も重視し、第一志望だった企業から内定を得て、大学3年の3月には就職活動を終えています。
「どんな職種に就くとしても、自分が共感し、自信を持てるものじゃないと続かないと思ったんです」
GH Lab.を選んだ理由も、根っこは同じでした。同年代が中心となって環境を作り上げている姿に共感し、ここでなら自分自身を磨いていけると感じたからこそ、20代最後の挑戦の場として選んだのです。
家庭と仕事、どちらも諦めない未来へ
これからのビジョンについて聞くと、猪又さんはまっすぐにこう答えました。
「理想は、家庭と仕事のどちらも大切にできる状態を作ることです」
――大切にできている状態というのは、具体的にはどんなイメージですか?
「家族や子どもとの時間もしっかり確保しながら、キャリアも積み上げていける状態ですね」
そしてもうひとつ、猪又さんが強く思い描いているのが、GH Lab.で女性のキャリアを切り拓く存在になることです。
「弊社で働く女性が、この先ライフステージが変わっても活躍できると思える。そんな存在になりたいんです」
自身が個人事業主として不安定な時期を経験し、それでも挑戦を選び続けてきたからこそ、この言葉には重みがあります。
挑戦を迷っているあなたへ
最後に、これから挑戦しようか迷っている方へ、猪又さんからメッセージをもらいました。
「どの会社にも大変なことはあるし、良いことばかりではありません。でも、せっかくなら人生の大半を使う仕事も、楽しめる人でいたいと思っています」
そして、こう続けます。
「挑戦自体に成功や失敗はないと思っています。その後、自分がどうするか次第です。選んだ道を正解にするために、私も頑張るので、悩んでいる人がいたらぜひ一歩踏み出してみてほしいです」
プライドを捨てて練習に付き合ってもらった高校時代。不安定だった個人事業主時代。失敗を恐れて動けなかった入社当初。そのすべてを経て、猪又さんは今、部長として、そして一人の挑戦者として前を向いています。
猪又さんが所属する人材事業部では、CAや事務として働く仲間を募集しています!
今後の記事では、実際にCAとして働くメンバーや不動産営業として活躍するメンバーにも、日々の業務や仕事のリアルをたっぷり語ってもらう予定です。
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