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ハーバード大学による最先端建築DX教育~日本における建築DX普及のヒント

※本記事は、建設DX研究所の記事に一部編集を加え、転載しています。

【はじめに】

ものごとが急速に変化する時代の中、様々な業界でデジタル化が進んでいます。DXを推進する動きは、建設業界も例外ではなく、特にコロナ禍を受けてその必要性への注目が高まっています。他方で、建設DXの日本における普及はまだ道半ばというのが実情です。

今回お話を伺うのは、株式会社竹中工務店の川島宏起様と、Fortec Architects株式会社の大江太人様です。お二人とも、アメリカのハーバードへの留学経験をお持ちです。本記事では、米国の最先端の建築DX教育や日本との違いという視点から、日本における建設DX普及へのヒントを紐解いていければと思います。

■ プロフィール

川島 宏起
株式会社竹中工務店設計部勤務。一級建築士。
東京大学建築学科、同大学院を経て、2013年より現職。
2017年から2年間、社内留学プログラムにて、ハーバード大学デザイン大学院に留学。

大江 太人
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。一級建築士。
建築士としての専門的知見とビジネスの視点を融合させ、クライアントである経営者の目線に立った建築設計・PM・CM・コンサルティングサービスを提供している。過去の主要プロジェクトとして、「Apple Marunouchi」「Apple Kawasaki」「フジマック南麻布本社ビル」「資生堂銀座ビル」「プレミスト志村三丁目」「ザ・マスターズガーデン横濱上大岡」他、生産施設や別荘建築など多数。

【留学のきっかけ】

―― まず、お二人が留学したいと思ったきっかけを教えてください。

川島:建築をより深く学びたいと思ったからです。社会人になると、どうしても学びの機会は減ってしまいます。自分が学びたい内容の講習会に出会うハードルも、高いと感じていました。留学を通して、新しい技術をたくさん学びたいと思い、社内留学のプログラムを利用してハーバード大学の建築学科に留学しました。

―― 大江さんはどうですか。

大江:私は、ビジネスの面から建築業界を引っ張っていきたいと思ったのがきっかけです。社会人になって、建築のプロジェクトに関わる仕事をしていました。しかし、仕事を依頼される時点で、すでに枠組みやプロジェクトの内容が決まっていて、できることには限界がありました。クライアントと共に建築に対するより良い投資のあり方を考えられていたら、という視点を持つようになり、作る側だけでなく、ビジネスの視点も学ぶことができるビジネススクールへの留学を決めました。

【日本とアメリカの建築教育の違い】

―― 建築教育において、日本とアメリカとの違いで印象的なことはありましたか。

川島:まず大きなところとしては、建築分野の位置づけが違っています。日本の建築学科は工学部の中にあるのですが、アメリカの場合は美術学部の中に建築学科があるという位置づけになります。

―― 工学部建築学科というのはアメリカにはないのですね。

川島:主流ではないですね。学部の構成も違います。

日本の建築学科と、GSD(ハーバード大学デザイン大学院)がカバーしている領域のダイアグラムです。両者に共通しているのは意匠、歴史、テクノロジー、エネルギーです。日本は、構造、材料など、建物にフォーカスしています。対してGSDは、ランドスケープなど、建物を含めた人間の居住環境全体をどう作るかを考えています。日本の建築実務に関わる方々は建築学科出身者が多いのに対して、アメリカは、他分野の人がより多く建築実務に関わっているという違いがあります。

―― 建築教育におけるデジタル・ITの側面では、日本とハーバードではどのような違いがありましたか。

川島:ハーバードでは、デジタル・ITは建築教育における重要な要素として取り入れられており、最先端の技術等について学べる機会を得ることができました。設備も非常に充実していました。例えば、3Dプリンターが生徒一人に1台与えられる授業もありましたし、CNCルーターも無料で使うことができます。

【留学先で印象的だった授業】

―― 3Dプリンターなど、新しい技術を使って学ぶ中で、印象的だった授業はありましたか。

川島:スーパーカーをモデリングする授業が印象的でした。3ds Max という一般的には映画制作に使われることが多いソフトを使い、スーパーカーをモデリングする授業です。モデリングが完成した後に、ソフト内の物理シミュレーションで、クラッシュさせました。

この車の一番左がもともとの車のフォルムで、一番右が壁にぶつかってクラッシュした後の形状です。クラッシュする過程を3Dプリントして、プロセスの中に現れるフォルムを観察しました。

大江:本来、建築は垂直のものをデザインします。クラッシュして衝撃が与えられた状態、つまり曲線でのモデリングは、相当な技術が必要だと思います。モデリングの技術が鍛えられますね。

―― 大江さんは、ビジネススクールで印象的な授業はありましたか。

大江:全ての授業が、実際の事例に基づくケーススタディだったことが印象的でした。

出典: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Students_in_a_Harvard_Business_School_classroom.jpeg

階段教室の真ん中に先生がいて、囲むように生徒が座ります。先生の発言は全体の授業の10%、残りの90%は生徒の発言です。写真ではみんなが手を挙げており、大げさに見えるかもしれませんが、これが当たり前の授業風景です。この授業では、この場を一つの取締役会と見立てて、生徒一人ひとりが取締役となります。会の中で価値のある発言をして、ビジネスとしての正解にたどり着かなければなりません。知識があることは大前提で、それをどのようにビジネスの実践に紐づけていくのかというところに重きを置く授業でした。

エンジニアチームが行った分析:様々なKPIをトラッキングし、カスタマーの趣向を可視化していく

また、他業種とのコラボレーションも印象的でした。例えば、ニューヨークに日本のカプセルホテルを輸出するプロジェクトでは、エンジニアリングスクールの生徒とコラボしました。日本のカプセルホテルをニューヨーク版にするためには、部屋のデザインだけでなく、本当にニーズがあるのか、価格帯はどうするかという市場の調査も必要です。そこで、エンジニアリングスクールの生徒がwebテスティングをして、統計を取り、どのような見せ方、どのような値段帯が良いかなどを分析してくれるのです。他業種と共同しながら、具体的にいかにビジネスを展開していくか、より実務的に学ぶことができました。

【建築DX教育・実務との繋がり】

―― 日本では、大学での勉強と実務の間には乖離があると感じる場面も多いように思います。お2人のハーバードでの経験は、実務との繋がりをより感じられたということですね。特に建築DXの場面で、実務的な授業などはありましたか。

川島:建築が、実務面でもいずれDX化していくということを強く実感できた授業がありました。構造設計の授業で、木造のパビリオンを作るというプロジェクトです。このパビリオンは相互依存構造になっていて、自立します。

このプロジェクトのポイントは2つです。1つ目は、一度も図面を印刷していない点です。デザインも自立するための構造計算も全て3D CAD上で行いました。部材の1本1本を最適化計算していて、例えば、力がかかる場所は太く、力のかからない先端部分は細くといった検討はデジタルならではです。

そして2つ目のポイントは、労力と時間です。10年前の3D CADやCNCルーターが普及し始めた頃は、同様のプロジェクトでも10人、20人が関わることも多かったと思います。ところが、このプロジェクトは以下の4人だけでたった一晩で完成したのです。

デジタルで最適化したパーツをCNCルーターに送って切り抜くので、直接人の手が加わるのは、最終工程の編むところのみなのです。

大江:4人でやるのはすごいですね。施工精度が高く、かつ効率的に人を囲めるような大きさのものを制作できるのは、まさしくDXの力だと思います。

川島:パビリオンレベルだと、もう完全にDX化は実現できるということを実感しました。今後は、実務レベルで、図面無しの世界をどこまで普及できるかが課題だと思います。

【日本における建築DXの普及】

―― 上記の事例にあったようなパビリオンにとどまらず、建物や家の建築においてもDX化を実現するためには、何が必要になってくるのでしょうか。

川島:課題の一つに上げられるのは、材料の多さです。パビリオンの場合、材料は1つで済むことが多いので単純です。しかし、世の中の建物は、コンクリート、鉄、木材、窓のサッシ、ガラスなど、様々な材料でできています。材料が増えると、それぞれの専門業者が必要です。その分プレイヤーも多くなりますから、デジタル技術を使いこなせる人材が全ての分野にいないと、完全な普及は難しいでしょう。

―― デジタル技術を使いこなせる人材を増やすためには、やはり教育がポイントになってくるでしょうか?

川島:デジタル教育で言うと、日本が秘めている可能性は大いにあると思っています。冒頭に述べたように、アメリカでは建築学出身で建築実務に関わるのは意匠設計者だけなので、他分野の人たちがより多く建築に関わっています。これに対し、日本の建築産業に関わる人の多くは建築学科出身です。意匠設計、構造・設備設計、施工管理の現場監督など、建物を作るプレイヤーの核には建築学科があります。なので、もし建築学科でDXの教育が充実すれば、いずれ建築業界全体でデジタルを使いこなせるプレイヤーは増えていくはずです。将来的には、建築業界全体の裾野は広がっていくと思っています。その点で、日本独自の建築学科の構造は、実は大きな強みとなる部分もあるのです。

―― 面白い観点ですね。

川島:日本の建物が海外と比べて圧倒的に品質が高い理由も、ここにあると思います。

大江:日本の建築は、世界的にも高評価ですからね。海外から日本に建築を学びに来る人も多いです。建築業界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞を受賞した国籍は、実は日本が最も多いのです。施工技術や、完成品の品質の高さが高く評価されています。

【今後の日本建築業界の未来について】

――日本の建築業界の未来・DX推進について、どのようにお考えですか。

川島:日本の建築業界は、デジタル技術にもっとオープンになっていけばいいなと思います。図面すら発行しないのは極端な例ですが、同様の取り組みは労力を削減し生産効率を上げると思います。先ほどのパビリオンの事例のように、人手不足の有効な対策になっていくと思います。しかし、なかなか一歩を踏み出せない状況があるのも現実です。

―― なかなか一歩を踏み出せない原因というのは、どんなところにあるのでしょうか。

川島:デジタル技術に対する抵抗感というのもまだ残っている部分もあります。デジタル技術なしで実務をバリバリにこなして来た、高度な知識・能力・経験を持つ年代は、まだまだ建築産業の中心で活躍しています。極端な話、パソコンが普及する前から建築はありましたし、立派な建物は存在していましたから、従来のやり方を変えなくても、という考えは当然だと思います。

―― 慣れ親しんだ従前のやり方を変えるのは、最初はどうしても抵抗がありますよね。最初は苦労を伴っても、DX化により最終的に得られるメリットの方が大きいというところを感じていただく必要がありますよね。

川島:そうですね。それに加えて、学生時代などにデジタル技術で成功体験を得た世代の台頭が、今後の鍵になると思います。

――大江さんは、いかがでしょうか。

大江:私は、建築業界と他業界の間には、見えない認識の壁があると思っています。建築業界から見た他業種、他業種から見た建築業界は、それぞれ、思ったよりも違っています。前提としている知識や事実の認識など、色々な要素においてです。私自身、建築業界が特殊な業界だということに気づけたのは、ビジネススクールに留学したからです。業界の中にいると、気付きにくいのです。それはどの業界にいても同じことかもしれません。建物を建て、利用・維持管理していくというライフサイクルには多くの業界の人が携わります。だからこそ、お互いの業界が理解し合うことが大切だと思います。投資する側、作る側、使う側、それぞれが互いの立場やニーズ等を理解し合うことは、DXを推進してより良い建築業界の未来を作り上げるためにも不可欠だと思っています。

―― 建築は、なかなか特殊な世界ですよね。他業界との間に、まだまだ分断がある業界なのかもしれません。

大江:このDX研究所のような活動は、そのような分断の解決の一助になると思います。プラットフォームの上で情報を共有し、コミュニケーションをとることで、今まであった分断が埋まっていくのではないかと思っています。建築業界の中だけでなく、周辺業界と繋がるという意味でも、この場をぜひ活用していけると良いと思います。

【おわりに】

川島様、大江様お二人のハーバードへの留学経験をもとに、アメリカにおける最先端の建築DX教育・日本との違い、日本で建築DXを普及させるためのポイント等についてお話をうかがいました。

建築DXの推進という点では、日本はまだまだ追いかける側です。3Dプリンター等の設備面を含めた教育の充実、実務におけるDXの活用へのハードルなど、日本の建築業界が抱える課題は確かに存在しています。

しかし、建築学科の特殊性から来る日本の建築の技術面・クオリティの高さ、今後のDX教育における希望についても感じることができました。海外の最先端のプラクティスからの学びを取り入れつつ、日本独自の良さも活かしながら、日本における建設DX推進が進んでいけば、日本の建設業界の未来の更なる発展が期待できるのではないかと思います。

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