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不安な世こそ“なに”が起きているのかを捉えて「希望や願い」に目を向ける。FICC代表 森の2023年始スピーチ

毎年新年に行われる、FICC代表 森啓子の年始挨拶。前年の世界情勢を振り返りながら、森からメンバーへ、なにを一緒に大切にしたい一年なのかが伝えられます。

なぜ“年始”に行うのか?それは、世界情勢は暦で動いていて、年始はその暦が大きく変わるタイミングだから。「世界情勢を理解してマクロな視点を持ってほしい」という森の考えがあり、2018年からはじまりました。今回、6回目の開催となった2023年1月10日の年始挨拶をご紹介します。

どこへ向かうべきなのか?指針になるのは未来を描く力

最初に森から語られたのは、2022年に行われた年始挨拶の内容です。世界情勢をマクロで理解するために、2021年からの過去を振り返りながら記憶をたぐり寄せて現在につなげていきます。

トランプ支持者の議会銃撃やアメリカ軍のアフガン撤退、ミャンマーの軍事クーデター、香港の民主派排除の進行によりメディアの自由が危ぶまれ、「民主主義の危機」と言われた2021年。日本国内では、オリンピックの女性蔑視発言やフードロス、ジェンダー平等のスコアの低さなど、サステナビリティの問題が顕在化した年でもありました。

そして、2021年から予測した2022年。コロナ禍が続いた日々の生活のなかで、自分たちがどこへ向かうのかがわからず、政府の情報からも「一年間なにをやっていくか」のストーリーが伝わってきませんでした。不足していたのは、「未来を描くストーリーテリング」。だからこそ「大義・未来を描き出す力」を大切にするべき、と森は伝えていました。FICCでは、この「大義・未来を描く力、心を動かすストーリーテリング」をテーマに、毎月行われる全社会でメンバー全員がこの1年間で向き合ってきました。

語られない人の想いを紡いでいく

2022年を振り返る前に、森はこのように語ります。

2022年はあまりにも暗いニュースばかりで、希望を見出すのが難しい世界の状況でした。私自身、みんなに向けてなにを話そうか考えたときに、どんなストーリーを紡ぐか……正直すごく悩みました。だからこそ、この発表を準備して組み立てていくプロセスのなかで、自分自身が「希望を見つけたい」という想いを持っていたんです。みんなにとっても自分にとっても、手がかりになるように伝えてあげたいと。紡いでいくことが希望につながるんじゃないかと。

そんなとき「Permacrisis(パーマクライシス)」という言葉に出会いました。この新しく生まれた 言葉の定義は、「破滅的なできごとが続くなどして、長期にわたり不安定で安心できない状態」。長引くパンデミックやウクライナ侵攻など、混乱が続いた2022年を表現するのに相応しいと、コリンズ英語辞典を出版するハーパーコリンズの英国法人が「2022年の言葉」に選出しました。

きっと、この不安定な状況はまだまだ続きます。ただ混乱したり無力な気持ちになったりするのではなく、改めてなにが起きているのかしっかり把握することで、混乱せずに理解することができるのではないでしょうか?

ニュースは起きていることだけが語られます。だからこそ、そのなかで語られない人の想いを見つけたいという視点で探し紡いでいきました。みんなにも、いま社会で起こっていることをその視点で見て、その人の想いや希望や願いに目を向けて欲しい。そんな視点で、今回の内容を考えさせてもらいました。

環境問題から考える、日本だからできること

では、実際に2022年はどんな年だったのでしょうか。深刻な問題として浮き彫りになった「環境問題」「世界経済問題」「戦争問題」の3つの視点から一年の世界情勢を振り返りながら、森は語りました。

世界の国と地域が、産業革命以前に比べて、平均気温を1.5℃上昇以内に抑える努力をしていく。これは、2015年にCOP21(気候変動枠組条約締約国会議)の「パリ協定」として定められた長期目標です。実現するためには、世界の二酸化炭素排出量を2030年までに、目標値まで減少させなければなりません。しかし、現時点での排出量は減るどころか増えている現状です。

二酸化炭素が増えると山火事の原因にもなります。西オーストラリアで起きた山火事は、日本の8割とも言える面積が被害を受け、森林やコアラやカンガルーなど生態系への大きな影響が懸念されています。山火事が起こると二酸化炭素も増える……温暖化が加速する負のループとも言われています。また、温暖化で偏西風が蛇行したことで、ヨーロッパに発生した熱波。いまも高頻度で熱波にさらされている子どもは5億人以上。2050年には、その4倍の子どもへの影響が予想されるとユニセフは発表しています。そして、温暖化で発生した温室効果ガスによって、パキスタンでは深刻な洪水が発生。高所得国の排出量が圧倒的に多く、途上国は大きな被害を被っています。

エジプトで開催されたCOP27での大きな成果は、気象災害で「損失と被害」を受けた途上国を支援する基金の創設が決まったこと。この莫大な費用を、どう調達して配分するかの具体的な内容は、2023年のCOP28で議論されます。

もうひとつ議論されるのが、先進国と途上国が一緒になって、パリ協定で定めた目標に向けて推進していくためのルール「グローバル・ストックテイク」。途上国も先進国と同じようなルールで報告ができるよう定められました。途上国に対して柔軟性を持ちながら、途上国も先進国と同じ評価基準のもと報告を行うというもので、COP28では報告書が提出され議論される予定です。

各国がそれぞれ定める目標を「国別約束草案(NDC)」といいます。日本は、(2013年と比較して)温室効果ガスを36%下げると掲げています。しかし、温室効果ガスを排出する化石燃料に対して、世界で最も公的資金を拠出していると指摘されている日本は、COP27で「化石賞」を受賞しています。

受賞の要因にもなった「アンモニア発電」。石炭火力発電の燃料にアンモニアを混ぜることでCO2の排出量を減らす技術を、日本の科学者らが世界ではじめて実現しました。しかし、石炭火力発電を延命させる「偽りの対策」である、と世界からは指摘されています。一方で、欧州のように再生エネルギーに移行することが困難で、石炭火力に頼っているアジア諸国に対して「脱炭素」を支援するための大義が掲げられている技術でもあるのです。だから、アンモニアの製造過程で排出されるCO2や、アンモニアの発電時に排出される高濃度の二酸化窒素など、解決しなければならない問題があるなか、その解決のための研究をしている人たちもいます。

ここまで語られた内容は、目を背けたくなるようなネガティブな内容や、取り組みの先にある未来への確信がまだ持てないと感じるものもあったかと思いますが、「ひとつ希望を感じたことがある」と森は言います。それは、災害大国と呼ばれる日本だからこそできること。COP27では、日本の防災と復興ノウハウを世界へ広めていくために、人材育成、早期警戒システム、災害リスク管理、より良い復興までを支援する案を出していたのです。

10月には、ウクライナの議員団が、戦争で破壊された故郷を復興していくために、阪神淡路大震災から復興した兵庫県を訪問していました。「壊滅的に破壊された神戸が復興する際に、何よりも大事なことは“つながり”だった」と安井議長が伝えたそうです。

私も中学生の時に、阪神淡路大震災で被災し、数ヶ月間避難生活を送っていたのですが、避難先から家に戻った時に、玄関に荷物が置いてあって。奈良県に住んでいた親友が、電車が止まってしまっているにもかかわらず、線路の上を歩いて遠い私の家まで来て、救援物資を届けてくれていたんです。まさに、私自身、彼女の思いやりに救われた経験でした。

日本だからできることは必ずある。だからこそ、政府は国民や企業に対して、やろうとしていることをもっと伝えていけばいいのに、と森は言いました。発信し理解を得て、国全体でその可能性を認識することで、みんなが関わっていけるようになるんじゃないかな、と。

未来や社会への願いが込められた「価値」の追求が健全な経済につながる


世界的にインフレだと言われているいま。コロナ禍で人の行動が制限され、サービスからモノへと消費が移ったことで、モノの価格が高騰しました。そして、ロシアのウクライナ侵攻による世界各国からのロシアへの経済制裁により、エネルギーや穀物の価格が高騰。インフレが加速・長期化すると言われています。

インフレが起きるとなにが起きるのか。各国の中央銀行が金融の引き締めに入ると、金利の引き上げが行われ、モノへの需要が縮小されて価格が落ちていきます。2023年は、多くの先進国で景気が後退すると言われています。

先進国の中で、その動きと異なるのが日本。日本は20年続いたデフレからインフレに転換し始めています。ただ、気をつけないといけないのは、ビジネスにおいて価格競争に陥ってしまうこと。日本のインフレへの転換は、世界で起きているコロナ禍によるモノの価格高騰や、ロシアのウクライナ侵攻の動きを受けて起きている事象です。これまでのように価格競争が主流となってしまうと、結果的に企業は利益を得ることができず、生活の実態はデフレの状態から変わらないか、より苦しくなってしまう可能性があります。

そして、「目の前の景気がよければいい」ではなくて、長期的・国際的な視点で一人ひとりが考えていくことが大切です。未来や社会に対しての願いが込められているような「価値」を追求していくことが、本当の意味での社会価値と経済価値につながっていくんじゃないか、そう森は語りました。

戦争から考える日本の役割と「平和」の意味

忘れてはいけないのは、2022年2月24日にはじまったロシアのウクライナ侵攻。戦争の長期化により、今後はロシアによる核使用の懸念や、NATO諸国領土にまで戦地が広がる場合には世界大戦に突入する可能性があると言われています。戦後の時代は終わり「戦前」の時代に突入しているのです。いかに食い止めるか。ロシア国内からの声や反発が戦争終焉の道筋だとも言われています。

中国の台湾侵攻の可能性、北朝鮮の動き、ロシアのウクライナ侵攻など、それらに囲まれた日本は、安全保障におけるリスクが高まっている状態です。敵の弾道ミサイル攻撃に対して発射基地へ反撃をしてもいいという、安全保障3文章が決定し防衛費も拡大もあり、国際平和における日本の「意味」が揺らいでいます。

被爆国である日本。戦後77年目の8月6日に広島で行われた式典では、ロシアとベラルーシが招待されず、国を超えて「全人類の平和を目指す」という普遍的価値を訴え続ける、広島の役割を放棄したという見方もされました。2023年5月、広島で開催されるG7サミットで、議長を務める岸田首相は、広島県出身者のリーダーとしても、国際平和に対する指導力を発揮する必要があると言われています。

ロシアのウクライナ侵攻のなか、「生まれた子どもに"平和"を意味する名前をつけた」と語る、ある母親の言葉が記憶に残った、と森は言います。子供に託した名前から、未来への希望が見えたのだと。日本でも、子どもの名前に「凪(なぎ)」という名前が多くつけられた2022年。「風が止まり穏やかな状態」というこの言葉の意味からも「どのような時でも穏やかに、そして平和に過ごしてほしい」という、親の子どもへの願いが込められているのではないでしょうか。

国連のグテーレス事務総長が、こんなメッセージを出しています。「私たちの言動の全ての中核に“平和”をおきましょう」と。戦争を終わらせる平和だけではなくて、より持続的な世界を作っていくために、自然や環境、家庭の中、共同体の中、オンラインの場での平和など、私たち一人ひとりが、これまで以上に“平和”を願うことが大切であると。

私たちは、どうやって身近なところから平和に貢献できるのでしょうか?「70seeds」に書かれた、三瓶 湧大さんの記事の言葉に、とても大切なものがあると感じました。「平和だけじゃ伝わらない、あの人と私をつなぐ意味。過去を伝えた現在が、未来をつくる」と。過去を生きた人たちのストーリーに、今を生きる私たちが出会う「人間関係」。マスで届けるのではなく、一人の人との出会いのなかで、何を感じ、どう解釈し、生きていくのか、が未来をつくる。森は、私たちがより良い社会や未来を願いながら、クライアントのブランドに向き合い、大義を体現する「体験の価値」を考える時、三瓶さんが伝えているこの言葉をみんなで思い返していきたい、とメンバーに伝えました。

希望や願いに目を向ける2023年に

最後に森から伝えられたのは、2023年を過ごすにあたってメンバーへのメッセージでした。


これからもネガティブなニュースはきっと出てくると思います。でも、どうしようと不安になるのではなくて、起きていることを理解しながら、希望や願いに目を向けることを大切にしたい。そして、そこに存在する人の想いを見過ごさないように。

自分たちだからできること、そのブランドだからできること、日本だからできること。希望や願いとともに、そこにある大切な「意味」に目を向けて、その価値を未来につなげるカタチにしていけるように。

未来になにを残せるのか? 過去と未来をつなぐ今を生きる私たち一人ひとりの想いが、人と人とのつながりが、どんな時も平和を願うものであるように。未来への願いを、未来へ引き継がれるカタチへと。


執筆:深澤 枝里子(FICC) / 撮影:後藤 真一郎

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