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大学時代に事業売却→鬱→ベンチャー起業に至った26歳代表の軌跡【ユニークキャリア】



代表プロフィール

1996年2月 大阪府岸和田市にて育つ
2013年3月 近畿大学の附属高校を卒業する
2014年4月 近畿大学経営学部ITビジネス専攻に入学
2016年8月 在学中に上京しバズ部にて半年間インターンで修行
2018年10月 金融系メディアをベンチャー企業に売却
(50万サイトから選出されアクトレアワード2019個人賞受賞)
2019年3月 近畿大学経営学部卒業
2019年4月 就活事業を上場企業に売却&新卒入社
2019年9月 100%自己資本で創業したユニークキャリア株式会社代表取締役就任
2020年4月 「ライブナウ」月間40万PVを越える日本最大級のメディアに成長
2020年9月 オウンドメディア代行を複数開始
2021年6月 2社に事業譲渡(10万フォロワーのインスタアカウント等)
2022年6月  1社に事業譲渡(姉妹会社保有の金融系メディア)
2022年9月  有料職業紹介事業免許を取得し人材紹介業を開始する

ユニークキャリア株式会社の代表である岸田の生い立ちについて赤裸々にお伝えします。決して輝かしい経歴ではありません。振り返ると沢山の失敗や反省ばかりです。でもユニークなキャリアだと思います。

書きたくない情報もありましたが、このプロフィールページを通じて、「私と一緒に働きたい」と思ってくださる方が1人でも見つかればと思い、筆を執りました。

軍隊のような高校時代を過ごす【挫折・暗黒の3年間】

※2011年〜2014年当時のお話です。私以外全員丸坊主とインパクトのある卒アルでしょう

授業中一睡でもしたら即坊主、スポーツ科に所属していたので土日も練習があり、年間休日10日もないような非常に厳しい高校でした。親元離れて実家から3時間半ほど離れた場所で寮生活をしていたので、一切甘えることのできない無機質で閉鎖的な空間にダイブしてしまいました。

今だから笑い話ですが、国語の先生に「生きてて楽しいことあるか?」と聞かれて「あまりないかもしれません」と答えた矢先に「じゃあ○ね」と言われたのは印象的です。当時、桜ノ宮の体罰事件があってから少し緩和されましたが、もう二度と経験したくない昭和的な環境でした。

あまりの辛さに一度学校に行けない日があり、大自然に身を任せて体の赴くままに熊野古道を歩いていました。後ほど友人に教えてもらったのですが、当時地元では有名な自殺の名所だったようです。精神状態が人生において一番狂っていたはずです。

県内1の強豪校、スポーツ推薦で入ったにも関わらずインターハイ出場もできず挫折を重ねて早期引退してしまいましたが、周囲の協力もあってギリギリ卒業できました。高校3年間で最も口にしたキーワードは「耐え」です。

高校選びに失敗したので、大学以降の人生では「(未来を想像した)意思決定をしよう」と、業界的成長も見込める「インターネットビジネス」が学べる近畿大学経営学科ITビジネス専攻へ進学しました。

一応成績はオール5で卒業式に成績優秀者として壇上にあがったので、希望すれば指定校推薦で関関同立には行けたみたいですが当時は「脱高校(監獄)!」そして「大学卒業後は独立して二度と同じ目に合わないぞ!」としか考えていなかったので、地力がつきそうなITビジネス専攻に惹かれて近大を選びました。

思い返せば寮で隔離されていたため、特に周りと比較して学歴を気にすることはありませんでした。(ちなみに高校も推薦で入ったため生まれてこの方ペーパーテストを経験していません。今になって学歴はある程度大事であると感じてますが、こうしたバックグラウンドにより「人と比較する」といった価値観にならなかったのは幸いな側面もあったかと思います)

スノーボードが趣味の何の取り柄もないモブキャラ学生【大学前半】

厳しい高校を卒業するも、2014年の大学入学時から3年生にあがるまで、スノーボードが趣味のただの大学生でした。高校時代の反動もあって羽根を伸ばしたかったのかもしれません。

もちろん大学ではITビジネス科に所属していたので、ある程度今の商売に繋がる勉強はしていましたが、特に起業を視野に入れるまでもなく、冬のシーズンは山籠りをしてスノーボードを楽しむ事ばかり考えていました。

リゾートアルバイターとして働く中で、冬は雪国、夏は南国でホテル暮らしを実現している先輩を目の当たりにします。レールから外れようが「生き方には無数の可能性がある」と感じつつも、大学3年生が始まるタイミングで、大学に通っている意味を冷静に見つめ直します。

スノーボードをキッパリ辞め、大学時代でしか出来ないことに全力投球しようと決意しました。

人が変わったかのようにスイッチが入り「意識高い系」に【大学後半】

大学主催の意識高いイベントに参加したときに作成した名刺

「400万円払って得られる大学の価値とは何か?」を自問自答した結果、大学の価値とは大学教授からの直接的なインプットにあると考えて、大学教授の言葉を素直に聞いて実行しようと決意します。

大学教授から教えをうけた『これからの時代は仕事を創れる人間になる必要がある』という言葉の受け売りで、まずはウェブサイト運営に力を入れ始めました。

「スキルも自信も全く皆無」の初心者から、WEBデザインやライティングの勉強、wordpressを使用したサイト作成に挑戦。2022年の今でこそ学生フリーランスは一般的になりましたが、2016年当時からすると珍しかったのではないかと思います。

しかし、毎日必死で図書館に籠もって勉強したにも関わらず、2016年7月時点で一向に成果は出ない。3ヶ月缶詰になって稼いだ金額は数十円。大阪を拠点に意識高く行動しても辿り着く先は胡散臭いセミナーばかり。

このままでは埒が明かないと、関西を脱出し、環境を変える決心をしました。

関西での大きな壁を感じ、上京を決意。インターンに挑戦するも悔しさに溢れた半年間

上京してインターンシップに挑戦します。当時は1人で身一つで東京に出てきました毎日ワクワクしていたのを覚えています。せっかく東京にいるなら東京でしかできないチャレンジをしよう!と思い下記のような取り組みを就活も兼ねて行っていました。

  • 『バズ部』を運営している『株式会社ルーシー』へインターン。
  • BCG高松さんによる「考える講座」の受講
  • 数百人の応募から通過した株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア)での短期インターン
  • 株式会社ワークスアプリケーションズでの長期インターン
  • 東大生ライター本橋(新卒でゴールドマン・サックスに入社)と出会い、イベント開催などの活動に参加
  • 大手インターネット企業を中心に就職活動

など

様々な挑戦を行った一方で、残念ながら大きな成果を挙げられず….。

当時住んでいた港区のボロボロシェアハウスです。下水溝から蛭が出てきました。港区ですがアマゾンかと思いました。

時間だけが過ぎ、全てが中途半端に終わってしまい、悔しくも東京を去ります。

東京最終日の前日、シェアハウスの先輩に連れていってもらった銀座のコリドー街で「なんの成果もあげられませんでした」と泣いて大阪に帰ったのは今でも覚えています。

就活も一時中断し、大学4年に上がってからは、「休学する」という判断に至り、休学の1年で何かしらの結果は必ず残そうと決心しました。

休学期間である1年間の努力が実を結び初の成功体験【大学延長戦】

学生最後には大学の大教室で1コマ90分まるまる使って100人強の前でお話させて頂きました。

大学4年生から関西の志の高い学生と触れ合う機会を増やしながら、自身のメディアを日々更新していました。最中、関西で出来ることは大方チャレンジしました。

挙句の果てには、ホットペッパーの飛び込み営業にも一瞬だけ取り組みました。しかし、あれもこれも複数のインターンを進めてしまったが故に、あらゆる取り組みは中途半端に。当時はご迷惑をおかけしました。この場を借りてお詫び申し上げます。

様々な取り組みに挑戦しながら、自身のメディア制作は引き続き行っていました。そしてようやく転機が訪れます。それは2017年〜2018年にかけて第一波の仮想通貨バブルです。

その際に「怪しい情報が多く、分かりやすい情報がないな」と感じて作成した仮想通貨メディアがヒット。勝因は、上京して学んだ「ユーザーにとっての価値を追求する」といった教訓を活かせたのが大きかったのでしょう。

当時、2018年最も新しく検索された「仮想通貨とは」で半年以上1位表示。仮想通貨メディアを売却し、そこで得た資金を就活メディアに投資。半年で日本トップクラスの就活メディアに成長させました。

その後は就活メディアを上場企業に売却して、新卒で売却先に入社します。しかし、半年足らずで退職してしまいます。

なぜ新卒すぐに独立したのか

新卒当時住んでいた場所の周辺

もともと、新卒で入社するつもりが無かった(そのまま大阪で起業予定)というのと、入社先で鬱のような状態になったのが実情になります。隣の席の先輩が連絡なく失踪してしまったり、孤独にプロジェクトを進めている中で、会社の中でやる意味意義を失っていました。

また一方で、当時は根拠のない自信もありました。「ユーザーの未来を創るコンテンツを作る」この意識さえもてば、たとえ自分1人であっても、どんな領域でも一定のところまでは成功させる自信がありました。

変化の早いIT業界です。今のウェブマーケティングの力も、いつまでも通用するか分からない。「やるなら早いうちに」「ニッチ領域でどこよりも最高のコンテンツを」と考え、独立しました。

独立後の葛藤と成したい事

そこからは爆発的な成長ではありませんが、複数の事業譲渡を繰り返し、1人会社としてはそこそこの売上利益を出せました。が、正直、最初の2年半くらいは、個人事業主の延長線というべきか、どこか本気になりきれていない感覚がありました。

「独立」という言葉が似合っており、とても「起業」や「経営」と言えたものではありませんでした。

まったくやる気がなかったわけではありませんが、基本的には1人で出来る範囲で法人を動かしており、刺激のない日々を不甲斐なく過ごしていました。

良い人や運に恵まれてここまでこれたことには感謝しつつも、このまま現状維持では衰退の始まりだと危機感を少し感じはじめるようになり、人生を総合的に振り返った結果、1つの考えに至りました。

「死ぬまでに高校時代に成し得なかった強豪校のようなチームを自分の手で作って、全国制覇のような大きな結果を出したい...!」「ユーザーの未来を創れるような圧倒的に価値のあるコンテンツを探究したい」

ここまでついてきてくれたメンバーと共に、リスクをとって難易度の高い領域で大きな成果をあげたい。成果をあげることで、自らの人生に納得できるユニークなキャリアを歩める人を増やしたい、自分たちもその過程でユニークなキャリアを作っていきたい。

法人として気づけば3期目が終わる頃には、そう考えるようになっていました。

今後の会社としての展望は…

強豪校のような会社として領域no.1を目指していきます。具体的にはキャリア領域でNo.1を目指します。

なぜ強豪校なのか?

暗黒の高校時代のリベンジを果たしたいと考えています。仕事に「耐え」るために日々を過ごすのではなく、優秀な人と切磋琢磨しながら、前向きに大きな結果を出し、まるで甲子園優勝のような感動、喜びを分かち合いたいと考えています。

なぜキャリア領域なのか?

ユニークキャリアの社名にもある通り、自分にとって最適なキャリアを見つけられる社会を実現したいです。

苦い体験である私の高校時代のように、当人にとって監獄のような環境で無理して仕事を続ける必要は今の時代ありません。様々な価値観のもと、場所空間問わず色んな働き方があって良いと思うのです。

そのためには、まずはメディアを通じて最新情報や質の高い情報を届け、ユーザーにとって最適な未来を創ります。その過程で知り得たユーザーニーズに答える形式でプロダクトを磨いていきます。

「優秀な少数精鋭のメンバー」として爆発的な結果を出し、それぞれの自己実現が叶えられるような居場所を作っていきます。組織として急拡大するぞ!というフェーズではないので、今は我々の価値観とミラクルマッチするような、今後のボードメンバーとなる役員および執行役員としてゴリゴリ活躍出来る方を採用しています。

今まで借入なしでしたが、金融機関から数千万円の調達も実施しています。私個人の役割は一緒に役員や正社員の幸せにコミットしたいと心から思っています。

定期的にメンバーでワーケーションにも行ったりなど、大手では実現できないフレキシブルな取り組みや意思決定ができる、ユニークな会社にしていきます!

とにかくユニークな思考をもつ方、WEB領域で大きな成果を一緒に出したい方、世の中のキャリア・アイデンティティを再定義したい方、私の経歴に近しい何かを感じた方はぜひエントリーをお待ちしております。

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