みんなが笑顔で楽しそうな仕事
沖縄特有の熱い風がやわらいで、子どもたちがセミとりに出かけていく。わたしもお姉ちゃんのサンダルを履いて、みんなと裏山にむかった。「沖縄といえば海」なんてよくいうけど、わたしが小さかったころは、セミとりとか木登りとかお絵かきとか、そういうことのほうが好きだった。
高校の卒業が近づくと、わたしはようやく進路について真剣に考えはじめた。机のうえに受験案内を広げて、いろんな学部をひと通り見てみたあとで、観光ビジネスを学ぶことに決めた。沖縄で生まれたから、観光には自然と興味が湧いた。そして、わたしにとって観光ということばは「みんなが笑顔で楽しそうな仕事」に聞こえたのも理由のひとつだった。だけど、絶対にこれだ、という確信があったわけじゃない。誰かを笑顔にして、それが仕事になるなんていいなぁって、そんなふうに漠然と思っただけ。
ちゃんとしよ、って。
いまでもはっきりと記憶に残っている大学の授業がある。それは、人前での話し方を教えてくれるゼミの授業で、とても厳しい授業だって学内でも有名だった。みんなレベルが高くて、先生もすごく厳しい。いまでも、「なんで、そんな講義を受けてたの?」ってよく聞かれる。人前で話すのが苦手だったわたしが、その授業を受けたのは、うまく話せない自分をもどかしいと思っていたから。ほかの授業でリーダーを任されても、ぜんぜんしゃべれなくて、みんなに応援されるくらいだった。発表のためにみんなの前に出るだけで、「がんばれ」って。きっと、頼りないって思わせていたんじゃないかな。みんな優しいから口にしないでいてくれてるだけ。だから、ちゃんとしよって、そう思った。
最初にその講義を受けたあと、わたしは教授からこんなことを言われた。
「うちの講義に来なくてもいいよ。まわりとレベルが違いすぎるし、単位にもならないでしょ?」
すごくショックだったけれど、わたしはそれからも講義に出席した。はじめは評価もひどくて、ぜんぜんうまく話せなくて、すごく辛かった。けれど、自分が話している映像を見てチェックしたり、他の学生にお願いして見てもらったり、鏡の前で一人で練習もした。すると、だんだんとよくなってきて、みんなの前で話していても不安じゃなくなっていった。
単位をとるためだけに勉強をしても、覚えたことはするすると頭から抜けてしまって、いまはもうほとんど覚えていない。話し方の授業は単位にはならなかったけれど、あそこで学んだことをわたしは忘れないと思う。だって、授業料を払う価値があるって、はじめて思えたから。講義室の匂いや、みんなの前に立ったときに震えていた手、最後に「よくがんばったね」と言ってくれた教授の顔を、わたしはいまでも思い出すことができる。
そのほうが楽しいから。
大学を卒業すると、わたしは地元のアミューズメント施設で働き始めた。そこでもわたしは、人との接し方で壁に当たってしまう。
「人に指導できない社員は、社員じゃないよ」
上司からはっきりと言われた強い言葉。それまでわたしは、友達と喧嘩したこともなかったし、人に強く言ったこともなかった。何より、誰かの元気を奪ってしまうようなことを言うのは嫌だった。
でも、それは正論だったし、わたしはわたしを変えられると思った。大学時代に変われたように。誰かに振る舞いを直してもらうためには、別に強く言わなくてもいい。言い方を変えて伝えるだけで、人に教えられるということを、わたしはそこで初めて知った。
それから四年後に仕事をやめたのは、満足しない自分がいることに気がついたから。お客さんはみんな笑顔になって帰っていくけど、みんなが楽しんでいるのは、わたしがつくったものじゃない。わたしはただの仲介役でしかなくて。観光ってそういうことなのかもしれないけど、満足しない自分に一度気がつくと、黙らせておくことはできなかった。
自分がつくったもので、誰かが笑顔になってくれる。
それがいい。そのほうが楽しいから。
だから、きっと。
D4C.の人たちは、熱意があって、仕事に妥協しない人だと思う。
わたしもそんなデザイナーになれるかな?
不安に出会うと、わたしはいまでも大学のときの自分にたずねてみる。
すると、こんなふうに答えてくれる。
「大丈夫だよ。なんでも一回やってみようよ」
わたしは美大を出てないし、デザイン学校で3ヶ月勉強しただけ。今までずっと勉強してきた人には追いつけないかもしれない。でも、わたしは人前で話すために鏡の前で練習したし、人に注意できない自分から注意できる自分に変われた。たくさん直して、よくなった。
だから、デザインだって、きっと。
又𠮷 果林
アシスタントデザイナー。沖縄県出身。大学を卒業後、地元沖縄のアミューズメント施設へ就職。四年後に退職し、デザインを学ぶためにフィリピン・セブ島のデザイン学校で三ヵ月間留学。帰国後に転職活動を行い、D4C.へ入社。コーヒーはブラックよりも砂糖入りの方が好き。