この記事はnoteに掲載したものを転載しています。Wantedlyでは“TRUNKで働くことに関心がある方へ”の観点で紹介しています。
「これまで順調だったのに、最近急に失注が続くようになってしまいました。なにか対策をしたいけど、何から手を付けたらいいか……」
「これまで順調だったのに、最近急に失注が続くようになってしまいました。なにか対策をしたいけど、何から手を付けたらいいか……」
ある日、そんな連絡が入りました。商品が好調だったはずなのに、売上が急ブレーキ。最近、この手の相談が増えてきています。
「ブランディングを頑張ってうまくいった。でも、また壁にぶつかった」。そんな状況は、けっして珍しいことではありません。いや、むしろ成長しているからこそなのかもしれません。
私たちTRUNKが提供するブランディング伴走サービス「BANSO」も、スタート当初から多くのクライアントと並走してきました。森嶋酒造、今橋製作所、葵建設工業──みなさんそれぞれ、素晴らしい成果を残してきました。
でも、そこで終わりじゃない。
企業にはつねに「その先」があって、事業のステージが上がれば、また新たな悩みが生まれる。市場環境は変わり、原材料費は高騰し、トレンドもユーザーも移ろう。だからこそ私たちは、今こう考えています。
「結果が出たあと、また壁が来るのは当たり前。それでも、いっしょに乗り越えましょう」。
そんな話です。
「建築家」じゃなく「棟梁」と呼んで欲しい
茨城県日立市にある「暮らし図」は、一級建築士の鯉渕健太さんが率いる建築事務所です。私たちが関わり始めた当時は、認知度が低く問い合わせ自体が少ないことが課題でした。
初めてお会いしたとき、鯉渕さんは、私に「建築家とは呼ばれたくない。『棟梁』と呼んでほしい」とおっしゃいました。
「え、棟梁!?」と驚く私。しかし話を伺うと、鯉渕さんには強い信念がありました。
鯉渕さんにとって「建築家」とは、世の中に新しい建築の在り方を提示し、建築文化を刷新していく存在でした。世界的建築集団のSANAAのように、従来の常識を覆すような設計をする人こそが「建築家であるべき」と考えていたのでした。
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知り合った頃の鯉渕さん。暮らし図のwebより
自分はそうした存在とは違う。施主に寄り添い、暮らしに合った家を作りたい。そう思っていたのです。実際、じっくりと施主のお話を聞いて、間取りはもちろんですが、土地探しや家具の配置、暮らし方、ローンまで相談に乗ってくださる方でした。
だから自分は、「建築家」ではなく「棟梁」だとおっしゃっていたのです。でも、それだって立派な、むしろ施主にとってはうれしい「建築家」ですよね。だから私達は、「コイブチさんみたいな建築家がいてもいいんです」とお伝えしながら、「暮らし図らしい」建築を反映したウェブサイトを一緒に作っていきました。
すると鯉渕さんは私たちとのやりとりの過程で、これまで言語化されていなかった暮らし図の独自性や強みに気づき、それをSNSなどで発信するようになっていきました。
それに比例するようにお客様からのご相談がどんどん増え、なんとサイト公開前に契約が増える、といううれしい誤算が起きました。もちろん公開後も順調に契約件数が伸び、気づけば人気設計事務所の仲間入りをしていたのです。
今ではメンバーも増えて6人の所帯に。一級建築士の女性(後に鯉渕さんの奥さんに!)や東京で活躍していた二級建築士の若い男性も加わり、順調に事業が拡大していったのです。
新たな壁「資材高騰で、これまでの予算では足りない」
ある日、いつも通りの鯉渕さん……じゃない、、意気消沈した鯉渕さんがTRUNKにやってきて、こうおっしゃいました。「建材が高騰して、これまでの予算じゃ家を建てられなくなりました。よってこれまでと同じ金額をご用意いただける方を、お断りするしかないのです」
原因は、ここ最近の社会的な物価高の影響による建材価格の高騰です。大切にしてきた「素材へのこだわり」を維持するためには、どうしても価格が上がってしまう。しかし、予算が届かないお客様を断ることは本意ではありません。
「相談はたくさん来るのに、契約に至らないのです」——その言葉には、深い危機感が込められていました。この時、思い浮かんだのが「〜経営の壁に一緒に向き合う相談室〜 笹目の部屋 」というサービスです。長年ずっと温めていたアイデアでした。「笹目の部屋」とは、クライアントのさまざまな事業課題に長期的に寄り添い、対話を通じて解決の糸口を一緒に探るサービスです。
「もしかしたら今の鯉渕さんにぴったりかもしれない」と考え、ご提案したところ、受けてくださることになったのです。
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TRUNKの新社屋を設計してくれたのも鯉渕さんです
もともと持っているものを「編集」する
私たちは鯉渕さんと何度も対話を重ね、以下の2つの解決策を導き出しました。
1. つくば市にも拠点を新設
2.従来の予算で建てられる家のパッケージプランをつくる
鯉渕さんは当初、「現在事務所のある日立市より市場規模の大きな、つくば市にも拠点を新設したい」とおっしゃいました。しかし、それでは今いらっしゃっている、これまでの予算で家を建てたいお客様を切り捨てることになります。せっかく暮らし図を頼ってお客様が来ているのに、断ってしまうのは非常に残念なことです。
そこでTRUNKが提案したのが、両軸での展開です。つくば市への移転と並行して、従来の予算に対応できる新商品を開発する。新商品では、暮らし図らしさの要である、素材やデザインへのこだわりはそのままに、間取りをパッケージ化することで設計コストを抑える、という発想でした。
そして、ここが重要なのですが、パッケージ商品を単なる「コスト削減策」ではなく、「建材高騰の時代に、家を建てられる人を減らさない」という、社会課題の解決策への取り組みと位置づけました。単なる「コスト削減」では、鯉渕さんの建築家としての理念に反するからです。
これは鯉渕さんの考える「建築家」の定義にある、「社会課題」の解決につながる事業ではないか。そうお伝えすることで、鯉渕さんはこの提案を受け入れてくださったのです。
これら2つのアプローチは、元々、鯉渕さんのなかに漠然とあった想いです。私達は、それを対話によって、納得できる形に編み直しただけ。新しいものを作り出すというより、鯉渕さんが本来持っている価値や強みを引き出し、最も効果的な形でお客様に提供するためのお手伝いをしたのです。
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最近の鯉渕さん(右は所員の柴田)
そう考えると、私たちが「笹目の部屋」でクライアントに対して担っている役割は、「編集」に近いのかもしれません。そこにあるものを組み替え、見せ方を変える。そして、本人では気づかない自分の価値を引き出す存在なのだと思います。
結果が出るまで? いや、出た後もずっと
冒頭でもお伝えしたように、一度ブランディングを成功させても、事業はそこで終わりではありません。ビジネスの環境は常に変化し、その変化に対応していくことが必要です。
「TRUNKは、結果が出るまで付き合う」
私たちは、ずっとお客さまの経営に伴走するんだ。デザインでその企業を表現し続けていくんだ。それが『結果が出るまで付き合う』ということ。
第3話で税理士の伊澤さんとの対話で気づいた、「結果が出るまで付き合う」という価値提案は、実は終わりのない旅なのかもしれません。
なぜなら企業は、結果が出た後も、市場環境の変化に応じて変わっていかなければならないからです。そんな中で、常に最適な選択肢を見つけ出し、進化し続けるお手伝いをする。
「TRUNKは、結果が出るまで付き合う。その後も、ずっと寄り添っていく」
それが私たちの真の姿だったのです。
経営には、常に新しい課題が訪れます。でも、その課題を一人で抱え込む必要はありません。
「ブランディングをしたのに、また壁にぶつかっている」
そんな状況に心当たりはありませんか?「笹目の部屋」は、経営者の悩みに寄り添い続けます。経営の壁にぶつかったら、今思うことを共有しましょう。
結果が出るまで、そして結果が出た後も変わりゆく環境に対応しながら、TRUNKはずっとあなたの側にいます。「笹目の部屋」で過ごす時間が、あなたの会社の新しいストーリーの始まりになりますように。
余談ですが、2025年2月から、暮らし図の鯉渕さんと私笹目、そして所員のシバタの3人で、podcastを初めました。その名も「聞けばコイする建築家」
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podcast収録中の鯉渕さん(隣は付き人の柴田)
「大工や工務店、ハウスメーカーなど様々な建築の作り手がいる中で、建築家の役割とはなんなのか?人々は何を求めて建築家に設計を依頼するのか?」をテーマにお話をしています。これも一つの「伴走」のあり方。ぜひ一度聞いてみてください。
TRUNKでは一緒に働く仲間を募集しています。