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ブランディングに関わりたい、コンセプトからデザインを考えたい、アートディレクターを目指したい、キャリアアップしたい。TRUNK(トランク)ではそのような、意欲的で主体性のある方を募集しています。
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この記事はnoteに掲載したものを転載しています。Wantedlyでは“TRUNKで働くことに関心がある方へ”の観点で紹介しています。
「笹目さん、こんなラベルの日本酒は売れないって言われました。
やっぱり変えませんか!?」
え?
え、ちょっと待って……今なんて?
耳に飛び込んできたのは、森嶋さんの意気消沈した声。
雷鳴がゴロゴロ響いてる。いや、天気、ドラマチックすぎませんか。
電話の前まで、私は「ついに完成か〜。いやあ、がんばったよなあ」なんて、作家物のマグカップ片手にしみじみしてたんですよ。
それが今、完全に「え?」「マジ?」「いやウソでしょ?」となった後完全にフリーズしてる。
頭の中では、これまでの会議、資料、データ、議論、夜な夜なの修正案……そのすべてがコマ送りで流れていきました。
なんかもう、走馬灯みたいに。
この電話でこれまでの苦労をふり返るって、何だこれ?
そうです。今回は、私達トランクのついて忘れられない経験になった森嶋酒造さんのブランディングプロジェクトについてのお話です。
2018年5月。
森島酒造六代目・森嶋正一郎さんが、つくばの小野酒店・小野専務と一緒にTRUNKにいらっしゃいました。
ご相談内容はこう。
「1年かけて準備してきた新ブランド、やっぱり全部やめたいんです」
……ごめんなさい、もう一回いいですか? やめ・・・やめたい?
「全部、やめたいんです」
ですね? 聞き間違いじゃないようです。
ラベルもWebも撮影も、ほとんど終わってるそうです。
なのに、「やっぱ違う気がして」と、ゼロからやり直すご決断。
その瞬間、頭の中の編集長(脳内に住んでる)がペンを止めました。
「え、それ出直し企画?……締切、大丈夫?」
でも話を聞いていくと、どうやら本気で「自分の名前を冠した、30年続く酒をつくりたい」とのこと。
しかも、「今年の新酒に間に合わせたい。だから9月までにラベル完成させたい」と。
30年分の想いを、数ヶ月で?
……これ、やれるのか?
いや、というか、やっちゃっていいのか?
1年分の投資を白紙に戻すって、そう簡単な話じゃない。
正直、めちゃくちゃ迷いました。
でも、東京のデザイン会社とは距離があって伝わりにくかった、地元の会社で本音をぶつけ合いたいという言葉に、グラつきました。
よし、やるなら徹底的にやろう。
私は言いました。「1年かけて、コンセプトから一緒につくる。それでよければ、ぜひやらせてください」
こうして、森嶋さんご夫妻、小野専務、うちのメンバー、ライターの平嶋さんとで走り出した、人生最大規模のブランディングプロジェクトが始まりました。
(いや、ほんとマジで、駆け抜けました!)
私たちはまず、聞くことから始めました。
とにかく、ひたすら聞く。森嶋さんのこと、森嶋酒造のこと、これまでの150年のこと。
蔵の歴史って、格式とか伝統がどうとか、そういう話を想像するでしょ?
でも森嶋酒造さんの場合、最初に出てきたのは「立地が不利」って話でした。
……う〜ん、いきなりネガティブスタート。
森島酒造さん。150年の歴史を感じさせる外観です。奥に見えるのが大谷石づくりの酒蔵です。
というのも、蔵があるのは茨城県日立市。
海から70メートルという、まさかの潮風吹く渚のバルコニーのような立地。
「雪解け水が〜」「名水百選が〜」という酒蔵イメージとは、真逆の位置にいるわけです。
しかも、米どころって言われてるけど、ブランド米があるわけじゃない。
材料も、土地も、条件が揃っていない。
正直、「この条件で戦うの、ハードル高すぎじゃ…?」と思ってしまいました。
でも、そのときの森嶋さんの言葉がすごかったんです。
「どんな材料でも、うまい酒はつくれます。理論的には、水道水からでも。」
その言葉を聞いて、「あ、これ、普通の人じゃない。
ガチの戦う職人だ。」そう思いました。
蔵の裏手がすぐ海という立地。
森嶋さんは2006年、「南部杜氏」の資格を取得されました。
めちゃくちゃ難関です。普通はベテランの杜氏さんがやる仕事を、「自分の理想の味は、自分でつくる」と決めて、猛勉強の末に突破した。
しかもそのあと、佐賀の酒造りの達人のもとへ弟子入り。
“伝統と科学”の両面から、徹底的に酒を学び直したそうです。
蔵に戻ってからは、酒造りを自ら担う「蔵元杜氏」としての道を選び、
掃除も、温度管理も、発酵の数値も、すべてをデータで管理。
「材料や環境に依存しないうまい酒の作り方」とは、一体なんなのか。それは徹底的な掃除と数値管理による酒造りだそうです。ちょっとした汚れやホコリは、積もり積もって味に影響を与えます。だから塵一つ無いほど掃除をされるそうです。
蔵の中、ほんとに塵ひとつない。私が行ったときも、なんか「自分が汚してすみません」みたいな気持ちになったほどです。
「味は偶然に頼らない。つくるものなんです」
森嶋さんのその一言に、背筋が伸びました。
毎日データを取って、毎日分析する。徹底した数値管理も森嶋さんならではの酒造りの手法です。
でも。
10年かけて理想の味をつくれるようになっても、売れなかった。
「森ちゃんの酒はうまいのに、売れないな」
酒販店の社長さんに、よく言われていたそうです。
わかる、つらい、それ。
自分も「いいデザインだと思うんだけどね〜」って言われながら、選ばれなかったこと何度もあります。
「褒めてるのか、諦めなのか、どっち?」ってモヤモヤするやつです。
そのとき森嶋さんは思ったそうです。
「もう、やれることは全部やった。あとは、ブランディングしかない」
──そんな覚悟に、私たちも応えなければと思いました。
そうして立ち上がった、森嶋酒造の新ブランド開発プロジェクト。
聞いて、掘って、迷って、また聞いて──
ようやく、核となるコンセプトが浮かび上がってきました。
それが、
「常識の逆を行け!」
水も米も、酒づくりの条件としては“並以下”と言われる環境で、
「そんな場所でうまい酒ができるはずない」という空気を、森嶋さんは真正面からぶち壊そうとしていた。
どこかで聞いたような常套句じゃ、この人の酒づくりは語れない。
だったら、こっちも常識なんか気にしてる場合じゃない。
このコンセプトには、私たちチームも背筋が伸びました。
「正統派の逆をいく」ことは、単に奇抜ということじゃない。
真剣に積み上げた技術と哲学があるからこそ、逆を行ける。
さて、ブランドコンセプト「常識の逆を行け!」は決まったのですが、これをそのままキャッチコピーにしても、お客様には魅力は伝わりません。手を伸ばして購入してもらうには、森嶋のアイデンティティをもっと印象的に伝えるブランドメッセージが必要だと感じたのです。
そこで私は、森嶋さんに聞いてみたんです。
「一体なぜ酒造りをしているのか?」と。
返ってきたのは、「不利な状況でもうまい酒が作れるんだと証明したい」という言葉です。酒どころとして有名ではないここ茨城の、しかも海の近くのこんな小さな蔵でも、やり方次第でうまい酒は作れるんだ!ということを世の中に示したい。森嶋さんの心の奥底にある本音でした。
ちなみに、たとえチームでプロジェクトを進めていても、人間ですから、いきなりそんな本音を語ってくれるわけではありません。実は最初は森嶋さん、ちょっとよそよそしい感じがありました。
「頼んではみたが、大丈夫だろうか?」と疑う部分も正直あったのではないかと思います。
ただ、森嶋さんや、奥さんの昌子さん、小野酒造の小野専務のお話をしっかりとお聞きする中で、だんだんと本音で話せる信頼が生まれていったのだと思います。
そして、ライターの平嶋さんが、この森嶋さんの内に秘めるマグマのような熱い想いを汲んで造ってくれたのが「一石投じる一杯を」というタグラインです。
茨城の酒に期待していない、酒造業界や酒好きの方に一石を投じ、波紋を広げるような酒造り。それはまさに、森嶋さんの反骨精神そのものでした。
ここで終わらないのがTRUNKバタアシ戦記。
コンセプトは固まった、タグラインも決まった。
でも、それをどうやってデザインに落とし込むかが、また難しかったんです。
「よし、じゃあ『常識の逆』っぽいラベル、作ろうか!」
…ってなるじゃないですか?
ところが、これがまぁ、うまくいかない。
どれだけデザイン案を出しても、なぜか“それっぽい”ラベルになる。
既視感がある。なんか普通。
どこかで見たことあるような……でもどこかで見たくはなかったやつ。
「逆」とか「非常識」って、狙うとむしろ“意識高い風”になっちゃうんですよね。
「奇抜っぽいもの」って、ちゃんと考えないとただの“変なやつ”になるんです。
奇抜なデザインを提案する度に、小野酒店の小野専務に言われた言葉があります。それは、「いかにもデザイナーがデザインしました、っていう感じのラベルの酒は、最初だけで長く売れない。」ということでした。
人気のデザイン事務所が、見たことないようなデザインのラベルをデザインすることってよくありますよね? デザイナー視点だと「素敵だな、こういうデザインしてみたいな」と思うんですけど、酒販店さんから見ると、定番感のないラベルデザインは、定番になり得ないので嫌われるそうです。業界人しかわからない、そう言う視点て本当に疎かにできないし貴重なんですよね〜。
さて、年末も近づき、頭を抱えながら森島酒造へ。
何かヒントはないかと、蔵の中や庭先を歩いていたとき、ふと目に留まった“それ”がありました。
石。
駐車場の片隅に転がっていた、どっしりとした灰色の塊。
蔵の壁の一部に使われていた「大谷石」でした。
聞けば、戦後すぐに森嶋さんの曽祖父が、焼け落ちた蔵を建て直すために取り寄せたもので、
それが2011年の震災でヒビが入り、崩れ落ちた残骸の一部だといいます。
それを聞いて、雷に打たれたような衝撃が走りました。
(本当に雷が鳴ってたかは忘れたけど、気分はそんな感じ)
「これだ」
「常識の逆を行け」というメッセージに対して、あまりに象徴的。
そして、あのタグライン──
「一石投じる一杯を」
にも、ぴったり合ってしまう。
石の存在感、歴史、再起の物語、
そして「一石」という言葉とのリンク。
これはもう、デザインに取り入れない手はない。
とはいえ、酒ラベルのど真ん中に“石を置く”という発想、なかなかやらない。
でもそれが、逆にいい。
いや、むしろ、それがいい。
ラベルに使われることになった東関東大震災で崩れた蔵の一部である石片
そんなわけで、石のラベル案をつくって、チームに提案したところ──
「これでいこう!」と、まさかの満場一致。
コンセプト、タグライン、デザイン。3つがものの見事に重なった、鳥肌が立った瞬間でした。しかしそれは、考え抜いた先の偶然から生まれたのです。偶然ですが、たどり着くべくしてたどり着いた必然を感じました。
「笹目さん、こんな日本酒、売れないって言われました……やっぱり、変えませんか……?」
あのラベルが完成し、あとはリリースを待つだけ──というある日の夕方。
森嶋さんから電話がかかってきました。
声が、明らかにトーン低め。もう、沈んでるのがわかるレベル。
聞けば、ある大手の取引先の社長さんに、こう言われたそうです。
「石が主役のラベルなんて、意味が分からない」
「商品名の『森嶋』がもっと目立たなきゃ、絶対に売れない」
……はい、出ました。
常識パンチ、ストレート。
もうね、言いたいことはわかるんですよ。
ラベルって、読めなきゃ、伝わらなきゃ、棚で埋もれるのは事実。
でも、でもですよ。
ここまでやってきた“逆を行く”ラベルを、
その一言で引っ込めたら、
私たちが一石どころか、小石すら投げなかったことになってしまう。
私は言いました。
「絶対に変えないほうがいいです」
そう、強く言いました。
他の誰よりも迷ってきたのは、森嶋さん自身です。
議論に議論を重ねてたどり着いた答えを、いちばん知っているのも、森嶋さん自身。
「常識の逆を行け」が、ただの言葉で終わるか、本物になるか。
このラベルを変えるかどうかが、その分かれ道だと私は思ったんです。
小野酒店の陳列棚を使わせてもらい、実際に並べて視認性を検証して、
何度も調整して、色味もサイズも考え抜いた末のラベルでした。
単なる思いつきじゃない。すべては、ちゃんと「売れる」ために積み上げたもの。
「自信を持っていきましょう」
私のその言葉に、森嶋さんは、静かにうなずいてくれました。
森嶋シリーズ
2019年11月。こんな七転八起を経て、森島酒造さんの新酒ブランド『森嶋』はついに発売されます。
……どうなったと思われますか?
率直に言うと、ものすごく売れたんです。もう、大ヒットでした。
一番顕著だったのは、発売後すぐに、『SAKETIME』という日本酒評価サイトでいきなり50位以内に入ったことです。それまでランキングに入ったこともなかったのに、です。在庫もすぐになくなり、あっという間に茨城で最も売れている日本酒になりました。
私達の「売れる」という確信は正しかったのです。それを境に、森嶋さんの仕事もガラリと変わりました。
酒づくりは、毎年9月ころから仕込みが始まり、11月に新酒を出すと、順次たくさんの銘柄を仕込みながら、市場に出していくそうです。そして5月ころには仕込みは終わり、次の新酒の仕込みの9月までは、作った酒の在庫を捌くための「営業」をするそうです。
つまり、次のシーズン前までに、在庫を少しでも減らす必要があるので、全国の酒販店を回って在庫を頭を下げて買い取ってもらうのです。「営業」は森嶋さんが担当されていたそうで、酒の仕事でこの「営業」が最も辛かったそうです。
でも『森嶋』は、発売早々の大ヒット!で、在庫があっという間になくなるので、営業をする必要が全くなくなりました。そればかりか、これまで頭を下げて回っていた酒販店さんからは、「全く在庫がないなんて、もしかしていじわるをしてないか?」と言われたこともあったとか。森嶋さんは、苦痛から解放されたのです。このときはじめて森嶋さんは「自分の仕事が楽しい」と思えたそうです。
森嶋さん
「森嶋」のヒットとともに、徐々に森嶋さん本人も注目が集まるようになり、年々テレビや雑誌の取材も増えてきました。
この経験は私達にとって、とてつもなく大きな自信になりました。森嶋さんは、インタビューで「成功の要因は3つあると思います。高い酒質、適度な価格、目を惹くラベル。」と言ってくれました。
そして私は思ったんです。「デザインで結果は出せる」と。なぜなら私達トランクの仕事の、「目に見える」納品物はデザインです。デザインしたものを、依頼主の方が喜んでくれることはもちろんありますよ。
でも『森嶋』のように、私達の仕事が明らかに「売れる」要素になり、依頼してくださった方の仕事や人生に影響を与えたことは初めての経験でした。
このような結果が生まれたのは、クライアントと向き合い、お話を聞き、コンセプト、タグライン、デザインがしっかりと重なったからに違いありません。あの「石」との偶然の出会いも、この過程があったからこそだと思います。
ちなみに森嶋さんの次なる野望は、これまでよりもっと大きく大胆です。もちろん私達も、目標に向けて着実に進む森嶋さんに、私達も寄り添っていきたいと思っています。
『森嶋』は、「お刺身に合うお酒を作りたい」という森嶋さんのこだわりにあった、食中酒にぴったりのお酒です。爽やかさとキレを大切に、けれど芳醇な味わいも両立しています。味の秘密は、「江戸時代の種麹を使って、それをモダンにアレンジする」技術にあるそうですよ。ぜひ見かけられたら、味わってみてくださいね。