食べられるのに、捨てられていた。
初めて栽培ハウスの中に入ったとき、床を見て少し止まりました。
棚いっぱいに育った椎茸の足元に、小さな芽が散らばっていました。作業中のスタッフが、摘み取った芽を次々と地面に落としていく。誰も気にしていない。それが当たり前の光景でした。
「これ、食べられるんですか?」
聞いてみると、「食べられるものもあるけど、作業の都合上捨ててる」という答えが返ってきました。
芽かき作業とは何か。
椎茸の栽培では、菌床から複数の芽が同時に出てきます。そのまま全部育てると、栄養が分散してひとつひとつが小さくなってしまう。だから育てる芽を選んで、余分な芽を間引く。それが「芽かき」という作業です。
椎茸農家からすれば当たり前の作業の一環です。間引いた芽は廃棄するもの、という認識が当然そこにある。毎日やっていることだから、疑問を持つ余地もない。
なんせ菌床椎茸が市場に現れてから今日まで「椎茸栽培作業の一環」だった。
でも外から来た私には、地面に落ちていくその芽が、ただただもったいなかった。全部が使えるわけじゃない。端材のようなものも混じっているが、十分に食べられるものも確かにそこにあった。
蕾のうちに摘むから、旨みが逃げない。
よく見ると、地面に落ちている芽はカサがまだ閉じていました。椎茸になる前の、蕾の状態です。
通常、椎茸はカサが開いてから収穫します。でもカサが閉じているうちは、旨みが内側に閉じ込められたまま。外に逃げていない。つまりこの状態で収穫すれば、旨みが凝縮された椎茸になるはずだ。
そこから逆算して考え始めました。廃棄するために摘むのではなく、この段階を狙って収穫する椎茸を作れないか。レンチナスが長年磨いてきた「太らせる栽培技術」をつぼみの状態に応用したら、どうなるか。
「つぼみ茸」と名付けて、売り出した。
試行錯誤を経て、蕾の段階で収穫することを前提にした商品ができました。一本一本の生育具合を見極めて、「今がつぼみのピーク」というタイミングを逃さずに摘む。一つの菌床からほんの数個しか取れない、希少な椎茸です。
蕾のような形から「つぼみ茸」と名付けて、売り出しました。
今では厳密に管理されたものは上位規格のつぼみ茸と言う位置付けになっています。
開発から3ヶ月も経たないうちに、売れ筋商品になりました。
そして2026年、料理王国100選の審査員からこんな言葉をもらいました。「椎茸の香りがしっかり。小さくても味が凝縮されている。一般的な椎茸とは全く別物。」
毎日地面に捨てられていたものが、一つ手を加えたことでトップシェフに認められた。
その事実が、今も一番嬉しいことのひとつです。
農家の「当たり前」に、価値が眠っている。
タイトル回収にはなりますが、
つぼみ茸の話は椎茸だけの話ではないと思っています。
農家の「当たり前」の中には、外から見ると価値があるものがまだたくさん眠っているはずです。毎日やっていることだから気づかない。ずっとそうしてきたから疑わない。
でも外の目で見ると、「それ、もったいなくないですか」と思う瞬間がある。
今レンチナスが取り組んでいる廃菌床の次世代農業プロジェクトも、その延長線上にあります。椎茸栽培が終わった後に出る菌床は、農家にとってはただの廃材。でも外の視点で見ると、まだ価値に変えられる可能性がある。
他にも、農家には「規格外品」というものが存在しています。
皆さんがよくスーパーで見る椎茸はある程度大きさや開き具合などが管理されたものが並ぶようになっています。
規格外品は皆さんがよく聞く「訳あり商品」として世に出されます。
少し形が歪だったり、少しシミがあるなど健康には一切害のない状態でもそれらがあるだけで価格が落ちてしまうんです。
訳あり商品なるものを皆さんも一度は食べたこともあるかと思いますが味って変わらないですよね。
こうした規格外品の存在の仕方が一つ変わるだけでも一次産業の収益は大きく変わっていき、稼げる農業への大きな一歩にもなります。
伊勢社長が掲げる「稼げる農業」はあらゆる角度から見たものでこれは氷山の一角。
農家の、本当は「当たり前じゃない当たり前」を発見をしたり、「もったいない」と思える感覚を持っている人と、一緒に仕事がしたいと思っています。
それが0→1を動かす最初の一歩になると、つぼみ茸が教えてくれました。
こんな私たちと一緒に仕事をしたい。
気になったなという方はぜひ一度気軽にお話をしましょう。