初めて自分の手でpingを通した日のことを、今でも忘れられない。研修で与えられた課題は単純だった。二台の機器をLANケーブルでつなぎ、適切にIPアドレスを設定して、通信できるかを確認する。教科書的にはごく初歩の作業だ。だが、当時の私には未知の世界で、コマンドを打ち込む指先は少し震えていた。
頭の中には「ケーブルの向きは正しいか?」「サブネットマスクを間違えていないか?」といった不安が渦巻いていた。それでも設定を終え、恐る恐る ping コマンドを実行した。数秒の沈黙のあと、画面に「Reply from …」の文字が現れた瞬間、心臓が跳ねるような感覚があった。見慣れない数字の羅列が、なぜかとても力強いメッセージに思えた。「確かに届いた」という証拠が、モニターの向こうに確かに存在していたからだ。
それはほんの数行のレスポンスに過ぎなかった。しかし、目に見えない信号がケーブルを流れ、相手に届き、応答が返ってくる。その仕組みが自分の操作で正しく動いたという事実は、思いがけないほどの感動を呼んだ。私は世界と世界をつなぐ仕組みの入り口に立ったのだと、直感した。
あの日から年月が過ぎ、今では数百台の機器が絡み合うネットワークの設計や運用を任されるようになった。障害対応では夜中に呼び出されることもあるし、時には冷や汗をかきながら原因を探すこともある。業務は複雑になり、単純にpingを打てば済む話ではなくなった。それでも、どんなに規模が大きくなっても、根本にあるのはあのシンプルな「疎通確認」だ。すべての通信はpingから始まる。
エンジニアの仕事は派手さとは無縁だ。人々の目には映らず、むしろ「問題なく動いていること」が当たり前に求められる。しかし私は、初めてpingが通った日の喜びを知っている。その記憶があるからこそ、どんなに困難な障害対応に直面しても、「必ず繋がる」という確信を失わずにいられる。
あの小さな文字列は、ただの応答ではなかった。ネットワークエンジニアとして歩み続けるための原点であり、今も胸の奥で点滅し続ける心のランプだ。