定型スカウトに「誰にでも送れますよね」と返信がきた話──刺さるスカウトの書き方
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創業して間もない頃は某求人媒体でスカウトを一日に数百通送っていた。面接にこぎつけたのは、数件だった。返信が来たものも、たぶん10件もなかった。あのときの感覚は、いまも覚えている。「これは、やってはいけないやり方だったな」と、リストの一番下までスクロールして気づいた。
あれから、1通ずつ書くようになった。時間はかかる。1日でせいぜい3〜4通。それでも、定型文には戻らないと決めている。スカウトを送るとき、私が何を考えながら文面を書いているのか、書きながら何度もやめたくなったか、それでも続けている理由を、今日は正直に書いてみたい。
「とりあえず100通」をやめた日
最初にスカウトを送ったのは、登記してすぐの頃だった。採用の方法もよくわかっていなかった。とにかく動けばどこかに当たる、という感覚で、職務経歴の検索条件をざっくり設定して、出てきた候補者に同じ文面を貼り付けて送った。
文面は今でも残っている。読み返すと、目を背けたくなる。会社の説明が3行、募集ポジションの説明が5行、最後に「ぜひ一度お話しさせてください」と添えてある。誰宛なのかも、なぜその人に送ったのかも、文面のどこにも書いていない。あれは、スカウトという名のチラシだった。
返信ゼロという結果は、当然だった。むしろよく既読がついた、と今は思う。送られた側からすれば、見ず知らずの会社の知らない代表から、定型のパンフレットが届いたようなものだ。私が候補者でも開かない。
あのとき、夜中まで文面を貼り付け続けて、最後の1通を送り終えたときに、なぜか達成感のようなものがあった。仕事をやり切った、という感覚。今思うと、これが一番恥ずかしい。私は、やった気になっていただけだった。届いていないのだから、何もしていないのと同じだったのに。
「それ、誰でも送れますよね」と返ってきた
それから少し経って、別のロットで送ったスカウトに、初めての返信が来た。期待して開いたら、本文は2行だった。「文面を読みました。それ、誰にでも送れる内容ですよね。私の経歴のどこに興味を持っていただいたのか、教えてください」。
正直、最初はカチンと来た。せっかく送ったのに、と思った。でも、コーヒーを飲みながらもう一度文面を読み返して、その人の言う通りだと認めるしかなかった。文面のどこにも、その人個人の話は書いていなかった。
返事を書こうとして、手が止まった。なぜこの人に送ったのか、自分でも答えられなかったからだ。検索条件にヒットしたから、としか言いようがない。それを正直に書いて返信したら、当然ながら、もう返事は来なかった。
返信のおかげで、自分のスカウトが何をしていたのかが、はっきり見えた。私は採用活動をしているつもりで、実は誰にも届いていない手紙を量産していただけだった。あの2行は、私にとっての健康診断の結果通知のようなものだった。痛いところを的確に指摘してくれた人に、今でも感謝している。
プロフィールを読み込むことから始めた
最初に変えたのは、文面ではなく時間の使い方だった。1通あたりにかける時間を、30秒から10分以上に伸ばした。
何をしているかというと、ひたすらプロフィールを読む。職務経歴書、自己紹介欄、過去の発信、登壇歴、もし技術ブログがあれば直近の数本に目を通す。GitHubのアカウントが書いてあれば、最近のコミットの傾向もざっと眺める。その人がいまどんな仕事をしていて、何に興味があって、どこに違和感を持っていそうかを、頭の中で組み立てていく。
そのうえで、Codenceとどう接点が作れそうかを5行で書けないなら、その人にはスカウトを送らない、と決めた。書けないということは、私がその人を理解していないということだ。理解していない相手に、自分たちの会社を語っても響かない。
このルールにしてから、スカウトを送る数は一気に減った。以前の10分の1ぐらいになったかもしれない。でも、返信が来る確率は明らかに上がった。母数が減ったのに返信数は変わらない、ということが続いた時期があって、これはたぶん正しい方向に進んでいるのだろう、と思った。
ひとつだけ言うと、プロフィールを読み込んでいて、「この人にCodenceは合わないな」と気づいて送らないことも増えた。スキルや経歴が立派でも、その人が今やりたそうな方向と、うちで提供できそうな仕事が噛み合わない。そういう判断ができるようになったのも、読み込む時間を増やしてからだ。
スカウトに「会社の魅力」は書かない
文面の構成も変えた。以前は「弊社はSESと受託開発を準備中で、創業期の熱量があり、Javaを中心に〜」という会社紹介から書き始めていた。今はそれをやめている。
最初に書くのは、相手の経歴を見て私が感じたことだ。具体的には、その人がどんな現場でどんなコードを書いてきて、どこに難しさがあったように見えるか、自分が現場で見てきた景色と重ねながら、率直に書く。お世辞ではなく、見立て。違っていれば訂正してもらえばいいと思っている。
たとえば、金融系の現場が長い人には、品質基準やリリース前のチェック工程の話を引き合いに出す。スタートアップを渡り歩いている人には、立ち上げの混沌と裁量の大きさをどう感じてきたかを聞きたい、と書く。会社の話はあえて2〜3行に抑える。詳しく知りたければ募集ページを読んでもらえばいい。スカウトは、関心を持ってもらうための一次接触であって、会社案内ではない。
この順番に変えてから、返信の中身も変わった。「会社のことよりも、自分の経歴をそう見てくれる人と話したい」と書いてくれた人が、何人かいる。会社の魅力を語る前に、まず相手を見ることが、結局は一番早い自己紹介になる。
返信が来なくても、経歴を読んだ時間は無駄にならない
それでも、返信は全部に来るわけではない。私の今の体感では、丁寧に書いても返信率は1割前後だ。9割は読まれずに流れていくか、読まれても返事が来ない。
最初の頃、これがしんどかった。あれだけ時間をかけたのに、と何度も思った。30分かけて書いたスカウトが、相手の受信箱で他の通知に埋もれていく場面を想像すると、夜にウイスキーを開けたくなる日もあった。
でも、続けているうちに見え方が変わってきた。プロフィールを読み込んだ時間は、返信が来なくても、別のところで返ってくる。業界の動向、技術選択の流行、案件のタイプごとに集まりやすいキャリアパス、そういうものが少しずつ頭の中に蓄積されていく。スカウトを書きながら、私は採用候補者リサーチと業界研究を同時にしている、という感覚になってきた。
返信が来た人とは、もちろんカジュアル面談に進む。来なかった人のことは、こちらが勝手に頭の中で覚えている。半年後に別の場所で名前を見かけて、「あ、あのときスカウトを書いた人だ」と思うことが、もう何度かあった。それで何かが起きるわけではないけれど、自分の中で世界が少しずつつながっていく感覚はある。
採用は、たぶん点ではなくて時間軸を持つ仕事だ。今日のスカウトが今日返信に結びつかなくても、半年後の面談や、1年後の紹介につながることはある。短期の返信率だけ見ていると消耗する。長く続けるためには、結果が出ない時間も意味があると、自分に言い聞かせる必要がある。
SES会社が、スカウトを書くということ
うちはSESを主軸にしている会社だ。受託開発はまだ立ち上げ準備中で、世の中の評価基準でいえば「いわゆる人気のある会社」ではない。それは自覚している。
だからスカウトには、「特定の案件にすぐ入ってもらえます」とか「条件はいくらです」みたいな話を、最初に出さない。出したところで、その条件で勝てるとは思っていないからだ。条件勝負だけになると、より強いところに必ず負ける。条件で来てもらった人は、条件のいい次の場所が現れたら、当たり前に移ってしまう。
代わりに書くのは、「Codenceで一緒にどんな会社を作っていきたいか」という話だ。創業1年目で、まだ何も決まっていない。ルールも、評価も、案件選定も、この先入ってくる人と一緒に作っていく余地が残っている。それが面白そうだと思える人にだけ届けばいい、と腹をくくっている。
SESに対して、ネガティブなイメージを持っている人がいるのも知っている。多重下請け、評価されにくい、案件ガチャ。そういう実情があるのも事実だ。だからスカウトの中で、SESの話を取り繕わない。「うちはSESがメインで、いまの市場ではこういう構造の中にいます」と書いた上で、それでも一緒にやりたい理由を、言葉を選びながら書く。
その腹のくくり方が、スカウトの文面ににじむ。条件で口説こうとしている文面と、一緒に作りたいと思って書いた文面は、書いている本人が一番わかる。届く相手も、たぶん同じだ。
テンプレに戻りたくなる夜もある
それでも、テンプレに戻りたくなる夜は、正直ある。
採用が思うように進まないとき、面談予定が来週ぽっかり空いているとき、求人媒体の費用と返信率を計算して頭が重くなるとき。1通30分かけて書くより、20分で5通流したほうが、確率の話としては候補が増えるはずだ、という声が頭の中に湧いてくる。
そういう夜は、スカウトを書く前に少し時間を空けるようにしている。翌朝に書き直す。ピリッと頭が冷えた状態で読み返してみると、夜中の自分が書きそうだった文面のひどさに気づく。「なぜこの人に」が抜けていて、「うちの会社では」ばかりになっている。下手をすると、過去に送ったどこかの定型文の貼り付けに戻りかけている。
スカウトの質は、自分の余裕の状態をそのまま映す。だから、無理して書かないようにしている。送る数のノルマは、自分には課していない。書ける日に書く。書けない日は、書かない。書けない日が続いたら、自分の働き方のほうを疑う。
スカウトは、会社の姿勢の写し鏡
採用活動の中で、スカウトはたぶん一番、会社の姿勢が出る瞬間だ。求人ページは整えれば整う。面談はその場で取り繕える。でもスカウトの第一行目は、こちらから一方的に届ける文章で、向こうの反応がない状態で書かなければいけない。だからこそ、書き手の素が出る。
定型文を送り続けている会社は、たぶん他の場面でも、相手のことを見ていないと思う。私はそう見てしまうし、候補者もそう見ているはずだ。スカウト1通から、その会社の社風や、人をどう扱うかの姿勢は、ある程度透けて見える。
逆に、ちゃんと自分のことを見て書いてくれた1通のスカウトは、忘れない。私自身が他社からスカウトをもらうことがあって、たまに「これは、ちゃんと私の経歴を読んでから書いてくれているな」と感じる文面に出会う。返信するかどうかは別として、その会社のことは記憶に残る。それが何年後かに、どこかでつながるかもしれない。
私は、自分が候補者として「ちゃんと書いてくれているな」と感じた文面を、送る側でも書きたい。逆に言えば、自分が受け取って「これは雑だな」と感じる文面を、自分が送ってはいけない。シンプルなルールだけれど、毎週これだけを守ろうとするのは意外と大変だ。
最後に
Codenceでは、いまもスカウトを毎週何通か送っている。1通ずつ書いている。返信率は、相変わらず1割前後だ。劇的に上がる魔法はないし、これからも探さない。
ただ、採用に向き合う中で、スカウトに対する考え方は、確実に変わった。数を打つことではなくて、1通の質を上げることが、結局は遠回りに見えて一番近い道だった。1通に時間をかけることは、実は採用業務の中で一番ROIが高い投資だと、いま私は思っている。
転職を考えていて、これから誰かのスカウトを受け取る人にも、ひとつだけ伝えておきたい。テンプレ文に既読をつけずに削除するのは、悪いことじゃない。でも、自分の経歴を読み込んで書かれた1通には、できれば「読みました」だけでも返してあげてほしい。送る側がどれだけ時間をかけて書いたかは、文面を最後まで読めば、たぶん伝わる。
そういう小さな誠実さが回り合う採用市場のほうが、お互い気持ちよく仕事ができる場所が増えていくと、私は思っている。Codenceは、そういう場所をひとつ増やすつもりで、今日も1通、誰かに向けてスカウトを書く。