鈴木内科医院グループWantedlyをご覧いただき、ありがとうございます。採用広報担当です!今回は事務長の満さんに、鈴木内科医院の「これまでの歴史」と「今後の展望」についてインタビューしました。
創業から45年を迎える鈴木内科医院は、地域の「かかりつけ医」として愛されてきた組織です。しかし近年、高齢者住宅、訪問介護、デイサービス、介護タクシーなど多角的な事業を展開し、さらにはベトナム料理レストラン「サイゴン」の展開まで手がけています。
その変革の中心にいるのが、鈴木満事務長。オーストラリアでの飲食業経験、帰国後料理屋の店長としてのキャリアを経て、約14年にわたり鈴木内科医院を牽引してきました。医療介護の枠を超えた挑戦の背景には、「地域を紡ぐライフインフラ」として持続可能な組織をつくり、スタッフ全員が豊かに働ける未来を実現したいという想いがありました。
※この記事は2025年12月時点の情報です。
目次
45年の歴史と、満さんが見た鈴木内科医院の原点
入職から14年、変化を恐れず組織を動かし続けてきた理由
なぜ、別会社で経営するベトナム料理レストラン「サイゴンレストラン」だったのか。医療介護×飲食の可能性
暮らしに寄り添う存在へ。鈴木内科グループが描く多角的価値
満さんが思い描く鈴木内科医院の10年後とは?
未来の仲間へ。満さんが求める、“共に未来をつくる人”とは
45年の歴史が紡ぐ、次の10年
45年の歴史と、満さんが見た鈴木内科医院の原点
── 鈴木内科医院が創業から45年を迎えた今、どのようなお気持ちですか?
1980年に父が鈴木内科医院を開業した当時、私はまだ5歳でした。幼かったため当時の記憶はあまりはっきりしていないのですが、この辺り一帯は空き地が多く、人口も今ほど多くはありませんでした。
それが今では、住宅地として大きく発展し、地域の風景もずいぶん変わりました。この45年間、時代の変化とともに地域が発展し、その中で私たちもともに成長してきたのだと、改めて実感しています。
── 院長や創業者の想いで、今も大切に受け継がれているものは何でしょうか?
やはり、「地域に根ざした事業運営」という考え方は、今でも組織の中心にあります。医療や介護を必要とする方々が、住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるような環境づくりを大切にしています。
45年間もの間、事業を続けてこられたのは、ひとえに地域の患者さんや利用者さんの支えがあってこそ。私が子どもの頃から通ってくださっている方も多くいらっしゃいますし、そうした方々にとっての“地域のハブ”であり続けたいという思いは、ずっと変わりません。
この想いは、患者さんや利用者さんに限らず、共に働く職員にも向けられています。職員一人ひとりが、豊かで前向きな人生を歩めるような職場環境を整えることが、持続可能な組織運営には不可欠だと考えています。
── 満さんが鈴木内科医院に入職されたのは2011年とのことですが、そのきっかけを教えてください。
実は、もともと医療関係とは全く違う道を歩んでいたんです。大学には進学せず、オーストラリアで約6年間、さまざまな仕事をしながら自由に過ごして、25歳で帰国し、結婚を機に岡山に移住、そこで約10年間生活しました。
また、岡山では理学療法士の資格を取得し、病院で勤務していましたが、いずれは独立したいという気持ちもありました。ただ、病院勤務のままでは収入面の限界も感じていて、将来について悩んでいた時期でしたね。
そんな折、父が高齢になり、医院の経営も難しくなってきたタイミングで、兄がスウェーデンから帰国して院長を務めることになったんです。ちょうど経営や経理を担える人材がいなかったこともあり、「満、お前がやってみないか」と声をかけてもらったのが、入職のきっかけです。
── 最初から事務長としての入職だったのですね。
はい、そうなんです。まずは経理の業務を覚える必要があり、最初は本当に大変でした…。引き継ぎもほとんどなく、介護保険や各種申請の知識も全くなかったので、すべて自分で調べながら、一から取り組むことになりました。
正直なところ、当時は毎日が苦痛でしたね…それでも、何とかやり抜こうという思いで、ひとつひとつ積み重ねていきました。
── それはご苦労が多かったですね。当時の鈴木内科医院は、どのような組織だったのでしょうか?
当時は、今のように組織化された体制ではなく、どちらかというと家族経営に近い雰囲気でした。介護事業としては、グループホームと居宅介護支援事業所を運営しており、全体の職員数は50名ほどで、今の3分の1ほどの規模でしたね。最初は、「この人、どこから来たんだ?」と思われていたかもしれません(笑)
ただ、理学療法士としての現場経験があったことで、専門的な技術を活かしてスタッフに教えることもできたので、その点では比較的スムーズに職場に馴染むことができたと思います。
入職から14年、変化を恐れず組織を動かし続けてきた理由
── 事務長として、これまでどのような組織変革に取り組んでこられましたか?
入職の翌年、2012年に「訪問リハビリ」という新たなサービスを立ち上げました。これは、利用者さんのご自宅を訪問し、リハビリを提供する在宅支援の取り組みです。当時、岡山では訪問リハビリがすでに一般的でしたが、北海道、とりわけ札幌ではまだほとんど普及していない状況でした。
そこに大きな可能性を感じ、「これはチャンスだ」と思い、事業をスタートさせ、少しずつ利用者さんを増やしながら、地域に根ざしたサービスへと育てていきました。
── 翌年に早速挑戦する行動力凄いです!そんな中、さらに大きな決断をされたそうですね。
その2年後に、院長が「サービス付き高齢者向け住宅をやりたい」とリクエストがあり、40人ぐらい入るような施設で、3億程度の借入をすることになりました。当時、病院の数字があまり良くなくて、銀行からどんどんお金が減っていく赤字を見ながら恐怖を感じながら仕事していたんです。だから僕は反対したんですけど、院長は「やるなら今しかない」と…!
もう失敗できないので、僕自身が営業を札幌市の病院や居宅、あらゆる施設を営業して回りました。そして開業時にほぼ満床でスタートできたんです。あの時初めて学びましたね…「人間、死ぬ気でやればなんとかなるんだな」って(笑)
── そのご経験が、満さんの挑戦の出発点となったのですね。
はい、営業の努力によってほぼ満室の状態でスタートできたことが、大きな自信につながりました。それがきっかけで経営も一気に好転し、黒字化を実現できたんです。
ただ、スタッフの細かいところまで目が行き届きにくくなって…、現場から反発を受けることもありました。
── その出来事をきっかけに、何かが変わったのでしょうか?
その頃、退職者が相次ぎ苦しい時期を迎えたこともあり、人事面に深く関わるようになりました。新しい人材の採用ももちろん重要ですが、それ以上に、今いるスタッフが安心して働ける環境を整えることの大切さに気づいたんです。
そこで、まずは外向きのブランディングよりも、内側のブランディングが大切という考えに至り、理念を明文化したフィロソフィーやフィロソフィー手帳を作成し、職員一人ひとりに理念を浸透させる取り組みを始めました。まだ道半ばですが、そうした取り組みに力を注いできたことが、現在の職員の定着につながっているのではないかと感じています。
── 組織力を高める次の一手として、アメーバ経営を導入されたのですね。
アメーバ経営を取り入れたのは、2014年か2015年頃のことです。院長が「京セラのアメーバ経営を導入したい」と言い出したのですが、私は正直反対していました(笑)
でも、院長の言葉で今でも印象に残っているのが、「診療報酬は将来的に減らされる。だからこそ、今のうちに利益をしっかり出して、強い経営基盤を築いておかないと、生き残れなくなる」というものでした。
実際、その翌年から2年続けて訪問診療の報酬が大幅にカットされ、月間で200万円ほど、年間では2,000万円以上の売上が減少するという大きな影響があり…
それでもアメーバ経営を導入していたおかげで、各部門が自立採算を意識しており、他部門で補い合うことができ、大きなダメージを受けずに乗り越えることができたんです。
── アメーバ経営の効果は、具体的にどのようなところに現れていますか?
アメーバ経営は独立採算制なので、自分たちが努力して成果を上げたことが、そのまま評価に反映される仕組みです。例えば、部門が黒字になれば正当に評価されるべきですし、売上を伸ばすだけでなく、年間で300〜400万円の経費削減を実現したスタッフもいました。経費を含め、数値はすべてオープンにしているため、成果が誰のものか一目でわかります。
「この人がいるから利用者が増えた」「この人のおかげで経費が減った」といったことが、数字として見えるんです。
なぜ、別会社で経営するベトナム料理レストラン「サイゴンレストラン」だったのか。医療介護×飲食の可能性
── 別会社で経営するベトナム料理レストラン「サイゴン」の経営に携わることになったきっかけを教えてください。
2018年頃からベトナムに技能実習生の採用関連で行くようになり、現地で食べたベトナム料理が本当に美味しくて感動したことがきっかけです。そんなとき、コロナ禍で多くのビジネスミーティングがオンライン開催されていて、たまたま参加した東京のミーティングで「サイゴンレストラン」のオーナーと出会いました。
軽いノリで「ベトナム料理やりたいんですよね」と話しかけたら、「本当ですか?」と驚かれて…たぶん最初は冗談だと思われてたと思います(笑)
でも、コロナが少し落ち着いた頃に実際にお店を訪ねて料理を食べてみたら、やっぱりすごく美味しくて、“この味が札幌で食べられたらいいな” と思い、関わることを決めました。
── 飲食業に携わるのは、当時が初めてのご経験だったのでしょうか?
実は、以前オーストラリアへ留学していた頃、飲食業に携わっていたんです。日本に帰国して結婚した後も、割烹料理屋の店長を務めるなど、飲食業の経験は意外と豊富なんですよ。
ただ、オーストラリアと日本ではサービスに対する考え方が大きく異なっていて、日本では「安くて当然、サービスも当たり前」といった価値観が根強く、それに少し違和感を覚えるようになり…そうした背景もあって、最終的に飲食の道を離れ、理学療法士としての道を選ぶことになりました。
── 元々飲食業界にも興味をお持ちだったとのことですが、なぜ医療事業に加えて、あえて飲食にも挑戦しようと考えたのですか?
医療や介護の報酬は、国の制度は税金に基づいて成り立っています。そのため、国の方針ひとつで報酬が大きく変動するんです。こうした制度依存の業界では、その都度業態を変化させなければ生き残るのが難しく、自分たちで価格を決める自由もほとんどありません…。
一方、飲食業は価格設定の自由があり、工夫次第で柔軟な経営が可能なので、そこに魅力を感じて、今あらためてチャレンジしているところです。
── 飲食事業を通じて、どのような価値を生み出したいと考えているのでしょうか?
これはまだ理想の段階ではあるのですが、将来的には医療・介護と連携した形で新たな事業展開を考えています。たとえば、サービス付き高齢者向け住宅をつくる際にセントラルキッチンを併設し、そこに障害者雇用の仕組みを組み込む構想があります。
具体的には、障害を持った方々にできる業務をお願いしたり、バインミー(ベトナムのサンドイッチ)のパンを手作りして商品化するなど、障害があっても社会に価値あるものを提供できる仕事を創出していきたいと模索している途中です。
飲食は自分に経験があったからこそ挑戦できましたし、立ち上げ当初はオペレーションが整わず、なかなか利益も出ませんでした。でも、経験豊富な店長のおかげもあって、現在は少しずつ軌道に乗り、右肩上がりの成長を感じられるようになっています。
暮らしに寄り添う存在へ。鈴木内科グループが描く多角的価値
── 医療・介護・飲食など、多角的に事業を展開することの意義について、どのようにお考えですか?
やはり、創業から45年という長い年月にわたり地域の皆さまにお世話になってきたからこそ、これからも医療や介護の分野で安心していただけるサービスを提供し続けていきたいと思っています。
そして、それを支える職員一人ひとりが、仕事を通じて幸せな生活を送れるような環境をつくることも、法人としての大切な使命だと感じています。
正直なところ、サービスを提供する側の心や生活が満たされていなければ、この業界は持続していけないと思うんです。だからこそ、利用者だけでなく、職員にとっても意味のある組織づくりを目指しています。
── 従業員ファーストという考え方がとても素敵です。それぞれの事業を通じて、地域やスタッフにはどのような価値を届けていると感じていますか?
“何かあれば鈴木内科グループへ” と地域の皆さんに思っていただける存在になれたら、というのが理想です。訪問系、通所系、住居系、ケアマネージャー、福祉用具、介護タクシーなど、地域のニーズに応える多様なサービスをこれからも拡充していきたいと考えています。
また、スタッフに対しては、それぞれが持つ特性やスキルを最大限に活かせる環境づくりを大切にしています。
たとえば、「昇給の道は管理職だけ」とは考えておらず、現場で成長したスタッフに新しい事業所を任せたり、新規事業を立ち上げて管理職のポジションを生み出すなど、自然なキャリアアップの機会をつくるようにしていますね。
さらに、管理者向きではないけれど、どの現場にも柔軟に入って支援できるような「フリーランス職員」の存在も貴重で、多くの現場で必要とされています。他にも、SNS運用や人材採用など、スタッフがそれぞれ得意とする分野で活躍できるよう支援し、その強みを事業の収益にもつなげていきたいです。
実際、医療事務として入職し、今では経営管理部で活躍しているスタッフもおり、職種に縛られず、個々の可能性を広げられる組織でありたいと考えています。
満さんが思い描く鈴木内科医院の10年後とは?
── これからの時代、医療・介護業界はどのように変化していくとお考えですか?
今後の医療や介護業界は国の方針に大きく左右される部分が多くなると思います。現実として、すでに病院の約7割が赤字経営と言われており、その背景には診療報酬が据え置きのまま物価や人件費が上昇し、経費だけが膨らんでいるという構造的な問題があります。
介護業界も同様で、現状維持では立ち行かなくなる施設が増えていくと思います。これからは、単体の事業だけでは限界があり、複数のサービスを有機的に組み合わせて効率化・最適化を図ることが求められると感じていますね。
今後、老朽化した救急病院などが修繕費も確保できず、突然閉院するといった事態も珍しくなくなってくるかもしれません…そうなると、私たちが高齢になったときに “通える病院がない” “介護サービスを受けられない” といった深刻な社会課題に直面することになります。
そんな未来を防ぐためにも、今から業界全体で持続可能な仕組みづくりに向けて動く必要があると強く感じています。
── 医療業界全体が大きく変化する中で、今後10年で鈴木内科医院をどんな組織に育てていきたいですか?
今後は、コアスキルをしっかり持った人材を増やし、マルチタスクをこなせる柔軟な人材の育成に力を入れていきたいと考えています。そうした人材が増えることで、それぞれの経験を活かした新しい事業の展開も可能になり、結果として今働いているスタッフにとっても大きなメリットになります。
新たな事業が成功すれば、個々の収入アップにもつながりますし、働く意欲や満足度も高まっていくと思います。
最終的には、地域の中で “困ったときは鈴木内科医院へ” と思ってもらえるような、信頼されるハブ的な存在を目指して発展していきたいですね。
── 今後挑戦したい事業や、実現を目指しているビジョンがあれば教えてください。
個人的な想いにはなりますが……将来的には海外に出て、介護を世界で展開できるような基盤をつくっていきたいと考えています。というのも、日本の介護の質は本当に高く、世界に誇れるレベルだと思っています。
僕自身が海外で生活していた経験もあるので、なおさらその可能性を感じていて、日本で報酬が低いと感じるのであれば、むしろ海外でその価値を評価してもらう選択肢もあるのではと考えています。実際、飲食業界では多くの日本企業が海外に進出していますし、介護業界ももっと外に目を向けてもいいはずです。
すでに来年には、特定技能で2名の外国人スタッフが入職予定で、まずは国内でしっかり育成し、将来的にインドネシアなどでの展開も視野に入れています。
小さな一歩かもしれませんが、日本の介護の価値を世界に届けられるようなチャレンジを、これから少しずつ形にしていきたいです。
未来の仲間へ。満さんが求める、“共に未来をつくる人”とは
── どんな価値観や想いを持った方と、一緒に働いていきたいでしょうか?
やっぱり、成長したいという意欲や、何かに挑戦したいという野心を持っている人ですね。変化に対応できる柔軟性も、これからの時代には欠かせない要素だと思います。
でも、何よりも大切なのは “利他の心” です。
自分の幸せだけでなく、周りの人の幸せを本気で考えられることで、その延長線上に自分の幸せがあると思っています。そういう想いを持っている人と、一緒に仕事をしていきたいです。
── 鈴木内科医院で活躍できるのは、どのような人だと感じていますか?
新卒で入職し、現場で経験を積みながら成長してきたスタッフもいれば、他業種から転職して管理職として活躍している人もいます。共通して言えるのは、これまでのやり方に固執するような保守的な人よりも、自分から積極的に成長したいという意欲を持っている人が多いということです。
私や管理職がフィードバックをすると、みんなそれをしっかり受け取って、自分で考えて行動に移してくれるので、そういう姿勢がある人が、ここではどんどん伸びていける環境だと思います。
── 最後に新しく加わる方に期待すること、また伝えたいメッセージがあればお願いします!
日頃SNSなどを見ていると、介護業界に対して不満や悩みを抱えている方が多いと感じます。でも、もし現状にモヤモヤを感じているなら、ぜひ一度うちを見に来てほしいですね!
ただ不満を口にするだけでは、何も変わらないので、行動して初めて、環境や自分の未来が動き出すと思っています。「不満がある」と言いながら、自分では何も変えようとしていない人も多い中で鈴木内科グループは、やりたいことがあれば声を上げていい、チャレンジできる環境です。「こんなことに挑戦してみたい」「もっとこうしたい」といった提案も大歓迎ですし、実際にそれをカタチにできるチャンスもあります。
自分の可能性を広げていける場所であることが、働くうえでの大きなやりがいにつながるのではないかと思っています。
45年の歴史が紡ぐ、次の10年
45年の歴史を持ちながらも、常に新しい挑戦を続ける鈴木内科医院。その中心で組織を牽引する満さんの想いには、「スタッフの幸せ」と「地域への貢献」という一貫した軸がありました。医療介護の枠を超えた多角的な事業展開は、持続可能な組織をつくり、スタッフ一人ひとりが豊かに働ける環境を整えるためのもの。
アメーバ経営で各部門が自走する組織へと進化し、さらには飲食事業や海外展開まで視野に入れている。その挑戦の背景には、年功序列ではなく、頑張りと実力で評価される文化がありました。
「常識にとらわれず、新しいことに挑戦したい」「自分の可能性を広げたい」「地域に貢献できる仕事がしたい」そんな想いを持つあなたにとって、鈴木内科医院は最高のフィールドになるはずです。
次の10年をともにつくる仲間として、あなたの挑戦を待っています!