一度失われた「熱量」はつくれるのか。私が再び熱中を取り戻し、マネジメントで実践していること
かつて社会人になりたての頃、私は非常に高い志を持ち、仕事に対して熱い想いを抱いていました。目の前の仕事に対して「もっと良いものを作りたい」と積極的に意見を出し、企業のビジョンと提供するサービスの一貫性を何よりも大切にしていました。もしそこにズレを感じれば、すぐさま方向性修正の提案をしていました。
しかし、そうした動きは現場では求められていないのだということを、職場の空気感から徐々に察していきました。周囲が求めていたのは、意見やアイデアが積極的に欲しいと言う割に、「言われたことを、言われた通りに淡々とやること」だったのです。その実態に気づくまでにはかなりの時間を要しました。そのような働き方が「仕事」と呼ばれていることが到底信じられず、社会の暗黙の了解に気づいたとき、私の心は失望と悲しみ、怒り、そして強い疑問でいっぱいになりました。
それ以来、私は仕事というものに対して見切りをつけました。ただ生活費を稼ぐためと割り切り、自分の得意なスキルだけで会社に貢献し、波風を立てずに苦なく働く道を選んだのです。つまり、「自分の想いと仕事を一致させること」を諦めたということです。内心では様々な葛藤がありましたが、それを表に出すことはせず、会社が私に求める役割を淡々とこなしました。皮肉なことに、会社からはその姿勢のほうが喜ばれ、高く評価されました。「この会社、私から諦められていることにも気づかないなんて、なんだか虚しいな」。当時の私は、そんな冷めた感情を抱えていました。
「諦めなくていい組織」との出会い
その後、様々な組織で多様な経験を積み、現在は個人事業主として3社の業務に携わっています。そのうちの1社が、アンドア株式会社です。
ここには、私が今こうして書いているような「人や組織」についての深いテーマを、自分が納得いくまで考え抜いても良いという空気があります。例えばアンドアの合宿では、社長や役員とともに一泊二日という時間をかけ、ひたすら人と組織、我々の想いについて語り合います。効率や合理性が最優先される現代社会において、「これほどまでに時間をかけて、根源的な問いに向き合って良いのだろうか」と驚くほどです。全員でとことんアンドアの想いを掘り下げ、その想いとサービスを一致させようとする。このプロセスは、私にとって本当に気持ちの良いものでした。
世に出すサービスとは、本来そういうものだろうと思います。しかし、現実にはそのような会社は稀です。その中で、私は今それが実現できる組織に身を置けている。なんとも清々しい気持ちです。
なぜ、一度は諦めきった私が、再び仕事への熱量を取り戻すことができたのか。その理由は、アンドアに入社してから、社長と役員がミーティングの中で、人と組織に関する考察をどこまでも深く掘り下げていく姿を何度も目の当たりにしたからです。
これまで私が働いてきた組織であれば、もっと早い段階で切り上げているような議論でも、彼らは腑に落ちるまで止めません。日を改めてでも議論を続けます。
そんなアンドアのメンバーの姿に触発され、私はもう一度、仕事への熱中を取り戻すことができました。
「熱中はつくれる」——そのための要素
この経験から、私は「熱中は作れる(再燃できる)」と確信しています。しかし、それには一つの大切な要素があるように感じています。
それは、「一度消えかけた熱量を、もう一度燃やしても大丈夫なのだ」と安心させてくれる組織や人との出会いです。その存在なしに、たった一人で熱量を再構築することは極めて困難です。夢や想いを鼻で笑わず、真剣に受け止めてくれる人の存在が、消えかけた熱量を取り戻す大きな助けになるのではないでしょうか。
昔、私が自分の夢や想いを上司に伝えたとき、直接的な言葉こそありませんでしたが、非常に冷ややかで居心地の悪い空気を感じ取ったことがあります。 「そんな理想を語っていられて、若いね(笑)」 「それが本当にできるなら、やってみたら(笑)」 「夢を語るのは自由だけど、目の前の業務はちゃんとこなしてね」 あえて言葉にするなら、そんなメッセージが空気に漂っていました。それは敬意に欠け、目の前にいる人間の熱を確実に奪い去るものでした。この人は一体、どの段階でこんな風に人の熱を奪うような人になってしまったのだろうか、なぜこんなに冷めきった状態なのだろうかと思いました。社会の暗黙の了解に従い、それに馴染めない者を冷笑する。そんな姿勢が蔓延すれば、せっかく熱量を持っている人材がこの世から一人もいなくなってしまいます。
消えた熱量を取り戻すのに、私は何年もの歳月がかかりました。だからこそ、最初から人の熱量を奪うようなことをしないことが大切だと思っています。
私自身も、無意識に誰かの熱量を奪っていないか、常に自戒しています。誰かが想いを語った時は、まず信じて耳を傾ける存在でありたいです。 誰かが想いや夢を語っていたら、深い敬意を持って耳を傾け、「この人は本気でそれを実現しようとしているのだ」と、その言葉をそのまま信じられる存在でありたいと思います。
熱量を起点にしたマネジメントの実践と成果
現在、私はアンドア以外の会社で自身のチームを持ち、メンバーのマネジメントを行っています。
最初はどのメンバーも、言われた仕事を言われた通りにこなすだけでした。それでも会社としては助かる側面はあります。しかし、それでは仕事として面白みがなく、成果も生み出しづらいのではないかと感じています。
だからこそ、私は採用面接の段階から「その人が何に長けているか」「どんなことに強い想いを持っているか」、そして「何に対して感情が動くか」を注意深く観察するようにしています。
例えば、「この方はお客様の気持ちを汲み取るのが非常に上手だ。むしろ、顧客視点が欠けた社内の施策に対しては怒りすら覚える人だ」と分かったメンバーには、お客様との接点において、改善すべき点を変えていってほしいと、その人だけの役割を伝えました。すると、こちらから細かい指示を出さずとも自ら顧客情報や顧客とのコミュニケーションを分析し、次々と優れた提案をしてくれるようになりました。本人も自身の想いと仕事が一致しているため、非常に活き活きと働いています。
また別のメンバーには、一緒に働く人たちの環境を整えることに強い関心を持つ人がいました。その傾向を分析し、社内のマニュアル整備やメンバーの育成、メンバーの業務サポートといった役割を任せました。結果として、私の期待を大きく超える成果を出し、チームを強力に支えてくれています。
人はそれぞれ、自然と動いてしまう「興味関心領域」や、喜怒哀楽が強く刺激される領域を持っていると思っています。その根底には「これは許せない」「こういうことを大切にしたい」という確固たる想いが存在します。私はマネージャーとして、それを観察し、その想いに合致した仕事を任せることに注力しています。
その結果、今ではチーム全体が活気づき、それぞれの持ち味を生かして良い関係を築けていると感じています 。さらに、全社的に業績が落ち込んでいる状況下でも、私たちのチームだけは数字を落とすことなく結果を出し続けています。人が本来持っている「熱」を大切にし、そこを起点にして仕事をすることの重要性を、身に染みて感じています。
一つ付け加えるならば、仕事に対してそこまでの強い想いを持っていない人も当然います。それが悪いことだとも思いません。その場合は、その人の状態や価値観を尊重することが大切だと考えています。会社として必要な業務の中で、その人が得意とする領域を任せれば、お互いに負荷のないWin-Winの関係が築けます。無理に熱量を引き出そうと過度な期待を押し付ける必要はないと考えています。人にはそれぞれのペースと選択があり、それを尊重することもまた、重要なマネジメントの姿勢だと感じます。
違和感が教えてくれた、私にとって大切なもの
かつて私が直面した「会社の暗黙の了解」や「深まりきっていない結論のまま業務を押し付けられることへの違和感」。その苦い経験があったからこそ、逆に「自分にとって本当に大切なもの」が何であるかを明確にすることができました。
想いや納得感のない、ただこなすだけのマネジメント下で働くことは、やはり非常に不自然で心地の悪いものです。その「当たり前の違和感」に蓋をしなかったことが、今の私のマネジメントスタイル、そして再び仕事への熱量を取り戻せた現在の私に繋がっていると確信しています。