大阪/医療法人嘉健会 思温病院 理事長・院長 狭間研至先生(外科医)インタビュー
医療法人嘉健会 思温病院(大阪)は、かつて経営破綻を経験した病院です。看護師が確保できず約20床を閉鎖し、ホームページ用の写真撮影では「こんな病院で働いているのが恥ずかしい」とスタッフが撮影を拒む——理事長・院長の狭間研至先生が引き継いだのは、そんな"マイナス10"の状態からでした。
前編では、そこから数年をかけて人間関係と院内の空気を立て直し、それでも最後まで残った「採用」という課題に、SNSという答えを見出すまでをお伝えしました。こうして、半年間の期間限定トライアルが動き出します。
▼前編はこちら
https://note.com/medx/n/n00988b6a11cb
中編では、いよいよ始まった撮影の現場を追います。なんと院内にやってきた機材は、スマホ1台だけでした。
1. 現場が変わった瞬間 ─ 「なんで私は撮ってくれないんですか?」
何度かオンラインで打ち合わせを重ね、病院の特徴や強みをヒアリングしてもらいながら投稿テーマを決め、台本も作成。いよいよ撮影当日——どんな大がかりな機材が来るかと思いきや、機材はスマホ(しかも最新型ではないiPhone)1台だけ。スタッフも「えっ、これで撮るんですか?」と驚いた。狭間先生自身は「最初からすごい機材で来られたら、逆に大丈夫かなと思う。これで十分やん、と。スタートアップらしくていいなと思いました」。
和気あいあいとした雰囲気のなか、院内各所でさまざまなパターンの動画を半日かけて撮影。先生自身も出演し、スタッフとの会話や病棟を歩くシーンが収録された。
※メドエックスでは病院の負担を減らすため、半日の撮影で2か月分の投稿コンテンツを撮り切る
予想通り、はじめは誰も出たがらなかった。「は?病院でInstagram?」という微妙な空気。声をかけて、ようやく4〜5人が渋々出演した。マスクで顔が半分隠れること、名札を外して過剰な個人情報を出さない配慮も、心理的ハードルを下げた。
数日後、1本目の動画がInstagramにアップされ、以降、週に2〜3本のペースで投稿が続く。最初は「誰が見てるんだろう?」くらいの感覚だったが、メドエックスの採用ポータルであるメディッチにも掲載することで、少しずつフォロワーが増えていった。見慣れた院内で見慣れたスタッフが登場する動画は、どこか新鮮で、少しぎこちないやりとりも逆に微笑ましく、先生自身、実は何度も見返していたという。
当時の投稿画面
そして動画コンテンツが増えていくと、微妙だった空気に変化がおきた。見慣れた院内、見慣れた同僚が画面に映るのを全員が見ている。「なんで私は撮ってもらえないんですか?」という"クレーム?"めいた声が、あちこちから上がり始めた。
「『私が出たい』とは言わない。『なんで撮ってもらえないの』と言うんです。おもしろいね。」と狭間先生は笑う。かつてホームページ用の写真撮影で、恥ずかしいから写りたくないと言われた病院が、である。看護部長も「最初は『私は結構です』と言っていたスタッフたちが、少しずつ出演に前向きになってきた」と語る。本当に嬉しい変化だった。
2. 数字とエピソードで見る成果
◎ 再生1,400万回
関連の介護施設でも同じ手法で採用が決まるほど、発信は広がった。以前は多額の費用をかけて業者に依頼していたが、「採用に振り切る」設計に変えたことが効いた。
◎ 応募者が"若返った"
「めちゃめちゃ若くなった」。平均年齢40歳超だった看護部に、第二新卒層——大きな急性期病院を早期退職した経験2〜3年目・30歳前後の層——の応募が増加。看護師経験5〜6年以下が今では多数を占める。「職場の雰囲気が事前に分かって安心だった」とInstagramを見て応募してきた例もある。
◎ 面談後の辞退がほぼゼロに
以前は紹介会社経由で面談しても内定辞退されることが少なくなかった。今は面談した方のほとんどがそのまま入職につながっている。見学に来た人が「画面で見ていたより、ずっと綺麗ですね」「スタッフの仲がいい雰囲気、そのままですね」と"確かめに来る"感覚。Instagramであらかじめ院内の様子を見てくれているからこそ、期待値と現実のギャップが生まれにくくなった。
◎ ホームページから"直接応募"が来た
先生が最も驚いたのがこれだ。紹介会社を介さず、病院のホームページから直接応募があった。これまでにはなかったことで、Instagramでの発信が応募行動を後押ししたのは間違いない、と先生は言う。
◎ ついに"選べる"側へ
今では看護部長が応募の約半数を見送っている。「以前なら考えられない」。人手不足の"負のスパイラル"から、理念に共感する人に来てほしいと言える"正のスパイラル"への変化がおきた。
◎ 年約600万円のコスト削減
SNS経由の採用が3〜4人。紹介会社経由は1人あたり約150万円かかるため、約600万円が浮いた計算になる。方向性の合う人が自ら来てくれる価値も大きい。
◎ "ファーストペンギン"を表彰
グループ全体のイベントで、最初に手を挙げてくれたメンバー6名を表彰、院内に組織としての取り組みという意識づけが共有された。
◎ スタッフ個人にも変化が
男性看護師の吉原さんには"ファン"ができた。動画を見た人が「この人と一緒に働きたい」と、4月から入職したという。
3. なぜSNSが「効く」のか ~人は予習のために動画をみる
「面接に来る人、見学に来る人で、動画を見ていない人はいない。転職しようとして来るので、隅々まで"予習して"来ている。」
ポイントは、発信しているのが現場のスタッフ自身であることだという。「台本はあっても、根っから嘘だったらこんなふうには言えないよな、と伝わる。」「表面的に良く見せるのではなく、変化した、良くなった実像をそのまま届ける——だから"予習"と見学時のギャップが生まれないのではないかと思う。」
なにより採用は、組織再生の話でもある。理念に共感する人が多数派になれば、価値観の合わない人には無理に残ってもらわなくてよくなる。それは双方にとって幸せだ。その健全なサイクルを回すためにも、SNSによる安定した人材供給が土台になる、と狭間先生は語る。
裏を返せば、SNSは"魔法の杖"ではない。映して伝えられる中身——数年かけて良くした人間関係と働きやすい職場の空気が先にあってこそ、SNSは機能する。悪いままの実態を上辺だけ取り繕って見せるツールではなく、良くなった院内のリアルな様子を届けるツール。順番を間違えないことが、この事例の最大の教訓かもしれない。
[後編に続く]
では、良い中身さえあれば、あとは自分たちで撮って上げればいいのか——。狭間先生の答えは、明確に「ノー」でした。
後編では、「自分たちだけでやること」と「プロと組むこと」の決定的な差に踏み込みます。同じ素材でも伝わり方がまるで違う編集の技術。応募者が入職後に辞めてしまう、"誰を映すか"をめぐる象徴的な裏話。そして、支援する側が医療をわかっていることの意味。あわせて、三重苦のなかで先生がなぜ折れなかったのか、10年後の病院採用はどうなるのか——外科医である狭間先生の哲学と、これからの展望をお届けします。
文章・構成・袈裟丸梨里子|株式会社メドエックス広報戦略顧問