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【#私らしい選択肢】崖っぷちからの逆転劇(前編)

こんにちは。株式会社NOAHのリクルーティングチームです。

「“すべて”の人々のニーズを満たし創造できる場」を事業コンセプトとし、設立以来、共感する仲間が順調に増え続けています。今回は、プレイイングマネージャーである今井が登場。前半・後半の二部構成で彼の素顔をお届けします。

音楽で食べれない、子供ができる、奥さんの苦労…。

学生時代からバンド主体の生活。
ハードコア・パンクという分野で日本では食べていくのは
厳しいと知っていながら、本気でプレーヤーでいたい。
そんな想いを抱え、就活もせず、バンドに明け暮れていました。

食べていくために、バンドをしながら、イベント。
ツアーのブッキングの仕事、マネージャー業務をやったり、
実家の養豚業を手伝ったり…。

稼いだわずかなお金で海外公演とかも行っており、
充実はしていたものの、
正直、お金には常に困っていた過去でしたね。

あるとき、知り合いの行政書士などの助けを借りて、
日本の伝統文化を広げていくというNPO法人を立ち上げ、
三味線の団体を海外に連れていき公演を行う。
補助金が出るので、一緒に自分たちも海外で公演を行うということもしていました。

ただ、一つ問題が…。
海外に行くと養豚業は病気を持ち帰る可能性があり、
家畜に被害が出るので手伝いができない…。
結果、収入が落ちるという状況にもなったのです。

さらに、そんなときに当時付き合っていた彼女が妊娠…。
音楽と子供を天秤にかける前に、優先順位が子供になり、
就職活動をはじめました。人生初の就職活動…、32歳…。

今まで普通に働いたこともない、
そんな自分だったので25社の不採用。
就職活動をするにも交通費などがかかる。
ただ、地元の大宮で営業代行の会社を見つけたときから、
人生が変わりました。

それが、NOAHの社長の槇(まき)が働いていた会社だったのです。
営業もしたことがない。
正直、とにかく受かったから何でもよかったというのが本音でした。

全然、売れない…。結果が出ない…。

入社後、スグに心が折れて、1週間ほど休んだほどでした。
奥さんにケツを叩かれて、復帰はしたものの自信のない営業なので、
いつも「すいません…」ばかり。

それは売れる訳もないなと、今になり思います。
前向きな気持ちは、ほぼ皆無だったのです。

…大きな転機がココで、
というか、最大のピンチが訪れたのが、出産して奥さんも働かないと…
というとき、保育園が見つからず、無認可保育園は高く、
ただでさえ、苦しい中でお金が莫大にかかってきたのです。

半年の約束を奥さんと。
結果が出なかったら、バイトでも何でもしてもらうと。

就職活動のときから、「アルバイトのお父さん」は嫌で
選択肢になかったのですが、稼げない営業なら確実なバイトをしてと
奥さんに言われて、半年の約束をしたのです。

そこからですかね。営業として結果を出せるようになったのは。
月20万円、30万円、40万円。
ようやく、毎月40万円を家に持って帰れるようになって、
奥さんにも認められたのです。

これを読んで少しでもワクワクした方、共感して下さった方、是非一緒に働いてみませんか?
皆様からのご応募をお待ちしております!

※次回は、「【私らしい選択肢】崖っぷちからの逆転劇(後編)」をお届けします。

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