「なぜ、女性だけが痛みを我慢しなければならないの?」一個人の切実な問いから生まれた、世界を変える挑戦。Flora CEO、アンナ・クレシェンコが語る、フェムテックの最前線。
女性は、その生涯を通じて様々な身体的・精神的な変化と向き合います。月経、妊娠、出産、更年期。それらは決して特別なことではなく、誰もが通る自然なライフステージです。しかし、その過程で生じる悩みや痛みは、あまりにも長い間、「個人的な問題」として見過ごされてきました。
そんな"当たり前"とされてきた沈黙に、テクノロジーの力で風穴を開けようとしているのが、フェムテック企業のFlora株式会社です。
今回は、Floraの創業者でありCEOのアンナ・クレシェンコさんにインタビュー。ウクライナから日本へ渡り、異国の地で起業するに至った原動力、そしてデータとAIを駆使して彼女が解決しようとしている課題の核心に迫ります。
- アンナ・クレシェンコさん プロフィール ウクライナ出身。国費留学生として来日し、京都大学法学部を卒業。自身の近親者が産後うつで苦しんだ経験から、女性の健康課題解決への強い想いを抱き、在学中にFlora株式会社を設立。その革新的なビジョンと行動力で、Forbes 30 Under 30 Asiaに選出されるなど、世界が注目する若き起業家。
まず、改めてアンナさんがFloraを創業するに至った、その原点について詳しくお聞かせいただけますか?
アンナさん: はい。私のすべての原動力は、妊娠合併症で苦しんでいた従姉妹の姿です。の裏側で、ホルモンバランスの急激な変化や育児のプレッシャーに、たった一人で苦しんでいたのです。
そこから、まるで何かに取り憑かれたように、女性の健康に関する論文やデータを読み漁りました。そして、従姉妹の経験が決して特別なケースではなく、世界中の何億人もの女性が、月経、妊活、更年期といったライフステージの変化の中で、適切な情報やサポートがないまま、孤独に痛みを「我慢」しているという事実に愕然としたのです。この構造的な課題を解決しなければ、同じ悲劇が繰り返されるだけだ。そう確信した時、私の中で「Floraを創る」という決意が固まりました。
非常にパーソナルで、強い想いが原点にあるのですね。ウクライナから日本に来て、異国の地で、しかも当時はまだ黎明期だった「フェムテック」という分野で起業することに、不安やためらいはなかったのでしょうか?
アンナさん: もちろん、不安がゼロだったわけではありません。言語の壁、文化の違い、そして何より「女性の健康課題」というテーマが、ビジネスの世界でどれだけ理解されるのかという懸念はありました。資金調達のために投資家を回っても、「それは本当に儲かるのか」「ニッチな市場ではないか」と言われることも一度や二度ではありませんでした。
でも、私にとっては不安よりも「この課題を解決したい」という使命感の方が、圧倒的に強かったのです。そして、日本という国は、私がこのミッションを始める上で、実は最適な場所だと感じていました。日本は世界トップクラスの技術力を持ちながら、ジェンダーギャップという大きな課題を抱えています。だからこそ、ここでテクノロジーを活用して成功モデルを創ることができれば、それは日本だけでなく、アジア、そして世界中の女性を救うための大きな一歩になると信じていました。幸いにも、私の情熱を信じ、サポートしてくれる多くの人々との出会いにも恵まれました。
Floraの核:データとパーソナライゼーションがもたらす革命
Floraのサービスは、特に「データに基づいたアプローチ」を重視されています。なぜ、女性の健康において「データ」がそれほどまでに重要なのでしょうか?
アンナさん: 歴史的に、医学研究や臨床試験の多くは、男性の身体を基準に行われてきました。その結果、女性特有の健康問題に関する科学的なデータは、驚くほど不足しているのです。これを「ジェンダー・データ・ギャップ」と呼びます。多くの女性が、自分の身体に起きている不調の原因がわからず、「体質だから」「我慢するしかない」と思い込まされてきた背景には、このデータの欠如があります。
私たちは、この状況を根本から変えたいのです。ユーザーが日々の体調や症状を記録することで、Floraのアプリには膨大な匿名データが蓄積されていきます。それをAIが解析することで、一人ひとりの身体のパターンを可視化し、「あなたの来週のPMS(月経前症候群)の症状は、〇〇になる可能性が高いので、△△を試してみては?」といった、極めてパーソナルな予測や提案が可能になります。
データは、女性自身が自分の身体を理解し、コントロールするための「武器」になります。そして、集積されたビッグデータは、将来的には婦人科系疾患の早期発見アルゴリズムの開発や、新しい治療法の研究にも貢献できる。私たちは、個人のエンパワーメントと、社会全体の医療の進化、その両方をデータによって実現しようとしています。
まさに、これまで誰も成し得なかった領域への挑戦ですね。事業を運営する上で、最も困難に感じたのはどのような点ですか?
アンナさん: やはり、社会の「タブー」に挑戦することの難しさです。月経や更年期といった話題は、オープンに語ることが憚られる風潮が根強く残っています。サービスの必要性を説明しても、そもそもその課題自体が「存在しないもの」として扱われてしまうこともありました。
しかし、私たちは諦めませんでした。企業の人事担当者の方々に、女性従業員の健康課題が、実は生産性の低下や離職に直結しているというデータを提示し、健康経営の観点からアプローチするなど、伝え方を工夫し続けました。少しずつですが、「これは個人の問題ではなく、組織全体で取り組むべき経営課題なのだ」という認識が広まってきている手応えを感じています。この社会的な認識変革こそが、私たちの事業の根幹であり、最も挑戦しがいのある部分だと感じています。
(Vol.2へ続く)