- 25卒!ラストチャンス!
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株式会社Doooxの久保寺です。
今回はDoooxの創業ヒストリーをお伝えさせていただきます!
Doooxのコーポレートメッセージは「行動で世の中を変えていく」です。
これは、私自身のこれまでの人生から学んだ大きな教訓の一つ。
何かを変えるためには、まず行動が必要。
何かを調べるでもいい、誰かに相談するでもいい。
全ては行動から始まります。
そんな話をすると、「みんながみんな行動できるわけではない」と言われます。まさにその通り。みんながすぐに行動できていれば、自己実現ができて、世の中はもっと前向きなエネルギーに溢れた社会になっているはずです。
インターネット、ひいてはスマホの登場により、私たちはすぐに、簡単に情報にアクセスできるようになりました。「敷かれたレールから外れて、誰かに叩かれたらどうしようと思い一歩踏み出せなくなった」と、個人的には感じています。
そんな一歩をなかなか踏み出せない人や企業の伴走役こそがDooox。
私たちが率先して行動し、寄り添い、共に目標を達成する。
そして、日本全体に「行動できる人」を増やして、日本から世界中にその文化を広げたい。
そんな私が、「行動することの重要性」に気づいた話をさせてください。
幼い時に感じた「世界はもっと広くて面白い」
「現役で東京大学に入学して、新卒で電通に入社した。」
このような紹介のされ方をすると、私自身が特別な能力があるかのような見られ方をすることが多々あります。
しかし、能力の有無の前に、まずそこにあったのは「行動」です。どんなに能力があろうとも、行動していなければ、何も変わらなかったはず。
逆に、行動し続けたからこそ、何かが変わったとも言えます。
私の出身は岐阜県の養老町。自然溢れる土地で、地元で生まれ育った方々が商売を営んでいる町です。
中学卒業と同時に仕事を始めた両親からは、「勉強しなさい」なんて一度も言われたことはありません。そんな自由な環境で育ちました。
何も強制されない環境で育ったおかげか、「面白そう」と感じたものには深くのめり込む性格に。新しい知識を得ることに夢中になっていた私は、学校の勉強でさえも楽しかった。
本を読むことも好きで、さまざまなジャンルの本を手に取っては、読み耽っていました。
当時はITバブル全盛期。ホリエモンこと堀江貴文さんや、サイバーエージェントの藤田晋さんなどが連日メディアを賑わせ、同じ日本国内にこんなにも自由で面白い人たちがいるんだと世界の広さに驚きました。
「世界はもっと広くておもしろい」そんな彼らの存在を知ってから湧いてきた希望。
地元で生まれ育った私は、高校を卒業したら地元の会社に勤めるのが当たり前だと思っていました。
しかし、私は自分の可能性をそこで諦めずに、「もっと広く社会や日本のためになることをしよう!」と決意したのです。
そんなある日、TVで「ドラゴン桜」が流れてきました。東京大学への進学は無理だと言われた学生が、人の可能性を信じる先生に影響されながら合格を目指すストーリー。
さらに、偶然にも東京大学で教鞭をとられていた内藤先生(後の研究室の教授)の本にも強く影響を受けていたこともあり、進学を意識し始めました。
「頑張ったら行けるんじゃないか?」それまで大学進学さえ考えたことがなかった田舎の高校生が、東京大学の受験を決意。
もちろん、受験の仕方もわかりません。まずは、どうすれば受験できるのかを調べることに。受験方法が分かったら次はどうすれば合格できるのかを調べました。
過去問の傾向を徹底的に分析し、インターネットで仕入れた情報をもとに日々勉強にのめり込んだ結果、なんとか合格。
入学してからは、体育会ラグビー部に入部。サークルでもいいかと思いましたが、せっかく時間を使うのであれば本気でやりたい。熱心に勧誘してくださった先輩の影響もあり、高校時代から続けたラグビーを継続することに。
学生生活のほとんどがラグビーでした。しかし、肩の怪我に悩まされていた私は、最終戦の京都大学戦でも思い通りの成果は残せませんでした。
それまで自分のやりたいことは実現してきただけに、とても悔しかった。この悔しさをバネに、次のステージである社会人では、思い通りの未来を描こうと腹を括ったのでした。
誰かのためになる仕事
新卒で電通に入社。理由は、オリンピックやワールドカップのような大規模なスポーツイベントへ携わりたいと思ってのこと。高校から大学までラグビーに打ち込んだ経験から、スポーツで日本を元気にしたいと思っていました。
イベントを担当する部署へ配属され、最初の勤務地は名古屋に決定。プロモーション部というイベントを含めた販促などの仕事を担当することに。
当時はクライアント企業の方々にも大変お世話になりました。仕事の作法や、人を惹きつける人間とはなにか。夜遅くまでお酒の席を共にさせていただいたのもいい思い出です。
仕事を通して、決済者の懐に入り、大規模な案件を受注するソフトスキルや、関係者を巻き込みながらプロジェクトを推進するディレクションスキルはこの時に身に付けました。
しかし、目の前の業務に忙殺される中で、ふと「目の前の人や社会に役立っている仕事」かどうかわからない瞬間も増えていきました。そんな時に、声をかけてくれたのがプルデンシャル生命で働く友人でした。
「目の前の人の幸せだけを考える仕事だよ」と説明された仕事内容は、誰かのためになる仕事がしたいと熱望していた自分にとっては最適な条件でした。
問題は「保険」という初めて触れる商材。全く知識も経験もない状況から、本当にやっていけるのか?と不安にもなりました。
しかし、何もチャレンジせずに判断するのはよくない。
まずはやってから決めようと思って転職を決意。
入社直後から激動の日々でした。とにかく成果を出そうと覚悟し、睡眠時間は毎日1時間。食事する時間があるならアポに向かう。当時はオンラインでの面談や契約書を交わすことさえできない時代。朝昼晩関係なく働き続けました。
目の前のお客さんの幸せを追求することがモチベーションにはなっていましたが、1番のモチベーションは親孝行。中学卒業と同時に働き、様々な挑戦を後押ししてくれた両親へ、中卒であっても立派な子どもが育てられるんだと証明するべく働きました。
その結果、初年度の実績として、心から納得のいく成果を出すことができました。
表彰式に両親を招き、2人の教育は間違っていなかったと証明し、そして今までの感謝を伝えることができました。強く達成感を感じられたのを今でも覚えています。
行動で人生を変えてきた私だからできること
激動の1年目が終わり、これまでの仕事を振り返っていました。
目の前のお客様に対して真摯に向き合い続け、その結果数字でも成果を出してきた。
しかし、この先5年10年と仕事を続けると考えたときに、「世の中にどれだけ価値貢献できるのか?」という疑問に明確に答えることができなかった。
虚しさと悔しさから溢れ出る涙を抑えながら迎えた2年目の締め日に、「何かを変えよう」と決意。
そんな時に訪れた経営者との出会いが、私の人生を大きく変えました。事業を興し、雇用を生み出し、人と社会を支える経営者。彼らを支援できれば、その先にいる従業員や家族、そしてたくさんのお客様を助けることができるかもしれない。
そう考えた私は、これまで触れることのなかった会計や税務、法務、金融に関する勉強に2ヶ月間没頭。基礎的な知識を身に着け、問題の解決に向けた施策を互いに話し合い、少しずつ信頼いただけるようになりました。
彼らの悩みの多くは事業承継に関するもの。事業も順調で、従業員もたくさん抱えているにもかかわらず、後継者が見つからない。
そして、事業承継は後継者が見つかれば終わりではありません。引き継いだ後も、事業が順調に伸びなければいけない。多くの関係者を巻き込むだけに、課題も複雑。
解決に向けて一歩一歩進んでいく地道な仕事ではありましたが、当時の自分にできる最高の社会貢献だと信じて5年間のめり込みました。
その当時に出会った数々の経営者は、攻めの姿勢を崩さない面白い方々ばかり。次の事業や投資についてなど、常に未来に希望を持っていました。
しかし、2年3年と経てど、理想に向かって行動している経営者はなかなか現れません。その原因は、「やらなければ」とわかっていても、何からはじめるべきなのかもわからず、ついつい後回しになってしまっていること。
もちろん、日々緊急度の高い仕事に取り掛かる中で、理想を現実にするためのスキームの設計やタスクの分解は面倒。しかし、その壁があることで、彼らの描く未来が実現できないのは社会にとって大きな損失です。
その壁を取り除き、志ある経営者たちの新しい挑戦を支援すること。つまり、「緊急度は低いが、重要度の高い領域」に取り組む後押しをすることが、彼らの支援に繋がり、より多くの雇用創出や、社会貢献に繋がっていく。
そして、この領域はまだ誰も挑戦していない市場。つまりはパイオニアです。
社会貢献を目指していた私にとって、この上なくやりきりたい事業だと確信しました。
Doooxは行動で世界を変えていく
私たちのビジョン(目指す世界観)は3つです。
①そのDoが世界を変えると証明する:机上の空論ではなくDoが明日溢れる世の中に。Doは世界を席巻するような新たな価値を産み出す。
②日本の若い才能を世界に:確率でなく可能性に挑戦する人材、行動する勇気を与え続ける人材を世界に輩出する
③仕事の定義を取り戻す:真に役立つことをすればそれは仕事になる。手段に捉われず、コトに向き合う。
そのために、一歩踏み出したい人たちの伴走役をDoooxが担っていきます。
これまで誰もやってこなかった領域ゆえの難しさはもちろんあります。料金体系や、提供価値をどのように表現していくか、どのように仕組み化をして拡張性のあるビジネスモデルにしていくか等、全てが手探りです。
どういうスキームで進めるのが効果的なのかも、最初の頃は都度確かめながら進める状態でした。しかしながら、強く想い描いた理想は、着実に実例を積み重ねることで、創業から迎えて1年を経ち、やっと形になってきております
この1年間は本当に目まぐるしく、目の前の現実が動いていきました。私は非常に運が良い人間です。多くの方々とご縁をいただき、その出来事の連続が今を形作っています。開業以前から関わっていただいたすべての方々、いつも様々な刺激を下さる経営者の皆様、一緒にクライアントワークをご一緒させていただけるパートナー企業の皆様、そしてまだまだ丸太船のDoooxにジョインしてくれた仲間たち。
決して全てがうまくいってきたわけではありません。つまずくことはたくさんありました。しかし、その一つ一つを乗り越えることで自分の理想が形になっていきました。
新たな課題の発見は、創業当時にはまだ具体化していなかった部分が、今まさに実現できる手前のフェーズまできたということだと捉えています。
例えば、新しくDoooxにジョインしてくれたメンバーに、どのような成長機会を提供できるのか、という視点などは創業当時には具体的になっていない課題でした。
正直、まだまだ理想とは程遠い状態です。お客様の実行支援を標榜する会社ではありますが、まだまだ実行できていないことが山ほどあります。
その一つ一つをクリアして、日本から世界へ「行動で世の中を変えていく」文化を作り上げるべく、これからも日々の業務に邁進していきます。
最後まで読んでくださりありがとうございました!