「これまでは壁にぶつかると、逃げの選択をすることが多かった。でも、今は『勝つまでやる』と決めているんです」
そう語るのは、未経験からPICKLISTに飛び込み、入社わずか数ヶ月で社内の最高粗利記録を塗り替えた佐藤。救急救命士の学校を中退し、プロクライマーを目指したのちにイギリスの大学へ正規留学。その後、人材業界を経てPICKLISTへ入社するという、極めて異色の経歴を持っています。
「人生を逆転したかった」と語る彼が、なぜ正解のないベンチャー企業での挑戦を選んだのか。そして、未経験の壁をいかにして乗り越え、圧倒的な成果を掴み取ったのか。彼が大切にしている「縁と運と勘」、そして「熱量」という独自の価値観から、PICKLISTでプロフェッショナルとして働くリアルな魅力に迫ります。
佐藤 立騎 / 広告事業部
東京都出身。イギリスのコベントリー大学にてビジネス&マーケティングを専攻。卒業後、株式会社レバレジーズに入社し、人材紹介の法人・個人向けの営業を3年間経験。その後、PICKLISTへ未経験のマーケターとして参画。現在は社内記録となる実績を叩き出し、チームを牽引している。趣味はボルダリングと植物を愛でること。
プロクライマーの夢と挫折。「人生の逆転」を懸けたイギリス留学
──まずは、佐藤さんのルーツやこれまでの経歴について伺わせてください。
振り返ると、昔からやりたいと言ったことは自由にやらせてもらえる家庭でした。小学生の頃に『ヒカルの碁』が流行った時は、クリスマスプレゼントに碁盤をねだって囲碁教室に通ったりもしましたね。
大学は、親が心臓病を患っていて、「人工心臓を作って親の病気を治したい」という思いから最初は生物系を目指したのですが、受験がうまくいかず、救急救命士の資格が取れる大学へ進学しました。
──そこからなぜ、全く違う道へ進むことになったのでしょうか?
1年ほど経ち、消防の仕事のリアルが見えてきた時に、非常に大事な職業である一方で「人を治す」という観点からすると、自分にできることの幅がどうしても限られている現実に直面しました。そこに歯痒さを感じてしまい、「自分がずっとやれる仕事ではないな」と感じたんです。ちょうどその頃、学生時代から続けていたボルダリングに熱中していたこともあり、思い切って学校を辞め、1年間本気でプロのクライマーを目指しました。
ただ、実際に大会に出たりする中で、日本は世界で一番レベルが高い国だという現実に直面しました。世界を目指すコンペティターたちの圧倒的な実力を目の当たりにし、「自分はトップにはいけない」「なりたい未来が想像できない」と限界を感じてしまったんです。
──そこからイギリスの大学へ正規留学されたのですよね。
プロの道を諦めた時、20代前半で大学中退という状況に直面し「このままじゃ人生ヤバいな、変えたいな」と強烈に危機感を抱きました。自分の人生をどう逆転させるか考えた時、僕は人と話すことが好きだったので、英語が話せれば1億人から世界へと関わる人が広がるだろうと。
また、就職を考えた時に、日本で早慶や東大の同世代とまともに戦っても追いつけないけれど、海外の大学を卒業していれば希少性で逆転できると考えたんです。それで、1年間の語学学校での猛勉強を経て、親友も通っていたイギリスの大学へ進学しました。語学学校時代は英語が全く話せず、隣の席の人に通訳してもらっていたレベルからのスタートでした。
生物的な強さを求めて。奇跡的な「縁」が導いたPICKLISTへの参画
──イギリスの大学を卒業後、日本へ帰国して前職へ入社された理由を教えてください。
就職活動の軸として「裁量権があること」、そして「いつか事業やサービスを作りたい」という思いがあったので、ベンチャーの事業会社を見ていました。そこで人材紹介の法人・個人の両面での営業を3年間経験したのですが、行動量を担保すればある程度結果が推移するモデルにおいて、自分の業務の型ができあがり「これ以上自分が成長できる幅は少ないかもしれない」と感じたんです。
僕は「生物的に強い」という状態にすごく憧れがあって、自分が生物的に成長・進化していない感覚に陥った時、次の環境へ行こうと決意しました。
──そこからPICKLISTへ転職されたのは、どのような経緯だったのでしょうか?
実は、代表の秋山とは奇跡的とも言える不思議な縁があったんです。僕が留学前に日本でスペイン料理屋のアルバイトをしていた時、秋山のお母様が来店されて。たまたま「息子がイギリスの〇〇という街に行く」という会話が聞こえたので思わず話しかけ、意気投合したのですが、連絡先を交換し忘れてしまったんです。しかし1年後、イギリスの日本料理屋でそのお母様と偶然再会し、その隣にいたのが秋山でした。
そこから帰国後も定期的に飲みに行く仲になり、前職を辞めたタイミングで「うちなら、『個人の力で稼ぐ力』がどこよりも早く身につくよ」と誘われました。僕自身「お金を知る(稼ぐ)」というテーマを置いていたこと、そして秋山に自分とは違うカリスマ性を感じていたことが決め手です。広告のことは全く分からなかったのですが、「縁と運と勘」を信じて飛び込みました。
プライドを捨てた「徹底的な模倣」。カオスな環境で掴んだ社内最高益
──未経験でのご入社ということで、最初はかなり苦労されたのではないですか?
そうですね。創業直後のカオスな環境で、昨日まで一生懸命やっていた施策が今日には「やっぱりなし」になることも日常茶飯事でした。また、前職の営業と違い、広告は変数が多いです。媒体のアルゴリズムや人の心を動かすクリエイティブなど、頑張っても必ずしも成果に直結しない「ゴールの見えないマラソン」のような感覚で、最初は本当にきつかったですね。
──その壁を、どのようにして乗り越え、結果を出したのでしょうか?
毎日夜遅くまで残ってPDCAを回し続けたのはもちろんですが、一番大きかったのは勝っている人を徹底的に学んで真似たことです。当時、社内で一番売上を出していたのが加藤でした。加藤が使っているのと同じノートを買い、毎日お昼ご飯や朝のコーヒーにまで同行しました。結果を出している人間の思考回路を自分にそのまま移植するためです。「なぜ今この行動をしたのか」を常に観察し、まさに『守破離』の『守』として、彼の行動から思考法までをプライドを捨てて徹底的にトレースして吸収し尽くしたんです。
その結果、入社4ヶ月目くらいから自分が仕込んだ施策がバチッとはまり始め、現在では社内の最高粗利記録となる1700万円という数字を出すことができました。今では僕が作った施策が、定常業務の中に組み込まれています。
──「勝つまでやる」という姿勢をまさに体現されたのですね。
これまでの人生、熱量高く始めるものの、壁にぶつかると「逃げの選択」をしてしまうことが多かったんです。でも、30歳手前で未経験という背水の陣でここに来た以上、「これで何も成せなかったら本当にヤバい」という強烈な覚悟がありました。だからこそ、今回は絶対に負けで終わらない。攻めの選択をし続け、勝ち切るまでは絶対にやめない。そのマインドチェンジが結果に繋がったのだと思います。
泥臭い検証の先にある快感。同じ「熱量」でぶつかり合える仲間を求めて
──実際にマーケターとして働いてみて、どのようなところにやりがいを感じていますか?
自分が練った戦略やクリエイティブの施策がパズルのようにポンッとハマった時の面白さは格別です。広告は非常に速いスピードでPDCAを回せるので、試行錯誤を繰り返した末に結果が出た瞬間の快感は大きいですね。
また、僕は知識欲が強く、人の行動心理を分析するのが好きなんです。他社が作っている広告を紙に書き写す「写経」という作業をする中で、「あ、こういう動線で人の心を動かしているんだ」と気づいた時はワクワクします。感覚的な直感と、数値をロジカルに改善していくバランス感が、自分の強みにフィットしていると感じています。
──PICKLISTの社内の雰囲気はいかがですか?
コミュニケーションの頻度はめちゃくちゃ高いです。みんなお喋りで聞き上手で、常にオフィスに声が響いています。仕事の真面目な動画や施策の相談はもちろんですが、プライベートな雑談も全力でしています。メンバー全員が明るく、フラットで本当に仲が良いですね。
──最後に、今後の目標と、どんな人と一緒に働きたいかを教えてください。
現在、メーカー様と直接やり取りをする機会が増え、「1ヶ月でまとまった件数の獲得を出してほしい」といった期待をダイレクトにいただけるようになりました。今はチーム全体で月間5000件ほどの規模ですが、その倍の1万件の期待を超える結果を出せる体制を作ることに注力しています。個人としても、月間の粗利で4000万円という数字を目指して限界に挑戦し続けたいです。
一緒に働きたいのは、素直で好奇心がある人です。ただ言われたことを100%作業としてこなす従順さではなく、「自分はこう思うのですが、どうですか?」と自分の仮説や意見を持ってぶつかってこれる素直さを持っている人。僕は「熱量」を何よりも大事にしています。同じ熱量を持って、本気で議論し、本気で泥臭い検証を楽しめる方。そんな方と一緒に働けるのを楽しみにしています!