「地域からハッピーシナリオを共に」をスローガンに、全国各地で地域に根ざした事業づくりに取り組むNEWLOCAL。
連載「Making NEWLOCAL」は、NEWLOCALが地域と共に仕掛ける事業やプロジェクトに焦点をあて、その軌跡や未来への展望を描き出していくシリーズです。
今回話を聞いたのは、2026年1月に野沢温泉村にオープンしたブティックホテル「mont」の立ち上げメンバー3人。野沢温泉企画代表の河野健児さん、マネージャーの上田亜依さん、料理長の寺島惇さんです。
怒涛の冬シーズンを駆け抜け、グリーンシーズンを迎えた今。3人がこの土地で見ている景色と、これからのmontについて、話を聞きました。
河野 健児
株式会社野沢温泉企画 代表取締役。1983年、野沢温泉村生まれ。スキークロスのワールドカップ選手として世界を転戦後、地元・野沢温泉に戻り、アウトドア事業などに携わる。2022年、野沢温泉企画を立ち上げる。
上田 亜依
岐阜県高山市出身。大学で観光まちづくりを学んだ後、2024年にNEWLOCAL初の新卒社員として入社。野沢温泉ロッヂの責任者を経て、現在はmontのマネージャーを務める。
寺島 惇
1993年、埼玉県生まれ。エコール辻東京卒業後、六本木、和歌山での修行、フランス留学を経て、代々木公園『PATH』の料理長を務める。2025年、野沢温泉に移住し、montの料理長に就任。
目次
- 「火」と「水」のまち、野沢温泉の「門」
- ホテルらしさより、野沢温泉らしさを
- この土地でしか出せない味を求めて
- 才能の物々交換
- 仕事が遊び、遊びが仕事
- 開かれた場所として、村に根ざしていく
- montをきっかけに、野沢温泉へ
「火」と「水」のまち、野沢温泉の「門」
2026年1月19日、野沢温泉村にブティックホテル「mont(モン)」がオープンしました。長らく閉業していた築100年の旅館をリノベーションしたこの施設は、村の中心部、バスターミナルから徒歩30秒。日本三大火祭りに数えられる道祖神祭りの、会場の入り口にあたる場所にあります。

この建物は、野沢温泉企画代表・河野健児さんの生家でもあります。好立地にありながら、長年その可能性をいかしきれずにいました。
野沢温泉では10年以上前から、冬のあいだだけ訪れる人が空き物件を高額で購入し、通年で暮らす人が少なくなっています。そうすると、温泉やお祭りなどの文化が次の世代につながらなくなっていく。以前から問題として認識されてきましたが、今はそれがより深刻になっています。野沢温泉企画では、建物を買うのではなく、長期で借りて運営する。そういうやり方で、この建物をホテルとして活用していくことにしました。
montのコンセプトは、「火」と「水」。どちらも、野沢温泉村にとってなくてはならない存在です。

河野 火は、300年以上の歴史を持つ道祖神祭りの火。水は、標高1650メートルの毛無山に広がるブナ林が蓄えた雪解け水。湧き水は20〜30年、温泉は50年かけて出たものだと言われていて。野沢温泉はずっと、この水に生かされてきた土地なんです。


「mont」という名前には、いくつかの意味が込められています。フランス語で「山」を意味するこの言葉は、同時に日本語の「門」でもあります。野沢温泉村への入り口、日本三大火祭りである「道祖神祭り」会場への入り口。そして、この村に移り住んでくる人たちの入り口。
野沢温泉といえば、温泉とスキー。長年にわたって先人たちが築いてきたブランドです。一方で、河野さんは野沢温泉の「食」に、まだまだポテンシャルがあると語ります。
河野 野沢温泉には、いい食材が当たり前にありすぎるくらいあるんです。4年ほど前から、野沢温泉のシェフのあいだで食を文化にしていこうという動きも出てきていて。montは、野沢温泉の「食」を伝える拠点として、宿泊のお客さまだけでなく、どなたにもご利用いただけるような形でレストランを運営しています。

そんなmontのオープンから数ヶ月。怒涛の冬シーズンを駆け抜けた今、どんな景色が見えているのでしょうか。
ホテルらしさより、野沢温泉らしさを
montのマネージャーを務める上田亜依さんは、開業前と比べて、こんな変化があったと語ります。
上田 「ブティックホテル」と聞いていたので、最初は少し身構えていました。以前働いていた野沢温泉ロッヂと比べると、宿泊単価も高く、建物の雰囲気も異なります。だからこそ、“ホテルらしいサービスをしなければ”という意識が強かったんです。
でも実際にお客さまをお迎えしてみると、必ずしも洗練された空間やサービスだけを求めているわけではないと感じました。温泉文化に興味を持ってくださったり、地元の食材が食べられるお店を尋ねてくださったり。お客さまが求めているのは、単に快適な宿泊体験ではなく、この土地ならではの暮らしや文化に触れることなんだと気づいたんです。
それ以来、「良いホテルであること」だけでなく、野沢温泉らしさをどう伝えるかをより大切に考えるようになりました。

特にフロントスタッフは、ゲストと接する機会の多いポジション。上田さんは、開業前に準備してきたことの手ごたえを感じています。
上田 スタッフは、11月~12月に移住してきたばかりのメンバーが多いんです。お客さまに村のことを話す機会が多いので、地図を使って説明する練習をしたり、よく聞かれる質問リストを用意したり。お客さまの質問にすぐ答えられる状態で冬を迎えられてよかったなと思っています。きっとお客さまも、スタッフとの他愛もない会話を、旅の印象として持ち帰ってくださっているんじゃないかなって。
この土地でしか出せない味を求めて
montの1階には、薪火レストランがあります。宿泊者だけでなく、誰もが利用できる、開かれた場所です。山と森に囲まれたこの土地で育まれた旬の食材を、薪火でじっくりと仕上げる。そのレストランを任されているのが、料理長の寺島惇さんです。

埼玉県出身の寺島さんは、東京や和歌山での修行、フランス留学、料理長経験を経て、野沢温泉に移り住みました。田舎で働くことへの思いは、修行時代から温めていたと言います。
寺島 和歌山で修行していたときに、生産者との距離の近さに感動したんです。東京にはいろんなものが集まるけど、やっぱり野菜や魚の鮮度が違う。実際にその場に見に行ける環境に惚れてしまって。ゆくゆくは田舎でやってみたいという思いがずっとあったので、今回のお話をいただいて、野沢温泉に来ることを決めました。
実際に野沢温泉で暮らしはじめて、寺島さんが驚いたのは食材の豊かさでした。山には食べたことのない山菜があり、道の駅には見たことのない大きさの野菜が並ぶ。野沢温泉の源泉を利用した共同の煮炊き場「麻釜(おがま)」で食材を茹でて食べてみたり。そういう体験のひとつひとつが、寺島さんの料理に反映されています。

さらに寺島さんは、畑の先輩に弟子入りし、自分で食材を育てることにもチャレンジしはじめているそう。
寺島 田舎に来たからには畑をやってみたいという思いがあって、健児さんに村の方を紹介していただいたんです。こちらは色々教えていただけるし、向こうも「手伝ってもらえて助かる」と言ってくださって。畑はmontから歩いて2、3分のところにあるので、休憩中や朝に立ち寄ることもできますね。
montのオープンキッチンでは、寺島さんとゲストの距離は1メートルほど。料理への反応がリアルタイムで伝わってきます。
寺島 野沢温泉ならではの食材や旬のものを出したときは、やっぱり喜んでくださいますね。冬は海外の方がほとんどだったんですが、思っていた以上に和食の朝食を残さず食べてくれて。作り方や食べ方を聞かれることも多くて、その距離の近さというか、関係値がすごくいい環境だなと思っています。

才能の物々交換
20代の上田さん、30代の寺島さん、40代の河野さん。出身も経歴も異なる3人が集まり、ゼロからチームをつくってきました。移住してきたばかりのスタッフが8割を占めるmontで、3人はどう関わり合っているのでしょうか。
上田 私と惇さんは毎日同じ空間にいるので、現場のことはもちろん、チームや組織のことも、日々話しています。健児さんとは週1回の定例ミーティングがあって、今後の方向性などを相談する感じですね。
寺島 僕はずっとレストランで、料理人になりたい人たちとしか働いてこなかったので、言い方がきつくなってしまうことがあって。亜依ちゃんに「その言い方はないんじゃない?」って指摘してもらうことも多いです(笑)。
河野 20~30代、かつ移住者が中心の宿って、野沢温泉ではほかにないと思います。だからこそ新しいやり方だし、面白い。いろんな人がいて、いろんな問題も出てくるけど、みんなで解決していこうよ、という感じですね。1年目の大変さは、いずれ笑い話になるはず。だから、「そんなに深刻に考えなくていいよ」って言うのも、僕の役割かなと思ってますね。

チームで取り組む意義について、河野さんはこう語ります。
河野 すべてに長けている人って、なかなかいないじゃないですか。得意なこともあれば、不得意なこともある。僕はよく「才能の物々交換」って言うんですけど、自分の弱みをちゃんと見せて、「これは僕にはできないけど、あなたは得意だからお願い」って言える関係性が大事で。個々の強みで補い合いながらやっていく。それが、私たちのやっている意味だと思っています。
仕事が遊び、遊びが仕事
河野さんはmontのスタッフと村の人を積極的につなげながら、野沢温泉での暮らし方を伝えています。その根っこにあるのは、こんな思いです。
河野 遊びに来るお客さまを迎え入れるスタッフは、本物の遊び人じゃなきゃいけないと思うんです。本物の遊び人というのは、必ずしもアクティビティをたくさん知っているということではなくて。たとえば寺島が自分で山菜を採りに行って、自分で畑もやっているから、料理に深みが出る。そういうことなんですよ。野沢温泉の四季の中で、仕事と遊びの境目なく生活することで、深みが出てくる。僕が野沢温泉に戻ってきて12年、いまだに「お前、仕事は何やってんだ」って言われますけど、「遊んでるだけです」って(笑)。仕事が遊び、遊びが仕事。そういう生き方をスタッフにも伝えていきたいなと思っています。

グリーンシーズンは北竜湖でSUPが楽しめる
開かれた場所として、村に根ざしていく
村の人との関係を育みながら、montを地域に開かれた場所にしていきたい、と上田さんは語ります。
上田 もともと何十年も閉業していた旅館だったので、村の方も興味を持ってくださっていて。だからこそ、開けた場所でありたいなと思っています。村の行事やイベントにも、montとして参加するだけでなく、スタッフ個人としても積極的に顔を出すようにしていて。村の人って、どんなホテルかというよりも、誰がそこで働いているかを見ているんですよね。スタッフ一人ひとりが村に馴染んでいくことが、いちばん大事だなと思っています。
野沢温泉企画を立ち上げて4年。河野さんが一貫して大切にしてきたのは、「村にまだないもので、必要とされるものをつくる」ということでした。観光客だけでなく、村に住む人にこそ、この土地の魅力に気付いてほしい。その積み重ねを、村の人たちが見ていてくれていると感じる瞬間があると言います。
河野 mont開業の日に、僕が小学生の頃から知ってるおっちゃんが、わざわざお祝いを持ってきてくれて。「いろいろ頑張ってるな」って言ってくれたんです。ほかにも、山菜の名人や、寺島が弟子入りした畑の師匠、きのこ博士。村の先輩たちをスタッフに紹介したら、今はもう僕がいなくてもコミュニティができていて。彼らも、移住してきたスタッフたちが興味を持ってくれることで、「自分たちのやってきたことは本物だったんだ」って思ってくれてるんじゃないかな、と。そういう関係性が生まれてきているのが、すごく嬉しいですね。
montをきっかけに、野沢温泉へ
海外からのスキー客がひっきりなしに訪れる冬を終え、グリーンシーズンに突入した野沢温泉。montでは、この季節ならではの企画を構想中です。畑や森の中にテーブルを出してシェフの料理を楽しむイベントや、田植え体験、女性向けのリトリートプラン。食を軸にした体験を、村の暮らしと絡めながら届けていこうとしています。

寺島 「Farm to Table」という言葉もありますが、和歌山での修行時代に、みかん農家の見晴らしのいい場所にテーブルを出して食事を提供する、ということをやっていたことがあって。野沢温泉でも、そんな体験を届けられたらと思っています。
上田 もう少し長いスパンの目標で言うと、montに泊まることで「野沢温泉の日常に少し触れられた」と感じてくれる人をどれだけ増やせるか、というのがmontの大きな目標だと思っていて。montをきっかけに野沢温泉を好きになって、何度も来てくれたり、移住してくれる人が増えていったらいいなと思っています。
河野さんはさらに長い目線で、こう話します。
河野 「土の人」を増やしたいんです。風の人として色んな場所を渡り歩く生き方もいいですが、野沢温泉に根を張って、四季を通じてこの土地を深く知っていく人が増えてほしい。そして、たとえば10年後には、「寺島惇に会いに行こう」「上田亜依に会いに行こう」と、montを拠点に人の循環が生まれている。そのためにはやっぱり、先ほど話に出たような企画を通して、自然と人、人と人との関係性を育てていくことが大事だと思っています。
スキーシーズンだけじゃない、野沢温泉の豊かさがある。ゆったりとした時間を過ごしたい人、地方にしかない食や文化に触れてみたい人、自然や人との距離をもう少し近くに感じてみたい人。そんな人にとって、野沢温泉の「門」は、いつでも開いています。

取材・文 塩冶恵子