今回は、内閣府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の一環として、日本大学工学部とともに取り組んだ「橋梁老朽化対策における工事規制シミュレーションプロジェクト」をご紹介します。
日本の高度経済成長期に架けられた橋梁が全国で一斉に更新時期を迎える中、予算や専門技術者の不足から「どの橋から補修・更新工事に着手し、どう安全に補修・工事を進めるべきか」という判断材料が強く求められています。特に東北地方をはじめとする豪雪地帯では、凍結防止剤や凍結融解の影響でコンクリート床版の劣化が進みやすい一方で、山間部は迂回路が乏しく、1本の道路が途絶えた際の影響が非常に大きいという課題があります。
そのため、全面通行止めではなく「片側交互通行規制」での施工が前提となりますが、トンネルが連続する路線で規制を行う場合、渋滞の末尾がトンネル内に届いてしまうと追突事故につながるリスクがあります。まだ実施していない工事規制が安全に成立するかどうかを、事前データとシミュレーションでの検証を担当したのが、弊社コンサルタントの能澤です。
担当者紹介
能澤 祥平
チェコ工科大学大学院建築都市学修了。学生時代は建築学を専攻。新卒でデータエンジニアとしてIT企業に入社し、複数の現場でデータの有効活用に関する業務を経験。2024年8月からGEOTRAに入社。現在はProfessional Serviceユニットにおいて、GEOTRA Activity Data等の各種データを活用してお客様の課題解決に努めている。
現場の課題:橋梁補修と「トンネル内渋滞」というリスク
今回分析対象となったのは、豪雪地帯の山間部を通る幹線道路に位置する複数の橋梁です。対象となる橋梁ではコンクリート床版の劣化が進んでおり、将来的な補修が必要になると考えられていました。
一方、この道路は周辺に迂回路が限られているため、長期間の全面通行止めを前提とした施工は難しく、片側交互通行規制を行いながら工事を進めることが想定されていました。
さらに、対象区間にはトンネルが複数存在しています。工事規制によって発生した渋滞が想定以上に延び、その末尾がトンネル内まで到達すると、追突事故などを引き起こす可能性があります。
「実際に工事を始めてみたら、想定以上の渋滞が発生した」という事態を避けるため、事前にデータを用いて工事方法の実行可能性と安全性を評価する必要がありました。そこで、日本大学工学部とともに、GEOTRAのシミュレーション技術を活用した検証プロジェクトが始まりました。
片側交互通行をどう再現するか?「全赤時間」を巡る試行錯誤
本プロジェクトにおいて最も難しかったのが、現場での片側交互通行の運用をシミュレーション上でどう再現・計算するかという点でした。
能澤:「実際の工事現場では、誘導員や信号機を使って一方向ずつ交互に車を通します。ただ、それをそのまま再現できる既存機能が用意されているわけではありませんでした。最終的には、規制区間の両端に信号機を設置して連動させ、両方向が同時に赤になる時間を設けることで、次の方向の車が進入する前に、規制区間内から車両が抜けきる状態をつくる方法にたどり着きました。
一番難しかったのは、2つの信号機が同時に赤になる時間を『何秒』に設定すべきかという点です。短すぎると、車が規制区間を抜けきる前に反対側が青になり、車両同士が鉢合わせする可能性があります。逆に長くしすぎると、一度に通過できる車の数が減り、待ち時間や渋滞が長くなってしまいます。
今回は特に安全性が重要な評価基準だったため、感覚的に時間を決めるわけにはいきませんでした。」
また、使用したシミュレーションは設定項目が多く複雑なため、意図した規制状況を再現できるパラメータにたどり着くまでに何度も試行を重ねました。
公式ドキュメントと現場条件に立ち返る。地道に詰めた計算ロジック
壁を突破する鍵となったのは、一次情報と基本に泥臭く立ち返ることでした。
能澤:「社内メンバーと一緒にシミュレーターの公式ドキュメントを一から読み直し、設定項目の意味をひとつずつ再確認していきました。工事規制区間となる道路延長や走行速度といった前提条件を整理しました。」
規制区間に進入した車が、両方向の信号が赤になっている間に安全に抜けきるためには、どの程度の時間が必要なのか。現場条件から必要時間を算出したうえで、複数の信号サイクルを設定し、シミュレーションによる比較検証を行いました。
その結果、一定の全赤時間を確保することで、対向車線が青になる前に規制区間内の車両がすべて通過し、さらに渋滞の末尾がトンネル内まで延びないことを確認できました。この結果をもとに、より安全性の高い信号制御条件を提案しました。
能澤:「特別な近道があったわけではありません。一次情報を確認し、対象区間の物理条件をひとつずつ整理していったことが、最終的な解決につながりました。」
上下線の軌跡が、きれいに分かれた瞬間
試行錯誤を経て、信号プログラムが正しく機能した瞬間を能澤さんは振り返ります。
能澤:「信号現示が適正かどうかは、横軸に時間、縦軸に位置をとって車の軌跡を描く『タイムスペース図』で確認します。上下線の軌跡を1枚の図に重ねるため、2つの信号機が赤である時間が機能していれば規制区間内で両方向の線が重なりません。
信号機の設定を修正して図を描画したとき、上下線の軌跡が規制区間内で一切重ならず、時間をずらして交互に通過していることを示す結果になっていました。片側交互通行が意図通り安全に再現できていることが判明したその瞬間は、本当に嬉しかったですね。」
現場で感じた「GEOTRAらしさ」
今回のプロジェクトを通じて、能澤さんが感じたのはGEOTRA特有のスピード感とフラットなカルチャーでした。
能澤:「役職や経験年数に関係なく意見を出せますし、分からないことをその場でオープンに相談できる環境が整っています。疑問や悩みを抱え込まずに即座にディスカッションできる文化があるからこそ、結果として判断や開発のスピードが早くなる。そこがすごくGEOTRAらしいと感じています。」
おわりに:人の暮らしと地域の安全を守るデータの価値
人流データというと観光や店舗開発などの経済効果・集客分析で使われるイメージが強いですが、能澤さんは今回の内閣府SIP・日本大学工学部との取り組みを通じて、「データを安全基盤として活かす社会的意義」を強く実感したと言います。
能澤:「全国で建設後50年を超える橋梁が急速に増えていく中、予算や技術者が限られているという問題は避けて通れません。そして、迂回路が乏しく通行止めにできない路線をどう安全に修繕していくかという課題は、東北地方に限らず今後全国各地で発生します。
今回のように『工事のやり方が成立するかどうか』を事前データで検証できれば、渋滞や事故のリスクを抑えながら確実な補修を進めることができます。道路や橋は、普段当たり前に使われていますが、使えなくなって初めて生活や産業への影響の大きさに気づくものです。人流データやシミュレーション技術を『人々の暮らしと安全を守るための判断材料』として届けていく——。そんな社会のインフラを支える貢献を、これからも全国へ広げていきたいです。」
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