「未経験からWEB広告の営業へ」というフレーズは、最近の求人メディアでよく見かける言葉です。しかし、実際に全くの異業種から飛び込んできた人が、初めの数ヶ月間をどう過ごし、どうやって最初の数字を作るようになるのか、そのリアルなプロセスが語られる機会はあまり多くありません。
今回話を詳しく聞いたのは、営業部で現在6年目を迎える齋藤雅樹です。
2021年、当時21歳だった彼は、それまでPCをほとんど触ったこともない状態でLitsの門を叩きました。前職は、NHKの訪問営業。朝から晩までインターホンを押し続ける過酷な環境から一転、なぜWEB広告という未知の領域を選んだのか。そして、センスや経験がない中で、どうやって自分の「型」を見つけていったのか。
彼自身の言葉で、当時のリアルを語ってもらいました。
「一刻も早く辞めたかった」雨の日も雪の日も続いた訪問営業のリアル
前職は、業務委託という形でNHKの訪問営業をやっていました。期間としては2年弱くらいです。仕事の内容は本当にシンプルで、割り振られたエリアの住宅を1軒ずつ回って、ひたすらインターホンを押す。この繰り返しです。
当時は朝の8時から、夜は11時くらいまで、ずっと外を歩き回ってインターホンを鳴らしていました。一日に何百件と回るのですが、当然、歓迎されることなんてありません。ましてや、僕がちょうどその営業をやっていた時期は、メディアやSNSで「テレビ局をぶっ壊す」という団体や話題が世間を賑わせていた頃でした。
インターホン越しに厳しい言葉を直接ぶつけられることも日常茶飯事で、風当たりは想像以上に強かったです。
次第に契約を取ること自体がどんどん難しくなっていって、「この仕事をこのまま続けていても、先がないな」と本気で思うようになりました。
何より、体力的にも精神的にもしんどかった。雨が降ろうが、雪が降ろうが、一日中外にいなきゃいけない。
だから当時は、とにかく一刻も早くあの環境を辞めたかったんです。転職活動を始めた時の本音を言えば、仕事の中身は二の次で、「とりあえず、冷暖房の効いた室内で仕事をしてみたい」という、それだけでした。
案件ゼロからのスタート。終電を逃しても「希望」しかなかった理由
そんな時に、共通の知り合いからLitsを紹介されて、面接を受けることになりました。
当時21歳か22歳くらいだった僕は、特別なスキルもなければ、大学を出ているといっても仕事に役立つような資格も持ち合わせていませんでした。
だから、中途で別の業界に入るなら、自分次第でなんとでもなる「営業職」以外は選択肢にないな、と考えていました。
Litsの事業内容を詳しく知っていたわけではなかったですし、とにかく室内で働ける営業ならどこでもよかった、というのが正直なところです。
そうして入社したLitsですが、入ってすぐに「これはこれで、別の厳しさがあるな」と気づきました。当たり前ですが、入社したての僕には担当する取引先なんて1社もありません。ゼロからのスタートです。自分で何とかしてクライアントを見つけてこなければ、自分の数字は作れない状態でした。
当時は今と違って、まだ営業のやり方が完全にマニュアル化されていたわけではなかったので、とにかく時間をかけて動くしかありませんでした。
終電まで会社に残る日も多く、終電を逃してタクシーで帰るような日もありました。
時間的な拘束だけで言えば、世間一般でいう「きつい環境」だったのかもしれません。
でも、僕の中では不思議と苦痛じゃなかったんです。
何と言っても、雨や雪に打たれることのない室内ですし、座って仕事ができるだけで前職に比べたら天国でした。
それに、ただ無駄に遅くまで残っていたわけではなくて、僕のすぐ目の前で、年の近い先輩たちが同じように必死に動いて、当時の僕としては信じられないくらいの額を稼いでいたんです。
その姿がリアルな目標として見えていたので、体は疲れていても、頭の中は「自分もこうなれるかもしれない」という希望でいっぱいでした。
オリジナルはいらない。成果を出す先輩の「型」をなぞった3ヶ月
WEB広告の仕事なんて、入社した当時の自分には右も左も分からない世界でした。だからこそ、最初から自分の頭で思いついたオリジナルなやり方をやろうとは全く思いませんでした。ノウハウのない人間が中途半端にオリジナリティを発揮したところで、うまくいくわけがないと思っていたからです。
まずは、すでに結果を出している先輩たちの営業トークや、クライアントとのメッセージのやり取り、日々の動き方を1から10まで徹底的に真似ることにしました。
先輩たちの真後ろに張り付いて、話している内容を聞き、言われた通りの手順でひたすら動く。完全にレールの上をそのまま進むような感覚です。自分なりの工夫とか個性を出すのは、まずはそのレールに乗って、同じように成果が出せるようになってからでいい。そう割り切っていました。
そのやり方で愚直に数をこなしていくうちに、入社3ヶ月目くらいで、ようやく「あ、こういう風にアプローチすれば利益が作れるのかも知れないな」という感覚が、なんとなく掴めるようになってきました。
数字が出始めると、仕事は一気に面白くなります。その手応えが最終的にしっかりとした売上という形になったのは、入社7ヶ月目の頃でした。
当時のWEB広告市場はかなり勢いがある時期だったので、周りの優秀な人と比べたら、僕の7ヶ月という期間は少し時間がかかった方だったかもしれません。
それでも、先輩の「型」を信じて、ブレずにやり切ったことで最初の数字を作れた経験は、その後の自分の大きな自信になりました。
勝手に意識していた同期の存在と、量をこなして掴んだデータの本質
僕が早く数字を上げたいと焦っていた背景には、もう一つ理由がありました。
Litsに同時期に入社した、いわゆる同期のメンバーがいたんです。彼の存在は、当時かなり意識していましたね。やっぱり「絶対に負けたくない」という気持ちが強かったですし、彼が遅くまで頑張っている姿を見ると、それだけで勝手に焦りを感じていました。
当時はお互いに必死すぎて、ちょっとギスギスしていた部分もあったかもしれません。でも、そういう競い合う存在がいたからこそ、しんどい時期も手を抜かずに動けたのだと思います。ちなみにその同期とは、6年経った今でも一緒に営業部で働いています。
今ではお互いの手の内も分かっていますし、意識し合っている場合ではない市場環境だということも理解しているので、協力するところは協力し合うことのできる、とても良好な関係ですね。
あの頃を振り返って、未経験から始める営業で何が一番大事だったかと聞かれたら、僕はやっぱり「量」だと思います。WEB広告の良いところは、URLのクリック数やユーザーの動きが、嘘偽りのない明確なデータとして如実に出ることです。
ただ、そのデータを分析して「何が良くて、何が悪かったのか」を判断するためには、大前提として比較するための「母数(分母)」がそもそも足りていないと何も始まりません。
質を気にするのは、量をこなした後の話です。僕が最初に深夜まで残ってひたすら数を打っていたのは、今思えば、自分の営業としての経験値だけでなく、分析に必要なデータを集めるための言わば「量稽古」の期間として、絶対に避けては通れない必要なステップだったんだなと、今では納得しています。
【編集後記】Lits人事・広報より
現在のLitsは、齋藤が入社した当時のような「終電まで残って気合いで開拓する」というスタイルではありません。
彼を含む先陣のメンバーたちが、試行錯誤の末に見つけ出した「効率よく成果を出すための手順」がすでに蓄積されているため、現在の研修は非常にスマートで、無駄な長時間の拘束もなくなりました。
しかし、どれだけ仕組みやノウハウが整ったとしても、営業という仕事の本質は変わりません。齋藤の言葉にあったように、他人のやり方を素直に学び、まずは実直に動いてみるという姿勢こそが、今でもLitsで一番早く成果を出せる人の共通点です。
「特別なスキルはないけれど、自分の行動量で人生を変えてみたい」「数字という明確な結果が出る世界で勝負してみたい」という、心に熱い火を持った方からのご応募を、私たちは待っています。