閉じない発信について
何を見せ、何を見せないのか
前回は、閉じないための仕組みについて書いた。
理念だけでは現場は開かれ続けない。
記録があり、対話があり、活動の見える化があり、情報共有があり、小さなカイゼンがある。そうした仕組みがあるからこそ、僕たちは何度でも問いに戻ることができる。
何のためにやっているのか。
誰につながっているのか。
どこへひろがっているのか。
そんなことを書いた。
今回は、発信について考えてみたい。
閉じない事業者であるために、発信はとても大切だと思っている。
でも、同時にとても難しい。福祉事業者が何かを発信するとき、いつも考えなければならないことがある。
何を見せるのか。何を見せないのか。
誰に向けて語るのか。何のために語るのか。
そして、その発信は本当に世のため、人のためになっているのか。
今の時代、SNSやホームページや動画で、いくらでも発信できる。
活動の様子を見せることもできる。
利用者さんの頑張りを伝えることもできる。
感動的な物語にすることもできる。
でも、僕はそこに少し慎重でいたいと思う。
福祉の現場には、簡単に見せてはいけないものがたくさんある。
利用者さんの顔。
名前。
作業の様子。
日々の困りごと。
変化の過程。
誰かの弱さ。
誰かの回復。
それらは、たしかに尊い。
でも、尊いからこそ、簡単にコンテンツにしてはいけない気がしている。
本人がいいと言ったから大丈夫。
モザイクをかければ大丈夫。
顔を映さなければ大丈夫。
本当にそうだろうか。もちろん、状況によっては丁寧な同意のもとで発信できることもあるのかもしれない。
でも、僕たちの発信では、利用者さんを前面に出すことにはとても慎重でありたい。
それは、隠したいからではない。
恥ずかしいからでもない。
福祉であることをなかったことにしたいわけでもない。
ただ、その人の人生や尊厳を、こちらの発信の材料にしたくない。
そう思っている。
福祉の発信は、ときどき「感動」に寄ってしまう。
こんなに頑張っています。
こんなに成長しました。
こんなに笑顔になりました。
もちろん、それ自体が悪いわけではない。現場には、本当に胸を打たれる瞬間がある。
昨日までできなかったことが、今日少しできる。
なかなか言えなかった言葉が、ふっと出る。
誰かにありがとうと言われて、表情が変わる。
そういう瞬間に出会うと、こちらも救われる。
でも、それをそのまま外に出すことには、やっぱり慎重でいたい。なぜなら、そこにはいつも、支援者のまなざしが入るからだ。
僕たちが「良い変化」と感じたものは、本当に本人にとってもそうなのか。
その物語は、本人のものなのか。
それとも、事業所をよく見せるための物語になっていないか。
ここでもやっぱり、ちゃんと疑いたい。
発信しないという選択もある。でも、何も発信しなければ、それはそれで事業所は閉じていく。外から見えない場所になる。
何を大切にしているのか。
どんな活動をしているのか。
どんな会社なのか。
どんな人たちと働きたいのか。
地域に何を差し出そうとしているのか。
それが伝わらなければ、つながるきっかけも生まれにくい。
だから、閉じない発信が必要になる。
見せすぎない。
でも、閉じすぎない。
ここが難しい。
では、何を発信するのか。僕たちは、利用者さんを前面に出すのではなく、
場の考え方 を発信したい。
活動の意味。
仕事の先にあるもの。
地域との関係。
商品が生まれる背景。
畑の季節。
お店の空気。
職員が何を考えているのか。
社会企業として、何を目指しているのか。
そういうものを、丁寧に言葉にしていきたい。
たとえば、畑の写真を出す。
そこに誰が写っているかではなく、今、土の中で何が育っているのか。
なぜこの作業を大切にしているのか。
収穫したものが、どうお店や地域につながっていくのか。
そういうことを伝える。
お店の商品を紹介する。
それは単なる販売促進だけではない。
この商品を選んだ理由。
どんな人に届けたいのか。
棚づくりにどんな工夫をしたのか。
地域の人がどんなふうに手に取ってくれたのか。
そういうことを伝える。
誰かの個人情報ではなく、そこで生まれた視点や言葉の面白さを伝える。
「これは子どもに人気が出そう」
「これは大人も懐かしいかも」
「パッケージが目立つね」
そんな商品研究の空気を、尊厳を守りながら滲ませる。
発信とは、見せることだけではない。
意味づけを共有すること でもあるのだと思う。
僕たちが何を見ているのか。
どこに価値を感じているのか。
何を大切にしているのか。
それを言葉にすることで、地域の人や、関係機関や、未来の仲間に、少しずつ伝わっていく。
山の畑のキーコンセプトは、つながって、ひろがる だ。
発信も、まさにそうありたい。一方的に知らせるだけではなく、関係が生まれるきっかけにしたい。
「こんなことをしているんだ」
「ちょっと行ってみようかな」
「この会社、少し面白いな」
「一緒に何かできるかもしれない」
そんなふうに、発信が小さな入口になる。
ただ目立つためではない。
バズるためでもない。
いい会社に見せるためでもない。
つながるために発信する。
ひろがるために発信する。
そして、そのつながりやひろがりが、また誰かの役割や働く機会につながっていく。
そんな循環をつくりたい。
会社のホームページやWantedlyのストーリーも、そういう意味では大切な場所だと思っている。
会社案内のように、きれいな言葉だけを並べることもできる。
採用のために、楽しそうな雰囲気を強く出すこともできる。
でも、それだけではたぶん届かない。
僕たちが本当に伝えたいのは、
どんな会社か、という情報だけではなく、
何を問いながら働いている会社なのか ということだ。
閉じない事業者でありたい。
手段を目的化したくない。
支援される人ではなく、価値を届ける人として見たい。
主体性の回復を支えたい。
半径5kmを幸せにしたい。
つながって、ひろがる場をつくりたい。
そういう問いや願いに、共感してくれる人と出会いたい。
特に採用では、そこがとても大切だと思っている。
資格や経験も大事だ。でも、それだけではない。
人を決めつけないこと。
「かもしれない」を持てること。
問題を個人の中に閉じず、場や関係性として見られること。
地域の中で事業を考えられること。
支援と仕事の両方を大切にできること。
そういう感覚を持った人と、一緒に働きたい。
だから発信は、採用のための宣伝ではなく、
価値観の共有 でもある。
合う人に届き、違う人には違うと伝わる。それでいいと思う。
むしろ、それがいい。
誰にでもよく見える発信より、ちゃんと大切にしていることが伝わる発信の方が、長い目で見ればきっと強い。
ただし、発信はきれいごとになりやすい。ここも気をつけたい。
閉じない事業者論。
社会企業。
半径5kmを幸せにする。
つながって、ひろがる。
こういう言葉は、すぐに美しく見える。美しく見えるからこそ、危うい。
言葉だけが先に進んで、現場が置いていかれることがある。理念を語ることが目的になることもある。発信することで、やった気になることもある。
それではまた、手段の目的化だ。
だから、発信も問い直さなければならない。
この発信は、現場とつながっているか。
誰かの尊厳を消費していないか。
会社をよく見せることだけが目的になっていないか。
地域との関係を育てているか。
未来の仲間に、正直に届いているか。
そして、本当に世のため、人のためになっているか。
そう問いながら発信したい。
僕は、福祉色を前面に出しすぎない発信も大事だと思っている。これは少し誤解されやすいかもしれない。
福祉を隠す、ということではない。
福祉であることを恥じているわけでもない。むしろ、僕たちは福祉の仕事に誇りを持っている。
でも、福祉の看板だけで見られると、そこで関係が固定されてしまうことがある。
支援する人。
支援される人。
福祉施設の商品。
障がい者の作ったもの。
応援消費。
もちろん、それらを否定するわけではない。でも、僕たちはもう少し違う関係をつくりたい。
かわいいから買う。
おいしそうだから買う。
面白いから立ち寄る。
なんとなく居心地がいいからまた来る。
その中に、自然に福祉の意味が滲んでいる。そういうあり方を探したい。
福祉を説明しすぎない。でも、理念は隠さない。利用者さんを見せ物にしない。
でも、仕事の意味は伝える。福祉色を前面に出さない。
でも、社会企業としての姿勢はちゃんと示す。このあいだで、発信を考えていきたい。
たぶん、閉じない発信とは、
見せる技術ではなく、守りながら伝える態度 なのだと思う。
守るべきものを守る。
伝えるべきものを伝える。
見せない勇気を持つ。
それでも、言葉を閉じない。
山の畑の空気を、少しずつ外へ滲ませていく。
季節のこと。
畑のこと。
お店のこと。
商品研究のこと。
カイゼンのこと。
支援の問い。
社会企業としての迷い。
職員の学び。
地域との小さな接点。
そういうものを、丁寧に出していく。
派手でなくていい。完璧でなくていい。バズらなくていい。
でも、読んだ人が少しだけ、
「ああ、こういう場所が地域にあるのはいいな」と思ってくれたら。
「この会社、少し気になるな」と思ってくれたら。
「何か一緒にできるかもしれない」と思ってくれたら。
それは、とても大きなことだ。発信は、種まきに似ている。すぐに芽が出るわけではない。誰が読んでいるかもわからない。届いているのか不安になることもある。
でも、言葉を置いておくことで、いつか誰かが見つけてくれることがある。
その言葉が、思わぬ出会いにつながることがある。
そうやって、関係は少しずつ育つ。
閉じない事業者であるために、発信は必要だ。
でも、それは大声で叫ぶことではない。
誰かの人生を消費することでもない。
自分たちを大きく見せることでもない。
僕たちが何を大切にしているのかを、正直に、慎重に、でも開かれた言葉で届けていくこと。
そこから、また小さなつながりが生まれる。
つながって、ひろがる。
発信もまた、その循環の一部なのだと思う。
今日もまた、土のことを言葉にする。
お店の風景を言葉にする。
活動の意味を言葉にする。
迷いも、問いも、希望も、少しずつ言葉にする。
半径5kmの中で生まれた小さな実践が、誰かの心にそっと届くように。
そして、その先でまた、誰かとの関係が始まるように。
僕たちは、閉じない発信を続けていきたい。
※次回は、「閉じない事業者論⑧」として、閉じない人材育成について考えてみたい。正解を教え込むのではなく、問い続けられる人をどう育てるのか。支援者自身が閉じないために、何を学び、何を手放し、どんな関係の中で育っていくのか。そんなことを書いてみたい。